旅立ち 2
黒竜は口元に手を当て、
「要するに……アンタら……盗人ってコト?」
「なんだ。今頃気付いたのか」
「……ふぅ~ん。つぅ事は……悪い人達ってコトだね?」
「まっ、世間一般でいうところの“イイ人”じゃあねぇかもなぁ……」
男がニヤニヤと笑いながら言う。
黒竜はきっぱりと言い切った。
「そうか。だったら尚更付いてく必要ないな」
男は溜め息を吐く。
「……まだ分からねぇのか? ガキ。てめえにゃ選択権はねぇんだよ」
「そっちこそ。ホントに分かってないな。俺がその気になれば、お前ら全員一瞬で消せるってのに」
「ははっ! 出来るモンならやってみろよ。子供の水遊びで俺達全員やれるならな」
言われて――黒竜は不機嫌そうな表情を浮かべた。
「……死にたいってんなら止めやしないけど。後で後悔するなよ」
その呟きと共に、一瞬辺りは強い光に包まれた。
「!」
「なっ……! 何だ!?」
男達が狼狽えた声をあげる。
「落ち着け。こんなただの目暗まし……」
シオが仲間に声を掛けた――その時。
「…………!? 体が……動か……」
「シオ! 足……体が……石に!」
「何っ!?」
シオが足下に視線を向けると、もう腰までが石になっていた。
「石化の術だと……? こんな高位魔法……こんな……こんなガキが……!」
シオは黒竜を睨み付ける。
「今すぐ術を解け! 首へし折るぞ!」
必死の形相で言ってくる彼に、黒竜は気楽な様子で答えた。
「やれって言ったのはアンタらだろ? だからやってみせたのに」
「いいから解け! さもないと……」
シオが黒竜の首に手を掛けた――瞬間。
黒竜の姿がフッ……と消える。
「んなっ……!?」
「魔力も封じてないのに……ただ掴んでるだけで、俺がおとなしくしてると思う?」
背後から、少年の笑い声が響く。
「アンタはちびっと魔力があるみたいだけど――あるだけで、その力の差を判断出来る程じゃあないんだねぇ」
少年はくつくつと笑いながら、
「ま、分かってたらあんな捕まえ方してないだろうけど」
「…………」
既に体の半分以上が石化している。
シオは僅かに首だけを動かした。
「お……お前は……一体……」
彼の問いには答えず、黒竜は固まって動かなくなっている男の肩から、少女を下ろす。
「ケンカ売るならちゃんと相手見ないと……怪我じゃ済まないよ?」
黒竜が言い終えた直後、男達が完全に動きを止めた。
それを見た黒竜は深々と嘆息する。
「……やれやれ。詰まんない連中だな。こ~んな初歩的な幻術に引っ掛かるなんて」
男達の周りをくるりと回り、
「……まぁ、魔力を持たない人間じゃあしょーがないか」
黒竜がそう呟いた時だった。
「……う……ん……」
「ん?」
少女が意識を取り戻したようだ。
黒竜は少女の許へ歩み寄り、声を掛けた。
「気が付いた?」
「……ここドコ……? あなた誰?」
目が覚めた少女は辺りを見回し、黒竜に質問してくる。
黒竜は僅かに視線を上に向け、
「ここがドコかは知らない。俺は黒竜。あー……まぁその……通りすがりの旅人みたいなモンかな?」
「コク……リュウ? 変わった名前。アタシはサラ。ねぇ、どうしてこのおじさん達は動かないの?」
目が覚めた途端、色々訊いてくる少女。
黒竜はパタパタと手を振りながら、
「いーの、いーの。そいつらはほっとけば。そのうち術が解けるから」
盗賊達を見上げていたサラは、不安げな表情を浮かべた。
「……なんだか……怖い……お家に帰りたい」
「…………」
黒竜は少女を見やる。
(……来た道戻ってコイツらが出てきた道を辿る? いやでも……この娘を攫って真っ直ぐ来たとは限らないし――下手したら本格的な迷子に……)
あれこれ考えを巡らせていた黒竜の腕をサラが掴む。
「おっ?」
「ねぇ、コクリュウ。私……村に帰りたい」
「うーん……帰してやりたいけど……」
ぽりぽりと頬を掻く。
じっとこちらを見詰める少女。
黒竜は小さく息を漏らした。
「……取り敢えず、街道を歩けばどっか街に着くだろ。そっから村へ帰る道訊けば良いんじゃねぇかな」
「それで帰れる? お家に?」
期待を込めた眼差しを向けるサラに、黒竜は曖昧に答える。
「まぁ……多分」
恐らく村へ帰る事は出来ると思う。
ただ、盗賊に襲われたのだとしたら、村が無事である保証は無い。
それは口に出さず、黒竜は少女の手を引く。
「そうと決まれば、さっさと行こ。この森抜けて街までは送ってやるから」
「このおじさん達はいーの?」
「それはいーの。ほっといて」
盗賊達の横を通り抜け、黒竜はサラの手を引きながら街道を歩き始めた。
◆◇◆◇◆
「…………」
男は無言でそれを眺めた。
それはピクリとも動かない。
(……幻術……か)
男が眺めていたのは、手下の盗賊だった。
彼らは石にでもなったかの様に一点を見据えたまま、固まっている。
「…………」
男は意識を集中させ、魔力を解放した。
瞬間、彼らを縛っていた魔力が砕け散り、全員が意識を取り戻す。
「あ……れ? 俺達……一体……」
「……確か……石にされて……」
「やっと目を覚ましたか。バカ者共が」
「――――っ! か……頭っ!?」
「何故ここに……」
盗賊団の頭――レヴィンは、額に手を当てながら呻く。
「あんな小さな村ひとつ襲うのに何年掛ける気だ。お前らは」
「何年って……俺達がアジト出てまだ数日――……」
レヴィンは、反論しかけた手下の男を睨み付け黙らせる。
「……まあいい。お前ら……ここで何をやっていた?」
「あー……いやその……アジトへ帰る途中だったんですよ。頂いたお宝と一緒に。帰る途中だったんですけど……」
「……けど?」
促され、男達は視線を泳がせた。
「……けど……その……妙な力を持ったガキが……」
「ガキ?」
レヴィンは眉を顰めた。
男達はもごもごと呟く。
「そ……そのガキの頭をコイツが蹴り飛ばして、キレたガキが俺達を石に……」
「おっ……おい!」
狼狽える男は無視して、レヴィンは口を開いた。
「お前らは石になんぞなっちゃいない。幻術を掛けられていただけだ」
「幻術?」
「じゃ……じゃあ、あれが幻だと……?」
レヴィンは嘆息した。
「お前達の頭の悪さには呆れ果てる」
「…………」
全員が項垂れる。
その時、レヴィンがふっと笑った。
「……が。そのおかげで面白いモノが見付かった」
「……へっ?」
レヴィンは落ちていた荷物を拾い上げ、
「お前ら、お宝は俺が捌いておいてやる。お前らはそのガキを見付けてアジトへ連れて来い」
「なっ……! お頭っ!?」
レヴィンは踵を返す。
「一人でこれだけの人数をやれるんだ。少なくともお前らよりは見込みがあるだろうよ」
「まさか……そのガキを仲間に……?」
「さあな? それはガキの力を実際に見てから考える」
レヴィンは歩きながら呟いた。
「本当に使えるなら……お前らは必要無くなるかもしれねぇがな?」
「!」
「そんな……頭っ!」
「お頭ぁっ!」
レヴィンは肩越しに手を挙げる。
「ガキを見付けて、生かして連れて来い。命令だ」
そう言い残し、レヴィンは森の奥に姿を消していった。
「…………」
「ど……どうするよ?」
「……どうするったって……」
男達がざわつく中、一人の男が歩き出す。
「シオ」
仲間が呼び掛ける。
シオは背を向けたまま口を開いた。
「頭はガキを連れて来いと言ったんだ。探し出して連れて来るしかねぇだろ」
「だ……だけど……」
「ガキの足でさほど遠くに行けるとも思えねぇ……あの小娘も居ねぇ所をみると、あのガキと連れ立ってる可能性もある。なら、なおのこと遠くには行ってねぇだろ。近場の村や街を徹底的に探すぞ。時間が経てば経つ程探しにくくなる」
「…………」
男達はそれぞれ顔を見合せ――そして、無言で頷いた。
◆◇◆◇◆
「……ねぇ、コクリュウ……」
「んあ?」
「疲れた。休も?」
「…………」
歩き始めてから二時間程だろうか。
サラは黒竜の手を引っ張り、
「喉も渇いた」
「……って言われても……」
サラの言葉に黒竜は眉根を寄せた。
(……まぁ……人間の女の子だしな。しょーがないか……)
ぽりぽりと頬を掻きながら、
「後少しで森を抜けられると思うから、もうちょっとだけ――……」
頑張れと、黒竜がそう言おうとした時だった。
「!」
「どうしたの?」
「……静かに」
黒竜はシッと人差し指を口元に当てた。
(幻術が解けたのか……まだ距離はあるけど……)
こちらに近付いて来る気配がある。
黒竜は、ちらとサラの方に視線を向けた。のんびり歩いていたのでは追い付かれてしまう。
(思ったより解けるのが早かったな……大した術じゃなかったけど)
「ねぇ? どうしたの? さっきから黙って……」
「どうやら……さっきのオッサン達がこっちに向かって来てるみたいだ」
「えっ!?」
それを聞いた途端、サラの表情が強張る。
「……やだ。怖い」
そう言って黒竜にしがみつく。
自分にしがみ付いてくる少女を見て、黒竜は小さく息を吐いた。
「……俺も人間とやり合うつもりは無い。つまんないし」




