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黒い竜の物語  作者: 緋翠
44/63

手に職 5

 

 話を聞いた黒竜は、「地竜が言ってたのはこの事かな」と思いつつ、


「竜と仲良しの国もあったんじゃん」


「大昔の話だよ」


 テオドラは手際良く、薬を瓶に移し替える。

 黒竜は横で作業を眺めながら、


「これも売れるの?」


 黒竜の問いに、テオドラは頷いた。


「秘薬中の秘薬だからね。高く売れるさ。だけど、普通には売らないよ。こんなものが簡単に世に出回ったら色々問題になる。まあ、そう簡単に創れるモンでも無いが」


「ふ~ん?」


 確かに量産されると、有り難みとかはなくなりそうだ。


「これはアンタが居なかったら完成しなかったんだ。長年の研究が漸く実を結んだ……」


「……長年? テオドラさん。まだ若いよね?」


 黒竜がそう言うと、テオドラは口元に手を当て、嬉しそうに笑う。


「おや? そう言ってくれるかい? こう見えて、あたしはもう二百年程この森に住んでるんだがね」


「あれ? テオドラさん、人間じゃないの?」


 黒竜は首を傾げる。

 テオドラの外見は、せいぜい二十歳前後。

 人間がこれほど若い姿を保ったまま二百年も生きていられる筈がない。


「あたしは人間だよ」


「不老不死とか言わない?」


 訊くと、テオドラは笑った。


「不死じゃないね。不老でも無い。ただ人より少しばかり長生きなだけさ」


「でも、普通の人間は二百年も生きられないでしょ?」


「……そうだね。けど、あたしはちょっと普通じゃ無いから」


 テオドラは万能薬の入った小瓶を揺らしながら、


「あたしはね……失敗作なんだよ」


「失敗作?」


「そう。昔ね。ある薬の実験の為、大量の孤児が集められた。その孤児達に与えられた薬のせいで、あたしは今の姿になっちまったんだ」


「……細かい話は置いとくとして。その薬って?」


 要は、テオドラも孤児で、実験体の一つだったと言う事だ。

 テオドラはどこか嘲るように言う。


「不老不死の薬だよ。笑っちまうだろ? 自分達が永遠の命を得る為に、他の命を無数に奪うってんだから。しかも、それこそ今まで誰も創り出せなかった物の為にさ。出来るかどうかも分からない物の為に……みんな死んでいった」


 窓の外に目をやり、


「……あたしはどうにかその施設から抜け出してね。今、こうしてひっそり暮らしてる」


「じゃあ、この森に罠張ってるのは、その実験の関係者から逃げる為?」


「まあ、それもあるけど……今は違うね。連中は度重なる実験の失敗で施設を放棄したと聞いている。今更あたしを見付けても何にもなりゃしない。そもそも、当時実験に関わってた奴はみんな死んでるよ。病気や事故や寿命でね」


 テオドラは、ことりと小瓶を棚へ置き、


「この森は貴重な薬草の宝庫なんだ。他にも薬になる茸なんかも多い。あたしはその管理を任されてる」


「誰に?」


「あたしを拾ってくれた恩人から。施設を抜け出して来たあたしを助けてくれたのは、この森に住んでたエルフだったんだ」


 その瞬間、黒竜は目を丸くする。


「エルフ? あいつらって確か凄い人間嫌いだったような気がするけど」


「ここに住んでたのはとびきりお人好しで好奇心旺盛な変わり者だったのさ」


 施設を抜け出し、疲労困憊だった彼女をエルフの若者が救ってくれた。

 食事を与え、衣服を整えてくれた。

 薬に関する知識や魔術も教えてくれた。

 ……しかし。

 この森にある貴重な植物を巡って人間との間に小さな争いが起きた。争いの末、森は焼かれ、森のエルフ達は殆ど全滅してしまった。


「……その時の遺言でね。あたしは森の番人になった」


「ふ~ん……色々大変だったんだねぇ」


「まあ、どの道この身体じゃ普通の生活は送れないからね。同じ隠れて暮らすなら、何かの役に立てる方が良い。結局、あたしは恩を返せないままだったしね」


 テオドラは自嘲めいた笑みを浮かべてから、黒竜の方へ視線を向け、


「それはそうと……黒竜。アンタ、もうちょっと慎重に行動した方が良いよ」


「ん? 何。突然」


「頼んでから言うのも何なんだがね。竜の身体はお宝だと言っただろう? さっきみたいに、血だの鱗だの簡単に差し出してたら、良いように利用されちまうよ。アンタの血は間違い無く効果があるって証明も出来ちまった訳だし」


 言われて、黒竜は軽く笑った。


「それなら大丈夫! 今回は特別♪ 文字通り出血大サービスだったからね♪ 普通にはあげないよ。安売りはするなって言われてるし」


「……誰に?」


「あー……えっと。知り合い」


「アンタの知り合い?」


「そう。ちょっと……こっちも変わり者。別に竜を怖がったりしないんでね。時々、遊びに行くの」


「……そうかい。わざわざ忠告してくれるなんて、親切な奴だね」


 黒竜は「んー」と、人差し指を口元に当て、


「親切……かなぁ?」


 思いっ切り首を捻ってから、


「……まあ……そーゆー事にしとくか」


 あまり喋ると余計な事まで言ってしまいそうだ。

 黒竜はかぶりを振って、話題を変える。


「それよりテオドラさん。“裏”の商品ってどんなの? 見せてくんない?」


「――良いよ。ついといで」


 テオドラは魔法薬を全て瓶に移し替えると、黒竜をある場所へ連れて行く。

 そこは“裏”の商品を並べている、この家の地下。薬を創っていた隣の部屋の床に、地下へ続く階段があった。

 ランプの灯りを頼りに下りていく。


「……ここだよ」


 テオドラは地下室を示す。


「ほう?」


 黒竜は部屋に置いてある魔導器を見て、少しだけ興味ありげな声をあげた。


「上のよりは強い魔導器だね」


「ここにあるのは戦闘用の物だからね。大体が古代遺跡から見付けてきた物や拾い物」


「……拾い物?」


「そうさ。モンスターと戦ってやられた冒険者から頂いた物。死人には勿体無い物も混じってるんでね。見付けた時は有り難く頂戴してる」


「成る程。なかなか商魂逞しい」


 黒竜は腕組みして頷く。

 別に咎めるつもりは無い。生きている者同士で奪い合う事もあるのだから、特別おかしな事でも無い。

 と――


「あ」


 一際強い魔力を感じて、黒竜はそちらに足を向ける。

 部屋の隅にひっそりと隠すように置かれていた杖。呪布にくるまれ、結界が張られている。


「これは……」


「ああ――そいつは“崩国の杖”っていって、一振りで国をも崩壊させるといわれる曰く付きの魔導器だよ」


「……うん。これは……ちょっとやばいね」


 黒竜は杖を指差し、


「これ。どこで見付けてきたの?」


「こいつは拾い物だよ。遺跡でお宝探ししてた時に見付けた」


 テオドラは杖に視線を落とし、


「けど、持って帰って来たは良いんだが、誰もこいつを使いこなせなくてね。呪布でくるんでないと持ち上げる事さえ出来やしない。直接触ろうもんなら、たちまちミイラみたいに干からびて死んじまう」


「……何で分かるの?」


「買いに来た客が皆“そう”なったからだよ」


 テオドラは溜め息をつく。


「こいつがやばい代物だと分かっちゃいたが、どうにも無視できなくて。こいつは人に使えないモンのクセに人を惹き付ける。一度、元の場所に返そうと思った事もあったんだが……その時には遺跡が無くなっててね」


「……遺跡が無くなってた?」


「ああ。跡形も無く。綺麗サッパリね。それで仕方無く持って帰って来たんだ」


 それを聞いた瞬間、黒竜は確信した。

 これは絶対、人の世に出回ったらマズい代物だ。


「ねぇ。テオドラさん。この杖……譲ってくんない?」


「……アンタが使うってのかい? まあ、竜族ならもしかしたら使えるかもしれないが」


「使わないよ。こんなの無くても俺は強いから。じゃなくてね。これの持ち主に心当たりがあんの。返しといた方が良いなって思ってさ」


「持ち主?」


 不思議そうな顔をするテオドラに、黒竜は頷いた。


「そっ。持ち主ってか“管理者”の方が正しいかもしんないけど。ここにあっても売れないし、邪魔でしょ?」


「まあねぇ……」


 テオドラは暫し虚空を見据え、


「――分かった。持っておいき」


「あんがと♪ その代わり、ちゃんと人にも使える魔導器持って来るから♪ 料金はそれで」


「何。アンタの血で充分過ぎるくらいだよ」


 黒竜は杖を抱え、


「あっ。そうだ。念の為訊いとくんだけど、売れ筋の魔導器ってどんなの?」


「使い易いのが一番だよ」


 黒竜の問いに、テオドラは答える。

 階段を上りながら、


「身に着けておくだけで効果がある物、振るだけで効果がある物、触れるだけで効果がある物……」


 上の部屋に戻って、テオドラは幾つか魔導器をカウンターに並べる。


「これは魔除けの力を込めたアクセサリー。指輪やペンダントなんかが人気だね。身に着けておけば、ある程度の魔物は寄って来なくなる。後は……この“灯り玉”。光の魔法を込めた魔導器。ランプの代わりに使う。風が吹いても、水に浸かっても消えないからね。軽くて持ち運びも便利でよく売れるよ」


「ほうほう。どれも簡単で生活密着型だね」


 黒竜は魔導器を手に取って、魔力の量を確かめる。


「魔力の無い連中にとっては、ごく僅かでも魔力がこもってればそれなりに助かるんだ。野宿の時、簡単に火を起こしたり出来るような物とか」


「成る程。ここで売れるのもそーゆータイプ?」


「そうだね。後は戦闘用の魔導器も売れる。ここへ来る連中はそれなりに手練ればかりだ」


「分かった! じゃあ、色々創って持って来るから楽しみにしてて♪」


 黒竜はそう言うと、エアリルを連れて店を後にした。



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