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黒い竜の物語  作者: 緋翠
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水の心 1

 

「あ~、しかしこないだはホント楽しかった~♪」


「……黒竜」


 例のごとく、水竜の神殿に入り浸っている黒竜は、先日あった“あれこれ”について満足げに話す。


「地竜とあんな風に“遊ぶ”の初めてだったからさ。追いかけっこも、なかなかスリリングだったし。いい経験になった♪」


「地竜に無駄な魔力を使わせるな」


 水竜は黒竜を鋭く睨み付ける。

 黒竜が地竜に遊び半分で渡した魔導器。それが原因で、地竜は珍しく怒った――いや。ハッキリとキレていた。

 数日間、黒竜と地竜は入れ代わり立ち代わり水竜の神殿を出入りしていたが、埒があかないと悟った地竜は、自らの力を使って黒竜を探し当てた。

 ――それからが一騒動だった。

 さすがに地竜も人里に近い場所でその力を振るう事はなかったが、余波による被害というのは避けられない。

 地竜の持つ魔力は元々破壊力が大きい。ほんの少しの魔力でも、被害が広がりやすい性質を持っている。

 実際、黒竜と接触した時に使用された魔法は、人里で使われたなら間違いなくその周辺一帯が跡形もなく崩れていた。

 小規模な地震と地盤沈下程度で抑えられたのは、多分……フィリーの力だ。

 地竜の魔力の異変に気付いて咄嗟にそれを抑えた。地竜も神殿に戻ってから地脈を調えた筈だから、被害はそれほど広がらなかった。

 しかし、本来ならこの作業は不要な部分だ。

 四聖竜に無駄に使える魔力は無い。

 世界が滅亡するような戦いでも起こらぬ限り、その力は常に安定させておかねばならない。

 それを――……


「俺達はお前と違って、無駄に魔力を垂れ流すなんて事は出来ねぇんだ」


「俺様は別に無駄に魔力を垂れ流してなんか無いぞ。必要に応じてちゃんと使い分けてる」


「お前にとっての“必要”が、俺達にとっては“不必要”なんだよ」


「価値観の違いというヤツだな」


 黒竜はうんうんと一人頷いて、


「でもさー。あの時、結構あっさり見付かっちゃって……俺様、正直驚いた」


「……そりゃ……地竜がその気になれば、この地上の何処に居たって分かる。あいつは“大地”その物なんだから」


 それを聞いた黒竜は、目を瞬かせる。


「……地上の何処に居ても?」

 

「ああ。そうだ。今は力の範囲をそこまで広げて無いから、せいぜい自分の神殿領域内だけだが、お前くらい魔力が強けりゃ――……」


「じゃあさ、じゃあさ? 地竜は可愛い女の子のスカートの中とか見放題なの?」


「……あいつの名誉の為に言う訳じゃねぇが……そういう意味じゃねぇからな?」


「やっぱりあいつムッツリ……」


「そういう見方をするな。大体、言ってんだろうが。今はそこまで力の範囲を広げて無いから“外界”の事まで感知は……」


「ていうか、その考え方でいくとお前もそうなんだよな?」


「……あん?」


「女の子が水浴びとかしてたら、覗き放題なんだろ? 羨ましい」


「……俺の話を聞いてるか? そこまで感知してないし、お前と一緒にするな」


 水竜は痛む頭を押さえながら、深い溜め息をつく。


()()()()()()()()ならいざ知らず、今はそれほど重要な力でもねぇんだ」


「意識が無かった頃?」


 黒竜は何の気なしに問う。

 水竜は「また妙な所に食い付いたな」と思いつつ、


「……俺達はこの世の始まりから存在してる。互いの存在に気付く事も無く、ただ“そこ”に在るだけだった。意思を持ち、己の存在を明確に自覚し始めたのは古代神戦初期の頃だ」


「初期? 五千年前?」


「違う。もっと昔……もう何十万年も前の話だ。五千年前の記録は、ほぼ末期の話」


「えっ」


 黒竜はなんだか、またややこしい話に足を突っ込んだ気分になった。

 だが、興味が無い訳でもない。


「古代神戦って……そんな昔から続いてたの?」


「まあな。この世界で間断無く破壊と再生が繰り返されていた時代……俺達はずっと“眠ってた”。自分が“何”であるか……知る事も無く」


 ただ……と、水竜は続ける。


「その“騒々しさ”は日増しに激しくなっていって……寝てられなくなった。放置しておけば、自分達の存在も危うくなったからだ。そして……俺達は目覚めた」


「…………」


「最初はてんでバラバラ。好き勝手行動してたんだが――それじゃ、あの破壊神は抑えられなくてな。お互いの存在を感じられるようになってからは、自分達が静かに眠れるように協力しようって事になった」


 水竜の目には、どこか懐かしむような、惜しむような複雑な色が浮かんでいた。

 その目を僅かに伏せ、


「その頃はまだ……俺達に名前なんて無かった」


「……名前が無かった?」


「ああ。必要無かったしな」


「んじゃ、誰が名前付けたんだ?」


「……創造神だよ」


 そう言って、水竜は嫌そうな顔をする。


「世界が破壊し尽くされるのを防ぐ為、創造神は四つの“力”に名前を付けた。それは曖昧な存在でしか無かった俺達をこの世界に縫い付ける行為だった。結果……名前を得た俺達は完全にその姿を世に現す事になった。それまではただの意識体でしか無かったモノがな」


「じゃあ……お前らも神の呪いを受けてるようなモンって事か?」


「……そうだな。お前の場合、そう考えるのが分かり易いかもしれねぇ」


「…………」


「呪いだって言うなら、この名前その物が呪いの象徴だ。この名前があるから……俺達は元の姿に戻れない」


 黒竜は黙って水竜を見返す。

 水竜は珍しく、苦笑いを浮かべた。


「名乗る事を止めても、この存在は消えない。俺達はもうこの世の終わりまで今のまま在り続けるしかない」


「……神様はやっぱり昔から身勝手だったんだな。自分で始末の付けられない厄介事の後始末をお前達に押し付けたワケだ」


 黒竜は呆れ果てたとばかりに、溜め息をついた。


「意識を持ったままずーっと生き続けるって……辛くない?」


「……“生きる”って言うのとはまた違うな。少なくとも、お前達が考えてるような感覚では無い。感情が邪魔だと思う事はあるが」


 むぅ……と黒竜は唸り、


「俺様はさぁ? 今までずっとお前らの中で一番堅苦しいのは地竜だって思ってた」


「……ん?」


 突然、黒竜の口から放たれた言葉に水竜は首を傾げる。


「頭は固いし、何やるにも慎重で容易に動かない。『遊び心がねぇ奴だなぁ』って」


「遊んでる暇はねぇからな」


「“そこ”なんだよ」


「……あ?」


 黒竜は腕組みして、


「地竜も火竜も風竜も、今の状態をそれなりに楽しんでるように見える。けど、お前はそうじゃ無いみたいじゃん? その姿になってから何か良いコト無かったのか?」


「……良いコト……ねぇ……」


 水竜は疑わしげに、その単語を繰り返す。

 黒竜は淀みなく、澄み切った瞳で、


「女の子にモテるようになったとか」


「そういう意味でなら無い」


「……それ……言ってて悲しくない?」


「だからお前と一緒にすんじゃねぇ。他種族との関わりは面倒以外の何物でもねぇんだよ」

 

 憮然とした面持ちの水竜に、黒竜は続ける。


「一回、女の子とお茶でもしたら考え方変わるかもよ? こう言うのもなんだが……お前も一応、見た目だけなら、多分きっと恐らく『カッコイイ』とか『イケメン』と呼ばれるであろう容姿をしてると思うから、ナンパでもしてだな」


「……変わらなくていい。つか、変わらねぇ」


「せっかく長生きなんだから、楽しく生きなきゃ損だと思うんだけどなぁ」


「損得の問題で俺は存在してる訳じゃねぇからな。それは他の連中も同じだが」


「……やっぱり頭固いな。お前」


 黒竜は、ふぅ……と短く息を吐き、


「“生きてる”って言わない事もそうだし、全部役目として割り切ってるのもそうだし。自分がただのモノであるような言い方もそうだし」


「実際、そんなモンだ。俺達の存在ってのは。お前達が生活する中で、当たり前のように“そこ”に在るだけ……」


「でもさ。お前らの存在を見たら、みんな“生きてる”って思うぞ。きっと。感情があって、自分の意思で行動出来るんだから」


「……それでも変わらねぇよ。俺達の在り方は」


 言って、水竜は席を立つ。


「くだらねぇ話をした」


「水竜」


「何だ」


「お前、“この名前”……嫌いか?」


「……別に。もう慣れた。“名前”なんて大層なモンでもねぇしな。個としての呼び名があるのは不便って訳でもねぇ」


 水竜はふと虚空を見据え、


「そうだな。呼び名があるのは、一つ良かった事かもしれねぇな。今みたいな状態だと呼び名の一つもねぇと逆に不便だ」


「それだけ?」


「それだけだな。少なくとも俺にとっては」


「ふ~ん……」


「お前は茶を飲んだら、さっさと帰れ。お前が居るとゆっくり眠れない」


 それだけ言い残して、水竜は部屋を出た。

 黒竜は無言でそれを見送り――


「……やっぱり頑固だねぇ」


 と、小さく呟いた。


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