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黒い竜の物語  作者: 緋翠
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変わる日常 6

 

 パッと表情を変えて人懐っこい笑顔を向けると、風竜もにこりと笑う。


「そう――貴方は地竜の事を信頼しているのね、黒竜」


「うん♪ あ、俺の名前も知ってるんだ?」


「勿論よ♪」


「……あのさ、風竜……」


 話すタイミングをずらされたものの、地竜は取り敢えず呼び掛けた。


「あら。どうしたの? 地竜」


「ちょっと……話しておきたい事が……」


 と、地竜が話し始めようとした時、


「こっちでは本当に味方が少ないから、地竜みたいに優しくて信頼出来る人が居てくれると、とっても心強いんだ~♪」


 黒竜がひしと地竜にくっ付いてそれを妨害する。

 地竜は歯噛みし、


《……お前……わざとやってるな?》


 心話で話し掛けると、黒竜はしれっと返す。


《今は何をどう話そうと、風竜には信じてもらえないと思うけどな~? それより『迷える子竜に優しく手を差し伸べる慈悲深く器の大きい人』って看板背負ってた方が、風竜のお前に対する印象は良くなるんじゃない?》


《そんな事の為にこんな茶番を演じてるのか》


《茶番とは失礼な。ありのままの俺の姿を見てもらってるだけ》


《どこがだ。内側も外側も真っ黒だろうが》


《良いじゃん。それって裏表が無いって事だろ?》


《そういう意味じゃない》


《まあ、悪いようにはせんから安心しろ♪》


 黒竜がにこにこと、どこまでも楽しげな笑顔を地竜に向けていると、


「まあまあ♪ 地竜はすっかり黒竜に懐かれたのね♪」


 などと風竜が言ってくる。

 傍目には小さな子供が親しい者に甘えているように見えるかもしれないが、実際はそんな可愛らしいものでは無い。


「違う。風竜、そうじゃなくてこいつは……」


 信じてもらえなくとも、このままにしておく訳にはいかない。

 風竜の中で黒竜が「無邪気で可愛い子竜」なんて印象が出来ては困る。

 しかし――


「また何かあった時は力になってね~、地竜♪ 頼りにしてるよ♪」


 さり気なく、黒竜が発言の邪魔をして来る。

 風竜はうんうんと頷き、


「そうね。何か困った事があったら、地竜に相談すると良いわ。きっと力になってくれるから♪」


 その瞬間――黒竜は笑みを深くした。


「うん! 地竜に相談する~♪ 地竜ならきっと“どんな事でも”力になってくれるよね♪」


 地竜ははっと息を呑んだ。


(こいつ……まさか!)


 黒竜がやたら地竜を持ち上げていた理由――

 無邪気にこちらを見上げて来る黒竜の顔に、ほんの一瞬、邪悪な笑みが浮かぶ。


「地竜。黒竜が何か困ってたら力を貸してあげてね♪」


「あげてね♪」


「…………っ!」


 地竜は酷い眩暈に襲われた。

 黒竜は、“最初から”そのつもりで、こんな茶番を演じていたのだ。

 地竜が風竜に逆らえない事に気付き、風竜の前で言質を取る。そうする事で、地竜が絶対に断れない状況を作り出した。

 地竜を持ち上げていたのも、頼み事を断られた時、風竜の同情を得やすくする為だろう。

「今まで優しかったのに、突然冷たくなった」とでも言って。

 いざという時は、風竜に泣きついて、地竜を無理矢理動かす気なのだ。


「でも黒竜。あまり無理を言っては駄目よ? 地竜に負担は掛けたくないわ」


「勿論! 無理なんか言うつもり無いよ♪」


(言うつもりだ。絶対)


 地竜は強く拳を握り締めていた。

 物凄く殴り飛ばしたい。

 そんな地竜の気持ちを知ってか知らずか、黒竜が気楽に提案する。


「あ、そーだ♪ 風竜も良かったらお茶して行かない? 人数は多い方が楽しいよ♪」


「あら。でも、私は今来たばかりだし……私の分は入っていないんじゃないかしら?」


「大丈夫! 地竜が譲ってくれるって」


「何でだ!? いや。それは別に良いけど……お前が帰れば済む話だろ」


「またそんなイジワル言って~」


「いやもう、心の底から帰って欲しいと思ってるんだが」


「…………」


 黙って成り行きを見守っていたバランは、無言で溜め息をついた。


(成る程。地竜様の仰っていた『違和感』とはこれの事か)


 確かに、このやり取りを見る限り、風竜に任せていたのでは地竜の負担が増えるばかりだ。

 ただ、地竜自ら黒竜の事を引き受けても、結果はあまり変わらない。

 どちらにせよ、地竜が全面的に負担を背負う事になる。

 これは色々酷い。


「……あの。地竜様。俺は報告が済んだら戻りますが」


「まあ……茶はフィリーに言って用意させるから。というか、多分気付いてるだろうし」


 地竜は疲れ果てた顔で、自分の部屋の扉を押し開いた。

 風竜と黒竜が雑談をしている間に、バランから報告書を受け取る。


「これは後で目を通すよ。何か変わった事は無かったか?」


「はい。少し邪気が濃くなっている影響か、モンスターは増えているようでしたが……」


「そうか。それはまた何か手を考える。放置しておくと、その土地の精霊にも影響するしな」


 遺跡の周辺だけなら魔導器でどうにか対処出来るか――などと地竜が考えていると、


「ところで、風竜と地竜は恋人同士なの?」


「私と地竜が恋人?」


 そんな会話が聞こえて来て、地竜はテーブルの上に突っ伏した。


「地竜様!?」


「……黒竜……ちょっと待て」


 地竜は何とか顔を上げる。

 それ以上話を進めさせない為に、制止の声をあげた。

 が、黒竜は無視して話を続ける。


「だってね。最初見た時、風竜と地竜は凄く親密そうに見えたから」


「確かに、地竜とはとても長い付き合いだし。親しいと言えばそうかしら」


「じゃあ、地竜の事は好き?」


 黒竜が小首を傾げて訊ねると、風竜は人差し指を唇に触れさせ、


「ん~……そうね。地竜はとっても優しくて頼りになるし。私は好きよ♪ それは水竜も火竜も同じ。かけがえの無い存在ですもの」


「へー? そーなんだぁ」


 黒竜はちらりと地竜に憐れみの視線を投げた。地竜はその視線から逃れるように、そっぽを向く。


「じゃあね。地竜は風竜の事好き?」


「はあ!? な……何でこっちに話を振って……!」


 とんでもない質問を投げ掛けられて、地竜は声を荒らげた。


「だって、そこの冷たい火の精霊に訊いても、あんまり面白い答え返ってきそうに無いじゃん? ご主人様なんだろ? 『尊敬してる』とか『素晴らしいお方です』とか何かそんな感じじゃね?」


「……まあ……そうですね」


 特に間違っていないので、バランは肯定する。


「後、そいつが『好きです』って言っても、愛情とかとは違う気がするんだよね。とゆー訳で、地竜。答えて」


「どういう訳だ」


「風竜はあんなに素直に答えてくれたのに。地竜は言えないの?」


「お前な……」


 地竜が険悪な顔で黒竜を睨み付けていると、


「駄目よ。黒竜。地竜は何だか困ってるみたい」


 風竜が黒竜の肩を引いて、かぶりを振る。

 黒竜は腕を組んで、目を閉じた。


「……むぅ。そっか。そうだなぁ……本人には直接言い辛い事とか、黙っておきたい事とか、隠しておきたい事とか……人には色々な思いがあるモノだよね。オブラートに包んでおいた方が良い事もあるもんね」


「ちょっと待て。それだと何か悪い方向にイメージ固まるだろ」


「ごめんね。地竜。辛い事を言わせるところだったね。二人の関係にヒビが入るような事になったら困るよね」


「だから! 何でそういう方向に持っていこうとするんだ!」


 思い切り怒鳴り付けてから、地竜は風竜の方に向き直る。


「違うんだよ。風竜。別に悪い意味じゃなくて……」


「無理しないで良いのよ?」


「本当に違うって。だからその……」


 ここで黙っていると、要らぬ誤解が生まれてしまう。

 地竜は咳払いをしてから、一息で言い切る。


「俺も風竜の事は好きだ。とても大切な存在だと思ってる」


「本当?」


「勿論」


 なるべく平静を装って、地竜は頷く。

 内心「一体、自分は何を言っているんだろう?」と思いながら。


「やっぱり二人の気持ちはちゃんと通じ合ってるんだね♪」


「……お前は……ほんっとに……」


 心底楽しげな表情を浮かべる黒竜に、地竜は頬を引き攣らせる。

 もうこれ以上、風竜と関わらせてはいけない。

 地竜は強く思った。


「黒竜。お前は今すぐ帰れ」


「何でそんな事言うの。これから楽しいお茶会だとゆーのに」


「……自分の胸に手を当ててよく考えてみたらどうだ」


「じゃあ、胸に手を当ててよく考えてみたいから――風竜。胸に手を置かせてもらって良い?」


「えっ?」


「お前は死にたいのか……?」


 ビシッ――

 と、比喩では無く、部屋全体が軋んだ音を立てる。

 床や壁に亀裂が走り、凄まじい殺気が辺りを支配した。

 風竜はそっと地竜の手に触れ、


「まあまあ。地竜。少し落ち着いて。ほら、バランが怖がっているわ」


「だ……大丈夫です。風竜様……」


 バランは火竜から授かった杖を支えに、カタカタと震えながらも何とか立っていた。


「地竜は凄くストレスが溜まってるんだな」


「黒竜様。お願いですから、もう地竜様を怒らせないで下さい」


 生きた心地がしない。

 何故、こんな無駄な緊張感を味わわなければならないのか。

 兎に角、ここへ連れて来た責任は重大だと感じたバランは、どうにかして黒竜をこの場から遠ざけようと考えを巡らせた。



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