6.運命の「三回目」
ある日突然、異世界の森に召喚された二人の姉弟。
高校一年生のボク、ミヤザワトシキ。
そしてその姉、高校三年生のミヤザワエミカ。
二人は、異世界からの脱出のために門の先の「試練」に挑もうとしているのであった。
「姉さん。とりあえず、自分の武器を持って門までは行こう」
ボクは切り株に突き刺さってる自分専用の武器に近づいた。
金色の柄。豪華な装飾。ボクの肩ほどの高さの大きな剣。
「あたし信じられねえんだけど、ホントにお前がそんな重そうな剣持ちあげられんのか?」
「……見てろよ」
両手で柄を握る。そして――
「よい……っしょ!! ってうわわわ!」
剣があまりに勢いよく引っこ抜けたもんだから、またも尻を打ってしまった。
軽いんだよ。これが。三回目だけど、同じことをしてしまった。
立ち上がり、両手で剣を持ち上げ一振り。
きっと上手な剣の振り方ではないけど、それでも振り回せはする。
「ホントに振れるんだなそれ。ていうかあたしの自分専用の武器ってよぉ……」
姉さんは切り株の傍に転がっているものを指さす。
長さは自分の腰から地面程度。
刃物ではなく鈍器。
木製でできたボディが大量の釘でコーディングされており、それは紛れもなく……
「釘バット……」
「さっきあたしの名前が彫り込まれてるのを確認したんだけど、もしかしてあたしの武器はアレか?」
姉さんが苦笑する。
「……まぁ、たぶんそうなるね」
「なんだそりゃあ。お前と差がありすぎだろ」
言いながら、姉さんは地面に転がっている釘バットを握った。
慣れた様子でブンブン振り回す。
「……まぁたしかに、釘バットで戦うのは難しいと思う。とりあえず、姉さんは筋力あるんだからその辺に刺さってるほかの武器でも試して、それから」
「いい。これでいいぞ」
「へ?」
姉さんはボクの鼻のすぐそばにバットの先を向けてくる。
こんな至近距離でホームラン宣言を見たのは人生で初めてだ。危ない。
姉さんの顔から大きな笑みがこぼれた。
「ようは戦えばいいんだろ? こいつぁ、すげぇ振り心地が良い。わくわくするぜ」
「……マジで言ってるの? 次、ボクの命かかってるんだけど」
「大マジだよ。反対するなら、てめえのライフは今ここでゼロにしてやんよ」
くそったれ。
まぁ姉さんの機嫌を損ねて仲間割れしたらそこでゲームセットだ。
諦めたら試合終了ならまだしも、試合終了してるのに諦めてない状態っていう状況は最悪。死ぬしかない。
「それじゃ、出発」
ため息が漏れる。僕らは門へと向かった。
「……デカすぎかよ」
見上げるほどに巨大な鉄の門を見て、姉さんは最初のボクと全く同じことを言った。
高さ10mはあるだろうその門。
セーブポイントから真っ直ぐに伸びた道を塞ぐようにそびえ立つ。門の隙間からは霧のようなものが漏れている。
「……建設費いくらだよ」
「知らない」
ボクは一旦大剣を地面に突き刺した。
一回目に見たハヤシ先輩のように、そのまま両手で門を押し開けようとする。
「おい待てバカ弟。もう行くのか」
珍しく姉さんが後ろ向きな発言をした。巨大な門に気圧されているのかもしれない。
振り返り、ボクは問いかける。
「待ってたって仕方なくない? 心の準備って必要?」
「お前、自分の命がかかってるっていうのに何でそんなパッパと動けるんだよ」
それに対してボクは、ぼそりとつぶやいた。
「……もう、慣れたんだ」
押し迫ってくるアンデッドの群れも。
目の前で血だらけになる仲間も。
斬っても斬っても終わらない戦闘も。
全部、全部慣れたんだ。
ぎぃぃいい――
鉄の門が悲鳴を上げ、ボクらの前に地獄を出現させる。
門の中から霧が溢れ出し、ボクらの視界を覆いつくす。
白い世界がボクのそばを通過。霧が晴れる。
すぐさま降り注ぐ雷雨。
「……うわ」
「言った通りでしょ?」
急に天気が変わり、姉さんは動揺していた。
『今回の命の残量をご確認ください』
ボクらの手に付いたの唇ジリが、勝手にしゃべりだす。
数字の羅列が、脳内に出現する。
勇者ミヤザワトシキ:HP 3000
勇者ミヤザワエミカ:HP 3000
『皆様はこれより『知の試練』『武の試練』に打ち勝っていただきます』
「……はぁ。ゲームみたいで分かりやすいな」
姉さんはもう、異世界を受け入れたみたいだ。
ボクは大剣を地面から引き抜いた。
「とにかく行こう、姉さん」
屍だらけの異界の森。
これより、ボクは最後の試練に挑む。
ミシリ……
「姉さん。注意して」
「あ、何を?」
途端に聞こえる。風を切る音。
――危険察知。脊髄反射。
半歩踏み出し、下から剣を振り上げる。
カキィンッッ!!
ボクの大剣が、姉さんに向けられた矢を弾く。
動かしたというより、動いた。ギリギリ。
「……っぶねえな。ていうかよく反応できたなお前」
「ちょっとは慣れたからね」
二度の死亡経験が、ボクの体の反応速度を上げた。
ミシリッ。ミシリミシリミシリ……
踏みつくされる落ち葉の音が重なる。
「来るよ姉さん」
「……おう」
木陰に隠れた人でないものたちが、姿を現す。
真っ白な眼球。そぎ落ちた肉。
朽ち果てた皮鎧を身に着けた動く死体アンデッドたち。
姿を見た途端に、これまでの闘いがフラッシュバックし、口の中に苦にがみが広がった。
ざっと見て、2体。
「……分かってるよね、姉さん」
「ああ。バッチリだ」
ボクらはそれを見て……
「――うおおおおおおおおおおおおおおお」
全身全霊で、『逃げ出した』。