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黒い竜の物語  作者: 緋翠
5/63

霧に浮かぶモノ 1

 

 深い森の中。

 ジェクスは身体を引き摺るようにして歩いていた。

 身体が思うように動かない。


(……たった一撃……音も痛みも無い一撃だというのに……)


 彼は、左腕に目をやる。

 もう見えなくなっているが、そこにはブラックドラゴンに刻まれた呪いがある。

 ジェクスは自らの腕に爪を立てた。引き裂かれた腕から血が滲む。

 と――その時。


『無様な格好ね。ジェクス』


 頭上から声がした。

 ジェクスは、視線を上に向ける。

 そこに居たのは、自分と同じ長い白銀の髪に、紫水晶のような瞳を持つ女だった。


『だから言ったのよ。真っ正面から行ったってアイツは殺せないって』


『……リヴェイア』


 女――リヴェイアは、軽い音を立てて地に降り立つ。

 指先に髪を絡ませながら、


『力で押してどうにかなるような相手なら、私がとっくに殺してるわ』


『……見ていたのか……』


『見なくても分かるわ。貴方の周囲には黒竜の魔力が渦巻いているもの』


 彼女の言葉を聞き、ジェクスは問い掛ける。


『……リヴェイア。これはお前の力でもどうにもならないのか……?』


 ジェクスの瞳を見据え、リヴェイアは即答した。


『無理ね。呪術は基本的に掛けた本人か、それ以上の術者でないと解けないけど――私は黒竜以上の術者を知らないもの』


『…………っ』


 きつく目を閉じるジェクスを見て、リヴェイアは視線を逸らした。


『まっ、アイツの事だから何かしら条件付きで術を仕掛けたんでしょうし……条件さえ満たせば解呪出来るはず』


『……他に手段は無いのか』


 苦渋の表情を浮かべるジェクスに、リヴェイアは頷く。


『無いわ。アイツが解くか、条件を満たすか……黒竜以上の術者を見付けるのは不可能に近いし……』


『では……私を転移させる事も出来ないのか?』


 リヴェイアは、お手上げといった様子で、


『無理よ。貴方の周りには転移の魔力を遮断する呪力が働いているから』


『…………』


 ジェクスは小さく息を吐いた。もう手は無い。

 この呪縛から逃れる手立てはただひとつ――

 そう覚悟を決めた瞬間。

 彼の周囲から、魔力を遮断していた呪力が消える。


『……リヴェイア……私を転移させてくれ』


『…………』


 リヴェイアは無言で、ジェクスの周囲に転移の魔力を張り巡らせた。


『言っておくけれど、向こうへ戻ってからの身の安全は保証出来ないわよ』


『分かっている』


 ジェクスの体が目映い光に包まれる。

 そして――彼の姿は、この世界から消えた。


『…………』


 リヴェイアは暫くの間、虚空を見上げていたが、やがて小さく息を漏らす。


『……相変わらずやる事がえげつないわね』


 リヴェイアは、この地のどこかに居るであろう、黒い竜に向かって吐き捨て――その場を後にした。


     ◆◇◆◇◆


「ぶえっ……くしっ!」


 派手なくしゃみをして、黒竜は鼻下を擦る。


「……う~む。どっかで、かぁいいコが俺様の噂でもしてっかな?」


 突如現れ、自分の命を奪いに来たホワイトドラゴンを難なく退けた黒竜は、行く当てもないまま森の中を歩いていた。

 澄んだ空気と、鳥の囀り――その朝の森の静けさを打ち砕くように、黒竜の腹の虫が鳴く。


「ああ~……腹減ったなぁ……せめて飯食ってから出て来れば良かった」


 まだ夜も明け切らぬうちから叩き起こされ――その上、ケンカをふっかけられた。

 大した労力は使わなかったが、それでもやはり腹は減る。


「なぁ~んか食うもんねぇかなぁ」


 のろのろと歩いていた黒竜は、ふと足を止めた。


「…………」


 急に辺りが白い霧に包まれる。

 そして、あっという間に視界を閉ざした。


「……ったく。こんな時に……ついてねー」


 黒竜はその場に座り込み、溜め息をつく。

 ――と、


「……ん?」


 白く閉ざされた視界の端に、何かが見えた気がした。

 黒竜は立ち上がり、目を凝らす。


「……なんだありゃ?」


 霧の中に浮かぶ黒い影――

 黒竜は、その影の方へ向かって歩きだした。

 進むに連れて、ぼんやりとしていた影がはっきりとその形を現す。


「……塔?」


 目の前に現れたのは、広大な湖に浮かぶ漆黒の塔だった。

 先程まで視界はまったく利かなかったが、その塔周辺だけ霧が晴れている。

 背後を見やると、真っ白な霧で何も見えない。

 黒竜は腕組みして呻く。


「う~ん。さて……どうしたモンか」


 暫し考え込んで――黒竜は重力を中和し、塔の側まで跳躍した。

 とん……と軽い音を立て着地した黒竜は、辺りを見回す。

 塔の周辺には、なにやら妙な空気が漂っている。


「ヤな感じ……」


 ぽつりと呟く。

 塔の周りを巡っていた黒竜は、その塔の入口を見付けた。

 幾重にも鍵の掛けられた重そうな鉄の扉。

 鍵に触れてみるが、目立った罠はなさそうだった。ひとつずつ解錠していき――最後の鍵が落ちた時、扉は開いた。

 黒竜は塔の中へ足を踏み入れる。入ってみると、殆ど光源は無く、真っ暗だった。

 黒竜は小さな明かりを灯し、奥へと進む。

 かなり広い塔内は、あちこち物が散乱し、人の気配はまるで無い。

 どうやら何かの研究所らしいが――……

 足下に落ちていた研究資料らしい物を見て、黒竜は小さく呟いた。


「……ロクな研究はしてなかったみたいだな」


 手にした資料には血が滲んでいた。

 よくよく見れば、その資料だけでなく、あちらこちらに血痕がみられる。

 その血の持ち主は、一人や二人ではないだろう。

 黒竜は手にしていた資料を床に捨て、二階へと続く階段を上った。

 二階もやはり似たような造りの部屋で、こちらもまた荒れ放題だった。黒竜はその部屋の扉を閉め、更に上の階へ向かう。

 三階は寝室のようだった。

 まるで、つい今しがた掃除でもされたかの様に埃ひとつ落ちていない。

 その部屋を見て、黒竜は顔をしかめる。


「……なんか変な感じだ」


 黒竜は違和感を覚えた。

 ――が、それが何なのか判然としない。

 この塔に足を踏み入れた時から感じている妙な気配――


「……なんにしても、長居する場所じゃないか。肝試しにゃあちょうど良いかも知れねぇけど」


 言いながら、黒竜は踵を返す。

 階段を下りて、一階――つい先程自分の入って来た入口の方を見て、ぽかんと口を開ける。


「ありゃ? 入口……無くなってる……?」


 鉄の扉は跡形も無く消えていた。


「……困ったなぁ。壁ブチ抜けって事?」


 軽く頭を掻きながらぼやく。

 と――


「……ん?」


 ふと、黒竜が視線を向けた床に何かが見える。

 さっきは気付かなかったが、一箇所だけ色の違う場所があった。

 黒竜は、その床を叩いてみる。

 すると、床は何の抵抗もなく横に滑り――そこに地下へ続く階段が現れた。

 目の前に現れた階段を見て、黒竜は唸る。


「う~ん……他に行けそうなトコ無いし……下りてみるか」


 何もなければ壁をブチ抜いて外へ出れば良いや、などと思いながら黒竜は階段を下りる。

 自分が作り出した明かりを頼りに奥へと進み――暫く下りて、黒竜は足を止めた。


「……これは……」


 淀んだ空気に混じって漂ってくるのは、鼻をつく死臭。


「……どーにも気は進まんが……」


 黒竜は暗い階段を見下ろし――再び歩き始める。

 下りた先には、塔の入口と同じような鉄の扉があった。

 ここもまた幾重にも鍵が掛けられていて、侵入者を拒んでいる。

 黒竜は解錠し、扉に手をかけた。

 一瞬、この扉を開けて良いものかどうか迷いはしたが、意を決して扉を開け放つ。

 そこで目にしたのは――


「……なんだ、ここ?」


 扉を開けたその先には、細長い通路を挟むように並んでいる幾つもの扉。


「……檻……牢屋?」


 ぽつりと呟き、中へ足を踏み入れる。

 どの扉にも、やはり鍵が掛かっているようだった。

 ただ扉には小さな窓があり、そこから中を覗く事は出来る。

 黒竜は何の気なしにその窓を覗いた。


「…………」


 そして、すぐ扉から離れ――呻く。


「……ここに居たヤツはよっぽど悪趣味だったんだな」


 扉の向こうに見えたモノ――それは人間の死体。

 それも一人や二人では無い。

 さほど広くないその部屋の中心に、死体が山のように積み上げられていた。


「……この様子だと他の部屋も似たようなモンだろうし……」


 黒竜は、ずらりと並んだ扉を見て嘆息した。

 あまり見たく無いモノを見たおかげで気分が悪い。


「とっとと退散だな、こりゃ」


 そう言って、くるりと踵を返した――その時。


《……けて……誰か……》


「…………」


 黒竜が足を踏み出した直後、微かに声が聞こえた。

 ――弱々しい女の声。

 黒竜は体の向きを変える。


(……人の気配はしないけど……)


 胸中で呟き、


「誰か居るのか?」


 黒竜はその声の主に呼び掛けた――が、反応は無い。

 黒竜は、軽く頭を掻いた。

 小さく息を吐き、ひとつひとつ部屋を覗いて回る。思っていた通り、すべての部屋に死体が積み重ねられていた。

 その光景にうんざりしながら、最後の部屋を覗く。

 そこに死体は無かった。



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