黒い瞳の少年 2
何故か怒鳴る男を、黒竜は両手で制す。
「まあまあ、落ち着けって。考えてもみろ。我が子と同じトコロへ行ける方が母親も報われるってモンだ。そうは思わないか?」
「……これ以上の屈辱は無いと思うが」
「ん♪ なかなかイケる♪」
「…………」
冷たい視線を投げ付ける男をよそに、黒竜は魔鳥の肉を頬張る。
「おーい! そんな所で何やってるんだ!?」
騒ぎが収まって、街の住人が家から出てきている。
その内の一人がこちらに気付き、駆け寄ってきた。
真っ黒に焼け焦げた魔鳥の死体を見て、駆け寄ってきた男は一歩下がる。
「うわっ!? なんだ、この黒い塊は!?」
「さっきまで街を襲ってた魔鳥だよ。黒竜が倒したんだが……」
「黒竜が? お手柄じゃないか」
それを聞いて、男はかぶりを振る。
「違う。この鳥の卵をコイツが盗み食いしたから、母親が怒って攻めて来たんだよ」
「……なんだって? じゃあ、街が襲われたのは黒竜のせいなのか?」
男は頷いた。
「そうだ」
「なんてこった。まったく……何かあると、いつもコイツが原因だな」
呆れたような口調で、男達はぼやく。
黒竜は男達が会話している間に、先程の鳥を綺麗に平らげ、
「なんでもかんでも俺様のせいにされちゃ困るぞ」
「って、お前……今の間に全部食ったのか!?」
「んまかったぞ♪ 売れば儲かるし、魔物も減るしで、まさに一石二鳥な感じだ♪」
「……お前な……」
男は嘆息した。
腕組みして、
「しかし……黒竜が引き連れてくる魔物を差し引いても、最近モンスターが多いな」
「確かにな。嫌な感じだぜ」
「別に俺様が引き連れて来てるワケじゃないんだけど」
黒竜は、くわえていた鳥の骨を吐き捨て、
「まっ、そーゆー時期もあるって。せいぜい、頭からかじられないよう気を付けるこった♪」
「嫌な事言うなよ」
黒竜は笑いながら軽く手を上げ、食堂の方へ歩き出した。
◆◇◆◇◆
食堂に戻ると、自分の注文した料理は無惨な姿に成り果てていた。
「あーっ! 俺様の飯ぃーっ!」
黒竜は悲痛な叫び声を上げた。
テーブルの下を見ると、男達が床に転がり、膨れ上がった腹をさすっている。
「お~、早かったなぁ……」
「……俺……もう食えねぇ……」
「喰うなって言っただろっ!?」
慌てて駆け寄るも、テーブルの上には、食い荒らされた料理の皿しか残っていない。
「まだ一口しか喰ってなかったのに……」
「まっ、でも支払いはきっちりして貰わないとね?」
いつの間にか背後に居た女が、黒竜に掌を差し出して来る。
「う~……お前ら、覚えてろよ」
黒竜は恨めしそうに男達を睨み付け、女の掌に代金を乗せる。
「忘れねぇ、忘れねぇ」
「たらふく食わせて貰ったからなぁ……いや、ごちそうさま♪」
男達は機嫌良さげに片手を振る。
「お前らに奢ったんじゃないやいっ!」
黒竜は涙目で叫ぶ。
「ところで黒竜。アンタ、今日の宿はどうするんだい?」
「ん?」
女に話し掛けられ、黒竜はそちらに顔を向ける。
「そだな……どぉしよ」
「なんだ。まだ決めてないのかい?」
黒竜はうんと頷き、
「飯喰ったら、ちょっと遊びに行くつもりだったからなぁ」
「だったら家に泊まってお行きよ。日が暮れてから街の外フラフラ出歩くのは危ないしさ」
女の言葉を聞き、黒竜は目を丸くした。
「えっ? 良いの?」
「構わないよ。どうせ部屋は余ってるんだ」
「やたーっ♪」
喜ぶ黒竜を見て、女は付け加えた。
「当然、宿賃は貰うけどね?」
「……タダでは無いわけね」
ちょっとガッカリした様子の黒竜の肩を、女は軽く叩く。
「こんなイイ女と、ひとつ屋根の下で寝泊まり出来るんだ。有り難いだろ?」
「イイ女……ねぇ……」
黒竜は怪しげな笑みを浮かべ、女を見る。
女は、どう見ても黒竜より上――四十代半ばといったところか。
女性にしては比較的背が高く、ふくよかな体はどっしりとした重圧感がある。歳の差と外見を考慮すると、彼女を所謂「イイ女」として見る事が出来るのは、割と特殊な趣向の持ち主なのではなかろうかと思う。
とはいえ、年齢に関しては本当に「外見」の話で、彼女がどれ程齢を重ねていたとしても、黒竜より年下である事に間違いは無い。
明るく気前が良いという意味でなら、確かに「イイ女」だ。
「……何か不満でもあるのかい?」
黒竜の顔を見て、女は不機嫌そうな声と共に眉を吊り上げる。
黒竜はかぶりを振り、
「いや……こんな美女と寝食を共に出来るとは、身に余る光栄。有り難くご好意に甘えさせて頂きます」
「分かれば良いのさ」
女は満足げに笑い、カウンターの奥へ姿を消す。
黒竜は手近な椅子を引き、腰掛けた。
「俺ならあんな事、口が裂けても言えねぇな」
足下からの声に、黒竜は笑いかける。
「そぉか?」
黒竜は気楽な様子で、グラスに水を注ぐ。
床に転がっていた男達は立ち上がり、
「さぁてと。俺達は帰るとすっか」
「そうだな。腹いっぱいになったし」
「次は奢って貰うからな」
足早に店を出て行く二人の背中に、黒竜は声を掛ける。
男達は軽く手を挙げ、店を出て行った。
日も沈み、月明かりが街を照らす。
客足が落ち着いたのを見て、女が黒竜を手招きする。
「こっちだよ。ついて来な」
黒竜は女について歩き、カウンターの奥にある階段を上がると、一番奥にある部屋に通された。
「ここを使いな」
「あんがと♪」
「向かいにアタシの部屋があるから、何かあれば呼んどくれ」
「あいあい」
黒竜は部屋に入ると、ベッドに腰掛ける。
「なんなら添い寝したげるよ♪」
「あー……遠慮しとく♪」
黒竜は笑顔でそう言うと、飛んできたスリッパをひょいとかわす。
乱暴に扉が閉められ、黒竜は窓の外を見やった。
今日は満月。空はよく晴れていて、月も星も煌めいている。
「…………」
ぼんやりと夜空を眺めならごろりと横になり、
「……まぁ、たまにはこーやってのんびりするのも良いか」
小さく呟いて、黒竜は目を閉じた。