黒竜とお勉強 1
現在の時間に戻ります。
「……こうして、四人の英雄の力によって破壊神は地中深くに封じ込められ、世界は平和になりました――おしまい」
黒竜は子供達に読み聞かせていた本を閉じる。
「は~い。じゃあ、何か質問のある人~」
「はーい!」
「じゃあ、マリンちゃん」
「はい! 『ちちゅう』ってなんですか!?」
「地面の中。下~……の方の事です。因みに、いくらスコップで掘っても見えません」
「えー。見えないのー?」
「勝手に掘り出されたら困るモノですからね」
「はい」
「はい。じゃあ、シャット君」
「古代神戦で、四人の英雄が最後に戦った地に破壊神が封印されていると言われますが、四人の英雄はその後どうなったのでしょうか。四人の英雄については書物にもあまり記されていないようなのですが……何故ですか?」
「古代神戦の後、英雄がどうなったか……多分、どっかに引っ越して隠居してるんでしょう。後者の質問については知りません」
「……つまり、先生は四人の英雄がまだ生きていると仰るのですか?」
「さて……資料は少ないですが、『死んだ』と記述されてる資料もまたありません。仮にも“神”と名の付く者と戦ったのだから、人と違い物凄く長命であるか――あるいは不死であってもおかしくは無いでしょうね」
「せんせい! むずかしい言葉がいっぱいでよく分かりません!」
「そういう子は、速弁か、居眠りでもしていましょう」
さらっとサボリを許可して、黒竜は手を叩く。
「は~い。授業はこれでおしまいです。明日は今日聞いたお話について感想を纏めて“先生”の前で発表してあげて下さ~い」
『は~い。ありがとうございました~』
子供達は、黒竜に頭を下げて席を立つ。
その様子を見ていた、“本物”の先生――フィレンは、黒竜に礼を述べた。
「あ……ああ、あの。ありがとうございました。私、どうも子供達の前に立つと緊張してしまって……」
「何々、気にする事はありませんよ♪ 困った時はお互い様ですから♪」
ここは、とある村にある青空教室。
先日、モンスターの襲撃に遭い、小さな校舎は破壊されてしまったという。
そこにたまたま通り掛かった黒竜。
見ると、何とか授業にこぎつけた“教室”で、新米の教師(金髪眼鏡美人)が子供達相手に悪戦苦闘していた為、ヒョイと教科書を借りて教師の真似事などしていたのだ。
「でも……あの。子供達との接し方……お上手なんですね。歴史もお詳しいようですし……私も勉強になりました」
「何、大した事じゃありませんよ♪」
黒竜はひらひらと手を振る。
その手をゆっくりと下ろし、
「……しかし……このところ、モンスターの動きが活発なようですね」
「はい。この近辺だけでも四つ……小さな集落が襲われて壊滅状態にあると……」
フィレンは神妙な顔付きで、
「幸い、この村で死者は出なかったのですが……それでも被害は小さく無いと思うので……」
「そうですね……まあ、そちらも何か分かったら報告しましょう」
「えっ?」
黒竜の言葉に、フィレンは首を傾げる。
「俺様、こう見えてあちこち旅してるモンで。色んな情報が耳に入って来るんですよ」
「そう……なんですか? 旅人と仰る割には随分と……軽装のようですが……」
「この方が楽なんで♪ 目立ちませんし」
「はあ……でも、旅をなさるなら、ある程度の準備は必要なのでは……」
すると、黒竜は自信たっぷりに胸を叩き、
「心配ありません。俺様、魔法の心得がありますから♪」
「えっ! そうなんですか!?」
「はい♪ そうなんです♪」
魔法を使える者は少なく無いが、多くも無い。
一人でモンスターがうろつく街道や洞窟を渡り歩くとなると、かなりの使い手という事になる。
「あの……黒竜さんは、どこかの国のお偉い魔術士様なんですか? それで知識が豊富なのでしょうか?」
「いや~、俺様はどこの国にも属さない流れ者ですよ~♪」
「…………」
軽い調子で言ってから、
「じゃあ、俺様はこれで失礼します♪ 縁がありましたらまたお会いしましょう♪」
「あ……あの!」
フィレンの言葉は声にならないまま……黒竜はあっという間に姿を消していった。
◆◇◆◇◆
「――そんな訳で、ちょっと話を訊きに来た♪」
「……黒竜」
空間転移で移動し、いつものように壁をブチ抜いて水竜の許を訪ねて行くと、いつものように水竜は怒鳴りつけてきた。
「てめぇは何回同じ事言わせるんだ!? 入口は向こう! 壁ブチ抜いてくんじゃねぇ!」
「だって、お前ん家。まず入口までの橋がねぇじゃん。後、普通に入るとここまで遠い」
「知った事か! 毎度毎度同じ事言わせるな!」
「まあまあ、水竜様。黒竜様は人の話なんて聞いてませんから……仕方ないですよ」
と――
ぐしゃ。
黒竜はエイの頭を踏み付け、
「そんな事より訊きたい事があってよ」
「……黒竜様……痛いです」
「――ああ。痛くしてるからな。で、水竜。訊きたい事があってな」
「……何だ」
壁の修復を終えた水竜は、不機嫌そうな顔で(実際、機嫌が良い訳も無いが)応じる。
「うん。最近、人間界でモンスターが暴れる事件が多発しております。人的被害も多数報告されている事に関して、水竜様のご見解を頂きたく」
「…………」
それを聞いて、水竜は口を噤む。
暫し虚空を見据え、
「……それはこっちでも調査中だ。このところ、急激に邪気が濃くなってきている。その影響が“魔物達の暴走”という形で出ているんだろう」
「邪気が濃くなった原因は? 火竜のおサボり?」
「……分からない。火竜は最近、真面目に浄化に当たってる。にも関わらず一向に浄化されていく気配がない。現状は手一杯。原因は不明だ」
水竜は軽く壁に手を触れさせ、
「……ただ……何か嫌な予感がする」
「嫌な予感? 何? 予言?」
「そんなんじゃねぇよ。ただの勘だ」
妙に真剣な表情を見せる水竜に、からかう空気でも無いと悟った黒竜は至極真面目に話しを続ける。
「……一応、人間界で暮らしてる身としては、なかなか見過ごせない案件なんですがねぇ」
「そりゃ、こっちも同じだ」
「特に邪気が濃くなってる場所とかは特定出来てねぇの?」
「……特定まではいかないが……僅かに西の方角……そっちから流れてる気配はある。けど、他の場所と比べて大きな差がある訳じゃねぇから、断定は出来ない」
「ふぅむ。じゃあ、今は出て来るモンスターをしらみ潰しに潰して行くしか無いって事?」
「……そうなるな」
水竜は、ちらと黒竜を見やり、
「……正直、あまり気は進まねぇが……お前にも出来る範囲でいい。モンスターの討伐と、原因究明に手を貸して欲しい」
「へぇ? 珍しいね? お前が俺様に頼み事なんて」
「……それだけ深刻だって事だ」
「――成る程。まあ、そう言われちゃ手を貸さん訳にもいかんか。お前にはなんだかんだ色々世話になってる訳だし」
コキコキと手首を鳴らし、
「そんじゃま、ご期待に応えられるよう頑張りますかね」
「……あまり張り切り過ぎるなよ。お前の魔力も充分危ねぇんだから」
「わーってますよ」
言ってから、ふと思い出したように、黒竜はポンと手を打つ。
「あ。そーだ。も一個訊きたい事があった」
「何だ?」
「お前らの話。あんまり人間界に出回って無いのは何でだ?」
「……知るか。それこそ地竜あたりにでも訊け」
「えーっ。あっちまで行くのめんどくさ~い。あっ! じゃあ、お前の水鏡使わせてくれよ」
黒竜がそういうと、水竜は嘆息した。
「……あれはそんな下らねぇ事に使うモンじゃ……」
言いかけて――水竜が一瞬目を離した隙に黒竜の姿が消えている。
「なっ……」
水竜は辺りを見回し、ぐいとエイを引っ張り起こす。
「黒竜はどこ行った!?」
「こっ……黒竜様なら水竜様のお部屋の方へ……」
「っ……あの馬鹿!」
水竜はエイを投げ捨てるようにして、手を離すと自室へと向かった。
「あ~った♪」
黒竜は水竜の部屋へ辿り着くと、早速、水鏡に魔力を通す。
「えーっと……これで良いんだっけ?」
「黒竜っ!」
「あっ。もう来た。まだ何にも見えて無いのに」
「見える訳ねぇだろ! 勝手に使うな!」
「いいじゃん。ケチ」
「良いからそこ退け!」
水竜は黒竜を水鏡の前から退かす。
見ると、いつもは透き通っている水鏡が真っ黒になっていた。
完全に黒竜の邪気に染まっている……
水竜は頭を抱えて呻いた。
「……なんて事してくれてんだ。お前は……!」
「えーっ? だって地竜に訊けって言ったのお前じゃん」
「誰がコレを使って連絡取れって言った!?」
水竜は水鏡に手を触れる。
すると波紋が広がり、徐々に透明度が増してくる。
「お~。何か綺麗になってきた」
「……ったく。お前はいちいちめんどくせぇ」
ぶつぶつとぼやく水竜は無視して、黒竜がせがむ。
「なぁなぁ。まだ連絡付かないのか?」
「あーっ! うるっせぇっ! 黙って見てろ!」
怒鳴りつけてから、水竜は意識を集中させる。
そして、水鏡が清められ、二人の姿がくっきりと映し出されると、その姿はやがて歪み――別の人物を映し出した。
「地竜」
『水竜? と……』
「やほ~♪ 地竜♪ 久し振りぃ♪」
『……黒竜? 何だ二人して……一体何の用だ?』
「俺じゃねぇ。黒竜が勝手に繋ごうとしたから……」
「地竜! 地竜! 何でお前らの話は人間界に出回って無いんだ?」
『――はあ? ちょっと待て。二人いっぺんに喋るなよ』
地竜は突然の連絡に驚いていた。
軽く咳払いをし、
『――んで? 何がなんだって?』
「だぁ~かぁ~らぁ~、古代神戦の話だよ。お前らの伝説ってあんまり残って無いだろ? 何で?」
『…………』
地竜は暫し虚空を見据え、次いで水竜に視線を向ける。
『……用事ってコレか?』
「…………そーだよ。お前ん所へ行って訊けって言ったら、黒竜が勝手に水鏡使ったんだ」
それを聞いて、地竜は呆れたように溜め息をついた。




