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黒い竜の物語  作者: 緋翠
20/63

終わりの始まり 5

 

     ◆◇◆◇◆


 あれから暫くの間、黒竜は空を見上げていた。

 少しでも視線を落とすと、悪夢の様な光景が目に入ってくるからだ。


(……夢なら良いのに……)


 黒竜は胸中で呟いた。


(……夢だったら良かったのに。何もかもすべて……)


 黒竜は視線を落とす。

 そこには仲間の変わり果てた姿があった。動く者など誰ひとりとして居ない。

 まるで、時間が止まっているかの様に。

 黒竜はその中によく見知った者の姿を目にした。それは遠目に見ても、見間違えるはずがない。

 ゆっくりとその者の傍に歩み寄り、黒竜は小さく呼び掛ける。


『……じぃちゃん……』


 当然返事らしいものは返って来ない。

 黒竜はその巨竜の額に軽く手を触れさせる。


『……じぃちゃん……俺、護れなかった。約束……護れなかった』


 黒竜は自分の額を竜に押し当てた。


『怒りや憎しみで力を使うなって言われたのに……俺……力使っちまった。大切なものを護る為に使えって言われたのに……何も護れなかった……何も』


 喉の奥が焼ける様に熱い。

 それは痛みとなって、黒竜に涙を流させた。


『護り……たかった……のに……じぃちゃんも……仲間も……みんな護りたかった。俺は皆を傷付けた……皆を悲しませた。だから……もう傷付かないで良い様に……悲しまないで良い様に……仲間を護りたかった。その為にこの力を使おうと思ってた……なのに……俺は……誰も……何も……護れなかった……』


 悔しかった。

 今までこれほど悔しいと思った事は無かった。

 黒竜は巨竜に縋り付く。


『ごめん……御免じぃちゃん……御免みんな……たくさん傷付けて……ごめんなさい……ごめん……なさい……』


 涙が止まらなかった。

 怒りが、憎しみが、悲しみが。少年の心を支配する。

 無力な自分を少年は呪った。

 あれだけの力を持っていながら、何も護れなかった自分を。


『……本当に大切なモノは何も護れない……こんな俺に何が護れるんだ……?』


 少年の問いに答える者は居ない。


『俺はどうしたら良い……? じぃちゃんは最後まで俺を護ってくれたのに……なのに……俺は……』


 ――その時。


『…………?』


 コン……と、何かが倒れる音がした。

 黒竜は顔を上げ、辺りを見回す。

 すると、彼の足下に黒い棒の様な物が落ちていた。


『…………』


 手に取る。

 それは武器だった。柄の長い斧。

 それは見かけとは違い、まるで羽の様に軽い。

 何よりそれは、長い間使い込まれていたかの様に驚くほど手に馴染む。


『……これ……じぃちゃんが言ってた……力の結晶……』


 実際に見るのはこれが初めてだった。

 最初に見た時は、すぐに光となって消えてしまったからだ。

 しかし、黒竜にはそれが長老のくれた物だという事が分かった。その斧からは魔力が溢れている。

 それは間違いなくブラックドラゴンの魔力だった。

 力強く、そして――温かい。

 黒竜はそれを抱き締めた。


『……護らなきゃいけないモノ……まだあったな……』


 そう言って黒竜は立ち上がり、長老の方を見やる。

 無論、動いたりはしない。

 護らなければならないもの……

 仲間が生きていたこの場所。

 仲間がくれたこの力。

 そして、仲間が命を賭して護ってくれたこの命――

 自分の為ではない。自分を護ってくれた者達の為に、自分は生きるのだ。

 仲間のくれた総てのものを護る為に。


『……じぃちゃん。俺は生きるよ。じぃちゃんが……皆が護ってくれたこの命……絶対無駄にしないから……』


 黒竜は斧を天に掲げた。

 自分に何が出来るのかは分からない。何が変えられるのかも分からない。

 それでも、黒竜は生きなければならないと思った。

 何があっても生き続けなければならない。

 仲間のくれた総てのものを護る為に。

 仲間の想いに応える為に――


『俺は生きる。皆の分も“黒竜”の名に恥じない様に……誇り高く生きる……』


 怒りも憎しみも消え失せた訳ではない。

 だが迷いは消えた。迷う必要など無い。

 自分は生きる。仲間の分も。

 そして、護るのだ。

 仲間のくれた総てのものを。

 仲間の存在していた証を。

 誇り高きブラックドラゴンの長として。


 総てを護るのだ――



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