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黒い竜の物語  作者: 緋翠
17/63

終わりの始まり 2

 

『ところで……他の竜族と関わりを持たない一族のアンタが何でこんな所に居て、怪我なんてしてるんだ?』


 少年の問いに、竜は苦笑しながら答えた。


《……私達とて空の散歩くらいするさ》


『ふ~ん?』


《その時……何かよく分からないが、頭に強い衝撃を受けてな。そのまま落下してしまった訳だ》


『…………』


 少年は黙って竜を見る。


《……まっ、今後は気を付けるさ》


 竜の顔を見上げ、少年は笑った。


『気を付けるんだったら、この辺は飛ばない方が良い』


《…………? どういう事だ?》


 少年の言葉に竜は首を傾げる。

 少年は続けた。


『この辺は……ほら……俺達の里に近いから。だから多分、俺達の魔力に当てられたんだと思う』


《……成る程……そうかもしれん》


『飛ぶんだったら、ここから南……あの山の向こうなら大丈夫だと思う』


《……すまないな。迷惑を掛けた》


 竜は頭を下げる。

 少年は軽く手を振った。


『いいよ。別にそんなの。俺も久し振りに他の竜と話が出来たし』


《……そうか……》


『じゃ、気を付けて』


《ああ》


 竜はそういうと大きな翼を広げて、飛び去って行った。


     ◆◇◆◇◆


 少年が屋敷に戻った時、少年を待っていたのは長老の怒声と拳骨だった。


『……いってぇ~……』


 少年は頭を抱えて呻く。


『全く……あれほど外へ出てはならぬと言ったであろうが! それなのに……お前という奴は……』


『だっ……だって……』


『言い訳は聞かん! 今日という今日はもう許さんぞ!』



『……う~……何で俺ばっかこんな目に……』


 自分の部屋に戻り、少年は低く呻いた。


『大体! 俺は悪い事なんざ何もしちゃいないんだ! それなのに、話も聞かずボコボコ殴りやがって! あのクソジジィ……!』


 と――そこまで言って言葉を切る。

 別に誰かに聞かれたかもしれないというような事を思った訳ではない。

 急に馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。

 少年は嘆息した。

 胸中で呟く。


(俺は竜族じゃない……竜族であって竜族ではない……)


 以前、長老に言われた事を思い出した。


『じゃあ俺は“何”なんだ……』


 誰にともなしに呟く。


『竜族であって竜族ではない……ブラックドラゴンであって、ブラックドラゴンではない……俺は……竜じゃない……』


 少年は繰り返した。


『じゃあ俺は“何”なんだよ。いつになったら俺は“ブラックドラゴン”になれるんだ……いつになったら仲間に認めて貰えるんだ……』


 何時になったら――……



『……ん……あれ』


 暗い部屋で少年は目を覚ました。

 どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。


『寝てたのか……俺……』


 しょぼしょぼと、目を擦りながら立ち上がる。


『なんか寒いと思ったら……窓開けっ放しだったんだ』


 少年は窓を閉めた。

 すっかり冷えた身体を抱き寄せる。

 と――


『…………?』


 外で何かが光った様に見えた。


『……何だろ?』


 少年は再び窓を開けた。

 次の瞬間――


『!?』


 天まで焦がす様な巨大な白い炎が燃え上がる!


『な……あれは……!?』


 少年は窓を閉めて、階段を駆け下りた。



『じぃちゃん!』


 少年は勢いよく扉を開け放つと、部屋の中に居る老人に呼び掛けた。

 老人――ブラックドラゴンの長老は、ゆっくりと少年の方へ顔を向ける。


『……なんだ。騒々しい』


『今、外で凄い炎が……』


 少年が口早にそう言うと、長老は呆れた様な顔をして嘆息した。


『今更驚く程の事でもあるまい。またいつもの白い炎だろう』


 長老がそう言うと少年はもごもごと呟く。


『う……うん。そう……白い炎が……』


 長老はゆっくり立ち上がると、少年に問い掛けた。


『……その白い炎はどの辺りで見えたのだ?』


 すると少年は開いている窓から見える山を指して、


『あっち。向こうの……西の山の方……』


 その言葉を聞いて、長老は再び嘆息した。


『……仕方がない。少し様子を見て来るとしよう……』


 そう言って部屋を出ようとする長老に、傍に居た女が呼び掛ける。


『長老様。でしたら私もお供致します』


 長老はそちらに顔を向け、


『そうか。それは助かる』


『……あ。じゃあ俺も――……』


『お前は残っておれ』


 長老は少年を一瞥して短く告げる。


『良いか。大人しくしているのだぞ』


『……ふぁ~い』


 長老はそう言うと、女――長老の補佐竜でヴィネアと言ったか――に向き直り、


『では行くとしよう』


『はい』


 長老はそう言って部屋から出て行った。

 ヴィネアも後に続く。


 その二人を見送って、少年は小さく溜め息をついた。


『……ちぇっ。つまんねぇの』


     ◆◇◆◇◆


『長老様』


 ヴィネアは先を行く長老に呼び掛けた。


『……あの子……今日魔法を使おうとしたのですね』


『……そのようだな』


 長老にもそれは分かっていた。

 少年の腕に刻んだ文字の色が濃くなっていたからだ。


『まだあの文字の意味が分かっていないのでしょうか?』


『いや。そうではないようだ』


 長老は首を左右に振った。


『ここのところ、奴は制御訓練を怠る事もなくなった。実際に自分の力に触れてみて、自分の力がどういったモノなのか理解したのだろう』


『……ならば何故……』


『……分からん。ただ、何か考えがあっての事だろう』


『…………』


 長老は顔を上げる。


『……ヴィネアよ』


『はい』


『お前は奴の“力”をどう思う』


 訊かれて――ヴィネアは少し迷ってから答えた。


『……正直……恐ろしいです。あんな小さな子が……あんな……強大な力を持っている――と思うと……』


 そう言ってヴィネアは俯く。

 長老は小さく息を吐いた。


『やはり……な。だが、実を言えば私もそうだ。奴の持つあの力が恐ろしい。あの時の事を思い出すと震えが止まらなくなる』


 長老は苦笑した。

 だが、すぐに表情を鋭くする。


『奴の持つあの力……あれは恐らくかつて封印されたという破壊神の力と同質のモノだろう』


 ヴィネアは、はっと気付いた様に顔を上げた。


『……まさか……』


 長老は頷いて、


『そう……かつて“時の破壊者”と言われたあの破壊神の力だ』


『そっ……そんな! まさか! あの神は……今、強力な結界で封印されて……!』


『それしか考えられない。あの時、奴に宿った力はまず間違いなくあの破壊神の力だ』


『……そこまで分かっておられるのならば……何故あの時あの者を殺さなかったのです?』


『…………』


 ヴィネアの問いに長老は暫し口を閉ざした。


『長老様!』


 ヴィネアは強く呼び掛ける。

 すると長老はゆっくりと口を開いた。


『……それでは何も変わらぬからだ』


『えっ……』


 長老は続けた。


『それでは何も変わらぬからだよ。あの時、私が彼奴を殺したとしても……それは何の意味も無いのだ。同じ事が繰り返されるだけだ。危険だと、恐ろしいと言って全てを滅ぼしていたのでは何も残らぬ。それでは、かつてこの世界を創りながら破壊した古代神と何ら変わりは無い』


『……では……あの者をどうするおつもりなのですか……?』


 長老は目を閉じる。


『彼奴には運命を変える力がある。我ら一族の呪われた運命も……な。全てを変える力がある。彼奴の力は、いずれこの世界には必要になるだろう。世界を滅ぼす為ではなく……世界を救う為に。それまではどんな事があっても生き抜いてもらう。仮令、それで我ら一族が滅びる事になろうとも……』


『……長老様……』


 長老は目を開いた。


『我らに残された時間は少ない。だが彼奴は違う。彼奴が生きる事で、我らの力が破壊するだけの力では無いと証明出来るのであれば……こんなに嬉しい事はない』



『長老』


『どうだ? 様子は……』


『今は落ち着いているようです。気配もありません』


『そうか』


 目的地に着いて、長老は近くに居た若者に話を聞いていた。


『……いつまで……このような事が続くのでしょうか……』


『……そうだな……』


 分かっている事とはいえ――仲間が傷付き倒れている姿を見るのは辛い。


『……いつか……神が救ってくれる……』


 長老の一言で若者の顔は見る間に険しくなっていった。


『……長老は! あんないい加減な者を信じるのですか!? 我らを利用し、そして裏切った! あの者を!』


 必死の形相で言ってくる若者に、長老はかぶりを振った。


『そうではない。私が言っているのは我ら一族の神だ。運命をも変える……我ら一族の神だ』


『……まさか……』


 若者の顔色がさっと変わる。


『……あの者……の事……ですか?』


 長老は頷いた。


『そうだ。私は決めたよ。私は……彼奴に名を与える。“黒竜”という名をな……』



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