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黒い竜の物語  作者: 緋翠
19/63

終わりの始まり 4

 

『何だ、ガキじゃねぇか』


『油断はするなよ。相手は子供でもブラックドラゴンだ』


『……ホワイト……ドラゴン……』


 黒竜は小さく呟く。


『……悪く思わないでくれよ。これも全てはこの世界の為なのでな……』


 そう言ってきた男が自分に何をしようとしているのかは明確だった。

 この男は自分を殺そうとしている。

 黒竜は大きく横に跳んだ。

 次の瞬間。

 黒竜が座り込んでいた場所が激しく炎上する。


『……良い反応だ』


 こちらに手を翳したまま、男は僅かに笑ったようだった。


『おい、シェイル。遊んでねぇで、さっさと終わらせろ。俺はこんな所にいつまでも居たくねぇんだからよ』


 男――シェイルは振り返り、もう一人の男に答える。


『ああ。すぐ終わらせる』


『……なぁ』


 二人の男の会話を適当に聞き流し、黒竜は眼前の男に問い掛けた。


『……ここのブラックドラゴン……てめぇらが殺したのか……?』


『はっ。口の利き方のなってねぇガキだな』


 不快そうに口元を歪ませ、男が低く呻く。


『答えろ』


 黒竜は俯いたまま鋭く囁いた。

 答え以外の言葉を聞くつもりは無かった。

 そして、それ以外の言葉を言わせるつもりも無い。

 男は面白がる様にこちらを見下ろし、


『……そうだ……と言ったら……?』


『殺す』


 黒竜は即答すると、掌を男の方へ向けた。

 漆黒の闇が収束し、弾けた――瞬間。

 大爆発が起こる。


『……ヒュー……すげぇ威力だな。さすがにガキでもブラックドラゴンか!』


『……だから油断するなと言っただろう』


 そう言って、シェイルはちらと少年の方へ視線を向けた。

 少年は明らかにこちらに殺意を持っている。


『……あんな小さな身体のどこにこんな力があるのか……』


 小さく呟く彼の横から、相棒のオルヴァが口を開く。


『とにかく早いとこ殺っちまおうぜ。コイツ……本気だ』


『……ああ』


 少年の方に向き直り、シェイルは頷いた。

 燃えるような真紅の瞳は怒りに満ちている。


(……恐ろしい瞳だ……まだ子供だというのに……)


 眼光は鋭く、こちらを切り裂きそうな程だ。

 シェイルは胸中で自問する。


(殺せるのか? 本当に……この少年を……)


『おい。どうした。早く……』


『待て』


 先に仕掛けようとするオルヴァに、シェイルは制止の声を発した。


『何だよ』


 不満げに口を尖らせるオルヴァに彼は告げる。

 胸に浮かんだ一つの疑念。


『この少年……もしかしたら……()()ブラックドラゴンかもしれない……』


『何っ!?』


 オルヴァの表情に驚愕の色が浮かぶ。

 少年竜は、ただじっとこちらを見詰めていた。



 それが失言であった事は言うまでもなかった。

 言うべきではなかったと、どれほど後悔したことか――

 だが、もう取り返しがつかない。

 どうしようもない程の絶望を、彼は感じていた。これ程までに絶望を感じた事は無い。

 彼――シェイルはもう殆ど見えていない目で眼前の少年を見詰めた。


(……これ程まで力に差がある……とは……)


 相棒であるオルヴァは既に意識を失っている。

 放っておけば後数分も保たないだろう。受けた傷はあまりにも深かった。生きているのが不思議なくらいだ。

 尤も、それは自分も大差はないが。

 次に攻撃が来た時は自分も同じ――いや。死ぬかもしれない。

 少年の攻撃を防ぎ切るだけの力は残っておらず、体も動かない。


(……ここで我々が死ねば……この少年は必ず仲間を殺す……殺しに行く……)


 もしそうなれば、一族は全滅するだろう。

 それだけの力をこの少年は持っている。

 そして、自分はそれを見抜く事が出来なかった。


(……ブラックドラゴン……これ程の力を持つ者が居たとは……)


 破壊の邪竜――ブラックドラゴン。

 その中で、最も強大な魔力を秘めているという者。

 生まれ落ちた時、一夜にして一族の半数を死に至らしめたとされる災厄の象徴。

 少年は、手をこちらに翳す。


『……お前らは許さない……』


 その言葉と共に光が溢れた。

 その光が自分を死へ誘うモノだとしても、その光はあまりにも美しかった。

 その光の中で、シェイルは自身の眼に映るはずのないモノをはっきりと見ていた。

 光が消える。

 その時、自分も――そして、オルヴァもまだ死んではいなかった。

 生きている。


(……どういう事だ……?)


 訳が分からない。

 何故生きているのか……

 この少年は確実にこちらを殺せるだけの力を持っている。

 仲間を殺された。

 この少年が自分達を殺す理由は、それで充分なはずだ。


『……何故……攻撃を止める……』


 シェイルは少年に問い掛けた。

 だが、少年は答えてこない。


『何故だ……何故殺さないのだ……』


 シェイルの声は聞こえていないのか、少年はただ自分の手を見詰めていた。

 やがて、手を引き寄せると、少年は独白のように呟く。


『……魔力が……編めない……』


『…………?』


 少年の呟きに、シェイルは訝しげな表情を浮かべる。


『何でだよ……俺はコイツらが許せないのに……許せないのに……!』


 少年は拳を地面に叩き付けた。


(……くっそ……殺すなって事かよっ!)


 少年――黒竜は胸中で毒づく。


(何で……何でこんな時まで……こんな事しなくちゃならねぇんだ……!)


 だが、それをせずにはいられなかった。

 黒竜は、目の前のホワイトドラゴンに向けて手を翳す。

 すると、柔らかな光が降り注ぎ――今までの傷がウソの様にふさがる。

 それを見て、黒竜は短く呟く。


『……そんだけ治りゃ動けるだろ……そこでノビてるヤツと一緒にさっさと帰れ』


 そう言って、黒竜はホワイトドラゴンに背を向ける。


『……何故だ。何故生かすのだ。お前は確かに我々を……』


 シェイルは問い詰めた。

 その言葉を遮り、黒竜は一言告げる。


『……立ち去れ。ここはお前達が足を踏み入れて良い場所じゃない』


『……ガキが……舐めやがって……』


『オルヴァ』


 シェイルは意識を取り戻したオルヴァに、制止の声をあげた。


『情けでもかけたつもりか!? 殺せ! ブラックドラゴンに情けをかけられるくらいなら死んだ方がマシだ!』


『……オルヴァ……』


 オルヴァは少年に向かって大声で叫ぶ。


『殺せっ!』


 少年はちらとオルヴァの方へ視線を向けると、嘆息混じりに吐き捨てた。


『死にたきゃ勝手に死ねよ。お前が死のうが生きようが知った事じゃない。でも、この場所で死なれちゃ迷惑なんだよ』


『こっのガキ……っ!』


『もうよせ。オルヴァ……命を無駄にするな』


 今にも飛び付きそうなオルヴァをシェイルが呼び止める。

 だが、オルヴァは聞く耳を持たない。


『うるせぇ! 俺はお前と違ってこのまま生きて帰る気はねぇんだっ!』


『……オルヴァ』


 黒竜は暫くの間、黙って二人の会話を聞いていたが――やがて煩そうに髪をかき上げながら、小さく息を漏らした。


『……はぁ。何だかな……どうもホワイトドラゴンってのは命を粗末にしたがる輩が多いみたいだな』


『何だとっ!?』


『オルヴァ!』


 黒竜の言葉に反応したオルヴァは、黒竜に飛び掛かりそうだったが、それはシェイルが腕を掴んで止める。


『もうやめろ。今ここで我らが死ねばどうなるか……お前には分からないのか?』


『…………』


 言われて、オルヴァはシェイルの手を振り払い、


『……ちっ。こんなガキにビビったってのかよ? シェイル』


 オルヴァは少年を睨み付けながら言う。

 だが、シェイルは静かな声音で言い放った。


『……お前は自暴自棄になっているだけだ。恐怖でな』


『くっ……』


 図星だったのか、オルヴァは何も言い返しては来なかった。

 シェイルは黒竜に向き直り、


『……少年よ。この場は我らが退き下がろう』


 そう言って踵を返す。

 オルヴァの顔には、はっきりと不服の色が浮かんでいる。


『行くぞ。オルヴァ』


 シェイルがそう言うと、オルヴァは黒竜に向かって吐き捨てた。


『後悔するぜ。生かしておいた事』


『……もうしてる。さっさと帰れ』


『……チッ。生意気なガキだ』


 そんな台詞を残して、オルヴァは姿を消す。

 黒竜は嘆息した。


『……帰れる場所があるだけ有り難いと思えよ』


『…………』


 シェイルは黙ってその呟きを聞いていた。

 暫くして、黒竜が口を開く。


『あんたも帰れ。ここは他の竜族が居て良い場所じゃない』


『……ああ。そうだな』


 シェイルは頷いた。

 空間転移の光が彼を包み込む。

 シェイルは振り返り、


『少年よ。最後に……名を聞かせてはくれないか。お前の名を知りたい』


 シェイルの言葉に黒竜は暫し迷ったが、やがて名乗った。


『俺は黒竜。ブラックドラゴン・黒竜だ』


 黒竜がそう言うと、シェイルは僅かに笑い、


『黒竜……か。良い名だ……覚えておこう』


 その言葉と共にシェイルは姿を消した。

 黒竜は光が消えてから小さく呟く。


『……良い名前なのは当然だろ。何せ……誇り高きブラックドラゴンの長が付けてくれた名前なんだからさ……』


 そう言って、黒竜は空を見上げる。

 見上げた空は、皮肉な程に晴れ渡っていた。



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