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黒い竜の物語  作者: 緋翠
30/63

思い付きお茶会 1

 

 それは、いつものように主の思い付きから始まった。


「そうだわ。クレア」


「はい?」


 呼ばれて――風竜の(しもべ)である、風の精霊クレアは振り返る。


「貴女もお茶会に行って来たらどうかしら?」


「お茶会……ですか? 一体誰と……」


 クレアが言い終える前に、風竜はにこやかに告げてきた。


「貴女とバラン。それとフィリーとエイ。(しもべ)四人でお茶会を開くの。きっと楽しいと思うわ♪」


 それを聞いた瞬間、クレアは何故、風竜がそんな提案をしてきたのか悟る。

 “神の心臓”が見付かったと地竜から連絡があって、数千年振りに四聖竜全員が顔を揃えた日。あの日、風竜は話し合いから戻って真面目な話もしていたが、最終的に「久し振りに皆とお茶が出来て楽しかった」という話に落ち着いた。

 だから、僕達にもそんな機会を与えようと思い付いたのだろう。

 四聖竜には、それぞれ自身を守護する精霊が僕として付き従っている。

 地竜には地の精霊フィリー。火竜には火の精霊バラン。水竜には水の精霊エイ。そして、風竜には風の精霊クレア。

 だが、それに仕える僕達も、四人が顔を揃える機会はあまり無い。

 しかも、僕を全員揃えるという事は、当然、他の聖竜達から僕を借りる事になる。

 僕は、あくまでも主を護る為の存在だ。必要に迫られない限り、他の聖竜の護りを薄くしてまで四人全員を揃える理由は無い。

 いくら昔より争いが減って、四聖竜に余力が出来たといってもだ。

 クレアは一切表情を変えず、風竜に進言する。


「……お言葉ですが風竜様。それは他の聖竜方にご迷惑が……」


「話は私から通しておくから♪ 貴女達もたまには息抜きが必要よ♪」


「…………」


 風竜の笑顔を見ながら、クレアは無言で溜め息をついた。

 主が自分の話を最後まで聞いてくれた事は数える程しか無い。

 そして、主の命には逆らえない。

 風竜の中で既に決まっている事を変える術など、クレアは持たなかった。

 ただ静かに頭を垂れる。


「――……分かりました」


     ◆◇◆◇◆


「――という訳で、今日はよろしくね♪ 水竜♪」


「…………」


 水竜はこめかみに人差し指を当て、


「……だから……」


 思い切り叫ぶ。


「何で俺ん家を溜まり場にすんだ!?」


 すると、風竜はひどくあっさりと言ってきた。


「だって、私の住んでる谷はお茶会向けの場所じゃないし、火竜の火山も、砂漠の地下にある地竜の神殿もちょっと味気ない感じしない? その点、ここは自然も豊かだし景色も綺麗だし。お茶会には打って付けだと思うの♪」


「……あのな。ここはあくまでも俺の魔力を高める場所として最適だから選んだんであって、そんな下らねぇ事する為に選んだ訳じゃ……」


「それじゃあ、よろしくね♪」


「最後まで聞けっ!」


 風竜は一陣の風を残して去って行った。

 そして……


「あの……水竜様。申し訳御座いません。風竜様にも忠言はしたのですが……」


 と、申し訳無さそうに、クレアは頭を下げる。


「…………」


 水竜は目を閉じた。

 軽く頭を掻き、


「……あいつが人の忠言に耳傾ける訳ねぇからな。まあ、騒がしくしなけりゃ好きにすればいい」


「水竜様……有り難う御座います」


「エイ」


「はい! 水竜様!」


「せっかく遠方から出向いて来てんだ。連中に茶の一つも出してやれ」


「分かりました♪」


「俺は部屋で寝る」


「はい♪ お休みなさいませ。水竜様」


 それだけ言うと、水竜は神殿の奥に引っ込んで行く。

 エイはくるりと振り返り、


「じゃあ、今日はお外でお茶会だねぇ♪」


「……嬉しそうだな。エイは。水竜様には後で改めて、お礼とお詫びの言葉の一つも入れておかないと」


「そうね……私達のせいで大変なご迷惑をおかけしている訳だし」


「……なんて言うか……本当にごめんなさい。地竜様にも火竜様にも後でお詫びしておかないと……風竜様は一度言い出した事はまず実行に移される方だから……」


 心底、申し訳無さそうにするクレアに、バランはぱたぱたと手を振る。


「ああ。火竜様の事は気にしないで構わないよ。クレア。あの方は、たまにはきちんと自分の役目を果たして頂かないといけないと思っていたから丁度良い機会だよ。何やら地竜様からも釘を刺されたみたいだし」


 それで、「茶会でもなんにでも行ってこい」と叩き出された――と、バランは笑う。


「ああいう時の火竜様はきちんと役目を真っ当されるから、俺は逆に助かったと思ってるよ」


「バラン……」


「……私はバランとは逆だわ。地竜様は働き過ぎなくらいで……ちっともお休みにならないから心配で……『たまにはゆっくりして来たらいい』なんて言って下さったけれど……」


 フィリーは胸元に手を当て、今すぐにでも飛んで帰りたいといった風情だった。


「フィリー……」


「地竜様は時々、火竜様の浄化も引き受けてしまうから……」


「……なんか……悪い」


 居た堪れなくなって、バランは思わずフィリーに頭を下げる。


「俺も出来る限り尽力してはいるんだけど……」


「……別にバランを責めてる訳じゃないのよ?」


「いやでも……主を諫められないのは俺の責任だから」


「……だったら、私にも責任があるわね。風竜様の気紛れに皆を巻き込んでしまったのだから」


「クレア」


 僕同士の間で暗く、重い雰囲気が漂い始めた頃。


「まあまあまあまあ♪ なんにせよ、私達の主が用意してくれた場。責任の有無を問い質して時間を無為にしてしまうよりも、楽しく行こうよ♪」


「エイ!」


「せっかくのお茶会なんだから♪ 楽しんで行ってねぇ♪」


 いつの間にか、テーブルも椅子も用意され、エイがお茶を運んで来ていた。


「じゃ~ん♪ 今日は採れたて新鮮っ♪ フルーツタルトにしてみたよぉ♪」


「…………」


 バラン、クレア、フィリーは互いの顔を見比べる。

 そして、


「そう……だな。せっかくの機会を無駄するのは馬鹿馬鹿しい。それこそ水竜様にも地竜様にも申し訳無い」


「そうね。せっかくだから……頂きましょうか」


「ありがとう。エイ」


「ん? なんかよく分からないけど、どう致しまして♪」


 タルトを切り分けながら、エイは笑顔で答えた。


「それにしても……すまないな。エイ」


「何が?」


 カップにお茶を注ぎながら、エイが首を傾げる。

 バランは頬を掻き、


「いや……何も手伝わなくて。テーブルとか一人で運び出すの大変だったんじゃないか?」


「そうよ! 私達、椅子の一つも運んでないわ!」


 はたと気付いて、クレアも声をあげる。

 すると、エイは気にした様子もなく笑い、


「へーき♪ へーき♪ 今日は皆“お客様”なんだから♪ おもてなしするのは当然だよぉ♪ それに、そんなの気にしだしたらまた楽しくなくなっちゃうでしょ~?」


 香りの良いハーブティーが注がれたカップを差し出し、


「今日は皆揃っての初めてのお茶会なんだから♪ 楽しまないと勿体無いよ♪」


 ニコニコと笑顔を絶やさないエイに、バランは、はぁぁ……と溜め息をつく。


「……エイは凄いな」


「凄い?」


「何があってもいつも笑顔でさ。周りを明るくさせてくれる。それはなかなか出来る事じゃない」


「そうかなぁ? 私は普通にしてるだけなんだけど」


「それが凄いんだよ」


「私は、バランやクレアやフィリーの方が凄いと思うけどなぁ」


『えっ?』


 三人は同時に声をあげる。

 エイは笑いながら、


「だって、バランとクレアは文武両道。修復の難しい遺跡の調査やモンスター討伐なんかも任されてるでしょ? フィリーは多忙で留守がちな地竜様の代わりを務めてる」


 エイは一度、ハーブティーを口に含んでから、


「でも、私は水竜様の身の回りのお世話をするくらいしか出来ないから。水竜様は、ああ見えて真面目な所もあって、自分の役目はきっちり真っ当されるから……私は出来る事がなくて……自分の力も巧くコントロール出来ないし。私は皆の方が羨ましいなぁ♪」


「…………」


 自分達がそんなふうに見られていたとは知らず、バランとフィリーが言葉を失っていると――


「……私は……エイだって充分凄いと思うわ」


「うん?」


 カップを手にしたクレアが珍しく微笑んだ。


「だって、こんなに香りの良いお茶は淹れられるし、料理だって私達の中で一番上手じゃない。風竜様がよく仰っていたわ。『私達には趣味や楽しみを持つ時間があまり無いけれど、美味しい物を口にする瞬間は幸せ』って。水竜様はエイの料理に救われてるんじゃないかしら」


「どうだろう? 『悪くは無い』とは言って下さいますけどね♪」


「……『美味しい』とは言わないんだ」


「あの方に『美味しい』って言わせるのは不可能だと思うよ♪ 他の聖竜方と違って相当ひねくれてるから♪」


 にこやかに主を貶すエイに、バランは遠い目をして、


「……ああ。そういう感じでいつも酷い目に遭わされてるんだな」


「うん♪ いつも『一言多い』とか『余計な事言うな』って殴られる♪」


「……そこは改めた方が良いんじゃないかしら……」


「気を付けてはいるんだけどねぇ……不思議と怒られるのぉ♪」


「…………」


 不思議でも何でも無いが、本気で気付いていないらしいエイに掛ける言葉も無い。

 取り敢えず――……


「……じゃあ……もっと気を付けた方が良いな」


「そうだねぇ♪ 気を付ける~♪ 水竜様、情けも容赦も手加減も無いから♪」


 それを聞いた瞬間、バランは「ああ。気を付けるのは無理だな」と確信した。



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