手に職 2
地竜の言葉からはありありと、「絶対に場所を教えるな」という空気が漂っている。
今はまだ場所を知られていないから被害を免れているが、一度でも道を繋いでしまったら、何かにつけて黒竜が入り浸るような事態に陥ってしまう。
「まあ、お前にその気が無くても、次にあいつが来た時にそっちへ送ってやれば良いだけなんだが」
「……水竜。それをやったらどうなるか……分かってるんだろうな?」
「あの。水竜様、地竜様。ここはどうか穏便に……喧嘩だけはしないで下さい」
「喧嘩じゃないよ。話し合い。だけど……話の内容次第ではそれなりの対応をしなくちゃいけなくなるかな」
おろおろと狼狽えるエイに、地竜は軽く答える。
口調は穏やかだが、この場の空気は穏やかなモノとは程遠い。
「黒竜はどうもお前の反応を楽しんでやってるみたいだし、軽く受け流したらどうだ?」
「朝っぱらから枕元爆破されてみろ。んな呑気な事言ってらんねぇから」
「そういう事にフィリーを巻き込みたくないから、ここで何とかしてくれって言ってるんだが。俺も暇じゃないし」
「俺だって暇してる訳じゃねぇよ」
「だったら火竜にでも頼めば良いだろう。お前の頼みなら引き受けるだろうし」
「それだと、あいつに余計な借り作る事になんだろうが! 面倒が増える!」
水竜の言う事なら火竜は引き受けるだろう。
しかしその後、何かあれば文句というより、見返りを求められる。
水竜が絶対にやりたくないような事で。
「……兎に角。黒竜をこっちで面倒見る事は出来ない。そもそも、必要以上に俺達と関わるのは良くない事だし」
「……で。面倒全部押し付けるつもりか」
「だから、被害を抑える手助けはすると言ってるだろう?」
話はどこまでも平行線だった。
このままだと、ちょっと困った展開になりそうな予感がひしひしとする。
(ど……どうしよう。こんな時どうすれば……)
エイは、水竜と地竜の顔を交互に見やり、
「はっ! そうだ!」
はたと思い付いて声をあげると、箒を握り締め、ぱたぱたと部屋を出て行く。
(風竜様! 風竜様なら、きっと上手く話を纏めて下さる!)
流石に、地竜と水竜が口論に留まらず、自身の主張を力で押し通そうとしたらとんでもない事になる。
それを止められるのは、風竜以外考えられない。
エイは、魔導器である箒に込められている魔力で風竜の神殿まで転移する。
「あら? エイ? どうしたの?」
「風竜様!」
風竜の神殿に着くと、すぐに風竜はエイの存在に気付いて、声を掛けた。
エイは風竜の許へ駆け寄り、バタバタと手を振りながら訴える。
「風竜様! 大変なんです! 地竜様と水竜様が……!」
珍しく慌てた様子のエイを見て、風竜は小首を傾げた。
「地竜と水竜がどうかしたの?」
「こ……黒竜様の事で口論になりまして……あのままでは無事に収まりそうになくて……それで、風竜様にお二人を説得して頂きたく……」
「まあ……」
風竜は僅かに眉を顰めた。
エイがわざわざ訪ねて来るくらいだから、かなり切迫した状態なのだろう。
不安と焦りの色が浮かぶエイの目を見て、風竜は頷く。
そっとエイの手を握り、
「分かったわ。私に任せて」
エイが姿を消した後も、地竜と水竜は押し問答を続けていた。
他の事なら譲歩もしたが、この時ばかりは地竜も引かなかった。黒竜の受け入れを拒むのは、何も「扱いに困る」という理由だけでは無い。
黒竜の持つ“神の心臓”――それに自分達の聖域の情報を与えたく無いからだ。
仮令、意識が無くとも、神は見ている。神に聖域の場所を知られるのは、四聖竜にとって不都合以外の何物でも無い。
そんな事は水竜とて百も承知の筈だ。
「……お前には悪いと思ってる。だけど――……」
『地竜。水竜』
「この声は……」
「風竜!?」
地竜の声を遮るようにして響いてきた別の声。
それは、ふわりとした柔らかい風と共に現れた。
「な……どうしてここに風竜が?」
地竜が訊くと、風竜は答える。
「どうしてって――二人が喧嘩してるって聞いたから」
風竜は地竜と水竜の間に立ち、
「取り敢えず、二人共落ち着いて。まずは話し合いましょう」
「いや、風竜。喧嘩はしてないから」
「良い所に来てくれた風竜。ちょっと困ってたんだよ。手を貸してくれねぇか?」
「水竜!?」
「あら、どうしたの? 水竜。困ってる事ってなあに?」
悲鳴じみた声をあげる地竜の傍で、風竜は水竜の方へ向き直る。
「待て! 水竜!」
「実は、黒竜の面倒を見て欲しくてよ。地竜に頼んだら、嫌だって断られてな」
「ちょ……」
「まあ」
風竜は口元に手を当て、
「地竜。それで喧嘩をしたの? 壁が壊れているのはそのせい?」
「違う違う。あれは黒竜が壊していったんだ」
まずい流れになってきたと地竜は思う。
風竜がここに現れたのは、多分エイが呼びに行ったからだ。
どうにかして風竜をこの場から遠ざけねば――と地竜が思っている間に話は進む。
「黒竜はいつもそうなの? それとも機嫌が悪かったから?」
「いつもだな。あいつはここへ来る度に壁ブッ壊していきやがる」
「それは困るわね」
風竜は「んー」と、何か考える仕草を見せ、
「分かったわ、水竜。家でも黒竜の面倒をみてあげる」
「風竜!」
地竜は思わず風竜の肩を掴む。
「それは考え直した方がいい」
「でも、地竜。水竜は困ってるみたいだし。黒竜――“心臓”の事は私達全員で対処しないといけない事でしょう?」
「それは……あいつを封印しなければならない状態になった時の話で……」
「地竜。風竜が手を貸してくれるって言ってんだ。何か文句あんのか?」
言われて、地竜はぐっと言葉を呑み込む。
「……文句は無い……けど……」
「じゃあ決まりだな。頼むぜ、風竜」
「ええ♪」
何も知らない風竜に、全てを任せきりには出来ない。
地竜は深い溜め息をつき、
「……分かった。なら、俺も手を貸す」
「ほー。そりゃまた、どういう風の吹き回しだ?」
「分かっててそれを言うか」
低く呻いてから、
「その代わり、風竜の所には極力黒竜の話を持ち込まないでくれ」
「その分、お前が引き受けるって事だな?」
「……ああ」
ぐったりと項垂れる地竜を見て、風竜が心配そうな声をあげる。
「地竜。大丈夫? 無理しないでいいのよ?」
「……大丈夫。“心臓”の事は俺達全員に関わりのある事だから」
地竜は色々な意味で風竜に弱い。
しかし、そこに付け込んであまり無理強いをすると、後で恐ろしい事になる為、この辺りで手を打っておく。
「まあ、お前がそう言ってくれるなら有り難い。つっても、お前にもそうそう負担を掛ける気はねぇから」
「……だと助かるな」
「話は纏まったみたいね」
風竜はうんうんと頷き、
「二人が暴れていたら大変だと思っていたけれど、そうじゃなくて良かったわ♪」
「……少しくらい暴れておけば良かったかなと思わないでもないけどね」
そんな言葉が地竜の口から漏れ出る。
「じゃあ、私は帰るわ。水竜、地竜。何か困った事があったら相談してね」
「……ありがとう。風竜」
来た時と同じく風と共に、風竜は消えて行った。
それを見送って、地竜は口を開く。
「水竜……」
「俺が風竜を呼んだ訳じゃねぇぞ。それに、遅かれ早かれこういう話にはなってた。あいつがここに顔出す以上、どっかで鉢合わせるだろうからな」
「だとしても、こちらから情報を与える必要は無いだろう? 仮令、あいつが興味を持ったとしても、お前から教える事が無ければ黒竜は他の場所を見付けられない」
四聖竜の神殿は、他種族には侵入不可能な強力な結界で護られている。
見る事も近付く事も出来ない。
黒竜が水竜の神殿を発見出来たのが奇跡に近いのだ。
「さっきも言っただろ? そうそう負担を掛ける気はねぇって」
「だったら、風竜を巻き込む必要はなかった筈だ」
「お前が素直に協力するって言わねぇからだろうが」
何かまた不穏な空気が漂い始めた。
エイは部屋の隅っこで冷や汗を垂らす。
意を決して、一歩踏み出し、
「あああ……あのっ! 地竜様! おお……落ち着いて下さい! 出過ぎた事をして申し訳ありません! 黒竜様の事はその……なるべく私がお世話しますので! あの方はなんか……食事をしている時は大人しいですから。大丈夫です! ご迷惑はお掛けしません!」
「エイ……」
涙目になって震えているエイを見て、地竜は小さく息を吐いた。
ゆっくりとエイの傍に歩み寄り、その頭を軽く撫でてやる。
「ありがとう。だけど、無理はしなくて良いから。俺もああ言った以上、協力はする」
「地竜様……」
地竜は不安げなエイに笑いかけてやり、
「……俺も帰る。水竜。分かっていると思うが……」
「分かってるよ。出来る限り、こっちで何とかする」
そう言って、水竜は壊れた壁に向けて軽く手を振る。
すると、壁は瞬く間に修復されていった。
「……けど、あいつが知りたがったら後は任せる」
「……そうならない事を願う」
地竜は心の底から強く祈って――(誰がその祈りを聞き届けてくれるのかは不明だが)、自分の神殿へと戻って行った。




