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英雄になれなかった君に捧ぐ 早世の英雄と悔恨の精霊士  作者: 建野海
早世の英雄と悔恨の精霊士
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精霊と少年

アレンが村人や騎士たちに囲まれて老騎士と手合わせしていた頃、〝精霊士〟の天職を授かったカイトは教会で王都にある教会本部へ向けての手紙を書くロットンと共に書庫でもある客間にいた。

 神託の儀にて人類史上初の精霊の観測を目の当たりにしたロットンはまるで神子を見るように崇拝の視線をカイトに向けるようになっていた。

 それはシスターであるコロンも例外ではなく、神託の儀から三日しか経っていないにも関わらず、カイトはこの室内を訪れてからというものの、まるで何十年も時が過ぎたかのような居心地の悪さを感じていた。


「あの、神父様……」


 居心地の悪さから思わず声をあげるカイトに、ニコニコと笑顔を浮かべてロットンが返事をする。


「ん? どうしたのじゃ、カイトよ。いや、カイト様と呼んだ方がよいかのう」


「やめてください! そんな、今までどおり接してもらえないと困ります!」


「そうは言われても我らが崇める精霊様に選ばれた敬称もつけずに呼んだりすれば、それこそ精霊様の不興を買ってしまう」


「そんなことはないです! アレンはともかく、僕のようなどこの出自とも知れぬただの孤児があのような天職を授かるなんて、きっと何かの間違いです!」


「そんなことはない! 見たであろう、あの神々しい精霊様方のお姿を。人に近しい姿でありながら、その身に溢れる神々しさ!

 ああ……まさか、あのような場面に立ち会う事ができるとは」


 己の信仰対象である精霊。その降臨に直に立ち会う事が出来た喜びがまだ抜けないのか、ロットンは恍惚の表情を浮かべていた。


(ダメだ……。今の神父様の様子だとまともに話を聞いてもらえそうにない)


 彼の様子を見てそう思ったカイトは「少し出かけます」と言い残し、客間を後にした。

 客間を出て、礼拝堂に足を踏み入れたカイトであったが、そこでは思いがけない人物がいた。ムスッとした表情を浮かべるアレンとそんな彼とは正反対の満面の笑みを周囲に振りまくイオナであった。


「おい、カイト! どうしてお前こんなとこにいるんだよ」


 突然アレンから問われた言葉にまるで心当たりがなかったカイトは首を傾げる。何か約束でもしていたのかと記憶の海を辿るも、思い当たる節はなかった。


「えっと、なんのこと?」


「今日は領主様の騎士と手合わせするって言ってただろ! お前がいなかったおかげで大変だったんだぞ!」


 プンプンと怒りながらアレンが語ったのは先ほどあった一幕だった。先ほどまでのカイトと同じようにアレンもまた〝英雄〟を神聖視する人々によって多大な苦労を強いられていたようだった。

 幼馴染で、親友も自分と同じ目にあっていたのかと思うとなんだか急に心強くなり、先ほどまで感じていた居心地の悪さはいつの間にかどこかへ行っていた。

 お互いの立場もあるが、それでもこれまでと何一つ変わらない対応をしてくれるアレンがカイトにとっては何よりも嬉しかったのだ。


「ごめん、ごめん。でも、僕だって困ってたんだよ?

 神父様もシスターも急に僕に敬称を使い出すし。礼拝に訪れた村の人たちも精霊像に祈りを捧げた後に僕の事を拝んだりするし……」


「……ぷっ。なんだよそれ! あっはっは! お前が拝まれるなんておっかしい」


「笑うなよ。本当に困ってるんだから。大体アレンだって似たようなものじゃないか」


「それはそうだけどよ……」


「なんなら今からウィングラム様たちにアレンがここにいるって伝えてもいいんだよ?」


「それは勘弁してくれ! 頼む! 俺が悪かった!」


 大仰に両手を合わせて頭を下げて謝るアレンを見て、カイトは思わず苦笑がこぼれ出る。


「そういえばカイトさ……んっ、んんっ。えっと、カイトは〝精霊士〟の天職を授かってから何か変化はあったの?」


 先ほど無意識にアレンを呼んだ時とは違い、カイトに対しては意識して敬称をつけてその名を呼ぼうとしていたイオナであったが、つい今しがたカイトがそのことで困ったと言ったばかりだったことを思い出し、すぐに呼び方を言い直してそう尋ねた。


「それがなにも変わらないんだ。あれから精霊様がまた姿を現すこともなかったし、きっとあれは何かの間違いだったんだよ」


 頑なに自分が成した出来事を間違いだと否定するカイト。そんなカイトの態度を見てアレンはムッとした表情を見せた。


「おい、カイト。なんだよ、それ」


「言葉通りの意味だよ。アレンならともかく僕なんかが精霊様と契約を交わすことができる史上初の〝人類〟だなんて……」


 何かの間違いだ。カイトが再びそう口にしようとした時、バンッ! と地面がひび割れるほど力強く踏みしめたアレンが立ち上がった。その表情は彼が滅多に表さない怒りが滲んでいた。


「馬鹿やろう! 間違いだって? ふざけんな! 

 ――俺は知ってる。お前が毎日村のみんなの手伝いや教会で頑張って色んなことを必死に勉強してたことを。

 最初は孤児だって村のみんなから遠巻きにされてたお前が、必死で頑張ってみんなから受け入れられたことを。

 いいか、よく聞け。俺は……お前のことを本当に凄い奴だって思ってるんだ。それなのに、俺が凄いって思っているお前が、おまえ自身を否定するようなことをいうんじゃねえ!」


 顔を真っ赤にして、自分自身を卑下するカイトの言葉を否定するアレン。その表情から読み取れる彼の感情に微塵も嘘などはなかった。


「アレン……」


「わかったか? 俺の大事な親友のことを、たとえおまえ自身であっても馬鹿にするな」


「う、うん。ごめん」


 アレンの言葉に押し切られる形でカイトは思わずアレンに謝る。イオナは初めて見るアレンの怒りの感情に驚いてしまい、何かを口にしようとするが驚きのあまり言葉を失っていた。

 そうして三人の間に気まずい雰囲気が流れ始めた時、そんな空気など気にも留めない声が突如として彼らの周りに響いた。


『おこった! おこった! 〝英雄〟おこった!』


『こわい、こわい。わたしたちの〝愛し子〟がたいへんだ!』


『いじめられちゃう? わたしたちの〝愛し子〟?』


『ダメダメ。〝愛し子〟イジメル、ダメ!』


『やっつけちゃう?』


『やっつけよう!』


『〝英雄〟こわい! でもやっつけよう!』


 神託の儀に聞いた時にとてもよく似ているが、よく聞くと違うような声がいくつも響き渡る。だが、カイト以外の二人にはこの声が聞こえていないようだった。

 イオナはアレンとカイトのやりとりにどう口を出していいのかわからずオロオロとしており、アレンは声こそ聞こえていないものの、〝何か〟がいる気配を察しているのかキョロキョロと周りを見渡していた。

 ふと、意識を声に向けるといつの間にかカイトの周りにもいくつもの光の玉が漂っていた。そして、その光の玉から先ほどからカイトの耳に届く声が聞こえていた。


「精霊……様?」


 そっと壊れ物に触れるように目の前をふよふよと漂う光の玉に手を伸ばすカイト。それに触れた瞬間、パンッと何かが破裂したような音と共に目の前で破裂音と共に火花が散った。


「ウオッ!」


「キャッ!?」


 咄嗟にアレンはイオナを抱きかかえてその場から飛びずさる。異常なまでの跳躍力でカイトから離れたアレンは目の前で起こった現象に目を白黒させていた。


「カイト、何だ今の?」


「いや、僕にもなにがなんだか?」


 驚いたのはアレンたちだけでなくカイトも同様だ。光の玉に触れたと思ったら小さな爆発が起きたのだ。

 一体どういうことなのだろう? と不思議に思い、彼は他にも自分の周りを漂う光の玉に手を触れた。

 すると、次に触れた玉はパシャッという音と共に何もない空間から子供の両手で掬った程度の水が現れた。その次はヒュッという風切音と共にカイトの顔に突風が起きた。

 そうした事を二、三度続けていると先ほど聞いた時と同じく、精霊と思われる存在の声が聞こえた。


『ふれた! ふれた! 〝愛し子〟ふれた!』


『きもちいい。あたたかい。〝愛し子〟すべすべ!』


『やった! やった! たのしい! たのしい!』


 つい先ほどまでなにやら物騒な言葉を並べていた声はなんとも無邪気な声を響かせていた。おそらく、カイトが触れた光の玉が発している声なのであろう。その証拠に声が上がった光の玉は飛び跳ねながらカイト

の周りをクルクルと勢いよく回っていた。


「もしかして、今のって……」


 光の玉の姿も精霊達の声も聞こえないが、それでもアレンは今起きた現象がもしかして精霊が起こしたものではないかと本能的に察したようだった。

 そんな彼の考えを肯定するようにカイトは頷く。


「うん。どうもアレンに僕がいじめられていると思ったみたいで、精霊様が姿を見せてくれたみたい」


「そうなのか? でも、この前みたいに姿が見えないけど」


「ん~と、実は僕の目の前にこれくらいの大きさの光の玉がいっぱい漂ってるんだけれど……」


「俺には見えねえ。イオナはどうだ?」


「私にも見えません」


 ジッと周囲を見つめるがやはり何も見えないのかアレンは隣に立つイオナに問いかけるが、彼女もアレン同様何も見えないようだった。


「たぶん、僕にしか見えないのかも。実は精霊様の声も聞こえているんだけど二人とも聞こえないよね?」


「ああ、まったくだ」


「ええ、何も聞こえません」


「そっか。そうなんだ……」


 そこまで二人に確認したところでようやくカイトは今の事態を落ち着いて受け入れることができた。

 おそらく、これこそが〝精霊士〟の天職と〝愛し子〟の加護の力なのだ。

 そう理解すると同時に先ほどアレンが口にした言葉がカイトの脳裏に蘇る。カイト自身、自分の身の丈に合わない天職を授かったという考えはすぐには変わらない。だが、そんな自分を卑下する事は自分のことを評価してくれる大事な親友のことを否定することになる。

 そう考え、今すぐに自分が特別な人間などと受け入れることはできないが、それでも信仰する始原の精霊から〝精霊士〟という天職と〝愛し子〟という加護を授かったことにも何か意味があるのだと思った。


「……うん。アレン、さっきはごめん」


 素直に謝罪の言葉を述べ、アレンに謝るカイト。そんなカイトの傍にアレンは近づき、笑顔を見せながらカイトの肩を抱いた。


「気にすんな! 俺もさっきは強く言い過ぎた。俺のほうこそ悪かった」


「いや、僕のほうが」


「俺のほうが」


 互いに謝り続け、そのうちどちらともなくプッと息を吐き出し、大声をあげて二人は笑い出した。

 男の子同士の小さな喧嘩と仲直り。けれど、他の誰かが割り込むような余地がない関係性をなんだか見せ付けられたような気がして、この場で唯一の女の子であるイオナは二人のやり取りを羨ましそうに眺めていた。


「いいなあ……。カイトの前だとアレン様もあんな風に無邪気な姿を見せて笑うんですね……」


 いつの間にかカイトの周りを取り囲んでいた光の玉は消えていた。おそらく、彼の身に危険がないと察してどこかへと消えたのであろう。

 それからしばらくの間、教会内はカイトとアレン。無邪気に笑う二人の声が響くのであった。

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