手に職 3
◆◇◆◇◆
「……さぁ~て。どこから調べようかなぁ」
高い木の枝に座って、足を揺らしながら黒竜は考える。
魔導器を取り扱う店となると、やはり街に出向く必要があるだろう。
しかし……
特に人間に危害を加えた訳では無いし、お尋ね者にはなっていないと思うが、あの街周辺には近付かない方が無難だと思う。
と――
『何をお探しですか?』
「エアリル」
黒竜の肩に乗っている小さな精霊が話し掛けてきた。
この精霊は、黒竜が賞金首を捕らえる時、一番最初に出会った風の精霊だ。契約は交わしていないが、何故か懐かれたようなので、傍に置いている。
「んっとね~、魔導器を売ってるお店を探してるの」
『魔導器ですか?』
「そう。人の世向けの魔導器を創って売る為に。だけど、この周辺だと『魔物だー! 退治しろー!』とか言われそうだからねー」
『……でしたら、黒竜様。ここより遥か北の大地に“迷いの森”と呼ばれる広大な森がございます。そこに一人の魔女が住んでおりまして、その者が魔導器を取り扱っております』
「へぇ?」
黒竜は興味深そうな声をあげた。
人里から離れた場所にある店なら、噂も届きにくい気がする。
「どっか遠くに行こうと思ってたから丁度良いや」
『しかし、その魔女は森に罠を仕掛け、幻術で侵入者を惑わすと言います』
「それで“迷いの森”なんて言われてるの? 命に関わるような罠じゃなかったら悪戯の範疇じゃね?」
『そうですね。黒竜様には影響ございませんでしょう』
「んじゃ大丈夫だ。そこ行こう♪ 案内よろしく♪」
黒竜は枝を蹴ると、翼を出して宙を舞った。
野宿をしながら飛ぶ事五日。
眼下の緑が濃くなる。
『あれが迷いの森です』
エアリルが指を差す。
黒竜はゆっくりと森に降り立った。森は薄い霧に覆われている。
黒竜は辺りを見回して、
「ホントだ。幻術が掛かってるねー。この森」
即座に幻術を見抜く。
「結構、広範囲に術を展開させてるみたいだけど術者は大丈夫なのかねぇ? 大丈夫だから使ってるんだろうけど」
『魔導器で術を維持しているのかもしれません』
「あっ、成る程ね」
エアリルの言葉に黒竜は納得する。
霧が出ているといっても、幻術なので実際に視界が悪くなっている訳ではない。
黒竜は歩きながら、エアリルに話し掛ける。
「そー言えば、エアリルは四聖竜に会った事ある?」
『直接お会いした事は……しかし、四聖竜はこの世界を支える柱です。この地に存在する精霊ならば四聖竜の力を感じ取る事が出来ます』
「ふ~ん? 俺は水竜と地竜にしか会った事ないんだけど、後の二人ってどんなだろうね?」
今まであまり意識しなかったが、四人居るから“四聖竜”なのだ。
『火竜様と風竜様ですか』
「そう。見た目とかね」
『火竜様と風竜様はお美しい方だと聞いております』
「……女の人?」
『はい。女性です。風竜様は長く波打つ緑の髪と緑の瞳を持ち、物腰柔らかでお優しい方だとか』
「ほう!」
これは会いに行かねばならない。
黒竜は強く思った。
「じゃあ、火竜は?」
『火竜様は肩の辺りで揃えられた赤い髪と赤い瞳、その名が示す通り炎のように苛烈で情熱的な方だと』
「ふむふむ」
黒竜は二人の容姿を想像しながら、
「しかし、何で教えてくれなかったんだか。最初、地竜に会った時『話しするなら綺麗で優しそうなお姉さんが良い』って希望出したのに」
『……四聖竜は他種族との関わりを避けております。必要以上に関係を持たぬよう、敢えて存在を明らかにしなかったのでしょう』
「四人のうち二人に会っちゃったんだから、隠す必要無かったんじゃないかなぁって思うんだけど」
そう言って、ふと思い付く。
「ひょっとして……彼女だから、子供とはいえ他の男に近付けさせたくなかったとかか!」
『……黒竜様。そのような事を水竜様の前では口になさらない方がよろしいかと』
「何で?」
『詳しい事は……ただ、水竜様と火竜様はあまり仲が良くないという話を聞いた事があります』
「そーなんだ? 四人しか居ないのに仲悪いのは困るよねぇ」
『とはいえ、常に衝突しているという訳では無いようです。四聖竜の関係についてはあまり詳しい話は伝わって来ませんので、実際はどうか分かりませんが』
黒竜は軽く顎に手を当て、
「ふ~む……まあ、地竜は兎も角、水竜は協調性あんま無さそうだしなぁ」
『そうなのですか?』
「うん。目付きも口も性格も態度も悪いからねー」
それを聞いたエアリルは、一瞬何か言いたげにしていたが口を噤む。
『――あ』
そして、何かに気付いて黒竜の腕を引っ張った。
『黒竜様。足下に魔法陣が』
「……うん? あっ。ホントだ」
黒竜は足を止める。
しゃがみ込んで、観察する。
「何だろね~? あちこちに仕掛けてあるみたいだけど」
よく見てみれば、生い茂る草に隠れるようにして幾つもの魔法陣が描かれている事に気付く。
ちょうど近くに手のひらサイズの石が落ちていたので、黒竜はそれを魔法陣に向かって投げてみた。
「てい」
石が魔法陣に触れた瞬間、魔法陣は光り輝き――石は地面に沈んでいく。
それを見て、エアリルはぽつりと呟いた。
『……どうやら底なし沼のようですね』
「そのようだな。このまま進んだら靴が汚れたかもしんない」
黒竜は腕組みして頷き、魔法で自身の身体を浮遊させ
る。
直接魔法陣に触れなければ効果は発揮されないようなので、飛んで進む。
「……しかし、あれだな。ここに住む魔女さんって暇なのかね? こんだけ描くのめんどくさかっただろうに」
足下に描かれた魔法陣の数をざっと数えながら、黒竜が呻く。
『森全体に仕掛けているという訳では無さそうですし……侵入者への牽制では』
「だけど、魔女さんは魔導器売ってるんでしょ? 森に入って来た人はお客さんになるかもしれないのに、これじゃ客足遠退くよ? それとも『この程度の罠も越えられない奴にうちの魔導器は売らん!』とか、なんかそんな感じのこだわり持ってる人なのかね?」
『……私にはよく分かりませんが』
エアリルは理解に苦しんでいる様子で、眉根を寄せる。
「商売するならお客さんが来ないと困るじゃん」
『そういうものですか』
「そういうものなの」
そうやって適当に話しながら森を進んでいく。
暫くすると、魔法陣が描かれている場所が少なくなってきた。
「……飽きたのか、ここまでが“魔法陣トラップゾーン”だったのか」
完全に魔法陣が後方に消えて、足下が普通の地面である事を確認してから、黒竜はすとんと地に足を着ける。
『黒竜様。あそこに家が』
エアリルの声に導かれるように視線を上げれば、木々の間から木造の小さな家が見えた。
「あれが魔女さんのお家かな?」
この辺りに来ると、目立った罠は見当たらなくなる。
家の煙突からは紫色の煙が立ち上っていた。
「……何作ってんだろ? そーいえば少し腹減ったし、ご飯食べさせてもらえるかなぁ?」
『黒竜様。あの煙には瘴気が混じっております』
「俺はそういうの平気だから♪ だけど、エアリルには毒だろうからね。ちょっと離れてると良いよ」
そう言うと、黒竜は家の扉を叩いた。
「ごめんくださーい。誰か居ませんかー? お腹空いてるんで、ちょっとご飯食べさせて欲しいんですけどー」
返事らしい返事は無いので、黒竜は扉に手を掛ける。扉は特に抵抗無く開いた。
中に入ると、幾つも棚が並んでおり、武器や薬、魔物の物と思われる角や牙などが置かれている。
黒竜は手近な棚に歩み寄ると、そこに置いてあった短剣を手に取る。
「……少~しだけ魔力がこもってるな」
これが“人の世向けの魔導器”かと思っていると、
「……これはまた珍しいお客が来たもんだ」
「ん?」
いつの間にか、カウンターの傍に一人の女が立っていた。
漆黒のローブに身を包んだ妙齢の女。
女は薄く笑みを浮かべ、
「よくここまで来られたね」
「お姉さん、このお店の人?」
「そうさ。ここは魔道具屋。魔法の道具を扱う店だよ。少しばかり表には出せないような品も取り扱う……秘密のお店」
「へー」
黒竜は手にしていた短剣を示し、
「これも“そう”なの?」
「そりゃただの魔導器だよ。フレイムダガーって言う火の魔力が宿る短剣だね。比較的、扱いやすい代物」
女はくつくつと笑う。
「“裏”の商品はそんな所に並べちゃいない」
黒竜は短剣を棚に戻すと、
「ところでお姉さん。俺、腹減ってるんで、何か食べさせてくんない?」
「……店に入る前もそんな事言ってたね。けどまあ、そういう奴も中には居る」
女は踵を返し、
「そこで待ってな」
そう言って、店の奥に引っ込んでいった。
女が戻って来るまでの間、黒竜は店の中を見て回る。ここに置かれている魔導器はどれも大した魔力は感じない。
尤も、それは黒竜から見た話であって、人間には充分な物なのだが。
「……役に立つのかなー。こんなので」
これが“人の世向けの魔導器”なら、創る手間は省ける。
しかし何というか、面白みに欠ける。
「どうせなら、もっとこー……意外性のある物が良いよなぁ」
店に並ぶ魔導器を眺め――黒竜は“面白い魔導器”を創る為、思考を巡らせた。




