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8.知の試練へのリベンジ

 動く屍たちから逃げ切った森の奥。 

 そこに、大きな違和感が出現する。


 不自然に木が生えていない円状の草原。

 

 中央に、黒い人工物がポツンと立っている。


「……ようやく見つけた」


 元の世界に繋がる扉。


 ボクらは、辿り着いた。

 

 勇者ミヤザワトシキ:HP 2007

 勇者ミヤザワエミカ:HP 3000


 頭の中にハッキリと感じる命の残量を改めて把握。

 姉さんはすさまじい。一度もダメージを食らってない。

 そんな余裕がどうして出てくるんだよ……。


「……前回ここにたどり着いたときは、みんな今のボクの半分くらいしかなかったよ」

「ほーう。つまり、あたしは、これまで来た中じゃベストの残量だな。記録保持者」


 自慢げに姉さんは胸を張る。濡れた長髪から軽く水を払う。


「……で、いよいよ謎解きだな」

「うん」


 ボクは、取っ手を握った

 瞬間、扉の表面が歪み、唇がぬぅっと現れる。


 扉が、吠える。


『――汝。我が知の試練に打ち勝て。さすれば扉は開く』


 森全体に響き渡る声。

 遠くから、いたるところから、

 アンデッドたちのうめき声がしてくる。


「……おい、バカ弟。聞いてはいたけど、こりゃあさっきの12体どころじゃ済まねえぞ」


 分かってる。だからこそ、すぐに答えを出さなくちゃいけない。


『質問を3度まで許そう。我が名を当てよ』


――試練、開始。


 命をかけたタイムリミット付きの謎解きゲーム。


「姉さん。悪いけど打合わせ通り、一人でボクを守ってほしい。申し訳ないけどボクは解答に集中したい」

「……ふざけんじゃねえぞ。これを相手に一人でお前を守り切れってか?」

「ごめん」


 謝ることしかできない。


 オォオオオオ――


 重低音が、近づいてくる。


「……早くしろバカ弟。さすがにこの数はあたしでも限界があるぞ」

「分かっているよ」


 まずは、条件の整理だ。


1.雌雄の概念はない=生物ではない

2.固有名詞ではない=一般名詞

3.物理的に存在している。概念などではなく目に見える物体である。


 ヒントはこれだけ。

 少し、範囲が広すぎる。


 ボクはまず、一つ目の質問を消費する。


「……お前は、主に何で出来ている? お前を構成する物質を答えろ」


 これが分かればかなり範囲が絞れる。

 前に言おうとしていた質問「人工物か自然物か」では三回だけの質問で答えにたどり着けそうにない。

 より狭く絞り、より早く答えに迫るには、最初にこの質問をした方がいいはず。


 唇が歪む。


『答えに困る質問だ。なぜなら我は硝子で出来ているとも言える。過去には金属や水で出来ているとも言われた。故に何とも言えん』


 ガラスであり、鉄のように硬い金属であり、 水の場合もある?

 今の段階だと「ハート(笑)」ぐらいしか思いつかない。しかし、答えは概念的なものではないのは分かっている。


 まずはとにかく案を出せ。分からないときは量で勝負。


「お前は”グラス”か?」

『否。我はグラスではない。』

「おわんか?」

『否。我はお椀では』

「お皿」

『否。我は』

「コップ」

『否……』


 ダメだ。

 頭の中に書いた候補の単語に、上から赤ペンで線を引いていく。


――少なくとも、ガラスで出来ている自然物はほとんど存在しないので、人工物であることはたしかだ。


――ガラスもしくは水で出来ている物体。

  共通点は「透明」なこと。金属を含めなければこれが重要なポイントになるかもしれない。

  特に金属と水は「過去」とわざわざ言ってくれた。だけど


「さすがに、これだけでは絞り切れないよなぁ」


 質問をもう一つ消費しなくては。


「おいバカ弟! のんびりするな! 来てるぞ!!」


 姉さんが急かせる。

 注意が逸れた。

 視覚が、聴覚が。

 周囲の様子を映像として直接ボクの意識に送り込んでくる。


『オォオオオオ――』


 さきほど仕留めきれてないアンデッド集団が姿を現す。

 しつこい奴らだ。ボクらを追ってやってきた。

 全く別方向からは弓を背負ったアンデッドが2体。

 右方、左方、後方、前方……


 想定よりも早く屍たちが、再びボクの命を削りにくる。


 焦るな、ボク。


「……二つ目の質問だ。名前の文字数を教えてくれ。全部で何文字だ?」


 ボクは扉を睨む。拳を握る。


『ふむぅ。汝は答えに困る質問ばかりする。しかし、いいだろう答えよう』


 唇が咳払いをする。早くしろ。時間がない。


『1文字。もしくは3文字。国によっては6文字の場合もある』

「……はい?」

『1文字。もしくは3文字。国によっては6文字の場合もある。もう言わん』


 何でいつも回答が一つじゃないんだよ!!!!


 目を閉じる。

 言われたことを頭の中で反芻する。

 言葉を分解して、さらに分解して、言葉の意味を自分の中で再構築する。

 考えろ、考えろ。


――別の『呼び方』があるというパターンを考えろ。


 日本語の表記は漢字・ひらがな・カタカナ。

 漢字表記は文字数を少なく名詞を表現できる。


 おそらく1文字の場合というのは「漢字」表記。

 3文字というのは読み仮名だと仮定する。つまり「ひらがな」もしくは「カタカナ」。


 これなら説明がつく。いける。


「……お前は? ”うつわ”か?」

『否。我は器ではない』


 ハズした。


 先ほど候補として挙げた食器類と共通点ががあったこと。

 漢字一文字、読み仮名三文字はピッタリだったこと。


 以上の二つの理由から回答として選んだが違った。

 少し言葉の意味が広すぎたか? そもそも透明だとは限らないし。


「――やろう放しやがれっ!」


 グチャリと、肉を噛み切られる音。

 思わず振り向く。


 勇者ミヤザワエミカ:HP 3000→2642


 刺さるような情報が脳に侵入し、ボクの集中状態は裂けた。


 視覚がスローカメラのように背後の状況をとらえる。

 破裂した水風船みたいに、姉さんの右腕から血しぶきが上がっている。


「姉さん!」

「――あぁぁぁぁぁっ! 痛っえなクソボケ!!!!!」


 釘バットを振り回し、姉さんは腕にしがみついた短剣タイプのアンデッドを跳ね飛ばした。

 腕が、思い切り噛まれたらしい。右手を振る速度がさっきよりも落ちている。

 マズい。マズい。マズい。


 鋭い風が、ボクの耳元を通り過ぎる。

 サクリと、地面に刺さる矢。

 顔をあげて矢の出元を確認すると、弓矢タイプのアンデッドがすぐ傍まで来ていた。


「……くそったれ」


 一体、二体、三体、四体……数えきれない。

 迫ってきているアンデッドの数が多い。


 悪夢がよみがえる。

 先生やミカミちゃんの叫び声、かみちぎられる自分の肩、血まみれのハヤシ先輩……


 悲惨な記憶が、猛スピードで脳内を侵食する。

 脳で組み立てていた謎解きの方程式を忘却させにくる。


 やるしかないのか?

 地面に刺さった剣を引き抜く。剣を構える。


「――バッカ弟おおぉぉぉぉぉぉおお!!」


 視界に捉えていた弓持ちのアンデッドの頭が弾き飛ぶ。

 姉さんの一振りだ。肩で息をしながら、こちらに近づいてくる。


 睨まれた。


「……謎解きゲームはクリアできたのか?」

「できてない。でも、敵がもう近すぎる」

「あたしに任せろ。全部ぶっつぶす。お前は謎解きに集中しろ」

「でも姉さん、腕が」


 ボクは顔の唇をつままれる。痛い!


「それ以上言うな。あたしじゃ謎解きはよく分からねえ。お前が解くしかねえだろ?」 


 この近距離にアンデッドがいる状態で集中しろって? 冗談キツいぞ。

 アンタだって限界が近いじゃないか。


 言いたいことはたくさんあった。

 だけど、もう選択肢なんてない。

 事前の作戦通りやるしかない。


 姉さんはボクから手を離した。釘バットを構える。


「さっさと終わらせろよ、バカ弟」


 姉さんが泥を踏み飛ばす音。金属音のぶつかり合う音が聞こえ始め、姉さんが再び闘い始めたのが分かった。


 舌打ちしながらも、ボクは再び意識を「知の試練」へと沈み込ませる。


――答えへの道筋を再構築する。


1.雌雄の概念はない=生物ではない

2.固有名詞ではない=一般名詞

3.物理的に存在している。概念などではなく目に見える物体である。

4.ガラスで出来ている。過去には「金属」や「水」で出来ていたこともある

=水は例外として、ほとんどの確率で人工物。

5.漢字で一文字。発音は三文字。何かしらの外国語で6文字。


 絞れてる。かなり絞れてはいるんだ。答えはもうすぐ導ける。

 何かの道具であることは間違いない。そして、おそらく透明なもの。


「三つ目の質問だ。お前の――」


 背中にズブリッと刺さる、矢の鋭い痛み。

 

 勇者ミヤザワトシキ:HP 2007→1954


 ボクらの肉体は、どうやら元の世界にいたころよりも丈夫にできている。

 だから、通常より死ににくい。気にするな。痛いだけで死にはしない。

 歯を食いしばり、矢の痛みをこらえる。


「――お前の使用用途を教えろ!!」


 ボクの質問に、唇が答える。


『我は汝の身を整えるために存在している。答えは以上だ。』



 ズブリッ、ズブリッ。

 勇者ミヤザワトシキ:HP 1954→1848

 

 命の残量が減る。ボクは膝をつく。

 舌が、口から失った水分を求めてくるのが分かる。

 眩暈がしてきた。出血のせいか? それとも頭の使いすぎか?

 集中力が切れ始めた。


「バカ弟! 大丈夫か!?」

 

 姉さんが、駆け足で近寄ってくる。

 ああ姉さん、血だらけじゃないか。

 ごめんなさい。


「……力が抜けちゃったよ」


 ボクはそう言った。


 脳から一気に熱が抜ける感覚。

 深く集中した意識が分散し、宙に溶けていく。

 ボクの思考で埋め尽くされた答案用紙が、消えた。


 もう頭が動かないよ。


――使う必要ないけどね。


 笑みがこぼれた。答えが分かった。


「透明」ということに捉われ過ぎていた。

 共通点はそこじゃない。


 ガラス、金属、水。

 その共通点は……『反射』だ。

 反射を使った身を整える道具なんて、一つしかない。


 顔をあげる。

 唇めがけて、ボクは人差し指を突きつける。

 喉元で止まっている言葉を解き放つ。


「お前は――鏡だ」



 刹那、扉についた唇がこれまで見たこともない幅で大きく歪んだ。


 周囲の雨、アンデッドの動き、時が止まったように全てが停止し――

 鼓膜が破裂しそうなくらいの爆音が、森を駆け抜ける。


『ご名答おぉぉぉぉおおおおおおおお―――!!』


 ガッチャンッ。


 ガチャンッ。ガチャンッ。ガチャンッ。

 扉の中で金属がぶつかり合い、何かが外れる音が続けざまにする。


異世界人オーキャスト310番 ミヤザワトシキ。汝は知の試練を突破した』


 最後にそう言って、唇が煙のようにすうっと消えた。


 ギギギィーっと重い音を立てて、黒い扉がわずかに開く。


「……やった」


 ボクと姉さんは顔を見合わせる。二人揃ってニヤつく。

 ハイタッチしようと近づいたその瞬間、


――時が動き出す。


 体が急に重くなった。

 大きな力で上から押さえつけられたように、立ち上がれなくなる。


「っっ!?」


 地面がぐらつく。周囲の空間が歪む。


「なんだこりゃバカ弟!?」

「分からないよ姉さん!?」


 体が、支えられない。


 扉が大きく開く。

 向こう側には、圧倒的な『闇』だけが見えていた。

 直感で何かを察した。


 あの奥に入ってはいけない、と。


 地面に剣を突き刺そうとしたが間に合わなかった。

 ボクの視界に映る景色が横に引き伸ばされ、扉の方に吸い込まれていく。

 なすすべなく、ボクの体は扉へと引きずられる。


 右足が扉に入り、左足、胴体、頭――

 そうして、目の前が一気に暗くなる。


「マジ、かよ」


 理解と常識を吹き飛ばして突入した闇の中。

 どこに向かうかも分からない加速的な落下を体感する。


 怖い、怖い。怖い怖い怖い――

 

 ズンッと音を立てて急停止。

 次に、感じたのは大理石のような床の感触。

 闇が、晴れる。

ちょっと改稿するので次回の更新一週間と少しほどかかる見込みです。

第一章クライマックスに向けて荒いところを書き直します。

ブクマ・評価・感想をいただけると更新速度が上がるかもしれませんので、応援よろしくお願いします。

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