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銀色だいだらぼっち 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 お、今度のこーら君の研究テーマは、ミステリーサークルものか。

 ミステリーサークルとか、時代、場所外れの物品を指す「オーパーツ」とかって、ロマンが広がるよねえ。

 それが偶然によって発明されたり、発見されたりしてしまったひとつだけの特別なものなのか。はたまた、それらを知ったり扱ったりしているのが、当たり前の世界、文明がそこにあったのか、とかね。

 

 先人が遺した足跡というのは、時を超えて、しばしば私たちにヒントやモチーフを提供してくれる、偉大なものだ。

 これからのち、先人が成し遂げていないことを成したからといって、必ずしも先人を上回っているとは言えまい。

 先人が生涯を懸けて積み重ねたもの。そのゴール地点を、私たちはスタート地点とすることができるわけだからね。敬意を払う謙虚さって奴を、忘れないようにしたいものだ。

 先生も、地元にある過去の遺物に関して、想いを馳せることもあるし、それにまつわる話も調べたりもした。

 興味があれば話をするけど、聞いてみるかい?

 

 今となっては、だいぶ昔の話だ。

 先生の地元には、だいだらぼっちが姿を現していたという。

 だいだらぼっち、知っているかい? 日本各地に現れる巨人として、その名が広まっていると思う。その巨体で山や湖をこさえたという伝説も、耳にしたことがあるんじゃないかな。

 先生が聞いた話によると、東の空が明るくなり始めるころ、地元近辺の山々の頂上に、一晩にして巨城が築かれたかのような、不釣り合いな影が現れることがある。

 しかしずっと見ていた者は、やがて影がぐぐっと空へ向かって背を伸ばし、根元が二股に分かれるのを目にすることになる。影の主が城ではなく、うずくまっていた巨体であり、それがようやく両の足で立ち上がったことを、悟るんだ。

 

 幾度か、山に入った猟師が、間近で巨人が起き上がったところを見たと、話したことがあったらしい。その全身は、ところどころ虹色を帯びた、銀に輝いていたという。

 巨人たちは立ち上がると、のそのそと緩慢な動きながら、その場で何度も足を踏みしめる。そばで見ている猟師は激しい揺れに襲われ、木の幹にすがりつくことで、どうにか倒れずに済んでいたという。

 足を持ち上げては下ろし、持ち上げては下ろし……、まるで山そのものをならしまうのではないかと思う、規則的な足踏みは、唐突にやんでしまう。

 巨人がいったん足を止め、両足で地を蹴って飛び上がる。つられて空を見上げると、巨人は小さい穴に吸い込まれていく水のように、その頭を、肩を、身体を、細く細くねじりあげつつ、雲の中へと吸い寄せられるように、消えていってしまうんだ。

 そして、巨人が足踏みしていた箇所は、大人が百人いても囲えるかどうかという広さのくぼちになっており、すでに水が土の表面に染み出していた。

 またたくまに池を作る。これが神の御業でなくして、何であろうか。

 報告のあった池たちは、多くの村人たちの手によって、確認と共有が成され、水源や狩りの時の拠点として採用される。

 池そのものは何年も使えることもあれば、わずか数十日で水が湧いてこなくなったりと、差が激しかったけど、巨人を知るものからしてみれば、こうして面に現れただけでも奇跡。

 限りある恵みを大切に、ありがたく享受する。自然と生き続ける彼らにとって、当たり前の感覚だった。

 

 しばらく経った頃。

 一時はよく見かけただいだらぼっちも、あまり見かけなくなり、お作りになった泉たちも、長年あり続けられるかどうかの淘汰を終え、安定し始めた時期。

 先生のご先祖様は山に入った折り、近くにあるはずの泉に立ち寄ろうとした。家から持って来た水袋の中身は、もう半分も残っていなかったらしいからね。

 ところが泉にたどり着いてみると、その水の色に、いつもの透き通る色はなく、淡い銀色に濁っていたらしいんだ。更に、よくよく見つめてみると、水面に虹を思わせる七色の光跡こうせきが漂い、うようよと雲かかすみのように、その領域をじわじわと広げていく。

 とても飲めるものとは思えない。そう思って、後ずさりかけたご先祖様は、後ろからポンと肩を叩かれた。

「失礼」と、低い声で一言だけ。振り向いたご先祖さま。

 その人物は長い布で、顔から足元に至るまでをくるんでいた。その布にしても、日の照り返しによって、ところどころが瑠璃色に光る、見たこともないような生地だったとか。

 そいつはご主人様の脇を抜けると、泉のふちで屈み込む。ごそり、と布の中で肩が動くと、枯れ枝んぽように細い腕には、透明な管が握られていた。

 幅は指およそ三本分。長さは中指からひじに至る程度。両端には、管そのものよりも大きい茶色の蓋が取り付けられている、奇妙な姿をしている。

 管を銀色の池に浮かべたそいつは、後ろで固まっていたご先祖様に、向き直ることなく話し始めた。


「助かりましたなあ。この泉が残っていたことには。身動きが取れなくなるところでしたわ」


 心底、安心したという声音に、ご先祖さまも少し警戒を解く。


「それほど、山の中を迷っておられたのですか?」


「いや、海の中でしてな。船が動かなくなってしもうたのですわ。こいつが」


 布の人物は、銀色の池を指さして「底をついてしまいましてな。よい港と出会えて、幸いでしたわ」と継ぐ。

 船? ここは山の中。どこに船を浮かべる意義や余地があるのだろうか。


「ある程度探りは入れておったのですが、いやはや、手間取りましたわ。何せ、表に出してより、長い時間をかけねば準備が整いませぬで……おお、そろそろか」


 泉に浮かべていた管に、布の人物が手をかける。その次の瞬間、ご先祖さまは目を疑った。

 管を水面から引き上げるや、それに吸い寄せられるように、池の銀色がすべて管の中へ突っこんでいったんだ。管にはあの銀色が、虹の色混じりでぎっしり詰まり、池であった場所は一滴の水も残らず、くぼ地と化している。


「とはいえ、今はこれが限界の模様……しばらくは港として使えそうにありませんな。いずれ、これらが満ちる時。再びお目にかかりましょう」


 布の人物がすっと右腕を掲げると、唐突に空が暗くなった。

 夜を迎えたわけじゃない。今まで照らしていた陽の光が、いきなり現れた巨体にさえぎられたためだ。それは先ほどの泉の色と同じ銀色と虹色を携えた、巨人の姿だった。

 布の人物に対し、右手を地面に下ろす巨人。その手のひらに目標を乗せると、巨人は両足で飛び上がり、話に聞いていた通り、身体を細くねじりながら、空の彼方へ引き込まれるように消えていってしまったという。

 その晩。起きていた者は空の彼方へ消えていく、赤く大きな流星を目にしたのだとか。


 先生はそのだいだらぼっちは、布の人物が言う、探りであったと思っている。船を動かす燃料を探すためのね。

 今でこそ姿が見えず、存在を疑われる彼らだが、時が来ればまた現れると信じている。

 この地に再び燃料が満ち、赤き星の船が立ち寄ることのできる、宇宙の港となった時に、ね。


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