変わる日常 1
四聖竜――
それは、かつて世界を滅亡させようとした破壊神から世界を救った者達。
永きに渡る古代の戦を終結させ、死の淵から世界を再生させた。
彼らは破壊神から世界を救うと、他種族との関わりを断ち、静かに世界を見守っていた。
事実、ここ数千年の間、四聖竜が動かねばならない程の争いは起きていない。
彼らから見れば、世界はそこそこ平穏だった。
問題があったとすれば、封印した“神の心臓”が結界を破り、その所在が不明になった事……
それは決して無視出来ない問題であったが、今現在、“神の心臓”は四聖竜の監視下にある。
しかし……
「ケーキおかわりちょ~だい♪」
「は~い♪」
「…………」
四聖竜の一人である水竜は、無言で目の前の光景を眺めた。
今、自分の僕の水の精霊が、少年竜の許へせっせと菓子を運んでいる。
黒眼黒髪。見た目こそ人間の子供と変わりはないが、その身の内には恐ろしく強大な魔力を秘めている。
この少年竜こそ、彼ら四聖竜が長年捜し続けていた“神の心臓”だった。
正確には“神の心臓”と同化している竜であるが。
その竜――ブラックドラゴン・黒竜は、ケーキを飲み下すと、フォークを回しながら口を開いた。
「どしたの? 水竜。溜め息ばっかついて。何か悩み事でもあんの? 溜め息つくと、寿命が縮むとか幸せが逃げるとか言われてるし、あんまり良くないんじゃない?」
「……誰のせいだと思って……」
えらく呑気な事を言ってくれる黒竜に、水竜は半眼になって呻く。
「それはそうと……話は付けてくれた?」
「何のだ」
水竜が訊くと、黒竜はテーブルの上に顎を乗せ、
「だ~か~ら~。こないだ言っただろ? 火竜と風竜に会いたいって。俺、お前と地竜にしか会った事無いし。でも、地竜ん家は知らないからさ。お前に頼むしか無いじゃん」
「……何でわざわざ会う必要がある。言っとくが、俺達はお前の気紛れに付き合ってる暇はねぇんだ」
「四聖竜の内、二人には会ったからね。せっかくだからコンプリートしとこうと思って」
「なんだ。コンプリートって」
「それに、暇じゃないって言うけど、お前なんだかんだで俺が来たら出迎えてくれんじゃん。割と暇だろ? 他にお客様も来ないみたいだし。友達も少なそうだし」
「誰が出迎えてるか! お前をほったらかしにしてると何するか分からねぇから出て来てるだけだ!」
水竜はたまらず叫んだ。
椅子を蹴って立ち上がる。
「お前は来る度に壁ぶっ壊しやがって! 何度同じ事繰り返せば気が済むんだ!」
「だってここ。入口が入り辛い位置にあるし。どうせここまで飛んで来るなら入口から入っても、部屋へ直通の穴を作っても同じかなって」
「同じじゃねぇ!」
黒竜が神殿を出入りするようになってから、水竜の感情は荒れに荒れていた。
つい最近まで静かに時を過ごしていたというのに……
「まあまあ、水竜様。少し落ち着いて下さい。黒竜様は理解する気が無いようですし、言うだけ無駄……」
激昂する主を宥めようとエイが声を掛ける――が。「とうっ」と、背後から思い切り蹴り飛ばされて、びたんっ! とエイは床に倒れ込む。
エイは頭を踏みつけられながら、
「……あの……黒竜様。痛いです」
「うん。何かな? 最初、水竜がお前の事殴ったりしてるの見て『酷いなぁ』と思ってたんだけど、最近その理由が分かってきた」
黒竜はエイの頭を踏みつけたまま、
「で。それはいいとして。火竜と風竜に会いたいんだけど」
「だから、お前の気紛れに付き合ってる暇はねぇって言ってんだろうが」
「やっぱり……恋人だから会わせたくないの?」
「……あ?」
水竜は眉を顰める。
黒竜の言っている事の意味が分からない。
すると、黒竜は至極当然といった口調で言った。
「だって、火竜と風竜は女の人なんだろ? お前ら男女二人ずつなんだから自然とくっ付くんじゃ」
「んな訳ねぇだろ」
水竜は即座に否定する。
「俺達は互いの力を抑制し、世界の均衡を保っ……」
「どっちが好みなの? 火竜と風竜」
「聞けよ」
水竜の話には全く興味が無いという様子で、黒竜はさらっと流す。
「火竜とは仲悪いって聞いたけど……本当?」
「……何であいつと仲良くしなきゃならねぇ」
「って事は風竜が好きなの?」
「違う」
黒竜の話はどうでもいい内容だったが、そこの部分だけはハッキリと否定しておかねばならない。
水竜は嘆息して、
「……そんな事はどうでもいい。俺には関係無い話だ」
「関係無いなら会わせてよー」
「だから、お前の相手をしてる暇は無いって言って……」
「でも、世の中にはケンカップルと言うのも居るみたいだし。なんだかんだ文句言いながらでも気になるとかはあるんじゃ……」
その瞬間。
「おわっ!? 何だ!?」
凄まじい勢いで何かが黒竜の頬を掠めていく。
恐る恐る背後を見やると、青く透き通る槍が一本。壁に突き刺さっている。
水竜は槍を投げつけた格好のまま、低い声音で警告した。
「……くだらねぇ事ぐだぐだ言ってんな。次はその頭に風穴開けるぞ」
槍からは強烈な魔力が漂っている。黒竜でさえ、あまり近寄りたいと思わない程に強大で禍々しい――つまり神聖過ぎる魔力。
黒竜は槍に近付いて指を差し、
「……これ何? 魔導器って呼ぶには、どうにも強過ぎる気がするけど。あの杖の比じゃない」
「そ……それは……水竜様の神器です。神の力を宿す至宝の一つ……」
漸く黒竜の足の下から解放されたエイが、起き上がりつつ説明する。
「昔、破壊神と戦った時に創り出した魔導器に神の力を注いで完成させた物です」
「へ~。これも高く売れる?」
「……いえ。それは水竜様にしか扱う事は出来ませんので……」
とんでもない発想に、エイは顔をしかめた。
「何で売ろうとしてんだ」
壁に突き刺さっていた槍はスルリと抜けて、水竜の手に戻る。
「いや。生活費の為に。死活問題だから」
「自分の鱗全部剥がして売れ」
「それやったらダメって言ってたじゃん」
黒竜はバタバタと手を振り、
「それは良いから、火竜と風竜に会えるよう話付けて来てよ」
「……お前もしつけぇな」
「そっちが気に入ったら、俺がここに来る頻度が減るかもしれないよ」
「それは……水竜様に火竜様や風竜様を身代わりに差し出せと言っているようなもの……」
「別にあのバカはどうでも良いが……」
言ってから、水竜は少し考える。
黒竜に関わらせて困るのは、風竜と言うより、風竜の事を気に掛けている地竜に事実が漏れて、その怒りに触れるかもしれない水竜自身だ。
ついでに言えば、火竜の居場所を教えるのは構わない。
気掛かりがあるとすれば、火竜よりその僕であるバランの事だった。何かと気苦労の絶えないバランに、面倒を押し付けるのは気が引ける。
水竜があれこれ考えていると、黒竜がテーブルをバシバシ叩き、
「なー、なー、水竜ぅ~。早く話付けて来てよぉ~」
「あーっ! うるっせぇな! お前は!」
「話付けてくれないなら代わりに遊んで」
その言葉と共に、黒竜が黒い球を投げつけてきた。
水竜は飛んできた黒球を手に魔力を込めて弾く。水竜の手に触れた瞬間、黒竜の魔力は霧散した。
「……てめぇは……」
「退屈なのー。水竜。遊ぶか道案内するかどっちかしてー」
言って、黒竜は再び魔力を編み始める。
水竜はそれを阻害してから無言で部屋を出た。
「あっ! 逃げるのか! 逃げると被害は広がるんだぞ! 鬼ごっこなら良いけど!」
「黙ってそこ動くな!」
黒竜の言葉を聞いた水竜は一度戻って怒鳴りつけてから、足早に自室へと向かう。
仲間と連絡を取る為に使う水鏡に視線を落とすと、深い溜め息をつき――意を決して魔力を通す。
そこに映し出されたのは……
「……火竜」
『えっ? えっ? 何? 何? えっ! 水竜!?』
心底驚いたような表情の火竜の姿が映る。
やがて火竜は満面の笑みを浮かべ、口早に話し始めた。
『何なに!? 一体なあに!? 水竜から連絡してきてくれるなんて! 何千年振りっ!? ああっ! 嬉しい!』
「……うっせぇな」
水竜は呻いて視線を逸らし、
「火竜。バランは居るか」
『……えっ? バラン? 何? あの子に用があったの?』
自分に用があって連絡して来た訳ではないと分かって、火竜は少し落胆したようだったが、水竜と話せるのが嬉しいのだろう。気を取り直して、答える。
『バランなら居ないわ。何か地竜から頼み事されて出掛けて行ったの』
「いつ戻る?」
『さあ? いつかしらね? いつも気付いたら帰って来てて、また気付いたら居なくなってるし……』
火竜の返答を聞いて、水竜は考える。
(……地竜から何か頼まれて動いてんだったら、そこそこ時間が掛かる事かもしれねぇな)
と――
『もしかして水竜……あの子を理由に私と話がしたかったんじゃ……!』
「ああ。もういい。バランは居ないんだな。分かった。じゃあな」
『えーっ!? ちょっと待って! 待って水竜! 私まだ貴方と……』
火竜の声は途中で切れた。というか、切った。
ついでに火竜の連絡魔力も遮断しておく。当面、繋ぐ必要は無いだろうから。
火竜から何か重要な連絡が入る事は無いし、自分の力が必要な事があれば、地竜か風竜から連絡がある。
そっちの方が分かり易いし、早い。
水竜はさっさと黒竜の居る客室に戻った。




