変わる日常 3
「なんて言うか粗雑で粗暴でチンピラみたいだよね?」
「……あの……火竜様の前でそのような事は口にされてない……ですよね?」
「正直に、『口も目付きも態度も性格も悪いし、優しくしてもらった覚えも無いし、短気で乱暴で良いところが一つも見当たらない』って言おうとしたら、火竜は何か途中で怒った」
「ああ……それは……そうでしょうね」
バランは再び項垂れた。
ただでさえ手の掛かる主の機嫌を、この竜は充分に損ねてくれている。
“外界”での任務は片付いたので、暫く火竜の傍に居なければならないというのに……
「何か元気無いね? どしたの?」
「いえ……ちょっと……」
黒竜が顔を覗き込んで来る。
バランはゆるゆると首を振ってから姿勢を正し、
「――兎に角。黒竜様には早くこの場から離れて頂かないと」
「何で? お茶も出してくれてないのに。火竜はお前が居たら茶を出してくれるって言ってたよ?」
「……火竜様の機嫌を損ねて形が残っているだけで奇跡だと思った方が良いのですが」
火竜は手加減というものを知らない。
一度その力を振るえば、跡形も無く全てを焼き尽くす。
敵を消滅させるまで、火竜の炎は消えない。
「お茶出ないの? お菓子は?」
「……それはまた別の機会に」
「む~」
不満そうな顔で口を尖らせる黒竜に、バランは苦笑する。
やがて黒竜は諦めたのか、バランの前に手を差し出し、
「じゃあ代わりにどっか連れてって」
「はい。火竜様から“外”へお連れするよう言われておりますし」
「そうじゃなくて。どっか面白い所に連れてって」
「……面白い所?」
バランは首を傾げる。
面白い所というのは、ちょっと思い当たらない。
「どこか行きたい場所があるのですか?」
「まあね。俺は火竜と風竜に会う為にここまで来たんだ。火竜には一応会ったし、せっかくだから風竜の所に連れてってよ」
「……風竜様の所に?」
小さく呟いたバランの顔は僅かに強張る。
「場所。知ってるんだろ?」
「それは……勿論です。しかし……風竜様もお忙しい方です。突然訪ねて行くのは……」
風竜の性格から考えて、何の連絡も無しに訪問したからといって機嫌を損ねる事は無いだろうが、ここでの事と、以前エイから聞いた話を照らし合わせてみると、危険な事のように思える。
風竜の怒りに触れるような事になったら、流石にバランの手には負えない。
それに……
「……俺は一度、地竜様の神殿へ行かなければなりませんので」
「地竜の家?」
「はい」
何をしに行くかまでは言う必要もなさそうなので、取り敢えず伏せておく。
バランは黒竜と目線を合わせるように身を屈め、
「ですから、黒竜様にはひとまずこの結界の外に出るだけでも……」
「地竜の家って楽しい? そー言えば、あいつには会った事あるけど家は知らないな」
「いえ……あの……」
「お前は地竜に用があるんだろ? じゃあ、ついでだから地竜の家に寄って、それから風竜の家に遊びに行こう♪」
「…………」
何か事態が悪い方向へ向かったような気がした。
バランは目を閉じ、小さく息を吐く。
「……黒竜様にとってどのような事が『面白い』と感じるのかは分かりませんが、地竜様の神殿に遊具などは存在しませんよ?」
「それは水竜ん家に行ってるんだから分かる。けど、そんなのは工夫次第でどーとでもなるもんだ。後は美味しいお茶とお菓子が出るかどうかが重要」
「……地竜様にご迷惑をお掛けするような事態だけは避けたいのですが」
「迷惑なんて掛けてないし、掛けるつもりも無いよ?」
「……本気で仰ってますか?」
「至って本気だけど」
至極真面目な顔をして言い切る黒竜を見て、バランは嘆息した。
黒竜を連れて地竜の神殿へ行くのは気が進まないのだが、モタモタしていると火竜が戻って来た時に巻き添えになる。
「……分かりました。では、地竜様の許へ参りましょう。ですが、くれぐれも言動にはお気を付け下さい。地竜様は大変お優しい方ですが、その怒りに触れるような事になったら俺には止めようもありませんので」
「大丈夫、だいじょ~ぶ♪ あいつも辛辣なトコあるけど、水竜よりは話が分かる奴っぽいし」
「……どうしてでしょうね。俺と黒竜様とでこんなにも印象が違うのは」
疑問と言うより皮肉を込めて呻き――バランは黒竜を連れて地竜の神殿まで空間転移した。
「……何か周り薄暗いね? ここ何処?」
転移の光が消えると、黒竜はその場でくるりと一回転する。
見たところ、だだっ広い空間にぽつんと神殿らしき建物があるだけで、他には何も見当たらない。
「ここは砂漠の地下ですから……」
「えっ。地下なの? じゃあ割と簡単に来られるね」
黒竜はバランの話の途中で口を挟む。
バランは一拍置いてから、
「簡単には来られません。ここは地竜様に認められた者しか立ち入る事は出来ない……他種族には見る事も近付く事も不可能な異空間ですから」
「水竜ん家も同じなんだよね? あんま入るの苦労しなかったけど」
「……黒竜様は異例中の異例なのです」
そう言って、バランは扉に埋め込まれている宝玉に手を翳す。すると、神殿の扉は音も無くゆっくりと開く。
「ほ~……そーやって開けるんだ。玄関から入った事無いから何か新鮮だなぁ」
「今までどのようにして中に入っていたのですか?」
いくら寛容だといっても、水竜が積極的にこの竜を迎え入れる姿は流石に想像出来ない。
歩きながら訊ねると、黒竜はさらっと答えた。
「俺は壁に穴を開けて入るの。その日の気分で場所は変える」
「お願いですからそのような事はお止め下さい」
バランは懇願した。
何と恐ろしい事をするのだろうか。この竜は。
そもそも、四聖竜の神殿はそう簡単に破壊出来るような創りではない。
黒竜は大きく腕を振りながら、
「ほら。ここもそうだけど、水竜ん家も無駄に広いだろ? 普通にノックしたんじゃ聞こえないだろうし……何よりめんどくさい」
「……そんな理由で神殿を破壊しないで下さい。ここは貴重な書物や古代遺産を保管している場所でもあるのです」
連れて来てから、バランはひどく後悔した。
早く報告を済ませて退散すべきだ。長居すれば、確実に問題が起きる。
「まあ、何でも良いけど。用事があんなら早めに済ませてね。地竜に用は無いし」
「ええ。勿論です」
バランは強く頷く。
言われるまでも無く、手短に済ませるつもりだった。
「バラン――と……」
「地竜様!」
呼ばれて、バランはぱっと顔を上げた。
見ると、地竜がこちらに向かって歩いて来る。
地竜はバランの隣に居る黒竜に視線を向けると、あからさまに顔をしかめた。
「……何でお前がここに居る?」
「こんちわ♪ 地竜♪ 遊びに来てやったぞ」
「別に来て欲しいと思って無いんだが」
「……あ。確かに普段の地竜様と少し雰囲気が違う……」
こんなにばっさりと斬って捨てるような口調で話す地竜の姿は珍しい。
少なくとも、バラン相手にこんな態度を取った事は一度も無い。
「こいつが何かお前に用があるって言うからね。ついて来てあげたの」
黒竜の言葉に、バランは慌ててかぶりを振った。
「いえ……本来ならついて来て頂く必要は全く無いのですが」
「偉い人に会うのは緊張するだろうし、少しは気持ちが楽だろ?」
「逆に気が重いです」
「……何でも良いんだが……」
地竜は軽く頭を掻き、
「黒竜。お前、どうしてバランと一緒に居るんだ」
「火竜の家で会って友達になったから」
「友達になった覚えなどありませんが」
バランはきっぱりと否定する。
黒竜とまだそれほど長く行動を共にしている訳では無いが、色々と話しているうちにバランの黒竜に対する扱いは雑になってきた。
「じゃあ、僕? 火竜の僕だから俺の僕でも良いよね? 様付けて呼んでるし」
「いや……それはちょっと……」
口ごもりながら、バランは心底嫌そうな顔をする。
「良い訳あるか。どんな理屈だ。それは」
地竜はバランに手招きした。それに従って、バランは地竜の傍に寄る。
「まあほら。何でも良いから、早く用事済ませて風竜の家に案内してよ。連れて行ってくれる約束だろ?」
「えっ!? 約束はしてません!」
「……風竜の家?」
地竜が僅かに眉を顰める。
それを見て、バランはしどろもどろに説明した。
「えっと……その……黒竜様は火竜様の前で水竜様の事を貶し、火竜様を怒らせてしまったようで」
「貶して無い。正直に事実を述べただけ」
「……兎に角、“外界”へ連れ出すよう命じられて、“外”へお連れしようと思ったところ……」
「こいつがお前に用があるって言うから、ちょっと寄り道して風竜の家に行こうって話になったの♪」
「いや。俺はそれを了承して無いんですが」
「…………」
交互に話を聞きながら、地竜は一つ溜め息をつく。
事情は大体飲み込めた。
黒竜が火竜の神殿に居たという事は、水竜がそこまで飛ばしたのだろう。場所を知りたがった時は教えると言っていた。
――が。匙を投げるのが早過ぎる。
黒竜への対応について話をしてから、まだいくらも時間は経っていない。
何故、今になって火竜と風竜の存在に興味を持ったかは分からないが、もう少し時間を稼いで欲しかった。
出来る事なら――興味を逸らして欲しかった。
「……まあ……来たものは仕方無い」
「も……申し訳ありません……」
バランは思わず頭を下げる。
地竜の小さな呟きは、どこか重く――そして、諦めの色が表れていた。




