真実との邂逅 2
「……うるせぇな。てめぇみたいなのと関わり合いになりたくねぇからだよ!」
そう言いつつ、水竜は気付いていた。
先程、このブラックドラゴンの魔力に触れた瞬間に。
この竜こそが、自分達が捜していた者だという事に。
水竜は頭を掻きながら、
「……関わり合いになりたかねぇが……」
一瞬、黒竜の顔を見て――深い溜め息をつく。
「なんだよう。人の顔見て溜め息ついて」
黒竜の言葉は無視して、水竜はエイに手招きする。
「……なんでもいい。こいつをここに留めとけ」
「はい。分かりました」
水竜はそのまま踵を返す。
「あっ! どこ行くんだよ!?」
「まあまあ。水竜様はああ見えてお忙しい方なので……それよりお茶にしませんか? 美味しいケーキご用意しますよ♪」
「えっ? ケーキ?」
黒竜の興味は、一瞬で水竜からケーキに移った。
◆◇◆◇◆
水竜は自室に戻ると、水鏡に手を触れさせる。
これに魔力を通す事で、離れた仲間とも連絡が取れた。
水竜は、鏡の向こうに映る者に話し掛けた。
「……よう。地竜」
『水竜!? なんだ? お前が繋げて来るなんて珍しい』
「別に好きで繋げてんじゃねぇよ」
地竜は一瞬驚いたが、すぐ平静に戻り、
『――で、一体何の用だ?』
水竜は一拍置いて、口を開く。
「……見付かったぜ。アレ」
『アレって……』
何の事か分からないというふうの地竜に、水竜は短く告げた。
「心臓」
『なっ……!?』
地竜は一瞬、言葉を失った。
信じられない思いで、言葉を吐き出す。
『本当……なのか? それは……』
「ああ。間違いねぇ」
地竜は小さく息を吐く。
『――……そうか。で、どこで見付けて来たんだ?』
地竜が問い掛けると、水竜は憮然とした面持ちで答える。
「見付けて来たんじゃねぇよ。向こうから勝手に来たんだ」
『……何?』
地竜は眉を顰め、
『まさか……“身体”を取り戻しに……?』
地竜の言葉に、水竜はかぶりを振る。
「違うな。あれは……多分、自我を失っている」
水竜は、黒竜の姿を思い浮かべ、
「今はブラックドラゴンと同化してるようだが……その身体を支配してるのはヤツじゃない」
『……どういう事だ?』
「俺が知るか。兎に角、今すぐ暴れ出す心配は無さそうだが――……」
『そのブラックドラゴンは、今どこに居るんだ?』
水竜の言葉を遮る形で、再び地竜が問い掛ける。
「……あ? 今は家に居るが……」
『そうか……分かった。なら、今からそっちへ向かう』
「なっ!? 別に来んでいい!」
水竜の言葉は無視して、地竜は魔力を断ち――空間転移で移動した。
◆◇◆◇◆
目的地に着いて、地竜は顔をしかめる。
「……なんだ? 何で壁にあんな穴が……」
暫し呆然としていると、目の前の扉が開く。
「あっ! 地竜様!」
「エイ。水竜は居るかい?」
「はい♪ どうぞ、お入り下さい♪」
地竜は歩きながら、エイに訊ねる。
「……ところで、あの壁の穴はどうしたんだ?」
「あれは、さっきブラックドラゴンが侵入して来た時に開けた穴です」
「ブラックドラゴン……」
呪われた邪竜。
破壊と殺戮の象徴として、同族からも怖れられた。
そして――滅んだ一族。
「……来なくていいっつったのに……もう来たのか」
客間の入口に、水竜が立っていた。
壁に凭れ、軽く腕組みしている。
「さっき言ってたブラックドラゴンはどこに居るんだ?」
地竜の問いに、水竜は顎で客間の入口を示す。
地竜がそれに従い、中を覗くと、ベッドの上で大の字になって眠る少年竜の姿があった。
「あの子がそうなのか?」
「……ああ」
「ケーキをたくさん食べてお腹一杯になったら、眠くなったみたいです」
「……そうか。しかし、あれじゃ話が聞けないな」
よく眠っているブラックドラゴンの少年を見て、地竜が呟く。
すると、水竜は吐き捨てた。
「叩き起こせばいいだろが」
「そういう訳にもいかないだろう。相手は一応、子供なんだし」
「何、甘い事言ってんだ」
「……なら、なんでお前は“それ”をしてないんだ?」
「うるせぇな! 俺はあいつが寝てる事にさっき気付いたんだよ!」
「……まあ、それはそうと……」
水竜の言葉は聞き流し、地竜はエイに話し掛ける。
「無理に起こすのも忍びないが……少し話を聞きたい。エイ。すまないが、彼を起こして来てくれないか?」
「はい♪ 分かりました♪」
エイは地竜に言われた通り、客間に入ると、黒竜の許へ向かい、軽く身体を揺らす。
「起きて下さい。貴方とお話ししたいという方が……」
「……ん~……なんだよぉ。俺は眠たいの」
エイに起こされ、僅かに目を開いた少年は、ころりと転がり、再び寝始める。
「ああっ! ちょっと! 寝ないで起きて下さい!」
「…………」
その様子を見ていた水竜は、黙って右腕を突き出す。
「水竜っ!? ちょっと待っ……!」
地竜の制止を無視して、水竜は少年に向けて、強烈な衝撃波を叩き込んだ。
「ちょ……水竜様っ!? 私まだ……」
エイの悲鳴は、炸裂音によってかき消された。
轟音と共に崩れ落ちる壁を見詰め――呆然としていた地竜は、はっと我に返る。
「水竜っ! お前……なんて無茶するんだ!」
怒鳴りつけて来る地竜を見て、水竜は煩そうに顔を背ける。
髪を掻き上げながら、
「……うるせぇな。あれ見ろ」
「……何?」
地竜は、水竜が指差す方へ視線を向けた。
そこには、不機嫌そうに顔を歪める少年竜の姿がある。
少年は半壊した壁の上に座り込んで、怒りをぶつけてきた。
「いきなり何すんだよ!? 寝てただけなのに!」
「うるせぇ! 誰がンな寛いで良いっつった!」
「…………」
地竜は、無言で少年を見据える。
(……水竜の編んだ魔力の効果範囲を読んで、一瞬で範囲外に転移したのか)
地竜は深く息を吐く。
そんな事は不可能に近い。予め、術の完成形が分かっていれば不可能では無いが――当然、少年が水竜の使う術が何か知っていたはずは無い。
ならば、この少年は水竜が魔力を編み始めた瞬間、術の完成形を予測し、転移していた事になる。
水竜の術が完成してから空間転移を行ったのでは間に合わない。
「……とんでもない子供だな」
地竜の呟きを聞いた水竜は低く呻く。
「だから、手加減なんざ要らねぇんだよ」
「……成る程な。それにしても……少し荒っぽ過ぎるぞ」
地竜は、改めて少年の方へ視線を向けると、声を掛けた。
「手荒な真似をしてすまない。危害を加えるつもりは無かったんだが――……」
「んっ!? あんた誰だ!?」
地竜の声を聞き、水竜に文句を言っていた少年がこちらに顔を向ける。
訊かれて、地竜は名乗った。
「俺は地竜。良ければ、君の名前も教えてくれないかな?」
「…………」
少年は壁から下りて、地竜の許へ歩み寄ると、名乗る。
「俺は、ブラックドラゴン・黒竜だ。地竜って言った? あんた、そこの青っ髪と知り合い?」
「……青っ髪……」
黒竜は、水竜を指差し訊ねる。
地竜は眉根を寄せ、曖昧に答えた。
「あー……まあ、知り合いと言えば知り合いだけど……」
「友達?」
「いや。友達では無い」
これには即答する地竜。
「ふ~ん? まあいいや。俺に何か用?」
「うん。君と少し話しがしたくてね」
「どうせなら綺麗で優しそうなお姉さんが良かったけど……」
「…………それはちょっと期待に応えられなくて悪いな」
複雑な表情の地竜を見据え、黒竜が口を開く。
「でも、あんた良い人そうだから、ちょっとくらい話に付き合っても良いよ」
「ありがとう」
地竜が笑顔で返すと、黒竜は瓦礫に埋もれているエイを引っ張り出し、
「なあ。そんな所で寝てないで、お茶淹れて来てくれよ」
瓦礫の下から引っ張り出されたエイは、意識を取り戻す。
「あ……私は……あっ! 水竜様っ!」
意識を取り戻したエイは、パタパタと主の許へ駆け寄り、
「酷いじゃないですか! 私……まだあそこに居たんですよぉ!?」
「……うっせぇな。手加減しただろうが」
水竜がめんどくさそうに応じる。
と――
「お茶まだぁ?」
黒竜が不満そうにぼやく。
「あっ! ちょっと待ってて下さい」
エイは、またパタパタと走って部屋を出て行く。
地竜はそれを見送り――崩れ落ちた壁を見やる。
次いで、水竜に視線を移し、
「……取り敢えず、場所を変えようか。ここじゃ落ち着いて話が出来ない」
「ん。まったくだ」
頷いて、黒竜は早々に部屋を出る。
その言動の一つ一つを確認して、地竜は小さく呟いた。
「……まあ、確かに意識があるようには見えないな」
「どうぞ♪」
部屋を移り、紅茶とケーキを出された黒竜は瞳を輝かせる。
「わ~い♪ いただきまぁ~す♪」
地竜がぼんやりとその光景を眺めていると、ケーキを頬張った黒竜が促す。
「……んれ? 話って何?」
「あ……ああ」
地竜は黒竜の漆黒の瞳を見据え、
「黒竜……君はどこから来たんだ?」
「どこって……」
黒竜はケーキを飲み下し、
「竜界から来たに決まってるだろ?」
「自分の意思で?」
訊かれて、黒竜はもう一口ケーキを口に運ぶ。
フォークをクルクルと回し、
「――今回はね。でも、最初は違うよ。じぃちゃんに飛ばされたんだ」




