霧に浮かぶモノ 3
それを聞いた黒竜は失笑する。
「ばっか馬鹿しい……まぁ、趣味の勝手だけど」
「貴様のような若造には分かるまい。この研究がどれ程素晴らしいものか……」
ヴェルダルの言葉に、黒竜は鼻で笑った。
「分かんねぇな。そんなモンに縋るヤツが辿る末路は哀れなもんだ」
「……ふっ。なんとでもほざけ。貴様の力は私には届かぬ」
「そうかな?」
黒竜は先程より巨大な炎の玉を作り出す。
「どんな事にも必ず終わりってのはあるもんなんだぞ?」
そう言って、炎の玉をヴェルダルの方へ投げ付ける。
が――やはり、その炎は吸い取られてしまう。
「ムダよ。いくらぶつけても全部吸収されてしまうわ」
「みたいだなぁ……」
マディーネの声に、黒竜は頷く。
と――先程、黒竜の放った炎の玉がこちらに向かって飛んでくる!
「お?」
黒竜は小さく呟きながら、結界を張って炎を防いだ。
「器用なこと出来るんだな」
「だから早くここを出ようって言ったのに!」
頭を抱えるマディーネに、黒竜は気楽な様子で手を振り、
「大丈夫だってば♪」
その言葉を聞いたマディーネは、キッと黒竜を睨み付ける。
「さっきから全然大丈夫じゃないじゃないの!」
「…………」
すると、黒竜は笑みを消し――少し真面目な顔をしてみせた。
「……ヤツの持ってる石の力がどんなモンかは分かった。あの手の道具や術は色々見てきたけど――……」
説明しながら、黒竜は自分達の周囲に結界を張り巡らせる。
「どの術にも道具にも、その許容量には限界ってのがある」
「……つまり?」
問い掛けてくる彼女に、黒竜は答えた。
「つまり、その許容量を越えればそいつはパンクする」
黒竜はヴェルダルの周囲にも同じように結界を張った。
当然、その力は吸い取られて消える。
「……何のつもりだ」
ヴェルダルが口を開く。
黒竜はにっこりと笑い、
「アンタの持ってるその石コロ……今からぶっ壊してやるよ♪」
そう言うと、黒竜は再び彼の周囲に結界を張り巡らせる。
それはやはり吸い取られて、消えた。
「……ふっ。そんな術で壊せるものか」
「壊せるさ。何しろ俺様は自慢じゃないが、物を壊すのがスゴく得意だからな♪」
「……ホントに自慢にならないわね」
すかさずマディーネが突っ込む。
会話の間、黒竜は休みなく結界を張り続ける。
ヴェルダルは呆れた様に嘆息した。
「……下らぬ。そんな術が通用するものか……」
ヴェルダルは懐にある石に手を触れさせ、吸収した魔力を解放しようとして――動きを止める。
魔力が解放出来ない。
「……これは……まさか!?」
驚愕の声をあげるヴェルダルに、黒竜はニヤリと笑う。
「やぁ~っと気が付いた?」
「きっ……貴様ぁぁぁぁっ!」
ヴェルダルはこちらに攻撃を仕掛けるが、その術はあらかじめ張ってあった結界に阻まれ、こちらには届かない。
その間も、黒竜は結界を張り続けた。
「アンタの石。内側から魔力を遮断させてもらったよ♪ 何でも吸収するってのは考えモノだな。これでその石は魔力を放出出来ない――さぁて……」
黒竜は更に強力な魔力を込める。
「後何枚耐えられるかなぁ?」
「……やめろ……」
「分かってると思うけど、そいつがパンクしたらこの塔まるごと全部吹っ飛ぶからな♪ 勿論……アンタも無事じゃ済まないぜ?」
「やっ……やめろおおぉぉぉぉっ!」
ヴェルダルが絶叫する。
黒竜の術を阻止しようとするが、まったく通用しない。
彼の叫び声は、ただ虚しく塔に響き――そして。
目映い閃光が塔全体を貫いた。
マディーネは、ぼんやりと目の前の光景を見詰めていた。
心地良い風が髪を撫でる。
塔は跡形もなく崩壊していた。
ヴェルダルの姿はどこにも見当たらない。あの魔力の直撃を受けて、消滅してしまったのだろうか……
マディーネは、小さく息を吐いた。
「……助かった……の?」
「そのようだな」
突然聞こえて来た声に驚き、マディーネは振り返る。
そこには、塔の瓦礫を頭に乗せたまま――やたら尊大に腕組みなどしている黒竜の姿があった。
「…………」
「思ったより余波が強くて」
視線で問い掛けるマディーネに、黒竜は即答した。
「しかしまぁ……」
適当に瓦礫を放り捨て、
「予定では、もうちょっと綺麗に片付けるはずだったんだけどな」
と、唸る。
マディーネは小さくかぶりを振り、
「充分よ。塔が無くなって……ヴェルダルも居なくなったんだから」
マディーネは立ち上がり、笑顔を見せた。
「ありがとう。これでみんな救われるわ」
「みんな?」
黒竜が首を傾げた。
その時。空から割れた魔石の欠片が落ちてきた。
そして、その欠片から幾筋もの光が天に向かい伸びていく。
「ヴェルダルは……不死の実験の為に、人間の魂をあの石に閉じ込めていたの」
「……なるほどな」
「それが今、やっと解放されたわ。貴方のおかげ」
天に昇る光を見詰め――そして、黒竜の方へ向き直る。
マディーネの体は今にも溶けてしまいそうな程、不安定に歪んでいた。
(ああ……そうか)
その姿を見て、黒竜は漸く理解した。
ずっと感じていた不可解な気配――その理由。
「本当にありがとう……もっと早く貴方に逢えれば良かった。そしたら私――……」
最後の声は聞こえなかった。
彼女が言葉を紡ぐより早く、彼女の体は光となって消えていった。
そして、辺りは強い光に包まれた。
黒竜は目を閉じる。
再び目を開いた時――景色は変わっていた。
目の前には、あの塔のモノだろう――瓦礫の山と、足下には砕けた魔石の欠片が落ちている。
深い霧はすっかり晴れていた。
黒竜はその欠片を拾い上げ――呟く。
「……コイツが見せてた最後の記憶って訳か」
魔石に宿る魂が、救われたいとの願いが見せていた幻。
そして――この魔石に捕らわれた哀れな魔術士。
自ら作り出した術の中でしか生きられない魔術士と、それに捕らわれていた者達の魂が繰り返し見ている夢。
黒竜はふっと笑い、
「――またどっかで逢うかもな。君が生まれ変わったらさ♪」
黒竜は魔石の欠片を空へ向かって弾く。
陽の光を受けて輝くその石は、キラキラと光の粒を溢しながら砕け散った――