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黒い竜の物語  作者: 緋翠
32/63

精霊取り替えっこ 1

 

「風竜。頼まれてた本と遺跡の資料。纏めて来たよ」


「まあ、地竜。連絡をくれたら私が取りに行ったのに……ありがとう♪」


「気にしないでいいよ。俺が来たくて来たんだし……」


「――えっ? 何か言った?」


「……いや。何でもない」


 風竜は早速、渡された本に目を通していた。

 地竜が苦笑していると、


「地竜様!?」


「クレア。お邪魔してるよ」


 心底驚いたような声が響き、地竜はそちらに軽く手を挙げて応じる。


「こちらにいらしてたんですか」


「ああ。でもそんな時間の掛かる用事でも無いから――……」


 そろそろ失礼するよ。と、地竜が言い掛けた時。


「そうだわ。地竜。せっかく来てくれたんだから、私がお茶でも淹れてあげるわね♪」


「えっ!?」


 その言葉を聞いて、地竜は一瞬ビクリと肩を震わせる。

 本来なら、惚れた相手がもてなしてくれると言うのだから喜ぶべき所だが――この時ばかりは戦慄した。

 口に含んだ瞬間、喉の奥まで焼け付くような痛みを与える凄まじい“威力”を持つ茶に、一つ食べただけで悶絶必死の焼き菓子……

 風竜の“もてなし”は、これまで何度か受けて来た地竜だが、その度に彼は寝込んだ。

 家に辿り着いた瞬間、倒れ込み――最低三日は寝たきりになる。

 地竜は控えめに(だが全力で)、両手を振り、帰宅の意を風竜に伝えた。


「いや! 風竜! あまり長居するとフィリーが心配するし、帰ってまだやらなきゃいけない事があるからっ!?」


「あら? そうなの? 残念ね。久し振りに訪ねて来てくれたっていうのに」


「わ……悪いな。風竜。お茶は……また今度……頂くよ……」


 若干ぐったりとしている地竜に、クレアが声を掛ける。


「では、神殿の外までお送り致します。地竜様」


「……ああ。頼むよ。クレア」


 地竜は風竜にバレないよう、コソッと心話でクレアに礼を述べる。


《助かった。クレアが居てくれて》


《……いえ。風竜様の手料理を口にされて、地竜様がお倒れになっては大事ですから》


 いかに、“音”を聞き取る能力に長ける風竜とはいえ、さすがに心の中までは読めない。

 地竜とクレアは互いに顔を見合わせ、無言で溜め息をついた。


「――では地竜様。お気を付けて」


「ありがとう。クレア。風竜にもよろしく伝えておいてくれ」


 本来なら外まで送る必要も無いのだが、風竜の“もてなし”から逃れる為には何かしら口実が必要だった。

 地竜が消えた後、クレアは短く嘆息する。


(地竜様はお人が良過ぎるんだから……)


 だが、面と向かって風竜の手料理を「不味い! こんなモン食えるか!」そう言い放ったのは水竜だけである。

 無論、その後“ちょっとした騒ぎ”になったのだが――……

 水竜ほどにとは言わないが、地竜ももう少し本音を出していった方がいいとクレアは思う。

 とかく、地竜は厄介事を背負わされがちなのだから。

 クレアはもう一度溜め息をついてから、主の許へ戻った。


「――あら。クレア。地竜は帰った?」


「はい」


「そう――いつもならお茶の一つも飲んで行ってくれるのに。よっぽど急ぎの用があったのね」


「……地竜様もお忙しい方ですから。その地竜様が早急に片付けてしまわねばならないような“何か”があったのでしょう。私には想像も出来ませんが……」


「そうね。地竜はちょっと真面目過ぎる所があるから、たまには息抜きさせてあげたいわよね。せっかく世界も何とか再生した訳だし……」


「そうですね」


 クレアが頷くと、風竜はぱんと手を打ち、


「――あっ! クレア。こういうのはどうかしら?」


「はい?」


     ◆◇◆◇◆


「――と言う訳で、今日一日お世話になります♪ 地竜様♪」


「えっと……」


 地竜は状況把握に暫し時間を要した。

 困惑気味の地竜に、エイが説明する。


「風竜様が地竜様の息抜きにと、“私達”の役目を交代させまして……」


「うん。それはさっき聞いた」


「それで、私が今日一日、地竜様のお世話をさせて頂く事になりました♪」


「……フィリーは?」


 地竜が朝目覚めた時、フィリーの姿は無かった。その代わりに、エイが居たのだ。

 エイはにこやかに告げる。


「フィリーは水竜様の所です♪ 因みに、クレアが火竜様、バランが風竜様の担当になりました♪」


「……フィリーが水竜の……」


 地竜が軽く眩暈に襲われていると、


「大丈夫ですよ。水竜様、フィリーには手荒な真似はしないと思います。バランもクレアも何度も家に来た事ありますけど普通でしたから!」


「……だといいけど……」


 水竜とフィリーには、あまり接点が無い。

 水竜は兎も角、フィリーの負担にならなければ良いが……

 そもそも――


「……エイ」


「はい!」


「俺の息抜きは兎も角、何でお前達の役目を交代させる必要があったんだ?」


「分かりません!」


「…………」


 真っ直ぐな瞳で答えるエイに、地竜は嘆息した。

 通信用の水晶に魔力を通し、直接“発案者”に訊く事にする。


「――風竜」


『……あら? 地竜? どうしたの?』


「うん。ちょっと訊きたい事があって」


『――ああ。僕交代の事ね?』


「……そう。何でこんな事を?」


『それは貴方の息抜きの為よ。ほら、貴方もフィリーも真面目でちょっと堅苦しい所があるでしょう? だから、気の抜けたエイが傍に付いていた方が、貴方も肩の力が抜けると思ってね。で。どうせならみんな他の主に仕えてみたらあの子達も色々勉強になるんじゃないかしらって♪』


「気の抜けたって……酷いですぅ~。風竜様~」


『じゃあ、“明るい”に変更しておくわ♪』


「……まあ、趣旨は大体分かった」


 また例の思い付きだろう。

 だが、配分は悪く無い。

 エイとフィリーは、基本的に神殿内から出ずに、主の身の回りの世話をする。なので、仕事自体に大きな変化は無い筈だ。

 対して、バランとクレアは、比較的魔物や太古の遺跡が多い地を治める火竜や風竜の補佐に向いている。

 ――が。


「風竜……」


『なあに? 地竜』


「気遣いは凄く嬉しいんだけど……その……そういう事は事前に連絡くれないか? 多分、フィリーもバランもクレアも……風竜が強制転移させたんだろう?」


『クレアにはちゃんと伝えて自分で行って貰ったわよ♪』


「……って事は、残りのメンバーは強制転移させたんだろ?」


『そうよ。その方がちょっとドキドキして楽しいと思って♪』


「私、朝掃除してたらいきなり“ここ”に飛ばされたのでビックリしました」


『ほらね♪』


「……いや。『ほらね』じゃなくて……」


『じゃあ、地竜♪ “息抜き”楽しんでね♪』


「ちょっ……風竜!?」


 一方的に通信魔力が断ち切られ、水晶は輝きを失う。


「…………」


 地竜が呆然と立ち尽くしていると、


「――と言う訳で、今日一日お世話になります♪ 地竜様♪」


「……ああ。頼むよ……エイ」


 朝から疲れきった様子の地竜に、エイが問い掛ける。


「どうかなさいましたか? 地竜様」


「いや……この調子だと……水竜の所にも連絡行ってない――よなと思って」


「行ってないと思いますよ♪ でも大丈夫です!」


 エイは箒を手に、ニコニコと笑い、


「水竜様、私の事は心配しないので、心配ありません!」


「……それはそれで色々問題があると思うんだけど……」


「大丈夫です! いつもの事ですから♪」


「…………」


「それで……地竜様。私は何をすれば良いですか?」


「……そう……だな。取り敢えず……茶を頼む」


「はい♪ 分かりました♪」


 エイはパタパタと走って行き――


「地竜様~! キッチンこっちでいいんですよね?」


「ああ――反対反対。そっちじゃなくて、あっち」


「あっ、すみません! 家と勝手が違うモノで!」


 キキーッ! っと、ブレーキを掛けて、エイは今度こそキッチンの方へ向かっていく。

 その様子を見ながら、地竜はちらと水晶に目をやる。


「……一応、連絡入れとくか」


 と、地竜は再び水晶に魔力を込め始めた……


     ◆◇◆◇◆


 その日。

 朝はやたら静かだった。

 その静けさは不自然ですらあった。いつも騒がしい訳では無いが、自分の僕がちょろちょろ動き回っていると気配で分かる。

 しかし――今日は“それ”が無かった。


「…………」


「…………」


 水竜は自室から出て――最初に目にした者と視線を交える。

 何度か瞬きしてから、見直して見るが、“そこ”にエイの姿は無く――……


「……えーと……」


 水竜は軽く頭を掻きながら、


「何でお前がここに居る?」


「……分かりません」


 静かに――だがきっぱりと答えてくるフィリーに、水竜は嘆息した。


「……風竜の残留魔力を感じるな」


「え?」


 フィリーが疑問符を浮かべていると――……


「――ん。フィリー。ちょっとそこで待ってろ」


「はい」


 そう言い残して、水竜は自室に戻る。

 そこにある水鏡に映っていたのは。


「地竜」


『――水竜。そっちにフィリーが行ってるだろ』


「ああ。来てる。どうも風竜に飛ばされたっぽいな」


『相変わらずの魔力感知で説明の手間が省けるよ』


「何でこっちにフィリーを寄越した?」


『まあ……風竜的には、それが一番適任だと思ったからだろう』


 その言葉に水竜は首を傾げ、


「適任?」


『風竜が言うには……たまには他の主に仕えてみた方が僕達の勉強になって良いだろうって事らしくて。こっちも、朝からエイが来てる』


「……そっちに行ってんのか」


 水竜が半眼になって呻いた瞬間、


『地竜様~♪ お茶入りました~♪ あっ! 水竜様! おはよう御座いま……』


「ああ。そっちに行ってて良かった」


『水竜様ぁぁぁぁっ!?』


『……まあ、そういう事なんで……今日一日、フィリーを頼む』



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