思い付きお茶会 2
「このタルト美味しい」
「お茶も良い香り……」
「ホント? 良かった~♪」
漸く茶会らしくなってきて、エイは嬉しそうに笑っている。
茶を飲みながら、バランが呟く。
「――こうしてみると、風竜様のお言葉の意味もよく分かる気がするな」
「そうね。食物で私達が満たされる事は無いけれど、精神的な充足感は得られるわよね」
「地竜様にも、帰ったら何か作って差し上げないと……」
「フィリーは地竜様の事、大好きだもんねぇ♪」
「だっ! だだだっ……大好きだなんて! そんなんじゃ……!」
「おわっ!? 危なっ……!」
何かと地竜を気に掛けるフィリーに、エイが何気なく放った一言。その瞬間、顔を紅潮させたフィリーの拳がバラン目掛けて飛ぶ。
バランは、すんでのところでそれをかわしたが……
「あ……ごめん。バラン。大丈夫?」
「あっ……ああ。まあ、何とか……」
「ちょっとフィリー! 気を付けなさいよ! 貴女の出鱈目な拳がバランに当たったらどうするの!?」
「ご……ごめんなさい」
フィリーは地の精霊で、一見大人しそうに見えるが、四大精霊の中で一番の怪力の持ち主だった。
その力は拳どころか、料理用のお玉でさえ、岩をも砕く凶悪な武器になる。
怒りで興奮気味のクレアを、バランとエイが宥める。
「大丈夫だよ。クレア」
「そうそう♪ 落ち着いて♪」
「落ち着いてられますか。フィリーの力は知ってるでしょ? フィリーは地竜様から武術の手解きを受けてないから型も無いし、どこから攻撃して来るか分からないんだから!」
「……そういう所はクレアにもあるぞ」
バシッ! と、今度は狙い澄ましたような鋭い拳がバランを襲う――が、これは受け止め、
「ほらな」
「……貴方が余計な事言うからでしょう?」
「あれ? 今、体術の訓練してるんだっけ?」
いつの間にか、バランとクレアの蹴りや拳の応戦になると、エイがぽつりと呟く。
「お茶会なんだから、喧嘩は止そうよぉ。私、体術は得意じゃないし」
「あ……どうしよう。私のせい?」
おろおろと狼狽えるフィリーに、エイは苦笑混じりにかぶりを振り、
「フィリーのせいじゃないよ。あの二人が勝手に始めちゃっただけだし」
言って、エイはいつも手にしている箒を手に取ると、かぽっと先っぽと柄を分けた。すると、箒は鋭い穂先の槍へと変わる。
エイはその槍をくるくると回し、
「はいはい♪ そこまで、そこまで~♪」
エイは隙を見て、二人の間に槍を投げつけた。エイの放った槍はバランとクレアの間に突き刺さる。
「!」
間に割って入った文字通りの“横槍”に、クレアが声をあげた。
「エイ!」
「二人の決着が着くの待ってたら、お茶が冷めちゃうでしょ~?」
エイは、何か言いたげなクレアの声をさらっと流す。
タルトの乗った皿とカップを手に、
「今日はお茶会♪」
「…………」
「それに、そんなに騒いでたら水竜様が起きちゃう」
「あ……」
「水竜様も、風竜様程じゃないけど地獄耳……」
刹那。
――ごっ。
「誰が地獄耳だ」
「す……水竜様……痛い……です……」
「だろうな」
思い切り頭上に落ちてきた踵に、エイは涙目になりながら呻く。振り向くと、明らかに不機嫌そうな顔をした水竜の姿があった。
水竜は、大きく溜め息をついて、
「お前ら……静かにしろって言っただろうが」
「水竜様!」
「も……申し訳御座いませんっ!」
「……いいけどよ。訓練なら余所でやれ」
「は……はい」
立ち去って行く水竜の背中を見送って、僕同士顔を見合わせる。
「早く片付けちゃおうか」
「あっ、待って。私、まだタルト一口しか食べてない」
「俺もこのハーブティー。おかわり貰いたいな」
「じゃあ、淹れ直してくるね♪ 水竜様もお目覚めなら、お茶をお持ちしなきゃいけないし♪」
改めての改めて。
“お茶会”らしく、雑談に戻る。
「……そう言えば気になってたんだけど……」
「何? バラン」
「いや……先日、“神の心臓”が見付かったって話……」
「ああ! あれねぇ……あれ? バランのとこには連絡いかなかった?」
「あれあれ」と連発するエイに苦笑しながら、
「いや。昨日……地竜様から」
「何で昨日? 見付かってからもう結構経つよ? そして何で火竜様じゃないの?」
「『めんどくさかったから』だそうで……昨日なのは遺跡調査から戻って来たのが昨日だから」
「あらまあ。相変わらずバランは大変だねぇ……」
「まあ……いつもの事だけど。で――エイは会った事あるんだろ?」
「あるよ~」
エイはバランのカップにハーブティーを注ぎながら、
「でも、黒竜様が来ると家が壊されるから修復が大変なんだよねぇ……」
「……“黒竜様”?」
バランが訊くと、エイは頷く。
「そう。“神の心臓”を持つあの方は、事実上、四聖竜と同等の扱いになるから」
「……でも、一介の竜族であるブラックドラゴンに“心臓”を持たせたままで大丈夫なの?」
今度訊いてきたのはクレアだった。
これにも、エイは頷いてやり、
「今のところはね。まあ、地竜様も色々とお考えがあるようだったし……大丈夫なんじゃないかな。黒竜様の機嫌さえ損ねなければ」
「でも……四聖竜と同等なんて……」
「実力は天竜様に匹敵するって地竜様は仰ってたよ♪」
「天竜様に!?」
「……そりゃ“様”扱いになる訳だ……まあ、“神の心臓”は強大な魔力を秘めているからなぁ」
「それを抜きにしても、四聖竜に匹敵する魔力は持ってるって。だから暫くは様子見らしいよ♪」
「様子見……か」
「まだ子竜らしいし」
「でも食欲だけはしっかり一人前で、胃袋ブラックホールなんじゃないの? ってくらいよく食べるよ~♪ まあ、作り甲斐はあるけどねぇ♪」
「…………」
ニコニコと笑顔を浮かべるエイに、一同は嘆息する。
それから、程なくして粗方皿の上とカップが空になった頃――
「……さて。あまり長居しても、また水竜様にご迷惑をお掛けするかもしれないし……俺はこの辺で失礼するよ」
「……そうね。私も風竜様が心配だし……帰るわ」
「じゃあ……私も……」
「そう? 残念~」
お開きの雰囲気が漂い、エイは残念そうに俯く。
バランは微笑み、
「美味しかった。またこういう機会があると良いな」
「――そうね。たまには悪く無いわね」
「また遊びに来てね♪」
「勿論」
ふわり……と、空間転移の光がバランの身体を包む。
バランは軽く手を振り、
「じゃあ、また」
「うん♪ 気を付けてね~♪」
「じゃあね。エイ」
「またね」
「今度は“女子会”って言うのも良さそうだね~♪」
「……そうね。機会があれば……ね」
フィリーとクレアも姿を消すと、後にはエイだけが残される。
全員を見送って、エイはよしっと気合いを入れ直す。
「……さてと。後片付けしなくちゃ!」
◆◇◆◇◆
「火竜様。只今戻りました」
「……あら。バラン。もう帰って来たの。もう少し遊んで来たら良かったのに」
ソファーの上でゴロゴロしている火竜に向けて、バランはかぶりを振る。
「そう言う訳にもまいりませんでしょう。あまり長居しては、水竜様にご迷惑が掛かっ……」
「水竜!」
バランの声は遮り、火竜はがばと飛び起きる。
「……火竜様?」
「そうよ! あんたが水竜の所に居れば、あんたを迎えに来たって大義名分が立って、堂々と水竜に会いに行けるじゃない!」
「……火竜様……」
バランの呻きは無視して、火竜はさっと外を指差す。
「バラン。もっかい行ってきなさい」
「嫌です」
キッパリと言い切って、バランはさっさと自室に戻った。
◆◇◆◇◆
「地竜様!」
「んっ? ああ、フィリー。お帰り」
「はい。只今戻りました」
地竜は読んでいた本を閉じて、フィリーを出迎える。
「茶会はどうだった?」
「はい。とても楽しかったです」
「そうか。それは良かった」
「……また……お休みになられていなかったのですね」
フィリーは積み上げられた書物を見て溜め息をつく。
すると、地竜は笑う。
「別に無理はしてないよ。少し調べておきたい事があっただけだから……でも……そうだな」
地竜は手にしていた本を棚に戻し、
「今日はゆっくりフィリーの話を聞いて少し気を抜こうか。根の詰め過ぎは良くないから」
「地竜様!」
フィリーは、ぱぁっと表情を明るくし、
「では、お茶を淹れて来ますね。エイからとても香りの良い茶葉を分けて貰ったんです」
「へぇ。それは楽しみだな」
茶を淹れながら、フィリーは「やっぱりこの方の傍に居られるのが一番幸せだな」と思うのだった。
◆◇◆◇◆
「風竜様。只今戻りました」
「クレア。お帰りなさい♪」
まるでクレアが戻る事を予知でもしていたかのように、風竜はクレアを出迎えた。
「お茶会。楽しめた?」
「ええと……あの。はい」
「そう。良かった♪」
「あの、風竜様……」
「たまには貴女達も親睦を深める事が必要だものね♪」
「はい。それは……そうなのですが……」
「で、今度は“女子会”とか言うのを考えてるんでしょう? 私も行って良いかしら?」
「……はい。勿論です」
「楽しみね♪ いつにしましょう?」
「…………」
クレアは無言で溜め息をついた。
聞いては貰えないだろうが――念の為言っておく。
「風竜様。突発的な行動は控えて下さい。今日も水竜様にはご迷惑をお掛けしてしまいましたから」
「――そう。分かったわ。水竜にはまたお礼を言っておくわね」
「えっ? あ……はい」
珍しく耳を傾けてくれた――と思っていたら。
「私が『人の忠言に耳を傾ける訳がない』って思われたままでも困るものね」
「…………」
聞かれてた。
「あの……くれぐれも水竜様と揉めたりはしないで下さいね?」
「分かってるわよ♪」
クレアは、うふふ。と笑う自分の主に改めて底知れぬ恐怖を覚えるのだった……




