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黒い竜の物語  作者: 緋翠
33/63

精霊取り替えっこ 2

 

「……お前はそれで良いのか?」


『今日だけだから……』


「……ふ~ん。ま、俺はどうでも良いけどな」


『くれぐれもフィリーに手荒な真似はしてくれるなよ』


「しねーよ」


 そこまで話すと、波紋が広がり――やがて、水鏡から地竜の姿は見えなくなった。



「水竜様」


「待たせた」


「いえ……それで……あの……私はどうしたら……」


 心底困ったように眉根を寄せるフィリーに、水竜は告げる。


「……一応、今日は俺の所に居ろ。明日には地竜が迎えに来る。どうも風竜の気紛れで飛ばされたらしいが……」


「……地竜様は何と……?」


「あいつは、俺の所――違う主に仕えてみて色々学んで来いって言ってたよ」


「地竜様……」


「帰りてぇなら別に帰っても構わねぇ。地竜ん所に居るのがエイじゃ不安もあるだろうし」


「……エイが地竜様のお傍に?」


「ああ。まあ、掃除くれぇならあいつでも出来るからな。地竜の役に立つかどうかは知らんが」


「…………」


 フィリーは暫くの間、黙していたが――やがて口を開く。


「――地竜様のご命令ならば……私は従います」


「地竜ってか、風竜の気紛れだけどな」


「それで水竜様。私は何をすればよろしいですか? エイは普段どの様に水竜様を補佐しているのでしょう?」


「…………」


 訊かれて――水竜は沈黙した。

 虚空を見据え、


「……エイは普段、その辺を適当に掃除して、神殿内をうろちょろしてるだけだ」


「え……」


「だから、お前も好きにすれば良い。本が読みたきゃ書庫はあっち。茶が飲みたきゃ自分で適当に淹れて飲め。部屋は空いてる所を好きに使えばいい」


「あの……それでは水竜様のお役に立てていないのでは」


 困惑の色を強めるフィリーに、水竜は事も無げに言う。


「普段、エイがどうしてるかって訊かれたから答えただけだ。後はお前がどうするか決めろ」


「…………」


 フィリーは暫し迷っていたが、やがて……


「あの……水竜様」


「何だ」


「地竜様が他の主に仕えて色々学んでくるようにと仰ったのならば……その……私は水竜様が浄化を行っている所を拝見してみたいです」


「……ん?」


 フィリーの考えが読めずに、水竜は小首を傾げる。

 すると、フィリーは言った。


「水竜様は四聖竜随一の魔力感知と制御能力をお持ちの方です。水竜様の魔力の編み方が緻密で繊細なのは存じておりますが、間近で見る機会は少ないので。私も水竜様のように無駄なく魔力を編めるようになれば、地竜様のお役に立てるのでは……と……」


「……俺のやり方が地竜の役に立つかどうかは知らねぇが……見たいなら好きにすりゃいい」


 言って、水竜は踵を返し、フィリーを促す。


「付いて来い」


「はい」


 フィリーは黙って水竜に従った。


     ◆◇◆◇◆


「……火竜様。南西の方角に邪気が滞留しています。浄化を怠らないで下さい」


「あ~っ! もう! 分かってるわよ! あんたはバランより細かいし、うるさい!」


「……それは、バランが“甘い”と言う事ですか?」


「そうじゃないわよ! あの子はあの子でうるさいの!」


「……火竜様。浄化の手が止まっています」


 クレアは、浄化の間でだらけている火竜に指示を出す。

 主――風竜に言われた通り、火竜の許へ来たは良いが、ここの主は一時たりとも目が離せない。少しでも目を離そうものなら、すぐにでも水竜の所に飛んで行きそうな勢いだからだ。

 それを何度阻害した事だろう。


「火竜様が邪気の浄化を怠ると、他の聖竜――水竜様にもご迷惑が掛かります。水竜様の機嫌を損ねない為にもご自身の役目はきちんと果たして下さいませ」


「だから分かってるって言ってるでしょ!? 集中出来ないから黙っててよ!」


「…………」


 その後も、逃げ出そうとする火竜を押さえ――クレアは、“他の主に仕えてみて色々学ぶ”――と言うより、“他の主がどんな様子か”を学ぶ事になるのであった……


     ◆◇◆◇◆


 そして――……


「うんうん♪ みんな順調みたいね♪」


「……あの……風竜様」


「なあに? バラン」


 バランは困惑した様子で、一人満足げに頷く風竜に問い掛ける。


「何故、このような事になったのでしょうか……」


「だから言ったじゃない。地竜に息抜きさせてあげる為よ♪ それに、貴方達も良い経験になるでしょう?」


「それは……そうなのですが……」


 バランはどこか落ち着かない様子で、


「結局……俺はどうしたら良いのでしょうか?」


 風竜は四聖竜としての役目を、ただの一度として怠った事は無い。


「そうねぇ……」


 訊かれて、風竜は口元に指先を当てて考え込む。


「じゃあ、のんびりお茶でもしてましょうか♪ 私が淹れてあげるから」


 すると、バランは激しくかぶりを振り、


「いえ。風竜様。それくらいは俺にやらせて下さい。お願いします」


 手早く茶器を取り出し、茶を淹れ始めるバランを見て、風竜がぽつりと呟く。


「そう言えば、バランはあまり家事はしないのよね?」


「……家に居る時間が短いもので……」


 風竜は差し出されたカップを手に取り、


「じゃあ、お茶はバランが淹れてくれたから――……」


「茶菓子も俺が用意しますよ」


「そうじゃなくて。あ、それもお願いはするけど。バランには私の話し相手になってもらおうかしらね♪」


「……話し相手……ですか?」


「ええ♪ バランは神殿(うち)に居ない代わりに、“外界”で活動する事が多いんでしょう?」


「そうですね」


 風竜はカップに口を付け、


「なら、その“外界”の話を聞かせてもらおうかしら。バランはモンスター討伐に出向く事が多いし、色々と武勇伝もあるんでしょう?」


「……武勇伝という程の事は……少なくとも、風竜様にお聞かせ出来るような話は無いと思います。遺跡調査の報告なら幾つか御座いますが……」


「ああ。そう言えば、こっちからお願いしたものがあったわね」


「はい。丁度良い機会ですので……」


「じゃあ、報告を聞きながら、面白い話の一つも聞かせてもらおうかしらね♪」


「…………はい」


 面白い話は無いと言っているのに聞く耳を持たない風竜に、バランは取り敢えず、任された任務の報告を淡々と始めるのだった……


     ◆◇◆◇◆


 水竜はフィリーを“浄化の間”に案内する。

 神殿の地下――地上から流れて来る水で出来た柱を見ながら、ピタリと水竜は足を止めた。


「その辺で見てな。これ以上近付くと、さすがに俺の魔力に当てられる」


「はい」


 フィリーは頷いた。

 水竜はそのまま歩き出す。

 そして、部屋の中央に据えられた法玉に両手を翳した。

 刹那――


「!」


 浄化の間は、一瞬眩い光に包まれる。

 目も開けていられない程、強烈な光と魔力にフィリーは思わずその場に座り込む。

 辛うじて薄く目を開く事に成功した時には、既に浄化は終わっていた。


「…………」


 地上から流れ込んでいた筈の水は清められ、重量に逆らうようにして地上に戻っていく。

 天にも昇るようにして上がっていく水柱を見詰めていたフィリーに、水竜が手招きした。

 水竜は透き通る法玉を指差し、


「ここ。手を置いてみろ」


「え……よろしいのですか?」


「ああ」


 本来、“浄めの法玉”には、浄化に携わる者以外触れてはならない筈だが。

 フィリーは恐る恐る法玉に手を触れる。

 その瞬間――流れ込んで来る清らかで自分を潤してくれる魔力……


「これは……!?」


「“それ”が、俺の魔力だ。浄化中は邪気が混ざるから分かり難いだろうが……それなら分かるだろ?」


「……はい。地竜様の編まれる魔力とは全く異なる……繊細な力を感じます」


「“地”の魔力はどうしても荒くなりがちだからな。それでも、あいつの編む魔力は緻密な方だが」


 言って、水竜はフィリーに問う。


「どうだ。参考になりそうか?」


「……これだけ緻密で繊細な魔力が編めれば地竜様のお役にも立てるでしょうが……私には難しそうです……」


「そうか」


 フィリーが法玉から手を離すのを確認してから、


「じゃあ、上に戻るぞ」


「はい。水竜様」


 二人が浄化の間を去った後も、水柱は天に向かって昇り続けていた。


     ◆◇◆◇◆


「地竜様~♪ こちらの本棚の整理終わりました~♪」


「ああ。ありがとう。エイ」


「次は何をすれば良いですかっ?」


 笑顔で問い掛けてくるエイに、地竜は考え込む。


「そうだなぁ……」


 わくわくといった感じで次の指示を待つエイに、地竜は笑った。


「……次は少し休憩してからにしようか」


「分かりました♪ ではお茶を淹れて来ますね♪」


 くるくるとよく働くエイの姿を見て――地竜は思う。

 よくフィリーが自分に「休め」と言うが、“こういう事か”と。

 動きっぱなしのエイを見ていると、疲れないのかと心配になる。主の命には絶対服従とは言え、疲労や苦痛を感じない訳では決して無い。

 茶を運んで来たエイに、地竜は問い掛ける。


「エイ。疲れてないか?」


「はい♪ 大丈夫です♪」


 エイは地竜にカップを差し出し、


「水竜様は私にあまりこういう仕事をさせて下さらないので、楽しいです♪ 書庫も家より広くて……お掃除も、やり甲斐があります♪」


「……そうか」


 エイは嘘を吐かない。

 正直過ぎて、反感を買う事はあるが、それは悪意あっての事では無い。

 どこか子供のような無邪気さで憎めない。

 そんなエイの姿に、地竜は表情を綻ばせる。


「地竜様? どうかなさいましたか?」


「いや……どうしてエイが水竜の僕になったのか……分かった気がしてな」


「はい?」


 不思議そうに小首を傾げるエイに、地竜は言った。


「あいつは少し協調性に欠けるから、エイの柔軟な姿勢を見習えって事だったんじゃないかな」


「そぉでしょうか?」


 エイは首を傾げたまま、


「四聖竜の僕は、主の不足を補う為に生み出された筈です。古代神戦の時、私達は主を護る為に生み出された。なのに、私はあの戦いで水竜様のお役に立てませんでした」



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