厄介な魔導器 2
と――
「あら。地竜。戻って来たの?」
「……ああ。そんなに時間が掛かるものでもないから……」
「無理はしないでね? 貴方の身体が心配だから」
「……ありがとう。でも、そこは大丈夫」
“普通に”してさえいてくれれば、確かに助けになるような気がする。
風竜の魔力がベースと言うだけあって、パッと見は風竜と見分けが付かない。人形と話していると思うと、複雑な気分になるが。
地竜は風竜(人形)が纏めてくれた資料に目を通す。きちんと分かり易く纏められた資料を読んで、安心した。
地竜は僅かに微笑み、
「助かった。後は俺がやるから……」
「じゃあ、私は何をすれば良い?」
「そうだな……」
地竜は暫し、腕を組んで考える。
どうも、この人形は何か役割を与えてやらないといけないらしい。
人形に「休め」と言うのもおかしな話なので、調べ終えた本を示し、
「取り敢えず、この本を棚に戻してくれないか?」
「分かったわ」
人形は頷いて、本を棚に収め始める。
最初は言う事を聞いてくれないと思ったが、今はやたら素直に指示に従う。その様子にどこか違和感を覚えたが、地竜は残った資料を纏める為、机に向かう。
暫くの間、静かに時が流れる。
と――思っていたら。
「地竜!」
「うわっ!?」
いきなり後ろから抱き付かれて、地竜は作業の手を止めた。
「片付け終わったわよ」
「……ありがとう。けど、いちいち抱き付かないでくれるか? 落ち着かないから」
「地竜……何だか冷たい。私の事……嫌い?」
「えーと……」
瞳を潤ませて見詰めてくる風竜人形から、地竜は目を逸らした。
何と答えたら良いのか分からず口を噤む。
「私はね? 地竜の事、大好きよ?」
「……そう」
そんな事を言われると、いよいよ虚しくなってくる。
「地竜は? 私の事……嫌い?」
「……いや。嫌いでは無いけど……」
「じゃあ、好き?」
「……訊かないでくれ。そう言う事を。何か……虚しくなるから」
「好き」と答えても、「嫌い」と答えても、精神的なダメージを受けそうだ。
地竜はかぶりを振って、作業に戻る。
「…………」
風竜人形は暫く大人しくしていたが、何を思ったか、いきなり地竜の頬に口付けをして来た。
「なっ……!? 風……いや……いきなり何するんだ!?」
驚いたどころの話ではない。
完全に混乱して、地竜は思わず立ち上がる。
「だって……地竜が何もさせてくれないから」
「ええっ?」
「そういう時は、地竜の喜びそうな事をしろって」
「……じゃあ、大人しく座っててくれ。邪魔しないでいてくれるのが一番嬉しい」
「そう? でも、それじゃ私、地竜の役に立ててないわ」
「そんな事無いから」
作業に没頭していると、その隙に何をされるか分からない。
人形の動きを警戒しながらの資料纏めは、物凄く神経を削る。
集中出来ずに、地竜は途中で手を止めた。このままではグダグダになる。
やっぱり、黒竜が持ち込む物にはロクな物が無い。
しかし……
「地竜! 終わったなら息抜きしましょう?」
「……だから抱き付くのはやめろって言って……」
作業を止めると、人形が絡んでくる。
どうにもこうにも対処のしようが無いと思っていた――その時。
『……地竜』
「――――! 風竜!?」
ふわりと風を纏い――姿を現したのは、本物の風竜。
「な……どうしたんだ? 急に……」
「どうしたって……呼ばれたから来たのよ?」
「……えっ? 呼ばれた? 誰に?」
「黒竜に。地竜の所に行くと何か面白いモノが見られるって」
「黒竜……」
地竜はぎりっと歯噛みする。
風竜は少し首を傾げ、
「ところで、地竜。フィリーはどうしたの?」
「あー……今、ちょっと部屋に籠もってて……」
「喧嘩でもした?」
「いや。そういうんじゃない」
地竜がかぶりを振ると、
「……あのね? 地竜……」
「うん?」
「貴方の傍にいるのは……何?」
「あ」
言われて――地竜は自分の置かれている状況に気付いた。
地竜はパタパタと手を振り、口早に説明する。
「これは黒竜が創った魔導器。風竜の所に魔力を分けて欲しいって……黒竜が行かなかったか?」
「ああ――そう言えば来たわ。この間」
「そう。それで出来たのがこの人形――……」
「地竜!」
「わっと!? ちょ……今、話し中だから大人しく……」
「嫌! もう、さっきから何もさせてくれないんだもの!」
「……余計な事は散々してくれただろう?」
「…………」
風竜は黙ってそのやり取りを見ている。
視線が痛い。
地竜は絡んでくる風竜人形に抵抗しながら、
「あ……あのな。風竜……誤解しないで欲しいんだけど、これは黒竜が勝手に持ち込んで来たモノだから」
「でしょうね。でも……地竜。黒竜の創った魔導器だって言うなら、どうして魔力を抜いてしまわないの?」
「…………」
その瞬間。
地竜は無言で風竜人形を見詰める。
(――ああ。そうだ。何で気付かなかったんだろう?)
この人形は黒竜の魔力と風竜の魔力で動いている。
ならば、その魔力を抜いてしまえば、人形の機能は停止する筈だ。
地竜はピタリと風竜人形の額に手を当てる。
「……地竜?」
「悪いな」
地竜はそれだけ言うと、人形の中に流れている魔力を抜き取った。
すると、風竜人形はかくんと力を失い、地竜の足下にくずおれる。
地竜は額の汗を拭い、
「……何でかな。風竜に言われるまでこの事に気付かなかったよ。ありがとう。風竜」
「それは良いんだけど……その人形。どうするの?」
「あー……どうしよう」
いくら力を失ったとはいえ、このまま部屋に置いておくのはマズイ。色々と。
迷った末、地竜は人形を抱き上げると、神殿の外に移動した。
取り敢えず、風竜も付いて来る。
部屋の中ではあまり魔法を使ったり出来ないので、処理するにも場所を考える必要があった。
かといって、この人形一つの為に、結界の外に出る訳にもいかない。
神殿から一番離れた場所まで移動して、地竜は人形を横たえる。
「……取り敢えず……分解して消滅させるのが安全……かな。黒竜の創った魔導器だし。下手に武器で衝撃を与えると何が起こるか分からないから」
何より、本人を目の前にして、この人形を殴ったり斧で潰したりという事はしたくない。
地竜は魔力を解き放つ。
地竜の生み出した光の玉は人形を包み込み、その体を分解し、消滅させる。
幸い、懸念していたような厄介な力が発動したりはしなかった。
地竜は大きく息を吐いて、
「……疲れた」
「大丈夫?」
「ああ……大丈夫。それより風竜。悪いな。せっかく来てくれたのに、とんだ醜態さらして……」
「それは別にいいけど……結局、面白いモノって何だったの?」
「……多分、あの人形の事だと思う」
言って、地竜は先程まで人形が横たわっていた場所を見やる。
黒竜の言う「面白いモノ」とは、恐らく人形相手に慌てふためく地竜の姿を差しているのだろうが。
地竜は溜め息をついて、
「風竜」
「なあに? 地竜」
「今後は、なるべく黒竜の要求に応じないようにしてくれないか? 特に今回みたいなのは。絶対、何か悪巧みしてるから。あいつ」
「そうね。何だか地竜に迷惑掛けちゃったみたいだし」
「迷惑……って言うんでも無いけど。ちょっと……扱いがね。困るから」
「魔導器その物の出来は良かったみたいだけどね」
「……うん。まあ……そこは風竜の魔力があったから……かな」
寧ろ、風竜の魔力があったからよりややこしくなったとも言える。
それは声に出さず、地竜は告げた。
「フィリーは動けないけど……せっかく来てくれたんだし……何もしないで帰すのは申し訳無いから……風竜。俺がお茶でも用意するよ」
「あら。ほんと? じゃあ、頂いてから帰ろうかしら♪」
「うん。そうしてくれ」
その後、束の間のお茶を楽しんで、風竜は自分の神殿へと戻って行った。
◆◇◆◇◆
「……あっ……水竜! 俺様、今日はこれで帰る♪」
「はあ? まあ、勝手に帰りゃいいが……」
黒竜は来て早々、茶を飲み干すと普段とは違い空間転移でその場を後にする。
その後すぐに別の者が姿を現した。
「――水竜」
「……地竜。何だ? 一体何の用……」
「黒竜はどこ行った?」
何の連絡も無しに突然やって来たかと思えば、水竜の言葉は遮り、地竜が問い掛けてくる。
水竜は嘆息し、
「……今帰った」
「ちっ!」
思い切り舌打ちをして、地竜は手にしていた斧を床に叩きつけた。
当然、加減してはいるだろうが、床全体に亀裂が走り、一部めくれ上がる程度には力がこもっている。
その様子に、さすがの水竜も動揺する。
滅多な事では使わない筈の神器を手にしている時点で、ただならぬ気配を感じ取っていた。
水竜は壊れた床に目をやりながら、
「……黒竜が……何かしたか?」
「した」
「…………」
短く答える地竜は、明らかに殺気を纏っている。
「水竜。あいつ……毎日ここに来るか?」
「……へっ? あー……まあ、ほぼ毎日……」
「じゃあ、明日も来る。あいつが来たら、どこかに縛り付けるでもいい。逃げられないようにしとけ」
「……地竜」
「何だ」
「やるのは構わねぇが……その……余所でやってくんねぇか? ここでお前と黒竜が暴れるのは……なんて言うかシャレにならん」
「……黒竜を捕まえとけ。いいな?」
「…………」
地竜はそれだけ言うと、姿を消して行った。
水竜が深い溜め息をついていると、地竜の気配にビビっていたエイが顔を出す。
「地竜様……どうなさったんでしょう?」
「……さあな」
普段、争い事を好まない地竜なだけにキレた時は怖い。
黒竜の悪ふざけも、大抵受け流してきた地竜があれほどの怒りを見せるのだから、今回のは余程過ぎた「悪戯」だったのだろう。
水竜とエイは顔を見合わせ、陰鬱な気持ちで溜め息をついた。
その後。
暫くの間、地竜と黒竜の追いかけっこが続き――やがて“外界”でちょっとした騒ぎが起こる。
それは後に、人間界で「地神の怒り」と恐れられる出来事であった。




