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2.ジリ


 中学時代、ボクの姉――ミヤザワエミカは有名人だった。

 学年が違うウチのクラスですら抜群の知名度を誇っていた。


 理由は二つある。


 一つはその容姿。

 弟のボクが見ても姉さんは美人だと思う。美しい容姿から、姉さんに告白する者は絶えなかったらしい。


 二つ目は、その告白を受け入れる条件。

 彼氏になれる条件があまりにもハードだったので同学年では誰も告白をしなくなったと聞く。

 その条件とは。


「あたしにケンカで勝てたら、彼氏にしてやんよ」


 挑んだものは誰であろうとボコボコにされた。

 ある者は全身打撲。

 ある者は入院3か月。

 また、ある者は「一瞬、三途の川が見えた」と言っている。


 宮本武蔵が泣きながら土下座するくらい強い。


 なぜそんな少年漫画みたいな条件を設定したかは意味不明だが、とにかく姉さんはケンカが強い。

 総合格闘技をやれば男子の無差別級でも戦えるんじゃないかとボクは思う。


 話を戻そう。


「姉、さん?」

「おい、質問に答えろ。ここはどこだ?」


 姉さんが僕に質問を繰り返す。ボクのケツを思いっきり蹴った。


「いてえっ!」


 二回も。


 緑が深く生い茂る森の中。大きな切り株の傍。

 武器で出来た墓標の群れに囲まれながら、ボクら姉弟はいつもの我が家と同じようにケンカをしていた。


「痛いっ! 痛いって!」


 というか一方的な個人リンチだけど。

 ボクは姉さんの前に両手を突き出す。


「や め て!! ストップ!!」

「しゃべれるじゃねえかバカ弟」


 この人、いつも思うけど文明がないッ!!

 できれば協力なんてしたくないけど、ここは人の好き嫌いを気にしていられる場所じゃない。

 むしろ、姉さんが来てくれたのはラッキー。戦力になるタイプの人材。


「いったん落ち着こう! 休戦!」


 僕は両手で「×」のマークを作り、暴力禁止の概念を提示した。


 おそらく姉さんはこの「異世界」に来てから時間が間もない。

 だが、周囲に刺さる剣やら槍やらを見て、今自分が立っている場所が学校の中じゃないってことは分かっている。


「あのね。分かったよ姉さん。ちゃんとお話しするから。その代わり、ボクのことを殴ったり蹴ったりするのを一度やめてほしいんだ」


 姉さんはうなづく。

「早く話せ」と急かす。

 話は通じるみたいだ。文明を感じる。


「結論から言うとね。ここは『異世界』なんだ」

「異世界?」

「そう。僕らが元々いた世界とは違う場所。モンスターとかがいるから、ちょっとRPG的なのかな? 分かんないけど」


 姉さんにまたケツを蹴られた。だから痛いって!


「バカ言うんじゃねえよ」

「しょうがないだろ! ホントなんだから!」

「じゃあ、あたしたちはこれから、そのRPGモンスターさん相手にその辺に突き刺さってる武器を振り回して命がけのチャンバラごっこしろってか?」

「ああ、そうさ!」

「信じられるか」


 姉さんは少し焦っているように見えた。

 いつもそうだ。

 自分に分からないことがあると不安になって不機嫌になる。


 立ち上がり、僕は制服についた土を払う。


「……とりあえず見てほしいものがあるんだけどね」

「なんだよ」

「姉さんの、右手の内側」


 ボクの言葉を聞いて、姉さんは自分の手のひらを覗き込む。


「……普通の手の平じゃねえか」

「そのまま、じっとしてて」


 姉さんは不満そうにボクのことをにらんできた。しかし直後、自分の手のひらがブクブクの膨れ上がるのを見て、姉さんの表情が硬直する。


「……なんじゃこりゃ」


 姉さんは眼球が零れ落ちそうなほど大きく目を見開いた。

 気持ちは分かる。

 ボクだって最初は腰を抜かしそうになった。

 姉さんの右手には“唇”が生まれていた。

 人間の顔についてる、あの唇。それはボクの手のひらにも同様に存在している。

 姉さんが唇をめくる。

 おそらく自分の口と同じようにぎっしりと歯が詰まっていているのが見えるだろう。

 しかし、驚くのはまだ早い。


異世界人オーキャスト311番 ミヤザワエミカ。痛いです』


 唇が女性のボーカロイドみたいに無機質で高い声を発する


「うおいぃぃ! しゃべったぁあ!!」


 姉さんが飛び跳ねて驚いた。尻餅のつき方が下手でスカートが少しめくれあがる。ちょっとパンツが見えたけど黙っておこう。


「おい、バカ弟! なんだこのキモいのは!」

「『ジリ』って言うらしいよ。この森に来たら、みんな手のひらに付いてた」

「ジリ?」


 僕は自分の手のひらを前に突き出す。手の内側についた唇がしゃべる。


『はい。ジリはあなたのつつましいフィジカルアシスタントです』


 気味悪そうに姉さんはそれを見る。


「……皮膚が勝手に動く感覚がキモち悪ぃ」

「そうだろうね」

「コイツは、何だ?」


 そう言われても、僕だって機能以外詳しいことは知らない。

 頭の後ろを掻く。


「……iPhoneのSiriってあるでしょ? アレみたいな感じ。質問すれば色んなことに答えてくれるんだ。僕らの冒険をサポートしてくれる」


 ボクは参考例を見せるために、ジリに質問する。


「ジリ、今日は何日?」

『はい。今日は4月6日火曜日です』


 姉さんは、自分の手のひらを顔の傍に寄せて、おそるおそる問いかける。


「……ここはどこだ?」


『すみませんが、よくわかりません』


 姉さんは不満そうな顔をする。

 続けざまに別の質問。


「ここから、元の世界に帰る方法を教えろ」

『はい。データベースから一件の検索結果が見つかりました』


 姉さんの耳がピクリと動いた。


『北方向に600メートル先、巨大な門がございます。その先で黒い扉を探してください』


 ジリは地図検索のアプリみたいにボクらに説明する。


「巨大な門、黒い扉……」

『はい。扉の向こうに行くには『知の試練』『武の試練』の二種類を突破しなければなりません。ライフは三つまでございます。アンデッドとの戦闘にお気をつけください。三度まで挑戦は認められますのでライフを大事にご利用ください』


 姉さんは首をひねった。


「試練? 何だそれ?」

『すみませんが、よく分かりません』

「一番大事そうなとこじゃねえか! このポンコツ唇!」


 姉さんは自分のジリを思い切り指で弾いた。「痛ってえ!」と大声を出す。


「痛覚つながってるから、やめた方がいいよ」

「先に言えよバカ弟! 引っ込めお化け唇!」


 姉さんの命令を聞いて、右手から唇がすうっと消えた。細い煙が立ち上る。


「どう姉さん? 普通じゃありえないことが起きたでしょ? ここが異世界だって信じてくれた?」

「……」


 姉さんは何も言わなかった。

 納得いかなそうにうなずく。

 

「とりあえずね。ボクも分かってることを姉さんに伝えるよ」


 懐からCampusノートを取り出し、地面に広げた。


『異世界攻略ノート ミヤザワトシキ』


 異世界に来てから知り得た情報を全て書き込んだボクの渾身のノート。


 表紙を開いて、1ページ目の見開きを開く。

 ノートにびっしり詰まった字を見て、姉さんは引きつった笑顔。


「……お前、ホント勉強大好きだよな。マーカーとかでライン引いててさ」

「うるさいな。こうした方が見やすいだろ」

「あのさ。あたし三行以上字を読めねーんだ。知ってるだろ? 口で全部言ってくれ」


 ボクがかき集めた異世界に関する情報メモは読みたくないらしい。

 やっぱりこの人、文明がない。


 こほん、と咳払いしてから、ボクは説明を始める。


「おそらく元の世界に戻るには、三回死ぬまでに『試練』をクリアする必要がある。

 モンスターがはびこる魔物の森を切り抜けて、黒い扉を開けなきゃならないんだ」


 そうして、ボクは一度目の死亡経験を詳しく教えた。


第三話と第四話は一瞬時間軸戻しますが、すぐに現在時間に戻ります。

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