厄介な魔導器 1
それは何でもない日常に突如として現れた。
「地竜ーっ!」
どばんっ! と、勢い良く部屋の扉が開かれ、地竜は目を丸くする。
そして、
「……黒竜。一体何の用だ?」
地竜は手にしていた本を閉じ、声の主と向かい合う。
黒竜は小首を傾げ、積み上げられた書物に目をやる。
後ろ手で扉を閉め、
「……またお仕事? 相変わらず忙しそうだねぇ」
「そう思うんだったら邪魔しに来ないで欲しいんだがな」
「邪魔しに来た訳じゃないぞ。今日はいつも頑張ってるお前に土産を持って来たんだから」
「……土産?」
黒竜の言葉に、地竜は眉根を寄せた。
水竜の所に比べれば幾らか被害は少ないが、地竜も黒竜の持ち込む厄介事に巻き込まれた事が無い訳では無い。
怪訝な表情を浮かべる地竜に、黒竜はにこにこと笑顔で頷く。
「そう♪ 少しでもお前の癒やしになればと思ってな♪」
「お前が関わってくれない事が一番の癒やしなんだが」
「まあそう言わずに受け取れ♪」
そう言って、黒竜は地竜に何か玉のようなモノを投げた。
地竜はそれを受け止め、
「……何だ? これは?」
「それは俺様が創った魔導器だ♪」
「魔導器?」
地竜は手にした玉を観察する。
小さなガラス玉のようなその石には、確かに強い魔力が込められていた。
よくよく見てみると、その石の中に何かが閉じ込められている。
小さくて分かり辛いが、どこか見知った誰かに似ているような気がした。
地竜が無言で石を眺めていると、
「それ。指で割ってみ? 簡単に割れるから」
「…………」
言われて――地竜は僅かに警戒しながらも、人差し指と親指の間で玉を割った。
刹那――……
「!?」
ぶわっと、部屋全体が白い煙に覆われる。
全く視界が利かなくなり、地竜はたまらず声をあげた。
「な……何だ!?」
「……ちょっと量が多かった。換気換気」
と、黒竜は扉を開ける。
煙は次第に部屋の外へ流れ――やがて、黒竜が創ったという“魔導器”が姿を現す。
それは――……
「……風竜?」
それは、風竜だった。
正確に言えば、風竜の形をした人形。
地竜が呆然としていると、人形はこちらに駆け寄って来て、地竜に思い切り抱き付いた。
「地竜♪」
「わっ!? たっ……ちょっ……」
目を白黒させている地竜に、黒竜が自信たっぷりな様子で口を開く。
「どうだ? よく出来てるだろ? その風竜人形♪」
「いや……出来がどうのこうの言う問題じゃなくて……」
「それは風竜に頼んで風竜の魔力をベースに創られてるから本物そっくりの筈だ♪ そこに、お前が喜びそうな機能をちょいちょいっと加えてな♪」
「……風竜に頼んだ?」
「そう。その方がリアルに仕上がるから♪」
「…………」
取り敢えず、地竜は自分に抱き付いてくる人形を引き剥がそうとした。
何となく居心地が悪い。
と――
「地竜? どうかした?」
「えっ? あー……その……なんて言うか……ちょっと……」
「抱き心地が良くない?」
「……いや。そういう意味じゃ――……」
声も風竜そのままなので、思わず地竜は真面目に答え掛けて――はたと我に返る。
「……って。黒竜! お前……俺が喜びそうな機能って……まさか……」
黒竜は満足げな笑みを湛え、
「そう♪ 現実じゃ手が出ないお前の為に、風竜から“色々”してくれるように仕込んだ♪ 手間掛かったんだぞ?」
「余計なお世話だっ!」
「まあまあ♪ ちゃんと風竜の記憶やら行動パターンも持ち合わせてるから、お前のお仕事のサポートもしてくれる♪ 火竜や水竜の見掛けよりやる気出るだろ?」
「だから要らん世話だと……」
「じゃあ、俺様はこれで♪」
「待て! こんな爆弾置いて行くなっ!」
地竜は黒竜を引き止めようとしたが、それは絡みついて来た風竜の姿をした人形に止められる。
「地竜」
「あー……うー……」
自分を引き止める腕を振り払えずにいると、黒竜はさっさと姿を消して行った。
「……どうしろって言うんだ……こんなの」
地竜は空いている手で額を押さえる。
いくら風竜の記憶や能力を有していると言った所で、その力は本物の一割にも満たないような代物であろう。
その辺の雑用くらいはこなせるかもしれないが――風竜の普段の行動を考えてみると、あまり頼みたいとも思えない。
本格的に爆弾を抱え込まされたようなモノである。
その時。
「ねぇ? 地竜。私に出来る事って無い?」
「…………取り敢えず、離れてくれるか?」
こんなところをフィリーに見られでもしたら、まず要らぬ誤解を招く。
――が。
「ち……地竜……様」
「あ……」
手遅れだった。
開けっ放しの扉から、フィリーが茶を乗せたおぼんを手に固まっている。
地竜は慌てて手を振り、
「フィリー。これはその……黒竜の悪癖が原因で……」
「風竜様……では無い……ですよね?」
「うん。これは黒竜が創った魔導器でね。風竜の形をしたただの人形……」
「地竜!」
「……ちょっと黙っててくれないか?」
離れろと言ったのに依然くっ付いたままの風竜人形に、地竜は呻く。
フィリーは無言で茶器をテーブルに置いた。
「……そうですか。では、地竜様。お茶。ここに置いておきますので……どうぞごゆっくり」
「あーっ! ちょっと待て! フィリー! その言い方だとなんか語弊あるから! 誤解だから! 本当に黒竜の嫌がらせだから!」
地竜の叫びは無視する形で無情にも扉は、ぱたん。と、静かに閉じられる。
地竜は悄然と項垂れた。
フィリーとは暫く微妙な距離が出来そうだ。
「ねぇ。地竜?」
「……だからちょっと離れて」
黒竜がどういう基準で、何を仕込んだか分からないが、風竜の言動と合わさると更に何を仕出かすか分からない。
――取り敢えず、茶でも飲んで落ち着こう。
そう考えた地竜は、フィリーの淹れてくれた茶をカップに注ぐ。
風竜人形は先程とは違い、さっと地竜から離れる。
(さっきもそれくらい早く離れてくれたら、フィリーに余計な誤解を与えずに済んだものを……)
と、地竜が思っていたら、地竜の持っているカップを風竜人形が奪う。
「……え?」
この人形が何を考えているのか分からずにいると、風竜の姿をした人形は、彼女とそっくりな笑みを浮かべ、
「地竜♪ 私が飲ませてあげる♪」
「は?」
風竜人形はそう言って、おもむろに茶を口に含んだ。
そして、地竜の顔を僅かに上に向かせる。
その瞬間、この人形が何をしようとしているのか悟った地竜は、慌てて両手で制す。
「ちょ……ちょっと待て!」
「?」
「そんな事しなくていい! 茶ぐらい自分で飲める!」
すると、人形は口に含んだ茶を飲み込み、
「……地竜は……こういうの……キライ?」
「……あのな。そういう事を言ってるんじゃ……」
「じゃあ、いいでしょう?」
「よくない、よくない」
口移しで茶を飲ませようとする風竜人形に、地竜は激しくかぶりを振った。
「照れてる?」
「……だから。そういう問題じゃなくて……」
扱い辛い。
非常に扱い辛い。
こんなに扱い辛い魔導器は要らない。
「取り敢えず……茶ぐらいゆっくり飲ませてくれないか? なんかもう……色々疲れたから」
「じゃあ、マッサージでもする?」
「いや。いい」
地竜はきっぱりと断る。
この調子だと、何をされるか分かったモノではない。
風竜相手にこんなに苛立ったのは初めてだ。
本人では無いにせよ。
しかし、黒竜が創った魔導器なだけに、下手に壊すと後が怖い。これだけ手の込んだ代物なのだから、破壊された時、何らかの仕掛けが作動しないとも言えない。
「……一つ……訊いてもいいか?」
「なあに? 地竜」
「……黒竜は一体、何のつもりでお前を創った?」
「それは最初に彼が言っていたでしょう? 貴方を癒やす為よ♪」
「……疲労が倍増しただけなんだけどな。主に精神面で」
「地竜……疲れてる?」
「だから、さっきそう言った」
「じゃあ、添い寝してあげましょうか?」
「……もっと疲れるからやめてくれ」
ぐったりとした様子の地竜に、風竜人形は心配そうに声を掛ける。
「大丈夫?」
「……あんまり大丈夫じゃない」
「じゃあ、やっぱり少し休んだ方が良いんじゃない?」
「……この状況で休める訳ないだろう……調べ事も途中で中断されたし」
「なら、その調べ事は私がしておいてあげる」
「……え」
風竜人形はそう言うと、地竜の机に向かい――本を広げ、机に並べられていた資料と向き合う。
「…………」
その様子を、地竜は暫し静観した。
風竜の記憶を持つと言うだけあって、そこに並べられている資料が何であるのかは明確に読み取ったらしい。
テキパキと作業を続けながら、
「この資料は私が纏めておくから。地竜は休んでて良いわよ」
「あ……うん。じゃあ……ちょっと任せる」
黒竜の嫌がらせにしては珍しく役に立っているような気がして(先程までの事は兎も角)、地竜は取り敢えず浄化の間へと向かう事にする。
遺跡の資料も纏めねばならないが、本来はこちらが最優先だ。
フィリーは多分、自室に籠もっている。
普段なら、神殿内の掃除をしている筈だが。
「あまり変な方向に思い違いをしてなきゃいいけど……」――などと思いつつ、地竜は浄めの法玉に手を置いた。
地の力を増幅させ、豊かな実りをもたらす恵み力。
古代神戦の時、傷付けられた土地も少しずつではあるが、回復に向かっている。
地竜が浄化を終えて自室に戻ると、風竜人形は黙々と作業を続けていた。




