7.会心の一撃。
まだ受験勉強に本気で取り組んでなかった頃のボクは、ゲームばかりしていた。
中でもハマっていたのはモンスターを育成して戦わせる対戦ゲーム。
技の確率を計算し、戦略を練り、最善手を判断して敵を倒すのが楽しかった。
炎の技や、水の技、ドラゴンの技に、毒の技。
しかし、たくさんの選択肢がある中で、ボクが一番頻繁にモンスターに出した指示は「戻れ」だった。
『バカ弟。お前モンスター戻してばっかじゃねえか』
『相性が悪いのに戦ってもしょうがないよ姉さん。負けたからって文句を言うのはカッコ悪い』
生意気を言って、よく姉さんに蹴られたのを覚えてる。
たぶん、今あのゲームをやってもボクは同じ作戦で戦うだろう。
無駄な戦闘は、無駄でしかない。
頬に雨粒がぶち当たる。
ボクと姉さんはアンデッドたちから全力で逃げていた。
動きが遅いアンデッドにはボクらのことを追いかけきれない。
走れ。走れ。走れ。
「バカ弟!! 矢を持ったアンデッドは注意しなくて大丈夫なのかよ!?」
「アンデッドの矢はボロいから平均5メートルくらいの近距離でしか飛ばない! 小学生が作った輪ゴムパチンコより飛ばないんだ!」
「ホントか! それ矢として機能失ってねえか!?」
「信じて! ライフが2だった時に何度も検証した! 全力で走ってれば、まず当たらない! アイツら脳みそほとんどないから、待ち伏せなんて高度なことはできないし!」
前回はギリギリのところでクリアできなかったが、タダでセーブポイントに帰ってきたわけじゃない。
戦いの最中にアンデッドの動きのパターンや平均的なスペックを自分なりに研究した。
今回の試練ではそれが生かせるはずだ。
グサッ
勇者サトウトシキ:HP 3000→2947
「言ってるそばから、おもっくそ刺さってんですけど!!」
「イレギュラーは除くっ!!」
しょうがないだろ! 全部が当てはまるとは限らない!
走りながら、肩から矢を引き抜いた。
一回目は、一発刺さっただけでパニックになり、泣いていたが、今は違う。
こんなもの、痛いうちに入らないんだよ。
「バカ弟! ちょっと先にいるアンデッド、多くないか!」
姉さんの声を合図に、ボクらは足を止めた。
のそり、のそりと木陰から現れるアンデッドたち。
「「「オォオオオオ――」」」
低いうめき声の大合唱。
森が揺れたようにボクは感じた。
立ち止まる。首を振って、あたりを確かめる。
「――ろく、なな、はち」
「12。数えるのが遅え」
「マジかよ……」
囲まれた。しかも少し数が多い。
「そう簡単には通させてもらえないか……」
眼をぐるぐると回し、ボクはアンデッドたちの武器を確認する。
見たところ、「長剣」タイプが一番多く、次いで「短剣二つ持ち」タイプが多い。「弓矢タイプ」はいない。
「おいバカ弟よぉ。止まってたらアンデッドたちが集まってくんだろ」
ブンブンッと釘バットを回す音。
水滴が飛び散った。
姉さんなりの臨戦態勢らしい。
「やるしかなくねえか?」
「……姉さんの言う通りだな」
震えそうになる手に力を込めて、ボクは剣を握る。
全てを倒す必要はない。
道を切り開く。
それが最優先。
「――行こう、姉さん!」
「ぶっつぶぅす!」
戦闘開始。
びちゃりと、水たまりを踏みしめる音。跳躍し、姉さんはアンデッドとの距離をつめた。速い。
「――っらよっ!」
嘘、だろ?
姉さんは着地と共に釘バットを横なぎに振るった。アンデッドの頭部を思いっきり跳ね飛ばす。
あんなに苦労したアンデッドを、軽々と一体葬った。
強すぎる。
アンデッドは動きが遅い。ゆえに奇襲にかなり弱い。
だからボクらの作戦はまずは速く距離を詰めて奇襲だったが、こんなに上手く決まると思わなかった。
「――っやくお前も来いバカ弟! 何立ち止まってんだ! さすがにあたし一人じゃ倒せねえだろうがクソバカ野郎!」
姉さんに言われて、ハッとした。
あんなに倒すのが大変だったアンデッドを軽やかに倒す姿に見とれて、足が止まってしまったのだ
息を吸い込む。集中する。ボクも駆け出す。
標的は、一体のアンデッド。
姉さんに背中から飛び出すように前に出る。剣を振り下ろす。
カァアア――ンッ!
ボクとアンデッドの刃がぶつかり合う。クソ、姉さんのようにうまくはいかない。
斬る。跳ね返される。斬る。防がれる。ボクの斬撃は届かない。
独楽のように回転しながら横なぎに斬る。躱される。
素人の剣では、戦闘慣れしたアンデッドを簡単には斬れない。
隙の生まれたボクを、真横からアンデッドの斬撃が襲う。
ボクの体から赤い線が飛び散る。
勇者ミヤザワトシキ:HP 2947→2689
左目をつむる。
右方向に駆け抜ける痛み。
「ふざけてんのかバカ弟!? どうしてそんな剣を動かす幅が小せえんだよお前は!」
姉さんに大真面目に注意される。
風を斬る音が聞こえた。
ヤバい。敵の位置が分からない。
錆びた長剣の先がボクの制服の奥に突き刺さる。
勇者ミヤザワトシキ:HP 2689→2007
引き抜かれた箇所からの大量出血。刺された箇所を抑えながら後退する。
「大丈夫かバカ弟!?」
「今のは浅い! 立て直せる。」
嘘だ。けど、そうでも言ってないとやってられない。
……落ち着け。だから落ち着くんだ。
基本は「戻れ」だ。無駄な行動にするな。
自分に有利な戦い方をしろ。
思考が超加速し、たった数秒の時間を大きく引き伸ばす。
アンデッドを倒すために足りていないことが何か考える。
前回「偶然」敵を斬れた時と、姉さんに言われたことを分析する。
「偶然」の理由を分解し、再現性の高いやり方を模索し、最速で肉体に反映する。
――姉さんの言う通り、剣の振り方が、たぶん悪い。
――大剣は予備動作が大きく、一回振ると再度振るまでに時間がかかる。
――横なぎに振るうのは動きが大きくなりやすいが、攻撃範囲が広い。
――縦に振ると攻撃範囲が狭いが、速く動かせる。
並列思考。状況把握開始。
みるみるうちに僕らの方にアンデッドたちが集まってくる。
眼球を高速で動かし、数を把握。
右端2体。左端1体。残りは後方。
視界の端に目をやる。
姉さんは鬼神のごとき勢いでアンデッドたちをなぎ倒している。
姉さんの援護は考えなくていい。ボクさえここを突破できれば、なんとかなる。
黒い影がとびかかってくるのが見えた。
同時に、剣の振り方を思いつく。
――そうか、分かった。
体の後ろに大剣を回す。
ボクは腰を大きくひねり、斜めに振り上げた。
「―――うおぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」
一歩、足を踏み込む。
半円を描くように。 地面に刃を叩きつけるように。
両手で振り下ろす渾身の斬撃。
宙に浮いたアンデッドを、一刀両断。
シャワーのように飛び散る体液が体に降り注ぐ。
笑みが、こぼれる。
「やるじゃねえか! 少しは動きがマシになった」
姉さんの言うことが、ようやくわかった。
今まで僕の斬撃の開始位置は、剣の先が頭の頂点にあった。
これでは剣の動く幅は最大でも180度。
これを斬撃の開始位置を腰の後ろに変えるだけで、斬撃の重さが変わった。
モーションが大きくなり、一撃に勢いがついた。
掴んだ。ボクの闘い方。
一体のアンデッドが迫ってくる。
間合いを詰めて一息に剣を振る。横っ飛びの動きで、いとも簡単に避けられる。
――自分から動くと避けられて後手を踏むんじゃないか?
――アンデッドはボクの攻撃を避けてから斬りだす。ボクは先に動いて隙を見せて斬られている。敵の動きを待て。
剣を構えて、敵がとびかかってくるのを待つ。
周囲にいる二匹どちらの動きを注意深く見定める。
落ち葉が踏み砕かれる音。
一瞬でも分かった。
跳ねる寸前の予備動作。
敵が二匹同時に飛び上がってくる。
「――ぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」
全身を使い、肩まで持ち上げた大剣で、
アンデッドを、二匹まとめて斜めにぶった切る。
ズッパァァアアアアアンッ!
道が、開く。
「――よぉし!逃げるぞ!!姉ちゃん!!」
「あい了解だ! ニヤニヤした顔が気持ち悪ぃぞ!」
突進。自ら切り開いた突破口をボクは全速力で駆ける。
すぐそばでアンデッドが横なぎの斬撃。
かがんで避けた。そのまま跳ねるように、前へ。
前へ、前へ、前へ――
走り去るボクたちに、アンデッドたちは追いつけない。
森の奥まで突っ走った先。
木が周囲から一時的に消え、草原が出現する。
そして――
「おい、バカ弟。ありゃあよぉ」
姉さんが、指さす先に待ち望んでいたものが姿を現す。
「……ようやく見つけた」
ボクらは、黒い扉の前までやってきた。