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黒い竜の物語  作者: 緋翠
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変わる日常 7

 

 エイの話だと、この竜は食欲旺盛で、食べ物を与えている時は大人しいとの事。ならば、腹を満たす事が出来れば満足するのではないだろうか。

 バランは本心を隠す為、なるべく穏やかな口調と笑顔で黒竜に話し掛ける。


「黒竜様。俺はここでの用は済みました。風竜様にもお会い出来た事ですし、一緒に戻りませんか? お茶なら俺が用意します」


「どしたの? 急に。最初はあんまり歓迎してくれなかったのに」


「……状況と心境が変わったもので」


「ふ~ん? でもいいや。フィリーは可愛いし、風竜も居るから、俺はここが良い。それに、火竜はまだ怒ってるかもしれないじゃん?」


「火竜様には俺からお話しをしてみますから」


 怒りの原因が原因であるし、地竜の為に火竜が動くとも思えないのだが、兎に角、黒竜を納得させてから移動しなければならない。

 不満があれば、またここに戻ってしまうだろうから。


「それならわざわざそっち行かなくても、火竜を招待すれば良いんじゃない?」


「それだとあまり意味が……」


「兎に角。今は行かなーい。こっちのが女の子多いし♪ でも、そこまで言うなら後からなら行ってもいいよ」


「…………」


 バランは無言で黒竜を見る。


(……そういえば、可愛い女の子と友達になりたいとか言ってたっけ……)


 黒竜の言う“可愛い女の子”の基準が、バランにはよく分からない。

 バランは、()()()()()()で容姿を気にした事がなかった。


(女の子……でも、俺の知り合いだと、エイとクレアくらいしか)


 フィリーを除けば、その二人しか居ない。

 しかし、黒竜の気を逸らす為に呼び付けたのでは、また余計なところに迷惑を掛ける事になってしまう。

 それに「家にも可愛い女の子が居ます」なんて言える訳が無い。


(……どうしよう)


 良い考えがまるで浮かばない。

 これ以上、地竜の怒りに触れるような行動を起こさないでいてくれれば良いが、この竜は黙って茶を飲んで帰りそうな気がしなかった。


「どうせだったら、最初からご馳走してくれてたら良かったのに」


「……そうですね。本当にそうです。そうしてなかったのが悔やまれます」


 あまりにも悲痛な表情をするバランを見て、黒竜はきょとんと目を丸くする。


「何? そんなに俺にお茶をご馳走したかったの?」


「こんな事になるのなら、命に代えてもあの場に引き留めておくべきだったと思うくらいに」


「命懸けで……そこまでの覚悟があるとは」


「……いや。そんな事に命懸けてくれなくていいよ」


 重いんだか軽いんだか分からない会話に、地竜は思わず突っ込む。

 バランはかぶりを振り、


「いえ。地竜様。それで事態が丸く収まるのでしたら」


「うん。バラン。ちょっと落ち着こう」


 地竜はぽんとバランの肩を叩く。


「お前がそんなに責任を感じる必要は無いから」


「ほら、地竜。お前が無闇矢鱈と殺気撒き散らすから~」


「……そうだな。気を付けよう。ついでに、お前とはゆっくり話がしたいから、ここに残るといい。その代わり……ただで帰れると思うなよ」


「ほう? お土産まで持たせてくれると。それは楽しみだなぁ♪」


「……そうじゃないって分かってますよね?」


 こんな時、主が傍に居てくれたら少しは不安も和らぐのだろうが……生憎、バランの主はそういう感じでは無い。

 心から安らげる居場所が欲しいと、バランは思った。

 と――その時。部屋の扉がノックされる。

 地竜はそちらへ向かうと、扉を開けた。


「フィリー」


「地竜様……お茶が入りました」


「ありがとう」


 きちんと伝えていなかったが、茶は人数分用意されている。

 フィリーは不安げな眼差しで、


「あの……地竜様……先程、地竜様の気配が酷く荒れていたようなのですが……」


「ああ――……大丈夫。何でも無いから」


 当然ながら、フィリーも感じ取っていたようだ。

 どこか怯えた様子のフィリーを宥めるように、地竜は微笑む。

 その場に居た全員に茶が行き渡ると、黒竜は少し大人しくなった。フィリーが作った茶菓子を頬張るのに夢中だ。


(……やっと静かになったか)


 椅子に身体を預けて、地竜は深く息を吐く。


「まあ……地竜。何だか疲れてるみたいだけど……大丈夫?」


「……うん。大丈夫」


 頷きながら、地竜はカップを手に取る。

 ゆっくり茶を飲んでいると、


「あ。ねえ。風竜には僕って居ないの?」


 黙々と茶菓子を貪っていた黒竜が、また問題になりそうな事を風竜に訊いている。

 風竜は軽く茶を口にしてから、


「勿論、居るわよ。クレアっていってね。とっても可愛い風の精霊なの♪」


「えっ! 可愛いの? 会いたい!」


「風竜。クレアの性格を考えると、黒竜とは絶対相容れないから関わらせない方がいい」


 地竜はすかさず、忠告した。せめて、クレアだけでも護ってやらねば。

 しかし、風竜自身が問題無いと考えている時は、あまり話を聞いてもらえないので……


「今度、家に来たら会わせてあげるわね♪」


「ほんと? やったー!」


「…………」


「……戻ったら、クレアに注意するよう伝えておきます。後、もし可能なら、その日はクレアを“外”へ連れ出します」


「そうしてやってくれ」


 出来る事はあまり無い。

 クレアが黒竜に変な絡まれ方をしないよう願うくらいしか。


「俺の友達の風の精霊もちっちゃくて可愛いよ♪ 手のひらサイズ」


「あら。じゃあ、まだ生まれて間もない精霊なのね」


「そうなの?」


「ええ。精霊の成長は種や生まれた場所によって異なるけれど、それだけ小さいなら、生まれてから二百年は経っていないでしょうね」


「へー。なら、フィリーやそこの火の精霊が大きいのは長生きしてるから?」


「……名前を覚える気は無いんですか? 別に構いませんけど」


 指を差されて、バランは半眼になって呻く。

 しかし、黒竜はさらっと無視した。


「バランとフィリー。それからクレアとエイは、直接私達から力を与えられた精霊だからね。最初からあの姿なのよ」


「直接? 他の精霊は違うの?」


「自然界の精霊は主に、私達の()()()()()()()()から生まれているわ。私達が意識して精霊に力を与えている訳では無いの」


「意識から外れた力?」


「お前達の感覚で言うなら、血液の流れみたいなものだよ」


 地竜はカップを置いた。


「体内を巡る血液は意識して制御している訳じゃないだろう? 俺達にもそういうモノがあるんだ。意図的に流れを変えたり、止めたりする事は出来るけど」


「ふ~ん? 何で他の精霊には力をあげないの?」


「……世界の理を乱す事――だから。俺達が僕に与えた力というのは特別なモノなんだ」


「へ~? ところで、普通の精霊はどのくらいでおっきくなる?」


「そうね。司る場に力をどれだけ蓄えられるかによるから、一概には言えないけれど、数千年も経てば高位精霊に育つと思うわ」


「数千年……」


 黒竜は茶を飲み干すと、勝手におかわりしながら、


「じゃあ、あの子がこー……色々成長するには、まだまだ時間が掛かるって事か」


「そうね。ゆっくり成長を見守ってあげて♪」


「うん♪ あの子はきっと美人でスタイル抜群になると思うから楽しみだ♪」


「……そういう目で精霊を見ないで欲しいんだが……」


 地竜の声は聞こえていないのか、黒竜は頬杖をついて、ぽつりと呟く。


「でも、高位精霊か……こっちに来てから会った精霊ってみんなちっちゃかったけど、どこに行けば会える?」


「……今、高位精霊と呼べる程の力を持つ精霊は殆ど居ない」


「居ない? 何で?」


 黒竜の何げ無い質問に、地竜は少し苦い表情を浮かべる。


「――この世界で起こった神との戦いで消滅してしまったからです」


 そんな地竜を見兼ねてか、バランが端的に説明した。


「バラン……」


 黒竜は顎に手を添えて唸る。


「ふむ。神との戦いって……あれだろ? 確か、世界の滅亡を企む邪悪な破壊神に、愛と勇気と正義と希望の力を持った四人の勇者が共に力を合わせて袋叩きにしたっていう……」


「いや……数で言うならあっちの方が圧倒的に上だったんだけど。というか、愛と勇気と正義と希望の力って何だ」


「ふふっ。黒竜は面白いわね♪」


 風竜の笑みにつられて、地竜も思わず苦笑いする。

 ふっと息を漏らし、


「……けどまあ、簡単に言うならバランが言った通りだ。破壊神の邪気は強力で……精霊は勿論、他の生物の命も容赦なく奪った。戦いの後も世界は穢れに満ちていて、精霊は存在を保てなかった。それが――ここ二千年くらいで、やっと増え始めたところ」


「そーなんだ? じゃあ、長生きしてても二千歳くらいって事?」


「そうなる。ただ……闇の精霊ならもっと長く存在している可能性があるかな。彼らは他の精霊と少し性質が異なるから」


「闇の精霊?」


 黒竜は首を傾げる。


「そう。精霊はとても純粋な存在で、穢れに弱い。邪気に当てられると正気を保てなくなる。だけど、闇の精霊だけは例外で、彼らはその穢れ――邪気を喰って周りを浄化する事が出来るんだ」


「えっ。それって凄い?」


「凄いよ。でも、生まれたばかりの精霊だと光を浴びただけで消えてしまうから……姿を見る事は少ない」


 黒竜は「なんだ」と、ちょっとがっかりしたような顔で、


「すぐ消えちゃうんじゃ役に立たないじゃん」


「だから、他の精霊と違うんだよ。彼らは司る場――つまり、自分が生まれた場所から離れる事は滅多に無い」


「ふ~む……精霊も色々変わったのが居るという事か」


 黒竜は最後の菓子を摘んでから、話を戻す。


「――んで。風竜。風竜のお家にはいつ遊びに行ったら良い?」


「う~ん。そうねぇ……クレアは今ちょっと出掛けているから……戻って来てからが良いかしら?」


「なら、都合の良い日に地竜に連絡して。地竜と一緒に行くから」


「はあ? 何で俺まで……」


 また唐突に話に巻き込まれ、地竜は顔をしかめる。


「だって、俺は風竜の家の場所知らないもん。誰かが連れて行ってくんないと」


「まあ。地竜も来てくれるの?」


「えっと……その……」


「行くよ♪ 一緒に♪」


「そう――なら、お茶を用意して待ってるわね♪」


「えっ!? 風竜が!?」


 にこにこと笑顔で告げられた言葉に、地竜は悲鳴じみた声をあげる。

 彼女の淹れた茶は――出来る事なら口にしたくない。


「じゃあ、私は帰るから。地竜。またね♪」


「あ……ちょ……」


 地竜が何か言うより先に、風竜は風を纏い去って行った。

 と――


「良かったな。地竜」


「……何が」


「これで風竜に会う口実が出来たぞ。感謝しろ」


「口実?」


 地竜が怪訝な顔をすると、やたら尊大なポーズで黒竜が頷く。


「お前らはほら。何か用事が無いと頻繁に会ったりしないんだろ?」


「まあ……そうだな」


「だから、俺を連れて来たって理由があれば、特に用事が無くても堂々と風竜に会いに行ける」


「……大人しくしてたと思ったら、またそんな事を……」


 ギリッと歯を軋らせる地竜に、黒竜は満足したように笑い掛け、


「取り敢えず、今日のところはこれで帰る。風竜からいつ連絡あるか分かんないから、明日から暫くこっちに顔出すね♪」


「なっ!?」


「じゃ、そゆ事で♪」


「まっ……待て! 黒竜!」


 地竜の制止は無視して、黒竜もぱっと姿を消した。


「…………」


 暫しの沈黙。


「……えっと。地竜様……」


 バランはギュッと杖を握り、


「火竜様の事が気掛かりなので、俺も神殿に戻ろうかと思います」


「……ああ――そうか。気を付けてな」


 バランは本来、遺跡調査の報告が済んだらすぐに帰すつもりだった。

 引き留めておく理由も無い。

 どこか気まずそうにしながら、バランは一礼して火竜の神殿へと戻って行った。



 色々と厄介な事を持ち込んでしまったのに、地竜に何の詫びも出来なかったバランは、心苦しさで胸が潰れそうだった。

 深い溜め息と共に神殿(うち)の扉に手を掛けて――驚愕する。


「えっ!?」


 扉を開けた瞬間、大量の水が溢れ出て来た。

 その水量と勢いに足を取られ、転びそうになるが何とか踏み留まる。


「な……何でこんなに水が……あ」


 バランは疑問に思ったが、すぐ答えに辿り着く。

 水を蹴りながら中へ入ると……


「……火竜様」


 部屋の真ん中でぷかぷかと浮いている主の姿を見付けた。

 近付いて、呼び掛ける。


「火竜様。しっかりして下さい」


「……はっ!」


 バランの声に反応してか、火竜はがばっと跳ね起きた。

 額を軽く拭い、


「ふう……相変わらず、水竜の愛情表現は激しいわね。うっかり殺す気なんじゃないかと思うくらいよ」


「……本当にそうなる前にそろそろ自覚された方がよろしいかと」


「あの失礼極まりないブラックドラゴンにはイラッとさせられたけど、一つ良い事を教えてもらったわ」


「良い事……ですか?」


 バランは水を外に流しながら問う。

 すると火竜は頷き、


「そうよ。『ただ会いたい人に会いに行く。それも立派な用事』ってね。だから私、これから毎日水竜に会いに行くわ!」


「……余計な事吹き込んでくれてるんですね。黒竜様は」


 このままだと、神殿は毎日水浸しになる。


「火竜様。水竜様にお会いする前に、ご自分の役目をきちんと果たして下さい」


「何よ。最低限の事はやってるでしょ?」


「……本当に最低限の事なので、水竜様にもご迷惑が掛かっているのですが……」


 そう伝えてみるが、火竜の耳には届いていない。

 バランはもう黙って掃除に専念した。


     ◆◇◆◇◆


 地竜は暫く虚空を見据え――やがて嘆息する。


「……はあ。あいつがここに入り浸るような事にならなきゃ良いけど……」


 黒竜は水竜の神殿に毎日のように通っていたと聞いている。

 それが、こちらに変わったのでなければ良いのだが……



 かつて世界を破滅から救い、世界を護り続けてきた四聖竜。

 彼らの日常は少しずつ――何かが変わり始めていた。



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