真実との邂逅 1
「……ふー。この辺りの水は美味い!」
人間界ではかなり悪名高い盗賊団をあっさり壊滅させた黒竜は、清涼感溢れる小川で水を飲んでいた。
(……あ。そう言えば、人間界っていやぁ……)
あまり思い出したいとも思わない伝説に出て来る古代神と、四人の英雄が最後に戦ったと言われる地である。
“四聖竜”と呼ばれるその者達は、破壊神から世界を救うと、人の世に封じた神の結界を護る為、人間界に住んでいるとされていた。
「……四聖竜……」
黒竜は、小川の水を手で掬い上げる。
この辺りの水が美味い理由は単に、「水が綺麗だから」などという単純な話では無さそうだ。
掬い上げた水から感じるのは――魔力。
水を清め、邪気を払う聖なる力。
それは、この小川の上流の方から強く感じる……
「……この先に“居る”って事――かな?」
人間にとっては単なる伝説でも、竜族である黒竜には単なる伝説では無い。
古代神には太古の昔から迷惑を掛けられてきているのだ。
「――よしっ! ちょっと行ってみっか!」
そう言って、黒竜は魔力の出所を探るべく、小川の上流へと向かった。
「……ふぇ~……デッカい滝だぁ」
魔力の源を辿って行くと、巨大な滝がその行く手を遮る。
「……この上……だな」
魔力が流れて来ているのは。
黒竜は翼を広げると、滝を登るように宙を舞った。
◆◇◆◇◆
「――……ふぁ~。今日も良いお天気ですねぇ♪」
水の精霊エイは、いつものように掃除をしていた。
風が穏やかで心地好い。
と――
「……えっ!?」
いつもと違う気配を感じ、エイは顔をしかめた。
強い力を持った“何か”が、こちらへ向かって来る。
「これは……竜の気配? 強い……闇の力……」
エイは箒を投げ出して、その気配がする方へと向かった。
「……この辺りなんだけど……」
エイは“外界”へと続く滝のすぐ側までやって来て、
「ここへ来るまでには結界が張ってあるし……大丈夫なハズ……」
と、滝下を覗き込むと、勢いよく何かが飛び出して来た。
「きゃっ!?」
驚いたエイは、そのまま尻餅をつく。
「いっ……たたた。何なんですかぁ……? 一体……」
エイがのろのろと立ち上がると、子供の声が響いた。
「おっ? 精霊が居る」
「…………」
声の主を見るなり、エイは言葉を失った。
そして――……譫言のように呟く。
「……ブラック……ドラゴン……」
エイの呟きを聞いて、その少年は目を丸くした。
「へぇ? 分かるんだ。なかなか優秀な精霊だな。ちっちゃいのに」
「ち……ちっちゃ……っ!?」
エイは、一瞬言葉を詰まらせ――やがて激しくかぶりを振ると、びしと少年を指差し、
「あ……貴方の方がちっちゃいし子供っぽいじゃないですか! って言うか子供でしょう!」
「なんだとぅ!? 俺のどこが子供っぽいって言うんだ!」
「見た目も、口調も全てがですっ! 大体、貴方どうやってここまで来たんですか!」
「……どうやってって……普通に飛んで」
「なっ……!?」
少年竜の言葉に、エイは絶句した。
有り得ない。
普通に飛んで来る事など出来る訳が無い。
“ここ”は、エイの主に認められた者しか入る事が出来ない強力な結界で護られている。当然、この少年竜が主に認められている訳が無い。
ならば――……
(……このブラックドラゴンは……水竜様達と同質の力を持っている?)
結界を突きぬけて来られるという事は、つまりそう言う事だろう。
エイは、じりっと後退りすると、そのまま少年竜に背を向けて走り出した。
「あっ!? ちょっと! どこ行くんだよ!」
黒竜は、突然走って逃げ出した精霊の後を追う。
「ちょっと待てよ! どこ行くんだ!?」
「うわ~んっ! 付いて来ないでくださあぁぁい! 水竜様ぁぁぁぁっ! 侵入者がぁぁぁぁっ!」
「……水竜様?」
走って逃げる水の精霊と平行して飛びながら、黒竜は話し掛ける。
「なぁ。ひょっとして、その『水竜様』って、あの四聖竜の一人の?」
「なんで知ってるんですかぁ!」
「いや。家に本があったし。今、お前が言ったし。て言うか、話すなら止まった方が話しやすくね?」
「貴方とお話しするつもりは無いんですぅ!」
「あ」
途中、落ちていた箒を拾い上げ、水の精霊は巨大な湖の中央にある神殿と思しき建物の中へと消えていった。
「…………」
黒竜は翼を仕舞い、地に降り立つ。
神殿までは飛んでいくか、先程の精霊のように水の上を走って行くしか無いようで……橋などは存在しない。
端から、来客を迎えるつもりなどありませんといった風情だ。
「随分と排他的なんだなぁ。四聖竜の『水竜様』ってのは。じゃあ……」
黒竜はぐるっと湖の周りを飛び回って、適当な壁に目を付けると右腕を翳し、
「勝手にお邪魔しまぁ~す♪」
と、壁もろとも、周囲を爆砕させた。
◆◇◆◇◆
大爆発が神殿全体を揺るがす。
パラパラと崩れた破片が落ちてくる。
「…………」
水竜は身体を起こすと、部屋の外へ出て行った。
◆◇◆◇◆
粉砕された壁を見て、エイが悲鳴をあげる。
「ああああっ!? 壁が!? なんて事を!」
「あっ! さっきの精霊!」
黒竜は神殿の中に入り込むと、
「なんで逃げたりしたんだよ! 別に殺したりしないってのに!」
「この状況で言える立場ですか!? 大体、勝手に入って来ないで下さい! ここは立ち入り禁止です!」
「いいじゃん! こんだけ広いんだから! 一部一般解放したって!」
「ここは“外界”にある美術館や娯楽施設なんかとは違うんですよ!?」
「“外界”?」
「ここは、人間界にあって人間界では無い場所の一部です! 本来ならここに辿り着く事すら不可能な場所なんです!」
「でも、普通に入れた」
「だから! それがおかしいと……!」
「――……エイ。もういい。うるさい」
「あ……」
「お?」
神殿の奥から姿を現したのは、青い髪に青い瞳を持った若い男だった。
「何だよ。やっぱり他にも、人いんじゃん」
黒竜は、にっこりと笑って、
「そこの青い髪した、目付きも性格も口も態度も悪そうなお兄さん! ちょっと訊きたい事が――……」
「…………」
男は無言で黒竜に向けて、水の刃を放つ。
「おわっ!? 危ねっ! いきなり何すんだ!?」
「うるせぇ! 何なんだ! てめぇは! いきなり壁ブチ抜いて来やがって!」
「……何怒ってんだよぅ。入れそうな入口が無かったから、“少し”隙間開けただけじゃんか」
黒竜が口を尖らせると、男は更に声を張りあげる。
「どこが“少し”だ! これ直すのにどんだけ手間掛かると思ってんだよ!?」
「直すのはどうせ私ですけどね」
その瞬間。
――ごつっ。
と、エイの頭に拳骨が落ちる。
「……いっ……たぁぁぁぁい……」
「お前は黙ってろ」
「ちょいちょい。いくら色々ちっちゃくても女の子には優しくしてやるのが紳士ってヤツだろ?」
「……うるせぇな。てめぇにゃ関係ねぇ」
「まあ、いいけど――ところでお兄さん。『水竜様』ってのがどこに居るか知らない?」
「……知らねぇな」
黒竜が訊くと、男は即答した。
黒竜は目を眇め、
「……ふぅ~ん? 俺さ。内在魔力を二種類持ってるヤツって初めて見たんだけど」
「……エイ。さっさとそこのガキ摘み出せ」
「は……はいっ!」
男に命じられて、エイは慌てて少年竜の背中を押す。
「あの方をこれ以上怒らせる前に、ここから立ち去って下さい!」
エイに背中を押されながら、黒竜はどこか残念そうに呟いた。
「……ガッカリだなぁ……水の神って聞いてたから凄い美女だと思ってたのに……こんな……」
「!」
黒竜の掌から黒い光の球が生まれる。
黒竜は体の向きを変えると、男目掛けて黒球を投げつけた。
「こんな、目付きも性格も口も態度も悪いヤツだったなんてな!」
「――水竜様ぁぁっ!」
エイが叫ぶ。
男――水竜は、冷静に黒竜の攻撃を見据える。
刹那――
水竜の内在魔力が変化した。
「!」
黒竜は驚いて、目を見開く。
水竜の内在魔力は、水と聖属性。その内の聖属性が、黒竜の持つ闇属性に変化したのだ。
水竜は向かって来る黒球と同じ黒球を放ち――黒竜の魔力を相殺した。
触れた物全てを消滅させる暗黒の玉は霧散する。
その瞬間、水竜の魔力は元に戻った。
水竜は黒竜を睨み付け、
「……んな物騒な術、こんな所で使うんじゃねぇよ」
「…………」
黒竜は暫くの間、ぽかんとしていたが――やがて瞳を輝かせる。
「すっげえな! “属性変換”なんて初めて見た!」
「……あん?」
水竜の言葉は遮り、黒竜は先程より巨大な黒球を作り出す。
「んじゃ、コレも消せる?」
「!」
水竜は一瞬で黒竜との間合いを詰めると、黒竜の腕を掴んで、直接魔力を送り込み、内側からその力を相殺した。
「おおっ?」
「だから……ンなモン使うなって言ってんだろが!」
黒竜の腕を放して、水竜は怒鳴る。
それは無視して、黒竜は声を大にして叫んだ。
「そんな事より! なんで嘘吐くんだよ!」
「……あ?」
「さっき『水竜なんか知らねぇ』って言ったじゃん!」




