12 : 銃撃
シャーロットのもとに金塊がない――かもしれない。
そのあまりに突拍子もない新説は決定的な証こそないものの、馬鹿にできない説得力を持って猫をくらくらさせた。でもそれを認めるわけにはいかない。
「金塊が無いなんて、あり得ないわ」猫は結局そう決論付けるしかなかった。
「だって、あの赤屋根屋敷は?タブレット紙幣の信用の裏付けは?あの柵の内側の豊かな暮らしはどうなっているのよ?あれは、やっぱり大金が無ければ作れないはず」
礼拝堂の隣に繋がる小さな母屋の中を掃き清め、ホウキを壁に立てかけると、猫はテリーザのベッドに倒れ込んだ。「決めた」
「もっと自分の目で探すのよ。何のために島にやって来たのか思い出せ」
その夕方、珍しく自分の小さな教会に戻ってきたテリーザは、猫の浮ついた様子に白い目を向けた。「それで、私に頼み事というのはなにかしら?」
「あなたは島のいろいろな所へ往診に行っているのでしょう?ねえ、わたしをそれに連れて行って」
猫は前のめりになってテリーザに詰め寄った。「荷物持ちでも、雑用でも何でもするわ。だからお願い。同行させてください」
「いいわよ」テリーザは猫の予想に反してあっさりとそれに答えた。「その代わり、道中はすべて私の指示に従うこと。途中何があってもよ。約束できるかしら」
「もちろん」
――てっきり断られるかと思ってた。この人、わたしを嫌っているみたいだったから。
翌朝、猫はテリーザの大きく重い革鞄を手に教会を出た。ぐいぐいジャングルの中の獣道を進んでいくテリーザの後ろを大粒の汗を額に浮かべて追いかける。けれど道は山の斜面に沿っているので足場が悪い。そのうえこの地の日常的な雨で湿っていた。もしも足を滑らせ道から外れでもすれば、きっと大けがだ。
「遅いわよ。ちんたら歩かないの」
「はい!今追いつきますって」猫は歯を食いしばって歩みを早める。それでも泣き言をいわない。一人前のおとなとして、そんなことは言いたくない。
――それに、テリーザに負けてられないから。
先を行くテリーザは猫の運ぶ鞄と同じものをふたつ両手に抱えているのに、涼しい顔をして歩いていた。そんな彼女を前にして、汗だくの少女は自分に闘志を焚きつけた。
「心配しないで。山歩きは慣れてますから」
けれどその闘志もだんだん燃え尽きてくる。ひとつ尾根を越え、カンカン照りの草っぱらを抜け、またヤシ林に入って幾ばくか進んだのち、猫はとうとう地面に手をついた。
「ねえ、マリー。日が暮れてしまうわ」
テリーザがそう言っても猫は荒く息をして返事するのがもう精いっぱいだった。それを見てテリーザは両手から荷物を降ろした。背負った茶のリュックサックの口から手探りでブロンズの水筒を抜き取り、ふたを外した。「少しだけ休憩にしましょう」
「まだ、大丈夫ですよ」
「ほら飲みなさい。あなた、だいぶ汗をかいて脱水が進んでいるから」
猫は喉を鳴らして水筒を傾けた。こくこく、それを飲み干そうとする猫の手からテリーザはすんでのところで貴重な飲み水を取り返した「あいたっ」
「こら、私のぶんもあるのよ」テリーザは猫の頬をつまみながら水筒に残った水を口に流し込み、名残惜しそうに空になったそれを眺めた。
「あの、目的地の村まであとどれくらいですか?」
猫は尾根風になびくばらけた黒髪をのろのろ結わえながら、少しだけ背の高いテリーザを上目で見た。体が水分を得て少し元気を取り戻していた。
「あとすこし」
「シスター・テリーザ。前から聞きたかったんですけど、ここまでしてなんで往診なんかしてるんですか?」
朽ち木に寄りかかって涼んでいたテリーザがようやく猫に目をやった。
「シャーロットが言ってましたけど、島民はお金を持っていないんでしょう?じゃあ何を目当てに医者なんかやっているかなと思って」
テリーザはそっけなく答えた。「個人的な事情があるのよ」
「なんですか、それ?」
「そんな人に興味のなさそうな顔をしてよく聞くわね」
猫はきまり悪そうにテリーザから目を背けた。「興味、あります。あなたはボスの知り合いなんだし」
「嘘ね」
「嘘じゃありません」
「どうかしら。あなたはただ彼のことを知りたいのよ。知りたいのは私でもなければ、この島のことでもないの」
テリーザは愛らしい童顔に完璧な笑顔を浮かべた。それはまさに訓練を受けたポーカーフェイス。けれど猫はその笑顔に隠された嫌悪にひるんだ。
「そ、そんなんじゃない」
「いいわよ。隠すことでもないし、質問に答えてあげましょう。往診は私が満たされるためにやっているの」にこやかな表情のままテリーザは言った。
「氏族の人々は私に食料をわけてくれる。それが私の取り分。わかったかしら?」
「教えてくれてどうもありがとう、です」猫もそこそこ気が強かった。
「シスター・テリーザはわたしがお嫌いなんですね。それはまあいいですけど、理由は気になります」
「あら、そんなことはなくてよ」
「それこそ嘘よ。何も考えてないとか、無能だとかひどいことを言ったじゃない」
猫はその言葉が刺さったままだった。「何も考えてない、だなんて」
「だってあなた、周りを見ないでしょう?見ているものは自分だけ。それは何も考えていないのと一緒よ。それでは何も変えることができないもの」
「なにそれ?意味がわかんない」
「さ、もう行くわよ。悠長に休んでいる暇はないの」テリーザは作り笑顔を消して荷物を持った。
それからというもの、ふたりは口も利かずに数刻かけて島の奥へ向け歩き続けた。幸運にも雨には見舞われなかった。日が落ちてきてあたりが涼しくなってきたころ、ようやく視界がひらけ、島民たちの村のような場所へたどり着いた。
「やっと着いた……」猫は思わずぼやいた。
「あの人、わたしがいなかったらこの荷物はここまで、どうやって運ぶつもりだったのよ」
「私が全部担いで持ってくるに決まっているでしょう。べつにひ弱な荷物運びなんていらないのよ」テリーザが振り返ってじろりと猫を見た。
「これから村に入ります。いい?何があっても私の指示に従うのよ」
猫は言い争う気にもなれず素直に頷いて、年上の修道女についていった。
その森の中の村は畑に囲まれていて、住居群のまわりには木柵が張り巡らされ、見張り櫓がいくつか立っていた。シャーロットの商会の敷地を縮小したような構造だ。ふたりがその門を潜る前に褐色肌の大柄な男が何人か近づいてくる。みなライフル銃や背丈ほどもある大きな戦槌を手に武装していた。
「おとなしくしてなさい。大丈夫だから」テリーザがささやいた。
男たちの探るようなまなざしに、猫は思わず服の下に隠し持ったピストルへと感覚を集中させていた。けれど男たちは黒服の来訪者がテリーザとわかると、笑みを浮かべ、話しかけてきた。テリーザもそれに応じて島の言葉で返し、何やら話し始める。その途中テリーザは猫を何度か指さした。しばらくすると閉じられていた村門が開かれ、ふたりは中へ通された。そこに現れたのは、
「イヴァ?」思わず口に出した猫はテリーザに肘で小突かれた。
「黙ってなさい」
でも、イヴァそっくり。強面の顔なんかそのまんまだ。その鍛え抜かれた巨躯もそう。けれどよく見るとけっこう違いがある。たとえば半裸の上半身はイヴァにはなかった黒々とした緻密な入れ墨が彫り込まれている。
「ようこそ、そしてお帰りなさい。修道医師さま」太い声が猫の頭の上から降ってきた。流暢な帝国英語に猫は驚く。そして気づく。彼の表情にはイヴァと決定的に違う部分があった。
「修道医師さまのお連れの方。おれはイヴァではありません」
彼は人懐っこそうな屈託のない笑顔を顔いっぱいに浮かべて名乗った。「おれは島の中心トゥアマサガの村々を治め、マリエトアの称号を継ぐもの。名はラウペパという。お見知りおきください」
「こんにちは王さま」猫は緊張しながらも、はにかんで礼を示す。
「わたしはマリー。シスター・テリーザの助手を務める見習いです。よろしく」
「初めて見るお顔です。イヴァのことをご存じで」
「最近島へやってきたんです。イヴァさんとも何度かお話しました。とっても……、優しい青年ですわ」
「それは良かった。あいつはおれの義弟なのです。気難しいやつですが、誠実で曲がったところのない男児です。修道女さま、どうか目をかけてやってください」
猫はがっしりと手を握られ、戸惑いながらも握り返した。それからラウペパ王は猫の隣のテリーザに目を向けた。
「修道医師さま。こんなに早く戻ってきてくださり、感謝します。荷物はお預かりしてよろしいですか」
「ええ、診療所までよろしくお願いします」テリーザもにこにこしている。ほんの数刻前猫に向けたような威圧はどこかへ消えたらしい。
「この間はあなたさまの治療のおかげでうちのツラファレのひとりが命拾いしました。片腕をもがれたのに、もう血は止まっています。熱は治まって食事も取れるようになった。いや、なんとお礼をすれば良いのかとんと分かりません」
「それは良かった」テリーザは生真面目に続けた。「でも疼痛はまだ続いているはずです。酷いようなら無理はさせずに鎮痛剤を打つ必要があります。この村では薬剤の管理を信頼できるタウラセアに任せていますから、彼が患者といつでも相談できるようにお取り計らいして頂けますか」
「わかりました。そのようにさせましょう」
ラウペパ王はゆっくりと頷いた。するとちょうどそのとき門がまた開き、入ってきた村人のひとりが彼に耳打ちをした。猫は彼がわずかに眉間に皺を寄せたことに気づいた。
「申し訳ない。ゆっくりお話しをしたかったのですが、これから斥候の報告をもとに戦の会議を急ぎ開くことになりました。これにて失礼しなくては」
「外で何かあったのでしょうか」
「敵方の同じく斥候部隊らしき連中が村を覗きにやってきていたようです。取り逃がしましたが」
「大丈夫なのですか」テリーザは暗くなってきた藍色の空をにらんだ。
「ご安心ください、とは正直なところ言えませんが、ここ最近はままあることです。何があっても戦士の誇りにかけてお二方には指一本触れさせませんよ」
王は明るい声で言った。「お二人とも、お疲れでしょう。夕餉の準備ができましたらお呼びします。それまでファレ小屋でゆっくりなさって下さい。では、またあとで」
その少しイヴァを老けさせたような壮健、快活な巨漢は島の言葉で周りの男たちに声をかけ、慌ただしくふたりが運んできた重い荷物をひとりで担いで集落の奥へと運んでいった。
「彼は命を狙われているの」テリーザがぼそりと呟いた。
「私が複数人でここへ来ることはまず無いから、少し警戒されたのね」
「わたし、後ろから殺気を感じたわ。周りの男たちがずっと見てたもの」
「みな気が立ってるのよ。いま村は総大将を匿っているから襲撃を警戒しているの。ラウペパ王はマリエトア家の正当な跡継ぎを名乗っているけど、この諸島の大半の民は彼のおじ、タラボウを推している。戦いでもタラボウ軍が数で圧倒しているのよ」
「だから、こんな森の奥に隠れているわけね」猫はため息をついた。ここまで来るのが大変なわけだ。「ばかみたい。家族のなかで争うなんて」
テリーザは答えず、黄昏の空を見つめている。
「シスター・テリーザはどうしてラウペパ王の方と仲良くしているのですか?よそ者のわたしたちにはタラボウもラウペパも関係ないと思うんですけど」猫はちらりとテリーザの顔を見た。「それもまた、個人的事情なのかな」
「単純に彼の方が負けているから。タラボウの軍は彼のそれよりたくさん銃器を持っている。したがって私の仕事はラウペパ王により必要とされる。言い忘れていたけど、私の専門は外科なのよ」
猫はひとりで歩き出したテリーザに追い縋って聞いた。
「そういえば……、あの荷物の中身、結局なんだったんですか?」猫はテリーザの隣に並ぶ。「あれ、薬瓶と包帯だけの重さじゃなかったでしょう」
「そのうち分かるわ。ねえ、少し黙っていてくれるかしら」
そうして猫はテリーザに連れられて村の中を歩いていた。なんだかいたたまれずに猫は視線を落とす。肌の色や服もぜんぜん違う来訪者として村人たちから奇異の目で見られることも嫌だった。全くわからない島の言葉でたくさんの村人たちが声を掛けてくる。テリーザはその一つ一つに彼らと同じ言葉でにこやかに応じる。その様子に猫はおそるおそる目を上げてみた。すると周りの視線には明らかに敬意が感じ取れた。一歩引いた畏れ入り混じった目を向けられる。
――いったい、テリーザはここで何をやっているのよ。
やがて夜になり、猫は小さな真新しい小屋の中でひとり、あぐらをかいていた。小屋はヤシの葉を葺いた柱組みの簡単なつくりで、壁がない。ナビゲーターアイランズ伝統の「ファレ」という家屋だとテリーザは簡単に説明した。
『わたしが戻ってくるまでここでおとなしくしていなさい。ふらふら出歩いてはだめよ』彼女は診療所に行くと言い、白衣に着替えて出て行ってしまった。
完全なお荷物扱い。でも猫にとってそれは想定のうちだった。むしろ動きやすい。猫はござに載せられた焼きイモの山盛りに手を伸ばし、ひとつとって齧った。
――着いてきて良かった。いろいろ分かったことがあるから。
ひとつはヤシュパルの言う通り、シャーロットの腹心イヴァが島の有力者、ラウペパと繋がっていること。
ふたつ目は、このウポル島が思ったよりずっと大きくて、複雑な地形をしているということ。
――これらから導かれるもの、それはシャーロットにとって何かを隠す場所がたくさんあるってこと。入植者たちも手が届いていない隠し場所はきっとある。
猫はここ最近、自分はちゃんと考えるようになったと自負していた。いろいろ頭を使うことが多かったから、わたしもきっと冴えてきたんだ。
そう、みっつ目があるのだ。事前資料にもあったマリエトア家の内紛、これはラウペパ軍がだいぶ押し込まれているらしい。彼の勢力範囲はウポル島のなかでも限られている。シャーロットとラウペパが「協力」しているなら、当然隠し場所もそのどこか。意外とすぐそこにあるのかもしれない。
「ローズ号も、金塊もきっとある」猫は顔を上げた。続けてもう一筋、少女の脳裏に鮮烈な思考が差し込んだ。シャーロットが射撃教室で「市民」の島民たちに銃の狙い方を覚えさせるわけ。「私兵団」を大きくしようとしているそのわけ。
「シャーロットは氏族に入れ込んでいる。それも負けている方に金塊を預けた……とする。で、彼らが完全にやられてしまわないように、ラウペパの部下を訓練させている、とかね。それが結局島の戦争を長引かせる一因になっているとしたら。これこそエキセントリックで危機を煽るゴシップね」
ちらりとシャーロットのにやけ顔が脳裏に浮かぶ。ヤシュパルの凛々しいカオ、イヴァの照れた赤いカオ。猫は首をぶんぶん振った。中佐の部下であるわたしにそれを気にする必要はまったくない。これは任務なのだから。
「教会に戻ったら、すぐにまたレポートを送ろう」
本当の家族に会える日は、そう遠くないのかもしれない、猫は両手で顔を覆ってござに寝転んだ。
すると猫の上官、父親代わりのジェームズ・ロイド中佐が現れて咳払いをした。相変わらずよれよれ焦げ茶のラウンジ・スーツを着て、髭も青く剃り残している。けれどその蒼い目だけは若いオオカミのように鋭く冴えていた。彼はいつもと違って顔を歪ませ、それはもうかんかんになって怒っている。頰は紅潮し、振り上げられた拳は怒りにぶるぶる震えている。どうやら、とんでもないことをしでかしてしまったんだ。そうに違いないと猫は竦み上がった。
「あの、何がいけなかったんでしょうか?」
中佐はシドニー港の目抜き通りの並木の下に立っていた。中佐の後ろ、通りの先には桟橋があって、カンカン照りのなか船がたくさん泊まっている。猫は今からどれかの船にひとりで乗り込むことになっていた。
「どうか教えてください。どうしてわたしだったのですか。どうしてイーストエンドでわたしを拾ってくださったのですか」
それでも中佐の声が聞こえない。何か喋っているはずなのに、全く耳に入ってこない。
「ごめんなさい。わたしがいけなかったんですね。次こそはちゃんとします」
もうすぐ出航の時間だ。猫は急がないといけなかった。
「わたしを見捨てないで。わたしをここに捨てていくつもりなんでしょう?」
だしぬけに彼の怒った声がすぐ耳元で聞こえた。「マリー」
「は、はい」
「マリー!」
それは中佐の声ではなかった。
「起きなさいマリー!何をしているの!」女の怒鳴り声。テリーザのものだった。
猫は慌てて半身を起こして、目を擦った。テリーザが土足で狭いファレに上がり込んでいた。彼女は猫の腕を引っ掴んで小屋の外に無理やり連れ出した。「え、なに?」
辺りは真っ暗闇、けれど村の門の方から火が出ていた。その方角から怒号と悲鳴が夜風に乗って聞こえてくる。時折、断続的にぱん、ぱん、という乾いた破裂音が満天の星空に響き渡る。
「修道医師さま、ここも危険です。村全体が包囲されています」
テリーザのそばにいた刺青の屈強な男が荒く息をしながら、木柵のどこかを指差した。「藪の中を伏せていけば、尾根の向こうまで逃げられる秘密の抜け道があります。今ならまだ悟られていないと思いますが、いずれ気付かれる。早くしないと本当に手遅れになりますよ」
「ラウパぺ王はなぜ降伏しない!私を行かせなさい!彼に戦いを止めさせなければ、この村は皆殺しになってしまう。もう彼はここで負けたのよ!これ以上の殺戮は無意味だわ」
テリーザは男に取り押さえされ、小さな身をくねらせて暴れていた。ぽかんと見つめる猫。
「俺はツラファレのひとりとして修道医師さまを何としてもお守りするよう王から最も重い命令を受けています。あなたの存在は敵もよく知っている。捕まれば酷いことに」
「それで私が怯えるとでも思っているのね!私はいい。この子だけ、外へ逃がしなさい」
「いえ、部外者のあなた方ふたりはここで死なすわけにいかないのです。俺たちはみなアイガの一員。マタイが討たれる時、俺たちも死ぬ。その覚悟はとっくに出来ている。だがあなた方は違う」
「馬鹿じゃないの」テリーザはわめいた。
「なに意地張ってるのよ!大人の戦士たちは気持ちよく死ねて良いわね。でも子供は、怪我人は?あなたのお母さんやお嫁さんはどうなる!それで本当に……」
鈍い音がしてテリーザは喋らなくなった。「戦士たちが戦って死ねば家人もみな納得して後を追うだろう。我らにはナファヌアの加護があるのだから」
男はテリーザを抱きかかえて、片手に巨大な木の戦槌を構えた。「すまない。修道医師さま」
「テリーザに、なにをしたの?」猫はからからになっていた喉から声を絞り出した。
「しばらく眠って頂きました。さあ、こっちへ」
猫は戦士に連れられて、立ち並ぶファレ小屋のそばで怯える村人たちの間をすり抜け、村の外を目指した。それを恨めしそうに見つめる女、ただ視線で追いかける虚ろな瞳の子供たち。
「急いで!もう村門の守りが陥ちそうだ」
男がそう檄を飛ばしたその時だった。猫たちが目の前にしていた鋭く尖った高い木柵が内向きに崩れた。ぽっかり空いた防御の穴の奥には森の暗闇と、無数の戦士たちの血走った眼が煌く。
瞬間、ツラファレの男は大柄に見合わない豪速で敵の視界の外へ駆けた。手を引かれた猫は転びそうになりながらも、近くの小屋の陰に隠れることができた。
「修道医師のお連れさま。そこの柵の隙間を潜った外は背の高い藪になっています。どうかふたりで逃げてください」
猫がテリーザの体を男から押し付けられ、振り返ったときには男はもうそこにいなかった。
「ま、まって!」
鬨の声を上げて崩れた柵から雪崩れ込む戦士たちの前にその男は立ち塞がっていた。身の丈を超える戦槌を振り回し、侵入者たちを蹴散らしていく。直撃した者は呪詛も吐けず黙って屍と化していく。悲鳴を上げているのはそれを見た無傷の戦士たちだ。彼らは手に持った短銃、ライフル、マスケットを構え、一斉に撃ち放った。




