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黒い竜の物語  作者: 緋翠
3/63

来訪者 1

 

 夜明け前。

 まだ薄暗いその部屋の扉が、勢いよく開け放たれた。


「黒竜っ!」


 扉の向こうから、女が慌てた様子で部屋に駆け込んで来た。


「黒竜! ちょいと起きとくれよっ!」


「……ん~……何だよ。こんな時間に……夜這い?」


「バカな事言ってんじゃないよっ! ほら、起きて!」


 女はベッドに近寄ると、布団を剥いで黒竜の体を無理矢理起こす。


「だから……何だよぉ……一体……」


 目を擦りながら上体を起こした黒竜は、突然パッと立ち上がる。


「……これは……」


 女は、不安げな表情で口を開いた。


「なんだか街に見馴れない男が来てさ……あちこち壊して回ってるんだよ」


 黒竜はベッドから跳ね降り、窓辺へと駆け寄る。

 窓の外を見ると、真っ白な炎が燃え盛り、街を照らし出していた。


「…………」


「このままじゃ、街が全部焼けちまうよ」


 女の言葉を聞きながら、黙って街を見詰めていた黒竜の目の前で、巨大な炎の柱が立ち上がる。


「……あそこか……」


 小さく呟いて、黒竜は窓を開け放つ。

 窓枠に足を掛けると、肩越しに女を見やり、


「おばちゃんはここに居な。外に出ちゃダメだぞ」


 言われて、女は黒竜の背に声を掛ける。


「あ……アンタはどうするんだい!?」


 すると、黒竜は笑顔で答えた。


「もちろん。悪者を懲らしめに行くんだよ♪」


 そう言って、黒竜は窓から飛び降りた。



 真っ直ぐ炎の立ち上った場所へ向かう黒竜。

 目的地に着くと、見馴れぬ男が一人立っていた。

 白銀の髪に、紫色の瞳。手には長大な剣が握られている。

 その男がこちらに気付き、視線を黒竜に向けた。


『……やっと出てきたか……』


「俺様一人呼び出すのに、えらくまぁ手荒なマネするねぇ」


 淡々とした口調の男に、黒竜は呆れたようにぼやく。


「もちっと普通の呼び出し方は出来ないもん?」


 民家には人気(ひとけ)が無くなっている。

 この辺りの住民は、みな避難したらしい。


『……私が何者か……何をしに来たか……分かっているのだろう?』


 男はそう言って、長大な剣を構えた。

 黒竜は自然体でその男を見る。


『私はホワイトドラゴン・ジェクス。ブラックドラゴン・黒竜。貴様の命……貰い受ける』


 こちらに向かって駆け出して来る男――ジェクスを見据え、黒竜も巨大な斧を構える。

 刹那。

 鋭い金属音が響き、二人の間に火花が散った。

 ジェクスの剣を受けながら、黒竜が口を開く。


「だぁ~からさぁ……ずぅ~と前から言ってんだろ? アンタらと殺り合う気は無いんだってば」


『貴様にそのつもりがあろうとなかろうと関係無い……それと――……』


 ジェクスは剣に力を込めながら、


『……その喋り方をやめろ』


 黒竜が今話している言葉は人間の言葉で、竜族であるジェクスには少々聞き取り辛い。

 黒竜は剣の衝撃を受け流し、後方へ飛び退く。

 深々と嘆息し、


『……どーせこっちの話は聞く耳持たないクセに』


『貴様の話など聞くつもりは無いが、ごちゃごちゃと言われるのも気分が悪い』


 ジェクスの手に純白の光が灯る。

 それを見た黒竜の手にも光が収束していく。

 すべてを飲み込む様な漆黒の光――

 二人は、ほぼ同時に魔力を解き放った。

 破壊の為に放たれた力と、それを打ち消す為に放たれた力とがぶつかり、巨大な光の渦を生み出す。

 その光は一瞬で消えた。

 破壊の魔力は打ち消され、後に残ったのは優しく頬を撫でる風。

 黒竜は髪をかき上げながら、


『……何も無いトコなら良いけどさ。一応、人もいる事だし……あんま物騒な術は使わない方が良いと思わねぇ?』


『人間に気を遣って力が振るえぬと……そういう訳か?』


『別に気ぃ遣ってる訳じゃないけど。無関係の連中を巻き込むのは、どーにも気が引けて……』


 黒竜はちらと背後に目をやる。

 この騒ぎで逃げたはずの住民が、いつの間にか建物の陰に隠れ、こちらの様子を窺っている。


『見物人も居るみたいだし……ここはひとつ、場所変えてゆっくり話し合いませんかね?』


『貴様の話は聞かぬと言ったはずだ……貴様が人間に遠慮して力が振るえぬというなら好都合。ここで倒させてもらう』


『やれやれ……』


 黒竜は短く息を吐く。


『一応、言っといてやるけど。場所変えようってのはアンタの為でもあるんだからな』


『……何?』


 怪訝な表情のジェクスに、黒竜は不敵な笑みを浮かべてみせた。


『ここでやると逃げ道無くなるからさ』


『……逃げ道だと?』


『俺様、同族は殺さないと決めてるんで』


『言っている言葉の意味が分からんな』


 再び構え直すジェクスに、黒竜はにこやかに告げる。


『まぁ、すぐ分かる♪』


 黒竜は黒い玉を掌の上で踊らせる。

 斧は既に仕舞って、手ぶらになっていた。

 ジェクスの放った白銀の閃光が黒竜を襲う。

 黒竜は、すかさず魔力で術の軌道を逸らす。

 そして、ジェクスの頭上を軽く跳躍し――先程いた場所から十メートルは離れた位置に着地した。

 黒竜とジェクスの位置が入れ替わる。


『……何故攻撃してこない』


 冷ややかな声音で問い掛けてくるジェクスに、黒竜は事も無げに答える。


『だから言ってんだろ? アンタらと殺り合う気は無いって。後、そっち側に居るとアンタの術が見物人を巻き込むからさ』


『……そうか。ならば――』


 言葉を切ったジェクスの姿が突然歪みだす。

 数秒後、彼の姿は変わっていた。

 純白の鱗が輝く巨大な竜の姿に。


「うっ……うわぁぁぁぁっ!」


「ド……ドラゴンが……なんでこんな所に!?」


 黒竜は悲鳴をあげて逃げ出す街の住民を見て、その後ゆっくりと視線をジェクスに移す。


『そのナリで力使われると、さすがにちょっと困るんだけど』


 と、まったく緊張感の無い口調で黒竜。

 ジェクスは構わず強大な魔力を編み上げる。

 黒竜は無言で溜め息をついた。

 ジェクスの放った閃光が辺り一帯を爆砕する。

 黒竜は空高く舞い上がり、その光をかわす。


『……ふぅ。やる事がメチャクチャだなぁ……って、まあ人の事ぁ言えないけど』


 見下ろすと、先程自分の居た場所は見事に平らになっていた。

 ジェクスが再び光を集め出す。

 それに合わせて、黒竜も意識を集中させた。

 ジェクスが光を放ち――同時に黒竜も黒球を放つ。

 黒竜の放った黒球は、ジェクスの光を貫く。


『何っ!?』


 ジェクスは思わず呻いた。

 彼の放った光は呆気なく消え去り、黒球はジェクスの身体を撃ち抜く。


『!』


 ジェクスは僅かに後退した。

 暫しの沈黙。


『……何だ? 何も起こらな……うっ!?』


 瞬間。

 ジェクスの身体は、何の前触れもなく人の形に戻る。


『な……何だ!? これは!?』


 ジェクスは意識を集中させるが、魔力をまるで感じない。

 黒竜を睨み付け、ジェクスが叫ぶ。


『貴様っ! 一体何をした!?』


 それを聞いて、黒竜は意地の悪そうな笑みを浮かべ、


『あっれ~? 俺様の話は聞かないんじゃなかったっけ~?』


『……くっ』


『ああ。まあでも俺様は心が広いから話してやっても良いぞ♪』


 黒竜は自らの左腕を指差す。


『腕、見てみ? あ、自分のな』


『…………』


 ジェクスは黒竜の動きを警戒しながら――言われた通り左腕を見やる。

 そこには……


『…………!? これは!?』


 彼の左腕には、何やら複雑な紋様が刻まれていた。

 ジェクスは黒竜を見る。

 その視線に合わせて、黒竜は口を開いた。


『呪術文字。呪力の込められた文字を身体に刻み込む事で、相手に直接呪いを与える。その文字に込められた呪力は“封魔”。その文字が消えない限りアンタは魔法を使えない』


『……なん……だと?』


『ついでに、それは俺様にしか消せない。洗っても、削っても、腕切り落としても無駄なので悪しからず♪』


『――――!』


 黒竜はポンと手を打ち付け加えた。


『ああ。後はアンタが死んだら消えるかな。意味無いけど』


 ジェクスは、剣を握る手に力を込める。


『……まだ……この呪力を解く方法はあるだろう』


 黒竜は目を眇めた。

 ジェクスは剣を振り上げ、黒竜の方へ駆け出す。


『術者が死ねば呪力も消える筈だ!』


『ま……そりゃそうなんだけど』


『貴様の首など、この剣で斬り落として……!』


 ジェクスの剣が黒竜に振り下ろされる――瞬間。

 ジェクスは突然倒れた。

 うつ伏せの状態で、なんとか顔だけ持ち上げる。

 それ以外の動きは出来ない。


『ど……どうなっているんだ……』


 それに答えるように、黒竜はにっこりと笑った。


『あのね~? こう見えて、俺様ってば結構勉強熱心でね? 日々いろぉ~んな術を研究してるんだよ』


 大仰に手を広げて、


『例えば、複合術。二つ以上の術を掛け合わせて、新しい術を生み出す……複雑な術の組み合わせはなかなか上手くいかないんだけどさ』


『……何が言いたい』


 ジェクスは苛立たしげに、黒竜を睨み付ける。


『まあ、早い話がさっきの呪術も複合術。その術に秘められたもう一つの効果は“束縛”。俺様の意に反する行動は一切取れない』


『何っ!?』


 黒竜は人差し指を左右に振りながら、


『つ・ま・り――俺様が望まない限り、アンタはこの首を斬り落とすどころか、俺様に指一本触れるコトすら出来ないってワケだ♪』



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