黒竜とお勉強 2
『……人間界に俺達の話が伝わってないのは、伝える者が居なかったからだよ』
「伝える者が居なかった?」
黒竜が首を傾げる。
地竜は頷き、
『今から五千年前――古代神戦の時代。この世界は“死んでいた”。とても生物が生存出来る環境にはなかったんだ。それでも“破壊神”と古代の戦いについて記述が残っていたのは――……この地に竜王が書き記した物が残っていたからだ』
「じぃちゃん!?」
『当時は世界を破壊する為に、ブラックドラゴンの力も使われていたからな。竜王――アルガディロスは、神の呪いを受けながら、唯一神の支配を受けなかったドラゴンだ』
「…………」
黒竜は、思いがけない真実にぽかんとする。
はたと我に返り、
「ちょっと待て。じゃあ、お前ら……」
地竜は瞑目する。
『……あの戦いで……死んでいくブラックドラゴンの姿は――見た』
「…………」
水竜はさっと目を逸らす。
黒竜は一度そちらを睨んでから、
「じゃあ……お前らも……」
『……手に掛けるつもりは無かった。だが、加減してやれる状況でも無かったんだ』
「殺したのか」
『“破壊神”の力を弱めるには他に手が無かった。この世界を死なせない為には……ああするしか無かったんだ。すまなかったと思う』
地竜は、自身の掌を見詰め、
『……俺達はあの戦いで、一つでも多くの命を救おうと抗った。だが……結局救えたのはほんの一握りの命だけだった』
「…………」
『多くのモノを失った。あの戦いはもう二度、引き起こしてはならない』
地竜は苦く笑い、
『――全部話しておくべきだったな。すまない。黒竜』
「……謝るなよ。余計混乱する」
黒竜はかぶりを振り、
「お前らが悪いんじゃ無いって事は分かってる……全部恨んでたらキリが無いって事も」
『――……すまない。俺達にもっと力があれば……』
「もういい――分かった」
黒竜は複雑な表情のまま、水鏡から離れる。
「……悪かったな。地竜。お前に話させて」
『――いいさ。いずれは話さなきゃならない事だ。お前はこういう話、苦手だろう? 口下手だからな』
「……一言多いんだよ」
地竜の言葉に、水竜は吐き捨てる。
『――じゃあ、もう良いか?』
「ああ。手間取らせた」
言って、水竜は魔力を断ち切る。
水鏡から地竜の姿が見えなくなり、自分の姿が映し出される。
暫しそれを見詰め、
「……まあ……なんだ。その……聞いた通りだ」
「……ああ。分かってる」
気まずそうに、水竜が口を開けば、ぶっきらぼうな返事が返ってくる。
水竜は目を閉じて、小さく息を吐く。
「……俺達の話が人間界に伝わってないのは、地竜が話した通り。だけど……実際、伝わって無いのは幸いだと思ってる」
「……何で?」
いつの間にやら、ベッドに腰掛けていた黒竜が訊いてくる。
「……俺達はお前と同じように“神の身体”の一部を所有している」
「身体の一部?」
黒竜の問いに、水竜は頷いた。
「俺達は、破壊神を封じる時、奴の身体を引き裂いた。そして、その身体を俺達自身の中に封じ込めたんだ」
「!」
水竜は自身の右腕を示し、
「俺は“神の右腕”を、地竜は“左腕”、火竜は“右足”、風竜は“左足”をそれぞれ所有している。だが、“心臓”だけはどうしても抑えきれなかった……だから、封印するしか無かった」
水竜は黒竜の瞳を見据え、
「俺達は自身の内に封じ込めた“神の力”で“心臓”の力を抑え込んでいた――だが、先の戦いで俺達は深い傷を負っていた。その傷を癒やす為、千年に一度……俺達の魔力は急激に弱まる時期がある。その時期と、お前が生まれる時期――そして、“心臓”の封印が解ける時期が重なってしまった……」
「……そして、その“心臓”は今、俺様の中にある――と」
「そういう事だ。破壊神の魔力とブラックドラゴンの魔力は同質の物だからな。封印の解けた“心臓”は、お前の魔力に引き寄せられ、共鳴し――同化した」
水竜は壁に凭れる。
「俺達の事が伝わってない方が良いってのは、“神の力”の存在に気付けば人間は勿論、神の僕だった連中に付け狙われるからだ。人間は不老不死を求め、神の僕は“神の身体”を取り戻す為に……な」
「…………」
「これ以上、この世界に無用の争いを生まない為。あの戦いを繰り返さない為……俺達は他種族との関わりを避けてる」
水竜は窓辺に寄り、外の景色を眺めた。
「……やっと世界は息を吹き返した。それをまた死なせたくない」
「……そっか……」
黒竜はぱっとベッドから下り、
「何かまた詰まんない話になったな~」
「……お前が訊きに来たんだろうが」
「だって、こんな話とは思わなかったんだから。仕方ないだろ?」
黒竜は珍しく、部屋の外へと歩いていく。
「……ま、でも知らない事がまた分かって良かった」
「……そうか」
「――けど、伝わらないのも無理無いよな~」
「……あん?」
地竜の話を聞いていた時は、どこか沈んだ様子だった黒竜はニコッと笑い、
「だって……こんな伝説、詰まんないもん♪」
「……用が済んだなら帰れ」
水竜は半眼になって呻く。
黒竜はちろっと舌を出し、
「言われなくても」
そう言って、水竜の部屋から出て行き――暫くして爆音が神殿を大きく揺るがした。
水竜は頬を引き攣らせ、
「……あンの野郎……」
足早に部屋を出て、爆音が轟いた方へと向かう。
見ると、先程直したばかりの壁に同じような穴が開いていた。
肩をいからせる水竜に、エイがぽつりと提案する。
「水竜様。いっそのこと、穴開けっ放しにしておきませんか? 直すだけ無駄な気がします」
「…………」
穏やかな風が吹き抜けていく。
水竜は無言でその場に座り込み胡座をかいた。
ぼんやりと外の景色を眺め――
「……そーだな」
投げ遣りにそう呟いた。




