5.知の試練、そしてボクと姉さんの共同戦線
5
「――っていうのが、ボクの一回目の話だよ。姉さん」
ボクの話を、姉さんはまばたきもせずに聞いていた。
「……そりゃあ、気の毒だったな」
姉さんは辺りを見回す。
周囲にある武器の数を数えているのだろう。
地面に刺さる膨大な剣。
あれが死人の数だと思うと、改めてゾッとする。
「ハヤシ先輩たちによると、これまで『異世界の森』には、ウチの学校にいた人たちが時間差でたくさん連れてこられたんだ。理由や原因は誰にも分からない。」
ボクは説明を始める。
「携帯は圏外、場所は不明。この森は川もなければ動物一匹いない。食べれるものがないから、一か月0円黄金伝説をやるのも不可能」
「……だろうな」
姉さんはボクが復活する前に、辺りを少し散策したのだろう。
だから、森の状態がよくわかっている。
「こんな状況だから異世界にやってきた色んな人が森からの脱出方法を探して、森を歩き回ったりしたらしいんだけど、結局この森の外に出る方法は一つしかないことが分かった」
「脱出方法……って言えるのか?」
切り株に腰かけた姉さんが苦笑する。
ボクはうなずく。
「ジリが言った通り、巨大な門の先でボクたちは”試練”を受けなきゃいけない」
「強制かよ」
ノートを5ページほどめくる。
異世界このせかいの地図が登場。
ボクらの手の平についた冒険サポート唇「ジリ」と、姉さんが異世界に来るまで生存していた人たちによる証言を元にボクが描いた。
「僕たちが今いるのは セーブポイントここだ。死ぬと、なぜかこの切り株に戻ってくる」
ボクは地図上に存在する「セーブポイント(暫定の名称)」と書かれた地点を指さす。そこからスススッと指を擦らして、「門」と書かれた場所で止めた。
「この先にある門を超えると”試練”が始まる」
「その試練ってのが、さっきの話か」
「そうだね。基本的に『死なずに黒い扉を開けること』。これが条件だ。これまで死んでいった人たちの話やボクの体験から推測するにね」
門を超えた先にある扉を探す。そして、扉の向こうの世界に戻る。
これがボクらに課せられた試練だと思われているもの。
実際のところボクにだって、正確な情報は分からない。
消滅していった人たちからの情報を伝言ゲーム的に蓄積しているだけなので、どこかで情報に誤りが発生しているかもしれない。だけど今は、可能性を信じるしかない。
「さっきも言ったけど、門の先には大量の生きた死体アンデッドがうろついている。こいつらを切り抜けるのが『武の試練』」
アンデッドは一対一で、まともな精神状態で戦うなら倒せなくもない。
ただし数が多い。まともに戦闘すれば囲まれて死ぬ。
ボクらは一回目、逃げずに倒そうとした。
だから当然のごとく群がってきたアンデッドに殺された
学習した二回目。つまり前回は戦闘を避けてアンデッドたちから逃げ回り、扉を探すことに時間を使った。
「結果、ボクらは二回の”死亡経験”から扉の位置を把握することに成功した。森の奥深くに黒い鉄扉があるんだ」
「お前、マジかよ!?」
「ああそうさ」
ボクはノートの上にある指を「門」の位置から離した。そして地図上に『扉』という文字をボールペンでグリグリと書き足す。
「おそらく元の世界につながる扉だ。ボクらはそれを見つけた時、うれしくて泣きそうになったよ」
雨の降り注ぐ森の奥に、不自然に立つ黒い扉。
勢いよく走っていき、扉の取っ手を握った。
「ボクらはクリア一歩手前までたどり着いていたんだ……」
ボクは自分の唇を噛んだ。
「でも、扉は力ずくでは開かなかった」
黒い扉に触れた瞬間に、ジリのように巨大な唇がにゅうっと出現した。
異世界は想像を超える出来事の連続だけど、この時ほどパニックになった時はなかった。
大きな唇は野太い声で、そして森中のアンデッドを集めかねないような大声でこう言った。
「『汝。我が知の試練に打ち勝て。さすれば扉は開く』」
姉さんが話に食いつく。そして口を開く。
「ようは、扉を開くには謎解きゲームをしなくちゃなんねえって話か」
「そうさ。シチュエーションと雰囲気でなんとなく意味はつかめたよ」
知の試練。
さっきジリが言っていた試練の一つ。
おそらく『武の試練』っていうのは襲ってくるアンデッドたちから生き抜くことを意味している。
しかし『知の試練』に関する情報はいっさい聞いていなかった。
事前情報ゼロで挑む知恵比べ。
「『質問を3度まで許そう。我が名を当てよ』。これが次に言われた言葉だった」
大声を発したせいで森中のアンデッドが集まってくるのは時間の問題。
質問は3回 × 4人 で12回まで許されると推測。
タイムリミット付きの謎解きゲーム。
パニック状態になった僕らは初め、質問もせずに偉人の名前をかたっぱしからぶつけた。
ビスマルク、エリザベス、坂本、ソクラテス……全てに対する答えは『違う』だった。名前を当てるなんて無理だ。ほぼ無限大にある中でやらなくちゃいけないのは不可能。
「埒が明かないと思ったボクは、まず、自分の質問を一つ消費することにしたんだ」
「何を聞いたんだ?」
「『お前の性別をまず教えてくれ』だよ」
唇は大きく口の端を歪ませた。
『我に雌雄の概念はない。回答は終わりだ』
これは大きなヒントだった。この時点でボクはもうこの謎解きの答え方に気づいていたんだけど、先生が続けて質問をした。
「『お前の名は固有名詞ではないのか?』、先生はそう聞いた」
唇はケケケと笑った。
『我が名に固有の名称はない。我が名は汝らも知っている』
「なるほどなバカ弟。つまりそりゃあ、扉の唇が何かになりきっているから、そのなりきったものを答える『なぞなぞ』だな」
「その通り。『私は食べ物です。質問して名前を当ててください。さてなあに?』と聞かれて『朝昼晩だといつ食べますか』と聞いていき、徐々に絞り込んでいく。そういうクイズ」
そして、雌雄の概念がないからカタツムリとかじゃない限り、生物でないこともほぼ確定。
ボクは自分の二つ目の質問のつもりで『お前は物理的に存在しているものか?』と聞いた。
すると唇は、大笑いした後にこう答えた。
『いかにも、我は物理的に存在している。空想の存在や物事の概念などではない』
「これで、あとはほか三人と合わせて計9個の質問で物理的なものの中から絞り込んでいこうとボクは思ってたんだ……。生物でなくて、物理的に存在している。ここからさらに9回質問があればかなり、絞り込めると思ってさ」
続けざまに、ボクは自分の最後の質問として「お前は自然物か? それとも人工物か?」と聞いた。しかし、そこで誤算が生じる。
『三度の質問は終わった。あとは汝に許された権利は我の名を当てることのみ』
「ミスったな。つまり質問は、一人三回じゃなくて、全員で3回だったんだな」
「そう。ボクらはそこから知ってる単語をひたすら連発するだけでいたずらに時間をつぶし、アンデッドに囲まれて全滅した」
自分の胸元のライフが一つぽっちで輝く。
ボクはこぶしを握り締めた。
姉さんはすべてを聞き終えると「……ふーん」と言って立ち上がった。
「で、お前のライフは残り1。」
「そう」
「絶望的だなそりゃあ。で、今ライフ3のあたしが現れたってわけか」
「その通り。姉さんはボクにとってミリ単位の崖っぷちに現れた希望の光なんだ」
「キモ」
うるせえ。
でも、助かった。
おそらくボクの戦闘能力では、一人でアンデッドだらけの森を切り抜けて黒い扉にたどり着くことは不可能。たどり着けたとしても、アンデッドと戦いながら知の試練なんてできない。まともに頭が動かないだろう。
前回の経験から、知の試練は『回答者を誰かが守り、答えを絞り込んでいく』必要があると分かった。
ここで新たに来たのが普通の女子高生だったら、確実にボクの未来はなかった。
だけど姉さんなら。
姉さんの強さなら一人でもボクを守りきれるかもしれない。
「姉さんはボクがいないと扉の位置が分からない。方向音痴で、道順を覚えるのが苦手だからボクが死んだらおそらくライフ数関係なく姉さんは生きていけない」
「バカ弟。お前は貧弱、ウスノロ、トロマだから敵に囲まれたらまともに戦えない。あたし抜きで試練ってヤツに挑むのは不可能」
目を合わせる。
二人とも考えていることは一緒。
「……協力して、森を脱出しよう」
「そうだな」
こうして、ボクら姉弟の共同戦線が生まれた。