追憶
(……黒竜……)
聞き慣れた声――いや。かつては聞き慣れた声が、彼を呼ぶ。
(今日からそれがお前の名だ。黒竜……我ら一族の長として誇り高く生きてくれ)
もう昔の話だ。
彼は、それが夢である事を知っていた。
声の主が自分を呼ぶ事は、もう――ない。
(……じぃちゃん……)
目映い光が視界を閉ざす。
それだけですべての記憶を奪うような光――
その先に何があるのか、彼は知っていた。
何度も夢に見た、最後の日の記憶。
◆◇◆◇◆
「…………」
黒竜は目を開いた。
その目に青空が映る。
空はどこまでも高く、澄んでいた。
「……な~んで、今更こんな夢見てんだろ」
気の向くまま散歩をしていたら、見晴らしの良い場所に出たので、弁当を食べた黒竜は、そこにころりと寝転んだ。
どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
黒竜はゆっくり立ち上がる。
忘れていた訳ではない。ただ、夢に見る事は無くなっていた。
「……ったく。あいつらがいつまでもくだらん理由で喧嘩ふっ掛けてくるからだ」
黒竜は嘆息混じりに毒づいた。
こんな夢を見た原因は十中八九、あのホワイトドラゴンのせいだ。
――とはいえ。今更、あの程度の事で揺らぐというのもおかしな話ではある。
愉快な出来事でないのは間違いないが。
黒竜は、やや激しくかぶりを振り、
「あ~あ! こんな時は美味いモンたらふく食べるに限るっ!」
そう言って、近場の街へ足を向けた。