変わる日常 4
心底、申し訳なさそうにしているバランに地竜は苦笑した。
「いや……お前は火竜の異変に気付いて一度戻ったんだろう? その判断は間違ってなかったと思うよ。先にこちらへ来るつもりだったかもしれないが、それだと少し面倒な事になってたかもな」
「しかし、先にこちらで報告を済ませておけば、ここに黒竜様を連れて来る必要はありませんでした」
「それはそうかもしれないけど……その場合、機嫌を損ねた火竜の相手が面倒になった上に、無理矢理風竜の所へ案内させられる事になったと思う」
「……何だろうなぁ。別に悪い事はしてないのに、俺が責められてる感じがする」
ぶつぶつとこぼす黒竜は無視して、地竜は踵を返し歩き出す。その後を黒竜とバランが付いて行く。
黒竜は頭の後ろで手を組み、
「ところで地竜。俺ちょっと喉渇いた」
「なら帰るといい。地上までは送ってやるから」
「お茶出して。後、甘いお菓子も。ここはそれだけを楽しみに来たから」
「それは残念だったな。期待には応えられそうにない」
黒竜には一瞥もする事無く、地竜は告げる。
バランは遺跡調査の結果を一通り纏めて来てくれたのだろうから、それを受け取ったらさっさと送り返してやるのがいいだろう。
変に興味を持たれるといけないので、黒竜にバレないようにしなければならない。
「何でそんな冷たいの? ここへは来たばっかりだし、まだ迷惑掛けてないのに」
「まだって……何かやるつもりなのか」
「いや別に何も。お茶出してくれたら大人しくしてる」
「それで大人しくしてないから、いつも水竜を怒らせてるんだろう?」
「……いつも水竜様を怒らせているのですか?」
黙って地竜と黒竜のやり取りを見ていたバランが訊いてくる。
地竜は頷き、
「ああ。少なくとも、俺が知っている限り、黒竜が居合わせて水竜の神殿が無傷だった事は無い。まあ、あいつが反撃して壊れた時もあったんだろうけど……」
「結構楽しいんだ♪ 水竜と遊ぶの♪」
「頼むから、あいつに余計な魔力を使わせないでくれ」
「じゃあ、今度からお前が相手になってよ」
「断る」
「……黒竜様の遊びって……」
考えただけで冷や汗が流れ落ちる。
ブラックドラゴンは破壊と殺戮を司ると言われる竜で、好戦的な者が多い。
物を壊し、命を奪う事に愉悦を覚える。
一度力を解放すると、壊す物が無くなるまで、奪う命が無くなるまで暴れ続けるという。
彼らは、怒りや憎しみや悲しみを糧に力を増幅させる。奪い、破壊した分だけ力を蓄えていく。
そうして、世界を破滅へと導く。
故に――滅ぼされた。
それから考えると、この竜はまだ自身の力をよく制御している方か。
――言っている事もやっている事も滅茶苦茶だが。
その時、
「お茶が出ないんだったら、早く風竜の家に行こう」
物思いに耽っていたバランの服を引っ張って、黒竜が急かす。
「……そもそも、お前は何でそんなに風竜に会いたがってるんだ?」
地竜が訊くと、黒竜は即答した。
「美人だって聞いたからだよ♪ 火竜もそう」
「そんな理由であちこち回ってるのか?」
「友達になるなら可愛い女の子の方が良いじゃん? 遊びに行って、出迎えてくれるのも女の子の方が嬉しい♪」
「『友達』って言葉を一度辞書で調べた方が良いと思うけどな」
地竜は冷めた目で呻く。
「火竜の僕はこんなんだけど、火竜が女の子だし可愛かった。風竜も綺麗な人だって聞いた。でも、ここはそーゆー話聞かなかったからね。地竜は女の子じゃないし」
「えっ」
と、声をあげたのはバランだ。
瞬きしてから、
「でも、地竜様の僕は……」
「ちょっと待った! バラン!」
「んぐっ!?」
地竜は慌ててバランの口を手で塞いだ。
「……何? どしたの?」
「いや。何でもない」
引き攣った笑みを浮かべて、地竜はかぶりを振る。
困惑の色を隠せないまま、バランは地竜に心話で話し掛けた。
《……あの……地竜様》
《フィリーの事は口に出したら駄目だ》
《……あ》
即座に返って来た言葉を聞いて、バランは納得する。
黒竜は、火竜と風竜が美人だという話を聞き付け、四聖竜の神殿を巡り歩いているのだ。
フィリーの事を気に入れば、水竜の神殿と同じようにここへ入り浸るようになるかもしれない。
バランが頷くのを見て、地竜は手を離した。
「……ここには多分……お前が望むようなモノは無いから早く帰った方が……」
――と。地竜が言い終える前に、通路の奥から若い娘が一人、姿を現す。
左右で束ねられた紫色の髪がふわりと揺れ、緋色の瞳が煌めく。
娘は、地竜の存在に気付くと薄く笑み、
「――地竜様。書庫の整理が終わっ……」
「こんにちは♪」
「!?」
突然、声を掛けられて娘は目を見開く。
自分のすぐ傍に居る黒竜を見て、娘は文字通り飛び跳ねるようにして後ろに下がった。
「えっ……なっ……なっ……」
娘は完全に怯えた様子で、ただ口をぱくぱくさせている。
黒竜はにっこりと笑い、
「可愛いね~♪ 君はだぁれ? お名前は?」
「あ……ああ……地竜様……」
黒竜がくるくると娘の周りを回っていると、地竜が痺れを切らしたように声をあげた。
「――フィリーが怯えてるから止めろ!」
「フィリー?」
ぴたっと黒竜の動きが止まる。
その隙に、フィリーは素早く地竜の許に駆け寄った。
「地竜様っ!」
「大丈夫か?」
「は……はい。あの……地竜様……あれは……ブラックドラゴンでは……」
地竜は、小さく震えるフィリーを宥めるように頭を撫で、
「うん。前に話しただろう? あれが黒竜だよ」
「……という事は……あの方が……“心臓”」
フィリーはちらと黒竜を見て、最後は口の中でもごもごと呟く。
「ねー、ねー? フィリーって地竜の何? 可愛いから攫って来たの?」
「何でそうなる」
地竜は思い切り黒竜を睨み付け、
「フィリーは俺の僕だ。地の精霊」
「へー? お前にも僕が居たんだ」
「居たら悪いか」
「いや? 良いと思うよ。可愛い子だし♪」
黒竜は、地竜が許すギリギリの範囲までフィリーに近寄り、
「羨ましいな~。こんな可愛い女の子と一つ屋根の下で生活してるなんて。おまけに身の回りのお世話もしてくれるんだろ? ご主人様冥利に尽きるね」
「……誤解を招きそうな言い回しは止めてくれないか?」
「『こんな子だったらお嫁さんにしても良いなー』とか思ったりしない?」
「だから、そういう事を言うのはやめ……」
「お嫁さん……?」
その単語にフィリーが反応する。
虚空を見据え、繰り返す。
「私が……地竜様のお嫁さん……」
「あ。マズ……」
フィリーは周りの声が耳に入っていないようだった。
不穏な気配を感じて、地竜は無言でバランを下がらせる。
「あ、あのな……フィリー。ちょっと落ち着いて……」
兎に角、フィリーを落ち着かせようと地竜が声を掛けた瞬間、
「わっ……私は地竜様の僕で地竜様をお護りする為に存在しているのです! お嫁さんだなんて……そんな……そんな!」
フィリーが頬を染め、無造作に突き出した拳は、目の前の柱をあっさり粉砕した。
「うわっ!?」
「わっ! たっ……! ちょっ! ちょっと落ち着け! フィリー!」
ぶんぶんと腕を力一杯振り回して暴れるフィリーの“攻撃”を避けながら、地竜が叫ぶ。
黒竜は粉々になった柱を見ながら、
「びっくりした~。大人しそうに見えてなんてパワフルな女の子なんだ」
「……フィリーは地の精霊ですから。力が強いんです。地竜様の力の恩恵もありますし」
「控えめで大人しそう女の子が、実は仲間の中で一番強いとか……そーゆーギャップも良いよね」
「何の話ですか」
半眼になって呻きながら、バランは手近な壁から修復に掛かる。
とはいえ、直す速度よりフィリーが破壊する速度の方が速いので、フィリーの暴走が止まらないとあまり意味が無い。
「しかし、特に魔力も込めて無いのにこの威力。あんな強烈なパンチ喰らったら地竜でも怪我するんじゃないの?」
「その原因を作った張本人が何を」
「だって、あんな風になるなんて知らなかったんだもん。恋する乙女のパワーって凄い」
「……フィリーの前でそんな事絶対に言わないで下さいね」
一言釘を刺してから、バランは地竜とフィリーの方へ向き直る。
フィリーはあちこち走り回っては、柱を折り、壁に穴を開けていく。
「…………っ!」
呼び掛けても止まらないと悟ったのか、地竜は苦い表情を浮かべて、その場に立ち止まる。
真っ直ぐ突っ込んで来るフィリーを見据え――視線を鋭くした。
刹那。
地竜とフィリーの間に細い稲妻が走る。すると、フィリーの身体は糸の切れた人形のようにふらりと揺れて、後ろに倒れていく。
その身体を地竜が抱き止めた。
それはほんの一瞬の出来事で……状況をうまく飲み込めない黒竜は目を瞬かせ、
「……何? 地竜、今フィリーを攻撃したの?」
「いえ……あれは……契約を破棄して魔力の供給を断ったのです。契約は既に結び直されておりますが」
「契約破棄?」
きょとんとしている黒竜に、バランは説明する。
「俺達は主との契約の下、魔力を供給してもらう事で存在を維持しています。契約を破棄されると魔力の供給が止まり……消滅します」
「えっ? それマズいんじゃ……」
「……ええ。ですが、地竜様とフィリーの契約は結び直されておりますから心配ありません。それに、魔力の供給が断たれて即座に消滅する訳ではありませんので。動きは鈍くなりますが、内在魔力を使い切るまでは活動出来ます」
「でも、そんな簡単に契約切ったりし直したりって、あいつの信用に関わりそうだな」




