手に職 1
「……でね? 俺がせっかく賞金首持って行ったってのに、あいつら俺の事抹殺するって言うの。酷くね?」
「……黒竜」
賞金首を捕まえて生活費を稼ごうと思っていた黒竜。
しかし、いざ賞金首を引き渡そうとしたらやたら警戒された為、ちょっと様子を探ろうと風の精霊に盗み聞きをさせていた。すると、物騒な話が耳に入って来たので、黒竜は早々に街から抜け出した。
そして今は、水竜の神殿で愚痴をこぼしている。
水竜は殆ど話を聞き流して、怒鳴りつけた。
「てめぇはなんで、いちいち壁ブチ抜いて来んだ!?」
「だって、そこから入る方が早いんだもん。それより聞いてる? 俺の話」
「知るか! 用が済んだなら帰れ!」
「そんなに怒ってばかりだと体に悪いよ? カルシウム足りてないんだろ?」
「やかましいわっ!」
「……何やってるんだ?」
「あっ! 地竜!」
会話の途中で割って入って来た声に黒竜はくるりと振り返り、
「ちょっと聞いてよ! 水竜は全然話聞いてくんないの」
「……ていうか、また壁壊したのか」
「それはいいから話聞いて」
「地竜。相手にするな」
「えっと……」
地竜が困惑していると、黒竜は勝手に喋り出す。
「あんね。俺は賞金稼ぎになってお金を稼ごうと思ったの。んで、ぱぱっと賞金首とっ捕まえたのはいいんだけど、引き渡す段階になった時、ギルドの連中が俺が魔物だから危険だっつって抹殺するって言うの。ひっどくない?」
「……ちょっと説明が足りてないところもあるみたいだけど……言いたい事は何となく分かった」
地竜は軽く頬を掻き、
「あのな。黒竜」
「何?」
「お前……そのままの状態で人前に出てるか?」
「そだよ? なんか問題?」
「一番の問題」
理解出来ていない様子の黒竜に、地竜は告げた。
「もう少し魔力を抑えないと、大して力の無い人間でもお前の竜気が普通に見える」
「えっ? 竜気?」
黒竜はきょとんと目を丸くする。
「お前が人間でないと見破られたのはその竜気が原因だろう」
「あー……そういえば……ちらっとそんな事言ってたかなぁ?」
「俺は別にお前が賞金稼ぎになろうと賞金首になろうとどちらでも構わないが……」
「賞金首にはなんないよ。自分の首なんか差し出せないじゃん」
「人の世で何かするなら、人に合わせて行動しないと」
黒竜は自分の掌を見詰め、
「人に合わせて?」
「お前の行動その物は悪かったとは言わないよ」
「そーだろ!? 盗賊に捕まって酷い目に遭わされてたお姉さん達も助けてあげたのにさ!」
声を大にする黒竜を地竜は片手で制する。
「……けど、それを行ったのが魔物ってところが問題なんだ。人間は……そういう事をあまり受け入れられない種族だから。仮に瀕死の重傷人を魔物が助けたとしても、魔物は後で大体殺される」
「えっ。酷い。そんな恩を仇で返すような真似」
「まあ、殆どの場合が人間と意思の疎通が量れないからだけど」
「勝手だなー」
不快そうに眉を寄せる黒竜に、地竜は嘆息した。
「基本的に命を奪い合うような関係にあるんだから、そこは仕方無い。人の世で魔物が生きていくというのは難しい事だ」
「俺は人間殺しに行ったんじゃないのにぃ」
「……それが稀な事なんだよ。過去に人と魔物が共生した例も無い訳じゃないが……」
「んじゃ、例外って訳じゃないんだろ? 何でダメなの?」
「う~ん……その時の風潮とか思想とか……そういうので変わるというか何というか……」
「ナニソレ。はっきりしない理由だなー」
黒竜は茶を飲みながら、
「でもどうしよう。賞金稼ぎになって生計を立てるってのが早くもダメになっちゃった。天職だと思ったのに」
「……まあ、ある意味お前に向いてる仕事だと言えなくも無いが」
「これだと、モンスター退治とかでも同じ結果になるよね?」
「お前がやるとその周辺のモンスターを絶滅させるだろうからな」
「……つーか、何で賞金稼ぎなんだよ」
と、これまで黙って話を聞いていた水竜が口を挟む。
黒竜が地竜と話している間に、壁の修復は終えている。
「だって、手っ取り早いだろ?」
「手っ取り早いかなぁ……」
地竜は思い切り首を傾げた。
自分が狙っている賞金首が既に捕まっていたり、殺されている可能性もあるし、捜し出すのがまず手間だ。加えて、手配書が出回る程なのだから、悪名高く、それなりの強さがある者の筈。
普通の感覚を持つ人間なら、いきなり賞金稼ぎになろうとは思わない。
「手っ取り早いよー。今回だって捕まえるのは簡単だったし。賞金くれそうになかったからほったらかしにして来たけど」
「別にそんな事せんでも、お前なら鱗一枚剥がして売りゃ良いだろ」
黒竜は「えっ?」と声をあげる。
「鱗って……売れんの?」
「竜の鱗は貴重だから。高く売れるよ」
黒竜の疑問に、地竜が答えた。
「へー。そーなんだ。考えた事なかったなぁ」
「……だけど、俺はそれをあまり奨めない」
その言葉に、黒竜は首を傾げる。
「何で? 幼気な少年が文字通り身を削るなんて可哀想だから?」
「別に幼気とか思わないし、削る身があるなら肉でも鱗でも削ればいいけど」
「……俺さ。お前の事は優しい奴なんだなと思ってたけど考え直す」
「俺は自分が優しいだなんて言った覚えは無い」
「開き直った!」
黒竜はぷくっと頬を膨らませ、
「……じゃあ、何でオススメしないの?」
「単純な話だよ。竜の鱗は貴重だ。人がそれを手に入れようとしたら、何十何百……時には何千という数の人で竜を倒さなければならない」
「鱗貰うだけだったら倒さなくても、『鱗下さい』ってお願いすれば良いじゃんか」
「……それで譲ってくれる相手なら問題無いけど」
頼んだだけでくれるのならば、きっとその竜の鱗は一枚残らず剥ぎ取られる。
地竜は目を閉じて、
「お前達の一族は地上から姿を消している……その貴重な竜の鱗が頻繁に出回れば、人は出所を探るだろう。お前が持ち込んでいる事が分かれば、入手経路を探る。そして、お前自身が鱗の持ち主だと知れれば……人はお前を狩りに来る。余計に人の世では生き辛くなるぞ」
「えーっ! 魔物だって言って危険物扱いなのに、価値があると分かったら目の色変えて狙って来るってどういう事!?」
「……魔物として退治された場合にしろ、素材として退治された場合にしろ、お前の遺骸は鱗どころか、血の一滴に至るまで利用されるだろうな」
「人間って汚い!」
「とは言っても、お前が人間相手に殺される事はまず無いが」
黒竜には“神の心臓”が宿っている。それがある限り、黒竜が死ぬ事は無い。
人の力では、傷一つ付ける事さえ出来はしない。
「ていうか。素材って何?」
「それは鱗に限った話じゃないが……竜の鱗は魔導器や魔法薬を創る材料になる」
「魔導器……」
黒竜はぼんやりとその単語を繰り返し、
「魔導器も売れる?」
「それは……勿論。日常生活で使えるような物から戦闘用の武具まで種類も様々だしね」
「ふ~ん?」
黒竜は顎に手を添えて考える。
「鱗は売れないけど、それを使った魔導器なら問題無い訳だな?」
訊かれて、地竜はかぶりを振る。
「いや。お前が自分の鱗使って魔導器なんか創ったらエライ事になる」
「何で? 強い魔導器は高く売れるんじゃないの?」
「……程度による。強過ぎる魔導器は人間じゃ扱いきれないから逆に売れない」
「めんどっちぃなー」
黒竜は心底面倒くさそうな顔をしてから、
「あ。じゃあ、お姉さん達にあげたワンピースも問題になるのかね?」
「……ワンピース?」
「うん。さっき言ったろ? 盗賊に捕まってたお姉さん達助けたって。元々着てた服は切り刻まれてたからさ。新しく創ってあげたの。素っ裸のままじゃ街まで連れて行ってあげらんないし」
「確かにそうだけど……」
「色々怖い思いをしただろうから、身を護る物があった方が良いかなと思って。ちょっと衝撃と斬撃に耐性付けて、中程度の攻撃魔法は弾くようにしといた♪」
「……それはもうワンピースじゃない」
黒竜の基準で“中程度”なら、人間レベルの魔法は殆ど通さないだろう。
そういった物をあまり簡単に出回らせてほしくは無いのだが……
地竜が内心頭を抱えていると、
「けど、まあいいや。客のニーズに応え、高品質、高性能――価格はそれなりのモノを用意してこそプロというものだしな」
「……何でそんな変な意識持ってるんだ」
呻く地竜は無視して、黒竜は早速行動に移す。
「じゃあ、俺は人の世向けの魔導器を創る為、これから市場調査しに行く!」
「えっ」
茶を飲み干してから、直したばかりの壁を破壊して、黒竜は去って行った。
豪快に砕け散った壁を見据えながら、水竜は呟く。
「……地竜」
「何だ?」
「一つ……頼みがあるんだが」
「多分断るけど。聞くだけ聞こうか」
一呼吸置いて、水竜は言った。
「今度からお前ん家であいつの面倒見ろ」
「断る」
地竜は即答した。
先程から手に持ったままの本と遺跡の資料を示し、
「俺はこれを持って来ただけなんだ。それに……あんな厄介な奴を家で面倒見るなんて無理」
「その無理を俺だけに押し付けるなって話だよ」
「ここで被害が抑えられるならそれが一番だと思う。壁の修復くらいは手伝ってやるから」




