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英雄になれなかった君に捧ぐ 早世の英雄と悔恨の精霊士  作者: 建野海
早世の英雄と悔恨の精霊士
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〝英雄〟の実力と闇の足音

興奮冷めやらぬ神託の儀を終えると、その日は村を上げての盛大な宴が開かれた。

 飲めや騒げやのお祭りは夜が更け、朝が来ても続き史上初の第一天職の〝英雄〟を授かったアレンと〝精霊士〟の天職を授かったカイトは眠たい眼を擦りながら村の大人たちや騎士にもみくちゃにされながら宴の主役として人々に囲まれて過ごした。

 祭りの疲れからか、朝日と共に二人は力を使い果たして眠りについてしまい、目が覚めたときには二日目はとうに過ぎていた。

 そして訪れた三日目。今、アレンは村の中央にある空き広場でウィングラムが抱える精鋭の騎士の一人と対峙していた。


「では、アレン殿。準備はよろしいか?」


「おう! いつでもいいぜ!」


 自分の孫ほどの年齢の少年を前に、剣を構える老齢の騎士。ウィングラムの先代であった父の代より騎士団を率いてきたベテランの老騎士は落ち着いた雰囲気でアレンと対峙する。

 対してアレンは緊張感のない自然体の姿だった。その手には武器も何も持っていない。ブラブラと手持ち無沙汰な様子で右手を振っていた。

 しかし、何かを考えるようにアレンが瞳を閉じると、次の瞬間には先ほどまで何も持っていなかった彼の右手に神託の儀に現れた時のように光を放ち、見たことのない剣の柄が彼の右手にいつのまにか握られていた。


「ほほう。これが〝神器〟。なるほど、噂には聞いておりましたが、本当に何もない空間から忽然と現れるのですな」


 その光景に驚きながらも努めて冷静に騎士は今目の前で起こった光景を受け入れる。


「まあな。俺も原理はよくわからないんだけど、なんでか神託の儀でこいつが現れてから、こいつの使い方とかどうやったら現れるのかとかが分かるんだ」


「やはりそれも〝英雄〟の天職に選ばれた者にのみ理解できること……ということなのでしょうなぁ」


「まあ、細かいことはよくわかんねえけどな。さて、爺さん! それじゃあいっちょ手合わせを頼む!」


 手に持った柄を両手で握り締め、老騎士に向かって柄を構えるアレン。次の瞬間、先ほどまで何もなかった柄の先に突如として光輝く刀身が現れた。


「こちらこそ、〝英雄〟のお力、しかと堪能させていただく」


 先日の神託の儀で、もうこれ以上ないほど驚いたと思っていた老騎士であったが、次から次へと体感する未体験の出来事に枯れきったと思っていた己の心に灯が点るのを感じる。

 まさか、このような年齢になって〝英雄〟と直接手合わせをできることになろうとは。まるで童心に返ったかのような気持ちで老騎士はアレンとの手合わせを開始した。


「いくぜ!」


 最初に動いたのはアレン。

 元より七つの子供とは思えない人並み外れた体力を持っていた彼であったが、踏み出した一歩はまさに疾風。風切り音が聞こえたと思った次の瞬間にはアレンは既に老騎士の懐へと踏み込んでいた。


「なっ!?」


 驚く間もなく反射的に手に持っていた剣を振り下ろす。そこには先ほどまで僅かにあった対峙していた相手が子供だという侮りは微塵もない。手を出さなければやられる。本能が訴える警告に従い、老騎士は全力の一撃をアレンに繰り出した。


「シッ!」


 だが、アレンは振り下ろされた老騎士の鋭い一撃を生み出した光剣で一瞬だけ受け止めると、勢いをそのまま利用して受け流した。

 光剣が質量を持った物質だということにも驚愕するが、剣を用いた戦闘がこれが初めてとはとても思えないほど卓越した技能を難なく繰り出すアレンに老騎士の驚きは止まることを知らない。

 一撃を受け流され僅かに体勢を崩した老騎士。その隙を見逃さず、アレンは上体を半回転させ、その勢いのまま更なる一撃を老騎士の持つ剣へとぶつける。

 まるで火に炙ったバターをナイフで切りとるかのように手ごたえなく断ち切られる老騎士の剣。得物を失った老騎士は苦笑いを浮かべ、


「いやはや、これは参った。まさか、初めて剣を持った子供にこのように手玉に取られてしまうとは」


 それでも悔しさを感じさせる様子もなく、むしろ手の届かぬ高みへと一気に上り詰めた少年に深い尊敬の眼差しを向けた。


「さすがは〝英雄〟だ。これほどまで力量差を感じさせられては感服するしかない」


「いや~そんな褒められると照れるって。でも、すげえな〝英雄〟って。俺ロクに戦ったことなんてないのに、身体がどう動けばいいのかなんでかわかるんだ。

 しかも、すっげえ軽い。まるで羽でも生えたみたいだ。今なら、誰が相手でも負ける気がしねえ」


 持っていた光剣を一振り。まるで幻のように先ほどまでアレンが手に持っていた剣も柄も彼の手から消え去った。

 爽やかな笑顔を浮かべながら手合わせを行った老騎士に近づくアレン。そんな彼に老騎士は近づき膝を折り、まだ小さく幼い子供の手を両手でそっと握り締めた。


「我らが〝英雄〟よ。どうか、このお力を更に高め、我々の歩く道を照らしください。

 先ほど手にした光の剣で闇を切り裂き、魔族を打ち倒し、行く末は〝魔王〟を……」


 まるで崇拝するべき主を見つけたかのような老騎士の尊敬に満ちた眼差しを受け、アレンは気恥ずかしさから視線を逸らす。

 そんな彼らの様子を手合わせの邪魔にならないよう少し離れた位置から眺めていた他の騎士たちも老騎士と同じように尊敬に満ち溢れた様子でアレンを見ていた。

 アレンはそのような視線を向けられる理由は自身が〝英雄〟に選ばれたことだからだと理解してはいるものの、まさかこれほどのものとは思わず困惑する。

 だが、騎士たちがそのような視線を向けるのも無理はない。それだけ〝英雄〟に選ばれた存在は魔族と戦う人々にとっては神聖視するべき絶対的存在であり、彼らでなければ魔族の頂点に立つ〝魔王〟と退治する事は叶わないのだ。

 性別、年齢、人種は関係ない。〝英雄〟とは人類にとっての希望であり、人々が行く先を光と共に切り開く導き手なのだ。

 なればこそ、人々は跪く。己の行く手を導いていく〝英雄〟へと。

 そして、それはこの国の絶対的権力を持つ貴族の一員であるウィングラムもまた例外でなく、


「アレン殿。此度の手合わせ誠に見事であった」


 先ほどまでの一幕を騎士たちと同じように眺めていたウィングラムはアレンの元に近づくと、彼の前にいた老騎士同様に膝を折り、アレンに対して頭を垂れた。

 その光景に騎士たちと同じように先ほどの光景を見ていた村長や村人たちは驚愕した。それほどまでにこの光景がありえないものだと彼らは理解していた。


「将来有望な少年だと思ってはいたが、まさか〝英雄〟となるとは。

 今手合わせをした騎士は私の父の代には騎士団の長を務めた猛者だ。年を重ねて老いから既に全盛期には程遠い実力にはなっているものの、それでもそこらの凡百の騎士であれば歯も立たないほどの実力を兼ね備えている。

 それをああも軽くあしらわれてしまうとは。さすが、始原の精霊に選ばれし〝英雄〟。君こそ、我ら人類が求める希望の灯火だ」


 普段より自信に満ち溢れ、大概の出来事には動じないアレンではあったが、こうも大人たちに持ち上げられ続けてしまっては流石の彼といえど落ち着かない。


「ちょ、ちょっと! そんな頭なんて下げないでくれよ! 困るって」


 オロオロとしながら助けを求めるように周りを見渡すアレン。だが、こんな時頼りになる自分の相棒は何故かこの場にいなかった。

 どうしたものかと視線をさ迷わせ続けていると、ふと一人の少女とアレンの視線がぶつかった。

 恍惚の眼差しでアレンをジッと見つめていたイオナだ。


「やめやめ! 俺、今日はもう遊ぶから!」


 老騎士の両手から己の手をすっぽ抜き、気まずさからその場を離れて視線の合ったイオナの元へと駆け出すアレン。そのまま彼女の手を引き、彼はその場から走り出した。


「あ、アレン様!」


 いつの間にか呼称の変わったイオナの様子に気がつかぬまま、アレンはそのまま広場を離れた。

 残された騎士やウィングラムはそんな二人の後姿を眺めると


「あれが〝英雄〟か。〝英雄〟の生まれた瞬間に立ち会えるなど、末代にまで語って聞かされられるほどの出来事だ。

 この地と縁を結んでくれたイデアとイオナには感謝の言葉以外見つからぬな」


「で、ありますな。まさか、老い先短いこの年になってこのような体験ができるとは。領地に戻ったら妻や息子、孫に自慢をしたいと思います」


「そうしろ。きっと、これから毎晩夢物語の代わりに孫にねだられる事になるだろう。

 なにせ、将来はこの国に。いや、世界にその名を轟かせる〝英雄〟とお前が最初に剣を交えたのだ」


「ハッハッハ! それもそうでありますな! いやはや、先代の頃より仕えてきた甲斐があったというものです。

 このような機会を設けていただき、誠感謝しておりますウィングラム様」


「よい。私も貴重な体験をさせてもらったのだ。今から王都に向かった騎士が戻ってくるのが楽しみでならん」


「それもそうですな。誇張でもなんでもなく、世界が変わりますからな」


「ああ! その瞬間に立ち会えると思うと今から震えが止まらんよ」


 この先、まだ幼く生まれたばかりの〝英雄〟がどのような成長を遂げ、偉業を成し遂げていくのかを想像すると楽しみで仕方がないといった様子で去っていくアレンの背を眺めるウィングラムたち。



――だが、彼らは気がつかない。アレンと老騎士。二人の手合わせをこの広場にいた村人や騎士たち以外に覗いていた存在がいることを。

 人々の影に潜み、気配を隠して先ほどの光景を眺めていた〝目〟があったという事を。

 そう、誰も気がつくことはない。〝英雄〟の誕生を喜ぶ人類とは対照的に、その存在を憎悪する闇からの使者がゆっくりとこの村に近づいてくる足音に。

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