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黒い竜の物語  作者: 緋翠
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契約の証 1

 

「あー、あいつからかうのは面白いな~♪ 水竜と遊ぶのとは違う面白さだ♪」


 風竜の神殿に遊びに行ってから、黒竜はまたふらふらと各地を巡り歩いていた。

 地竜の神殿で風竜と会う約束を取り付けて二日。思ったよりも早く風竜の神殿に招いてもらえる事になった。

 クレアは風竜の言葉通り可愛い精霊だった。

 長い緑色の髪と澄んだ空色の瞳。少し人見知りするとかで、黒竜とあまり話す間もなく、何故か付いてきたバランが、どこかに連れて行ってしまったが。

 それでも、風竜と一緒に地竜をからかって、存分に楽しい時間を過ごせた。

 地竜も風竜の神殿を壊す訳にはいかないと思ったのだろう。反撃らしい反撃はして来なかった。

 その姿は伝説に聞く“四聖竜”とは程遠い。

 彼らは思っていたよりずっと“普通”の存在だった。


「……こっちのが居心地良いし、あいつらも俺がここに居た方が都合良いんだろうし……俺に出来る事ってのは案外、人間界(ここ)で見付かるかもしれないなー」


 自分にしか出来ない事なら既にやっている気もするが。

 “神の心臓”を身の内に抑え込むという――世界の命運に関わる事を。


「……にしても」


 黒竜は辺りを見回し、ぽつりと呟く。


「ここは花も真っ黒。草も真っ黒。木も真っ黒。土も真っ黒。み~んな真っ黒」


 黒竜の言った通り、この場の景色は花弁の一枚、木の枝一本に至るまで黒一色に染め上げられていた。

 “死の山”と呼ばれるこの山は、人々から呪われた場所だと恐れられているらしい。

 余程物好きな冒険者くらいしか立ち入らないとかで、黒竜は適当に立ち寄った街で話を聞き、興味本位から足を運んだ。

 また、モンスターも多く出没する事から「魔王の住処」とも言われている。

 確かに、何か邪悪な者が住み着いていてもおかしくない不気味な風景だ。

 黒竜は適当に足下にある花を摘み、


「俺達の里もこんな真っ黒じゃなかったのに」


 少なくとも、部屋の窓から見えた様子と、屋敷の庭に生えていた植物は普通に緑色だった。

 しかし、この山の植物は完全に邪気に染まっているようだ。

 景色は不気味だが、居心地はそう悪いモノではない。

 黒竜は気の向くままに歩みを進めた。


     ◆◇◆◇◆


『……何か来る』


 死の山に住んでいる闇の精霊ルークは、眠りから覚めた。

 恐ろしく強い魔力を持った何者かが、こちらに近付いて来ている。


『……竜族……ブラックドラゴンか』


 これほどまでに強大な魔力は久しく感じた事がなかった。

 ここまで辿り着けた者は、片手で足りる程しか居ない。

 しかも、ルークの魔力に触れると正気を保てなくなるような連中ばかりだ。

 ルークは軽く頭を掻く。


『う~ん。ここに入って来なきゃ良いんだけど……』


 何の用事があって立ち入ったのかは知らないが、素通りしてくれると有り難い。

 ルークは結界を強化させると、洞窟の奥深くに身を潜めた。


     ◆◇◆◇◆


「あっ。洞窟だ。ここも真っ黒」


 黒竜は山頂付近にある洞窟の前で足を止めた。

 中を覗いてみると、明かりの一つも無い真っ暗闇が広がっている。

 とは言っても、黒竜は暗闇でも物がちゃんと見えるので問題無い。


「……奥に何かいるな」


 微かだが、魔力を感じる。

 途中、何かに遮られているようではっきりとは分からないが――かなり強い。


「魔王とか……本当にいるのかね?」


 そう呟いて、黒竜は洞窟探査に乗り出した。



「……冒険者が足を運ぶって割には宝箱とか罠は一つも無いなー。冒険の醍醐味とかそういうのは無さそう」


 洞窟の内部は足下すら見えない程の暗闇に包まれている。

 ただそれだけで、モンスターなどが住み着いている様子は無い。居るとすれば、洞窟の奥か。

 洞窟の中は思ったより広かった。

 しかし、入り組んだ作りでは無い。

 殆ど一本道で、途中緩やかに蛇行していたりするが、迷うのは難しい。

 やがて、黒竜は一つの壁にぶつかった。


「行き止まり……っていうか結界かぁ」


 道はまだ続いているようだが、その道を塞ぐように結界が張ってある。

 黒竜は結界に手を触れさせた。


「壊せるかな?」


 取り敢えず、結界を破る為に魔法を一発撃ち込んでみる。

 すると、


「……吸収された?」


 結界を打ち破るでもなく、弾き返されるでもなく――黒竜の魔力は、その結界に飲み込まれていった。

 まあ、弾き返された場合、少し困った事になっただろうから、それはそれで良いのだが……


「魔力を吸収する結界……」


 黒竜は少し考え込む。

 この手の魔法はいくつかあるが、どれも許容量には限度がある。

 それを超えると効果は消える。

 モノによっては、術者も無事では済まない形で。

 黒竜は一つ頷き、


「じゃあ、取り敢えずパンクさせよう」


 そう言って、黒竜は結界に魔力を注ぎ始めた。

 ――その時。


『やめろ! それ以上魔力を注いでくれるな!』


「ん?」


 洞窟の奥から、何かが出て来た。


「……精霊?」


 黒竜の目の前に現れた者――それは、無造作に伸ばしたボサボサの黒髪に眠たげな眼を持つ精霊だった。

 草臥れた黒いマントを羽織っただけの姿は、どことなく見窄らしい。

 黒竜は小首を傾げ、


「お前がこの山に住んでる魔王?」


『魔王じゃねぇよ! オイラ、ただの精霊だ! それは良いから魔力止めてくれ!』


「…………」


 取り敢えず、黒竜は精霊に言われた通り、結界に送り込んでいた魔力を止めた。

 コンコンと結界を叩き、


「じゃあ、ここ開けてくれよ」


『嫌だよ! こっちに来て欲しくないからこうやって結界張ってるのに!』


「……何でだろうなぁ。知り合いの家に居るちんちくりんの水の精霊も最初似たような事言って俺を追い返そうとしてた」


『そりゃあ……アンタくらい強い邪気を持った竜なら近付いて欲しいとは思わないだろうさ。オイラは闇の精霊だから、アンタの邪気はご馳走みたいなモンだけど……』


「……闇の精霊……」


 黒竜はその闇の精霊の顔を見上げ、


「この山が呪われてるとか、邪悪だとか言われてんのはお前が居るから?」


『そんな事は知らねぇ。けど、邪悪ってのはどうだかね。ここは寧ろ、精霊が住まう神聖な場所なんだが』


「自分で“神聖”とか言っちゃうんだ」


『だって、オイラ邪悪じゃねぇもん。ここがこんななのは古代の戦が原因さ。神様の邪気が染み付いてんの』


「ふ~ん?」


 黒竜は気のない返事を返してから、


「ところで……何でこの結界に魔力注いじゃ駄目なの? 結界壊されると困るから?」


『……違うよ。これ以上アンタの魔力喰っちまうと、オイラはアンタに逆らえなくなっちまう。その結界は吸収した魔力をオイラに送り込んできてるから』


「意味が分かんない」


 眉根を寄せる黒竜に、ルークは嘆息した。


『オイラはその結界を通じて、ここへ来た者に契約の資格があるかどうかを見極めてる。大抵の奴は資格が無いから無視してるけど……』


 言って、ルークはちらと黒竜を見る。


『……オイラの頭は殆どアンタを契約者として認めてる。だから、これ以上魔力を注がれると、オイラとの契約が成立しちまう』


「契約……って。俺、別に必要な書類にサインしたりとか、血判押したりとかして無いけど」


『一体、何と何の契約をしようとしてんだよ! 違うよ! 精霊との契約はそんなんじゃねぇ!』


「しかし、本人の与り知らぬ所で勝手に『契約が成立しました』とか……なんという悪徳業者」


『業者じゃねぇよ!』


「その契約を盾に法外な金を要求したりするんだろ?」


『しねぇよ! もう……何なんだよ。何でこんなのが来ちゃったんだ……』


 ルークはその場に座り込む。

 黒竜もしゃがみ込んで、


「なあ。その契約、解除出来ねぇの?」


『……今はまだ契約は成立してない。ギリギリだけど。オイラがアンタに“真名”を教えて……アンタがそれを呼ばなきゃ契約は成立しない』


「あ。そうなんだ。じゃ、大丈夫じゃん。俺、お前の真名なんか知らねぇし」


『だから、魔力を送るのやめてくれって言ったんだよ。アンタにその気が無くても、一定の量超えたら……嫌でもオイラ自分の真名を言っちまう』


 後、ほんの少し。

 ほんの僅かでも魔力を送り込まれたら、ルークはその力に逆らえなくなってしまう。

 自分の意思とは関係無く支配される。

 と――その時。


『ああっ!?』


 再び、ルークの身体に魔力が送られてきた。

 思わず悲鳴をあげる。


『やめろって言ってんのに何やってんだよ!?』


「いや、結界邪魔だなぁと思ったから。ちょっと声が聞き取り辛いんだよね」


『だからやめてくれって言って――……あ。駄目だ』


 小さな呟きを残して、ルークは項垂れる。

 そして、


《……ルーク=ヴェル=ヴォルト》


「……ん?」


 突如、頭の中に響く声。

 黒竜は結界に魔力を送るのを止めた。


「今、何か聞こえた。何? ルーク=ヴェル=ヴォル……」


『あーっ! 待った! 待った! それ以上言ったら駄目だ!』


 ルークは慌てて結界を解くと、黒竜の口を手で塞いだ。

 黒竜は一瞬驚いた顔をしていたが、パシッとルークの手を払い、


「何だよ。いきなり」


『アンタがオイラの真名を呼ぼうとするからだろ!?』


「えっ」


 黒竜は目を丸くした。


「真名? さっきのルーク=ヴェル=ヴォ……」


『だから言ったら駄目だって! オイラとの契約が成立しちまう!』


「駄目と言われるとつい言いたくなる」


『……気持ちは分からないでもないけど……でも駄目だ』


 ルークはかぶりを振って、


『アンタ。オイラと契約する気無いんだろ?』


「まあね」


『なら、その名前は口に出したら駄目だ』


「ていうか、契約すると何か良い事あんの? 特典とかある?」


『……何の特典だよ』


 ルークは溜め息をついて、


『良い事っていうか……契約すると、オイラを好きな時に呼び出して、命令を下せるようになる』


「命令――何でも言う事聞かせられるようになるって事?」


『そうだよ。勿論、オイラに出来る事に限られるけど』


「『女の子のスカートめくって来い』って言っても?」


『…………それが契約者の命令ならな。でも、そんな事に精霊の力はあまり使って欲しくないんだけど』


 この竜と契約が成立したらそんな使われ方をされるのかと思うと、ルークは非常に残念な気持ちになった。

 受けられる恩恵は大きいのだが……


「他には何が出来るんだ?」


『何……って言われてもなぁ。まあ、取り敢えず魔法は一通り使えるよ。攻撃も防御も回復も。実際、精霊と契約したがる奴らは精霊の持つその“力”が欲しい訳だからな』


「ふ~ん。でも、そっちはあんまり困って無いなぁ」


『そりゃ、そうだろうよ。竜族が精霊と契約するなんて普通はねぇ』


 もう結界を張る意味が無いので、ルークはそのまま洞窟の奥へと向かう。

 黒竜も後に続く。


「この奥に何かある?」


『何もねぇよ。オイラの寝床があるだけさ。だから結界破る意味もあんまなかったんだけどな』


「てか、ちょっと思ったんだけど、『お前の真名呼ぶぞ』って脅したら、お前に命令出来るんじゃね?」


『……別にオイラ、契約したくない訳じゃないから呼ぶなら呼んでも良いけど。アンタと契約すりゃあ飯の心配は無くなるし』


「えっ? 飯?」


『そうだよ。司る場から引っ剥がして連れて行くんだから、飯くらい喰わせてくんねぇとやってらんねぇ』


 黒竜はルークの顔を見据え、


「何喰うの? 肉? 魚? 野菜? お前、よく食べる? 食費掛かる?」


 訊かれて、ルークは少し呆れたような顔で答えた。


『オイラ達が喰うのは魔力だよ。因みに、アンタが最初送り込んできた魔力でオイラ今は腹一杯』


「そうなんだ。じゃあ、安上がりだな」


『……でも常に供給しといてくれなきゃいけないから。それが契約者の果たすべき務め』


 ルークは歩きながら、


『精霊との契約ってのは、そういうモンさ。契約者は精霊に力を与える。精霊は与えられた分だけ契約者の力になる。最近は無理矢理精霊の力だけを利用する奴らも居るみたいだけど』


「無理矢理?」


『そうさ。下位の精霊を魔導器か何かの魔力で誘き出して、精霊を捕まえる特殊な檻に閉じ込めて力だけを引っ張り出すんだ。ちゃんとした契約を結んで無いから、飯もロクに喰えず、力を使い果たした精霊は消滅する』



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