表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い竜の物語  作者: 緋翠
21/63

旅立ち 1

 

『……じゃあな。じぃちゃん。俺、行くから』


 仲間の遺体を術で地に沈め――黒竜は踵を返す。

 この地は死ぬだろうと黒竜は思った。

 ブラックドラゴンの血液は猛毒で、あらゆるモノを死滅させる。

 この地の緑はすでに失われつつあった。本来ならば、その毒素を中和する力がこの地にはあったが、完全に力を失っている。

 あまりにも多くの血が流れたせいだ。


(……ここは……誰も踏み込めなくなる)


 黒竜は胸中で呟く。

 だがそれで良い。この地は誰にも汚される事は無い。

 一族が生きていた証そのものだ。

 他の誰も、それを踏みにじる事は許されない。


『……たまには墓参りに来るよ』


 そう言い残し、黒竜は里を後にした。



 ブラックドラゴンの里を離れた黒竜は、行く当てもなく歩く。


『……さぁてと。これからどうすっかなぁ……』


 当然、自分を迎え入れてくれる一族がいようはずもない。


『…………』


 黒竜は空を見上げる。


(じぃちゃんはなんで俺を人間界へ飛ばしたんだろ……)


 意図しての事では無いかもしれない。

 最後の瞬間はあまり思い出せないが――長老が、ただ攻撃の届かない場所へ黒竜を送ろうとしただけなのだとしたら、転移した場所に意味は無いだろう。

 ただの偶然に過ぎない。

 だが――


『……他に行く当ても無いしな』


 黒竜は呼吸を整え、意識を集中させると姿を消した。



 トッ……と軽い音を立てて黒竜は地に降りた。

 転移してきた場所は、自分が長老に転移させられた場所。


『…………』


 黒竜は辺りを見回した。

 当然、自分が転移してきた時に見た風景以外に見覚えのある物は無い。

 自分を知っている者も居ないだろう。


『……さて、と。これからどうしよう? 行く当ても無いし……』


 来てみたはいいが――いや、良いのかどうかは分からないが、黒竜はその場に座り込んで考える。


『う~ん……転移してみたものの……こっちでやる事なんて見付かる訳無いかなぁ……人間種族と関わりがあったワケじゃ無いし』


 暫し、ぼーっと空を眺めていた――その時。

 ガンッ!――


『いっ……てぇぇっ!』


「……ん? 何だ、ガキか」


 何かに思い切り頭を蹴り飛ばされ、黒竜は地面を転がった。

ガバッと跳ね起き、振り返る。

 そこにはがっちりとした体格の男が十人、なにやら荷物を背負って歩いて行く。

 どうやら黒竜が座っていたすぐ側の脇道から出て来たようだが――


「何してんだ。行くぞ」


「ああ。すまねぇ。ちょっと小石に蹴躓いちまってよ」


 それを聞いた黒竜は声を張りあげた。


『誰が小石だ!?』


「……あ? 何だ、ガキ? 今なんつった?」


 男が怪訝な表情を浮かべ聞き返してくる。

 黒竜は、一瞬怒りを忘れて小さく嘆息した。


『……ああ。そっか。こいつらにゃ分かんないのか。ええと……』


 額に人差し指を押し当て――言い直す。


「今、俺の頭蹴ったろ。謝れ、オッサン」


「なっ……誰がオッサンだ!? 俺はまだ二十八だ!」


 怒鳴りつけてくる男に、黒竜は吐き捨てる。


「年齢なんか知らねぇよ。悪いコトしたら謝れって教わってないのか?」


 黒竜の言葉に、男は笑った。


「ハッ! そんな事教わった覚えがねぇなぁ……お前がそんなトコロに座り込んで、ぼんやりしてるのが悪いんだろう? 人の行く道を妨げたお前こそ頭下げろよ」


「…………」


 言われて、黒竜は視線を虚空へ向けた。

 そして、


「……ああ。それは悪かった。ごめんなさい」


「へっ。分かりゃ良いんだよ、分かりゃ」


 男は笑いながら、踵を返す。

 黒竜はその男の持っている袋を掴んだ。男が振り返る。


「……何だ。まだ用があんのか?」


「俺は謝ったぞ。今度はアンタが謝る番だろ?」


「……何で俺が謝らなきゃならねんだ?」


 黒竜は即答した。


「さっき俺の頭蹴ったから」


「それはお前が道塞いでたからだろ? 別に俺が悪い訳じゃねぇ」


「道ったって、そっちは街道から外れてるじゃないか。そんなトコロから人が出て来るなんて思うかよ」


 男は鼻を掻きながら曖昧な口調で答える。


「森の中じゃ、どっから何が出て来るか分からねぇからなぁ……別に不思議じゃねぇだろ」


「じゃあ俺がそこで座ってたのも悪いコトじゃ無いよな」


「…………」


 暫しの沈黙。

 男は深々と嘆息した。


「あのなぁ……ガキ。良いか? 俺達は忙しいんだ。てめえの戯れ言に付き合ってる暇はねぇんだよ」


 男は背を向けた。


「じゃあな。蹴られたくなけりゃ、木のてっぺんにでも登ってろ」


 男は仲間の後を追う為、小走りで去っていく。

 それを見た黒竜は不服の色浮かべ、頬を膨らませた。


「……むぅ~……人の頭蹴飛ばしといて……なんつう言い草!」


 黒竜は周囲の水分をかき集め、幾つもの水球を作り出した。


「自分が何をしたのか……これで思い知れっ!」


 黒竜は作り出した水球を男目掛け撃ち出した。水球は黒竜の魔力に従い、真っ直ぐ男の後頭部を直撃する。

 水球が弾け、ずぶ濡れになった男は怒りを露にして戻ってきた。


「いてぇじゃねぇか! 何しやがる!?」


 怒鳴りつけてくる男に、黒竜はふんと鼻を鳴らす。


「さっきアンタが俺にした事だ」


「水浸しにはしてねぇだろ!?」


「……蹴ったのは認めるんだな?」


「……しつけぇガキだな」


「一言で許すって言ってるのに……謝らないから」


「さっきから何してる!?」


 男の仲間か――別の男が、割って入ってきた。


「ああ。すまねぇ。このガキがな……」


「そんなガキ。さっさと斬り捨てちまえ」


 割って入ってきた男は冷たい視線を黒竜に向ける――が、ふと黒竜の周囲に浮かんでいる水球を見て、目の色を変えた。


「ん!? このガキ……魔術士か?」


「……あ? ああ、そういや妙な力を持ってるみたいだな」


 男が黒竜の側に歩み寄る。


「……こいつは驚いた」


 男は、黒竜の首根っこを掴まえ、持ち上げる。


「……何だよ」


 黒竜は無視して、男達は話を進めた。


「コイツの着てる服……強力な魔力が編み込まれているな。バラせば高く売れるぜ」


「マジか!?」


「ああ。ガキの方も裏から流せば、結構な値で引き取って貰えるだろうよ。将来有望だからな」


「……ほぉー……」


 先程まで激昂していた男は目付きを変えた。


「あのさ」


 男達の会話を聞いて、黒竜は半眼になって呻く。


「……そーゆー事は本人に聞こえないように話すモンじゃねぇの?」


 男は黒竜の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「聞いてたからってどうなるモンでもねぇだろう?」


「そんな話聞かされてついていくバカは居ないだろうに」


 男はガハハと大声で笑う。


「お前の意思なんざ関係ねぇさ! お前の行き先は俺達が決めるんだからな」


「…………」


「それで、シオ。このガキどうするよ?」


 シオと呼ばれたその男は、黒竜の首根っこを掴んだまま答える。


「魔導に通じてる場所ならガキ共々引き取って貰えるだろ。先に回収したお宝を捌いて……その後ガキをギルドに引き渡す」


「リョーカイ」


「……あー。ちょっとイイ?」


 黒竜は軽く咳払いをして、会話に割って入った。


「……なんだ? 今更怖くなったか?」


 黒竜はかぶりを振る。


「んじゃなくてさ。俺、別にアンタらに付いていくとも何とも言ってないんだけど」


「聞いてなかったのか? お前の意思なんざ関係ねぇって言ったろう? 行き先は俺達が決めてやるよ」


「遠慮しとく。俺は自分の歩く道は自分で決めるから」


「……話の分からねぇガキだな」


 苛立たしげに男が呟くのを聞いて、黒竜は嘆息した。


「……アンタらこそ。なぁ~んにも分かっちゃいねぇ」


「……何がだ?」


 訊き返してくる男に黒竜は答える。


「俺はそこいらのガキとは違う。お前らみたいなタダの人間がどうにか出来ると思うなよ」


 それを聞いた男は、ピクリと表情を引き攣らせた。


「……気に入らねぇ言い方だな。ちょっと魔術をかじってるくらいでイイ気になるなよ? その気になりゃお前の細首なんざ簡単に落とせるんだぜ?」


 鈍い輝きをみせる大剣を黒竜の首筋に当てながら、男が脅しを掛けてくる――が、黒竜は鼻で笑った。


「その言葉……そっくり返してやるよ。さっきの水球……その気になりゃ、お前の頭ひとつ消し飛ばすくらい訳無い」


「なっ……!?」


 男が息を詰まらせる。

 水球は、今も黒竜の周囲に浮かんだままだ。


「……ハッタリだ。いちいちガキの言う事を真に受けるな。さっさと行くぞ。もたもたしてたら日が暮れる」


 黒竜の言葉は無視して、シオが歩き出す。

 男も、先程黒竜に水球をぶつけられた時に落とした荷物を拾い上げ、後に続く。

 黒竜は大きく溜め息をついた。


「……だから行かないって言ってるのに」


「お前の意思は関係無いと言っただろう」


 先を歩いていた彼らの仲間とも合流し、男達は目的地に向かい歩き出した。

 ふと黒竜が顔を上げると、男達の持っている荷物が目に入る。


(……人間……の女の子?)


 目の前を歩く男が担いでいたのは、幼い少女だった。

 年の頃は、六、七歳といったところか。見た目の年齢だけなら自分とさほど変わらないだろう。

 小柄で、栗色の髪を赤いリボンで結んでいる。

 黒竜はぽつりと呟いた。


「……何? アンタらそーゆー趣味があんの?」


 黒竜の言葉にシオが答える。


「勘違いするな。ガキに興味は無い。あの手の小娘を欲しがってるヤツがいるんだよ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ