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黒い竜の物語  作者: 緋翠
43/63

手に職 4

 

『黒竜様』


 と――

 こそっとエアリルが店に顔を覗かせる。


「ああ、エアリル。この部屋は大丈夫っぽいよ。まあ、瘴気が漏れてきてもちゃんと護ってあげるから大丈夫だけど」


 エアリルはスッと店内に入ると、黒竜の肩に座った。


『良い魔導器は見付かりましたか?』


「良いっていうか、どんなのが人間向きなのかは分かったかな。こんなのだったら簡単に出来る」


『そうですか』


「だけど、それじゃつまんないからねー。何か変わった機能付けたいなと思ってんの」


 黒竜は適当に魔導器を手に取ると、様々な角度から眺めてみる。


「そういえば……さっきのお姉さん。表じゃ扱えない魔導器も置いてるとか言ってたし……そっちも見せてもらおっかな」


 そうやって、店内を歩き回っていると、なにやら食欲をそそる良い匂いがしてきた。


「……何か気に入った品は見付かったかい?」


「いや。魔導器よりそっちが気になる」


 店の奥からパンとスープを乗せたおぼんを手に、女が姿を現した。

 黒竜は迷わずそちらに足を向ける。


「アンタの肩に乗ってるのは……精霊だね。アンタの精霊かい?」


 女の問いに、黒竜はかぶりを振った。


「んにゃ? この子は友達♪ 俺が人間向けの魔導器創りたいから良さげな店探してるって言ったら案内してくれたの♪」


「……魔導器を創る?」


「そっ。俺は人の世で生きていく為、職探しをしているのだ。賞金稼ぎになろうとしたら失敗したので、もっと堅実な方法でやって行こうかなと思ったワケ♪」


 スープを啜りながら黒竜は答える。

 女は眉を顰め、


「……妙に引っ掛かる言い方をするね。アンタの物言いはまるで自分が人間じゃないと言ってるように聞こえるよ」


「まあ、言ってるからね。あ、スープおかわり貰える?」


 黒竜の要求に応じて、女はスープを皿に装う。


「……人間じゃないって……じゃあ、アンタは何者だい」


「その前に……お姉さんはここで、ちょっと人には言えないような商売してるんだよね?」


「……言えない訳じゃないが、知られない方が良いね」


 女の答えに、黒竜は一つ頷く。


「じゃあ、口も堅い方だよね?」


「そうだね。他人の秘密を詮索したり、言いふらしたりはしない」


「じゃあね、竜族についてはどういうイメージがある?」


「……竜族?」


 女は怪訝な顔をする。

 質問の意図が読み取れない。訳ありな客は多いが、こういう事を訊かれた事は無い。

 女は虚空を見据え、


「そうさね……無慈悲で横暴。凶悪で悪辣。人の世に降り立てば、災いをもたらし世界を隈無く恐怖で満たす存在……ってところかねぇ?」


「……悪いイメージしか無いな」


 黒竜がぽつりと呟くと、女はにやりと笑う。


「これは普通の人間の認識だよ。あたしら魔導に関わる人間から見れば、竜族は存在その物がお宝だ。その道を極める為には必要不可欠な存在。竜の力が得られれば、人の魔術は飛躍的な進歩を遂げるだろう」


「ふむ?」


 黒竜はスープを飲み干してから、


「なら、お姉さんは竜族が目の前に居たら仲良くしたい?」


「仲良く……ね。出来るとは思えないけど、友好的な関係を築けるならそうしたいね」


「よしっ。じゃあ仲良くしよう♪」


「……は?」


 さっと手を差し出してくる黒竜を見て、女は間の抜けた声をあげた。


「仲良くって……」


「お姉さんは魔術士でしょ? なら、こーしたら見えるよね?」


 そう言って、黒竜は今まで抑えていた魔力を少しだけ解放する。

 その瞬間、女は目を見開く。

 女の瞳に映る――漆黒の竜気。


「こっ……これは……まさか……」


「俺はね、竜族なの。訳あって人の世を巡り歩いているんだけど、人に混じって生活するのって大変なんだ。だから、協力的な人が居てくれると助かるの。後、パンとスープおかわり頂戴」


「……よく食うね」


 女は嘆息混じりに呻いてから、黒竜の前に追加のパンとスープを置いた。


「しかし……竜族とは驚いた。おまけに随分と大人しい」


 黒竜は食べながら答える。


「俺は人間と揉める気無いもん」


「アンタも魔物だろう? だったら人間を本能的に憎むとかそういう感じじゃないのかい?」


「別に俺は人間嫌いじゃないよ? そりゃ中には、人間見ただけで吐き気催すとか憎たらしくて仕方無いとか思うヤツも居るんだろうけど。あ。何だったら鍋ごと持ってきてくれて良いよ」


「……ああ。その方が早い気がしてきたよ」


 女は鍋ごとスープを黒竜の前に置いた。

 ついでに少し果物なども出してやる。


「竜族がどうして人間に混じって生活しなきゃいけないんだい? 別に人間の真似事をしなくても、手当たり次第に食い散らかせば良いだろう?」


「それだと、俺は悪者になっちゃうじゃん? そーいう悪者は大抵、勇者とか英雄とかに退治されちゃうもんだし。後、人間食べたいと思わないから」


「……それにしたって、もう少し違うやり方があるだろうに……竜族が人間に助力を求めるなんて聞いた事が無いよ」


「『魔物は人間を襲うモノ』という凝り固まった認識を打ち破る貴重な存在だろ? 人と魔物の関係に新たな可能性があると考えさせられると言うか……」


「まあ……ちょっと考え方は変わるね」


 これほどまで人の生き方に沿って生活しようとする魔物は、そうは居ない。

 まず、殆どの魔物はここまで完全に人に化けられない。どこかしら人とは違う部分が容姿に現れる。

 また、人に近い姿を取る魔物ほど、得てして強大な魔力を秘めているものだ。

 そういう魔物にとって、人は非常に狩りやすい食料でしかない。


「アンタは何て言うか……変わり者だね」


「人間だって色んな考え方を持つヤツが居るだろ? 俺はね、協調性を大事にする方なの。無用な争いはしたくないの。弱い者イジメは趣味じゃないし」


「成る程ね」


 女は頷く。

 黒竜は出された物を綺麗に平らげ、


「――じゃあ本題に入ろう。お姉さんは竜族と仲良くしたいって言ってくれたし、俺も人間とそれなりに仲良くやっていきたい。なんで、俺が人の世で生活する為、俺の創った魔導器をここで買い取って欲しいの」


「いいよ」


 女はあっさり了承した。


「竜族の創る魔導器だ。質は良いだろうしね」


「そりゃ、品質は保証するよ。何か要望があれば、その通りに創るし」


「そいつは良い」


 女はカラカラと笑い、


「あたしはテオドラ。アンタは?」


「俺は黒竜♪ この風の精霊はエアリル♪」


「そうかい。じゃあ、早速だけど黒竜。アンタに一つ頼みがある」


「頼み? 何?」


 妙に改まった顔付きで、テオドラは口を開いた。


「アンタの生き血を貰えないかね?」


「……生き血?」


 テオドラの言葉に、黒竜は眉根を寄せる。


「生き血なんてどーすんの? ひょっとして、『竜の血には不老不死の力がある』みたいなの信じてる? なら止めた方がいいよ。俺の血なんて飲んだら即死するから」


 すると、テオドラはかぶりを振った。


「飲みゃしないよ。いや……飲む事は飲むけど……そのままじゃなくて、魔法薬の材料としてね。竜の生き血が必要なのさ」


「魔法薬?」


「ちょうど今創ってるところさ。こっち」


 テオドラは黒竜に手招きすると、魔法薬を創っている部屋へと連れて行く。

 そこは――


「あっ。エアリル。ちょっと離れて」


『はい。黒竜様』


 部屋の前で、黒竜はエアリルを下がらせる。扉の隙間からは瘴気が漏れ出していた。

 これは、精霊にとって毒だ。


「この中だよ」


「……テオドラさん。何創ってるの?」


 いつの間にかマスクを着けているテオドラに、黒竜は半眼になって呻く。

 部屋に入ると、中央に吊された釜の中で真っ赤な液体が煮えたぎっていた。


「……何これ? トマトソース?」


「そう見えるかい?」


「あんまり。煙突から出てた煙はこれが原因だったんだ」


 もうもうと立ち上る紫色の煙を見ながら、黒竜は呟く。


「こいつは“万能薬”だよ」


「万能薬? 毒薬にしか見えないよ?」


「今はね。だけど、ここに“竜の生き血”を足せば、あらゆる病を治す妙薬に変わる」


「へー……」


「どうしても最後の材料が揃わなくてさ。失敗続きだったんだよ。他の素材でも試してみたけど、上手くいかなくてね」


 黒竜はテオドラの顔を見上げ、


「最後の材料って?」


「だから、竜の生き血」


 テオドラは嘆息した。


「新鮮な竜の生き血を手に入れる事は難しくてね。そもそも、竜にお目に掛かるだけでも大変な苦労を強いられる。だから、今まで“本物の”万能薬を完成させた魔術士は殆ど居ない。古い文献に載ってる伝説みたいな話でしか存在しなかった」


 テオドラはちらと黒竜を見やり、


「――けど、今ここには生きた竜が居る。この場で血を注いでくれるなら鮮度もバッチリだ」


「……まだ血をあげるとは言ってないけど……どのくらい要るの?」


 釜はそこそこ大きい。子供なら中で昼寝が出来そうだ。

 その釜の中に半分ほど、万能薬になるとされている液体が入っている。

 黒竜の問いに、テオドラは軽く答えた。


「一滴で良いよ」


「……一滴? それで良いの?」


「ああ」


「もっとドバーっと要るのかと思った」


「多過ぎたら駄目だね。竜の血は強い魔力がこもってるから」


「一滴くらいなら、まあいっか。ご飯のお礼って事で」


 黒竜はそう言うと、自身の爪で人差し指を軽く刺した。ぷくっと血が滲み出る。

 それを一滴、釜の中へと落とす。

 すると、真っ赤な液体はみるみるうちに透き通り――部屋に充満していた瘴気が消えていく。

 それを見たテオドラは、マスクを外して歓声をあげた。


「おお……やった……! 成功だ!」


「出来たの?」


 黒竜はパッと指先の傷を癒やす。


「ああ。出来たよ。これが万能薬だ」


「……ふむ。確かにさっきみたいな毒気は無いな」


 液体は不思議な光を放っていた。揺れ動く度に色が変わる。

 テオドラは中をかき混ぜてから、小さな瓶に魔法薬を注ぐ。


「……本当に出来る日が来るとは……」


「出来ると思ったから血が欲しかったんじゃないの?」


「実際に完成させた者は殆ど居ないんだ。もう千年以上も前……ある国の王女が竜と親しくなり、その竜から薬の製法が伝わって、そこから今も薬が創られてるって話だね」



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