旅立ち 4
知り合い――それも身内なら任せて大丈夫だろう。
黒竜がホッと息を漏らした瞬間だった。突然、腕を掴まれ、そのまま引っ張られる。
「えっ?」
見ると、サラが黒竜の腕を掴んで歩き始めた。
「ちょ……どこ行くんだよ?」
黒竜が訊くと、サラは事も無げに答える。
「おばあちゃん家。コクリュウも来て」
「…………」
引っ張られながら、黒竜が呟く。
「……俺は人間じゃないんだぞ?」
「コクリュウは人を食べない……良い魔物なんでしょ? 私、コクリュウにお礼もしてないし」
「礼なんて要らねぇよ。居合わせたのはたまたま……」
黒竜は少女の手を振り払おうとした――が、途中で止めた。
少女の瞳が少し曇っていたからだ。
「……ばあちゃんがビックリして心臓止まっても知らねぇからな」
黒竜がそう言うと、サラは表情を明るくする。そして、先程よりも強く黒竜の腕を引っ張った。
サラに腕を掴まれ、黒竜は引かれるままに歩く。小さな花屋の角を曲がり、細い路地を抜けた先に、その家はあった。
白い壁に白い屋根の小さな家。
庭先には色とりどりの花が植えられている。
ふと視線を向けた先に老婆が一人、花の手入れをしているのが目に入った。
「おばあちゃん!」
サラはその老婆の方へ駆け出す。
「…………! サラ!?」
老婆は少女の姿を見て、驚いたように目を見開く。
サラは老婆に飛び付いた。
「マリアはどうしたんだい? まさか一人でここまで来たんじゃないだろうね?」
「お母さんは居ない。でも一人じゃないよ。コクリュウがここまで連れて来てくれたの」
「……コクリュウ……?」
老婆は、サラの指さす方へ視線を向けた。
そこには黒髪の少年が立っている。
老婆はサラの頭を撫でながら、こちらに問い掛けてきた。
「ボウヤが……コクリュウ……かい?」
「…………」
黒竜は無言で頷く。
「そんな所に立ってないで……中へお入り。今、お茶でも淹れてあげるから」
老婆の言葉に、黒竜は暫し迷ったが――ゆっくりと扉に手を掛けた。
老婆の案内で部屋に通された黒竜は、ソファーに腰を下ろした。
溜め息をつく。
(……なんで俺、こんな所に居なきゃなんないんだ?)
何となく居心地が悪かった。
特に人間嫌いという訳でもないが、あまり関わり合いになりたい訳でもない。
あの少女を助けた時、面倒な事になりそうな予感はあった。
(……お人好し……って事かねぇ……)
思わず苦笑する。
あまり長く関わるのは良くないだろう。
適当に頃合いを見て、退散するのが一番だ。
(ま、このまま姿を暗ますってのもアリだけど……)
今、部屋には自分しかいない。サラは老婆の手伝いで台所に居る。
何より、そこまであの少女を気に掛けてやる必要もない。
知り合いの許へ預ける事が出来ただけで充分だ。
そう思い、黒竜が空間転移をしようとした――その時。
「コクリュウ♪ お茶持ってきたよ♪」
ガチャリと音を立てて扉が開き、サラが顔を出す。
「……あー……ありがと」
黒竜は僅かに肩を落とし、疲れたような声でそう呟いた。
「…………」
黒竜はぼんやりと少女を見詰めていた。
目の前には、サラと彼女の祖母が用意してくれた茶菓子がある。
サラは嬉しそうにそれを頬張っていた。
「…………? コクリュウ……食べないの?」
ふと、気になったのか、サラが訊ねてくる。
「……いや……」
「別に毒なんか入っちゃいないよ」
黒竜が何か言うより先に、老婆が口を開いた。
それを聞いた黒竜は半眼になって呻く。
「……物騒なコトを言うばあちゃんだな」
「……おや? そういう事を警戒して手を付けなかったんじゃないのかい?」
老婆はくすりと笑う。黒竜は軽く溜め息をついた。
手前にあるカップを手に取る。
カップに口を付けながら、
「まぁ……せっかく用意してくれたんだから……頂くよ」
黒竜が軽く紅茶を口に含んだ時だった。
「…………」
「……おい?」
サラがこちらに倒れてきた。
「……ねむたい……」
「えっ……」
彼女は目を擦りながら小さく呟く。
「ああ、疲れてるんだね……サラ。こっちにおいで」
老婆に呼ばれ、サラは老婆の許へ歩み寄る。
「ちょっとこの子を寝かしつけて来るよ。少し待っててもらえるかい?」
「……ああ」
老婆はそう言い残し、サラを連れて部屋を出て行った。
暫くして、老婆が部屋に戻って来る。
「……本当に待っててくれたんだね」
「……ばあちゃんが待ってろって言ったんだろ?」
「まぁ……そうなんだけどね」
笑いながら、老婆は椅子に腰掛けた。
老婆はこちらを見据えながら、
「……さて。まずは孫を助けてくれてありがとう……と、言うべきなんだろうね」
黒竜は頬杖をついた。
「盗賊に襲われて、奴隷商人に売っぱらわれるのを良しとしないなら……それは間違いじゃないかもな」
「……ひねくれた言い方だねぇ……」
老婆は呆れたように嘆息する。
「コクリュウ……と言ったか……アンタ、人の子じゃないね?」
「…………」
黒竜は答えない。
老婆は続けた。
「“竜”……と、その名が示す通りのモノなのかい?」
黒竜は目を閉じると、
「……訊いてどうするんだ?」
「どうもしないよ。少し……そう……興味があってね」
「…………」
「アンタは人間には無い特殊な魔力の波長を持ってる……尤も、それはある程度力のある者にしか分からないが――……」
「……知らない方が良いって事もあるんじゃねぇのか? ばあちゃん」
静かな声音で警告する黒竜に、老婆は苦笑した。
「勘違いしないでおくれよ。別に私はアンタの正体が何であれ……アンタに危害を加えるつもりは無いんだからね」
笑みは崩さぬまま、
「……ただね。少し気になったのさ。魔物は人間に敵意を持つ者が多い……なのに何故、孫を助けてくれたのか……」
黒竜は老婆から顔を背けた。
「……単なる気紛れだよ。居合わせたのは偶然」
「……それでも……孫が救われた事に違いは無いからね。ありがとう」
「……どう致しまして」
黒竜は嘆息混じりに返すと、立ち上がる。
「……俺はもう行く。いつまでもあの娘に構ってなきゃいけない理由は無いからな」
「……そうかい。それは残念だねぇ」
「…………」
老婆が心底残念そうに呟く。
「あんまり余計な事に首突っ込むと、ロクなメに遭わねぇぞ」
黒竜の言葉に老婆は笑う。
「……そうだね。アンタも気を付けな」
それには返さず、黒竜は無言で部屋を出た。
「黒竜……か。まさかこの目で拝めるとは思ってなかったよ……」
黒竜の去った後を老婆は見詰める。
「竜族とは……とんでもない者に助けられたものだね」
◆◇◆◇◆
老婆の家を出て、黒竜は適当に街をぶらついた。
「さぁ~て……これからどこ行こう?」
この世界でやるべき事があるのかどうか――
(……竜界に戻る?)
一瞬、そんな考えが頭を過る――が、黒竜は即座にかぶりを振った。
(今、向こうに戻ったって同じ事だ……出来る事なんて……ない……)
黒竜は足を止める。
(……俺に出来る事……か)
ぼんやりと空を眺めながら考えた。
強大な力を持っていながら、何一つ護る事が出来なかった自分。
そんな自分に出来る事があるのだろうか――
「……ん?」
黒竜は一瞬、思考を止めた。
そして目を閉じ――深々と嘆息する。
「……やれやれ。本気でしつこい連中だなぁ……」
「……漸く追い付いたな」
目の前に現れたのは、例の盗賊達だった。
「おとなしく俺達と来て貰おうか」
「……嫌だって何回も言ったろ?」
黒竜が半眼で呻くと、男はきっぱりと言い放つ。
「お前に選択権は無いとも言ったぜ」
「…………」
黒竜は無言で溜め息をつく。
「街中で派手な術は使えんだろう? 怪我したくなかったら、おとなしく言う事を聞け」
盗賊の言葉に、黒竜は冷静に返した。
「術が使えないのはお互い様だろ? っていうか、ここで騒ぎが起きたら困るのはアンタらの方じゃないのか?」
それなりに悪事を働いてきたであろう盗賊連中。人相も悪い。
そうでなくとも、大の男が寄ってたかって子供を連れ去ろうとしている姿などが人目に触れれば、まず面倒な事になるのは間違い無い。
「……それで俺達を脅しているつもりか?」
「別に脅してるつもりはないけど。でも、穏便に済ませたいんだろ?」
「そうだな。あまり人目を引くような振る舞いはせんで欲しいところだ」
「じゃあ、このまま大人しく引き下がれよ」
「大人しく引き下がる訳にはいかねぇんだよ。頭がお前を連れて来いって言ってるからな」
「……頭?」
何度か平行線の言葉を交わして――黒竜は小首を傾げた。
ピッとシオを指差し、
「頭って……アンタらのリーダーは、そこの塩ってヤツじゃないのか?」
「発音が違うっ!」
すかさず突っ込んできたシオは、やや激しくかぶりを振って、
「……俺達は部下だ。頭の命令でお前をアジトへ連れて行かなけりゃならん」
「頭は狙った獲物を逃さない。大人しくついて来た方が身の為だぞ」
「…………」
黒竜は盗賊連中の話を聞いて、暫し考え込む。
そして――
「悪い事は言わん。俺達と――……」
「分かった。一緒に行く」
「来い――……え?」




