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黒い竜の物語  作者: 緋翠
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足跡

 

 荒れた大地。

 乾いた風が吹き抜けて行く。

 彼女は無言で歩き続ける。

 そして、小さな村の前で足を止めた。そこが、目的地である事は間違い無い。地図に示された通り歩いて来たのだ。

 ――だが。

 そこは、自分が思っていたよりもずっと荒れていた。

 村を囲んでいる塀は崩れ落ち、地面には剣や折れた矢、鍬等が散らばっている。

 人気は無く、どの家も閉ざされていた。

 彼女が村へ入ろうと足を踏み出した――刹那。


「……ここに何の用だ?」


 背後から声。

 そして、首筋に剣が突き付けられた。刃のこぼれた、今にも折れそうな剣。

 彼女は微動だにせず、静かな声音で答えた。


「私は……この村を救いに来たのです」


 それを聞いた男が、剣を握る手に力を込める。


「……帰れ。命があるうちに」


「このまま立ち去る事は、私には出来ません。剣を下ろして下さい。私は貴方の敵ではありません」


「帰れと言っている!」


 男は、こちらの声に耳を貸そうとはしない。

 彼女は、首筋に触れる刃を見据え――口を開いた。


「……肋骨が二本、折れています。それと右腕、右足も傷を負っていますね」


「!?」


 その言葉に男は驚愕した。

 自分は確実に背後を取ったはずだ。姿を見られてはいない――いや。見たとしても。

 何故、そこまで分かる?


「……お前……」


「剣を下ろして下さい。貴方は、立っているのも辛いはずです」


 男の手から力が抜けた。ゆっくりと下ろされた剣を視ながら、彼女は男の方へ向き直る。


「私はラフィナ。法術師です。まずは貴方の傷から癒します」


 そう言うと、ラフィナは男に手を翳す。掌から生み出された温かな光は、男を包み込み、あっという間に傷を癒した。


「……まだどこか痛みますか?」


 ラフィナの問いに、男は無言で首を横に振る。

 それを見て、ラフィナは安堵の吐息を漏らす。


「良かった……」


 男は再び剣を握る。


「何故、俺の傷を癒した……殺されるかも知れねぇってのに」


「貴方の剣には殺気が込もっていませんでした。それに――」


 ラフィナは身体の向きを変え、歩き出す。


「私は、この村を救いに来たのです。傷付いた人を見捨てる事など出来ません」


 男は剣を肩に担ぎ、軽く息を吐いた。


「……アンタ、変わってるな」


 村を歩きながら、男が口を開く。


「この村の周辺は、最近魔物が多くてな。しょっちゅう襲われる」


 地面に散らばる武具を見やり、


「この間も……村人が三人。喰われた」


 短く吐き出された言葉を、ラフィナは黙って聞いていた。


「……取り敢えず。村に魔物が近寄らないようにしなければいけませんね」


「……どうやって?」


 男は、呆れたような口調で訊ねる。


「この村に結界を張ります」


 それを聞いた男は吹き出した。


「何を言い出すかと思ったら……この村に魔術士は居ねぇ。誰が張るってんだ?」


「もちろん、私がです」



「何を始める気だ?」


 男はラフィナに問い掛ける。

 男の案内で村を回ったラフィナは、村の四方に自身の魔力を込めた宝玉を置いた。


「今からこの村に結界を張ります」


「……何だと?」


 男は眉根を寄せる。

 男が口を開くより早く、ラフィナの術が発動した。


「――――!」


 男は思わず目を閉じた。真っ白な光。

 村全体が目映い光に包まれる。だが、それもほんの一瞬の事。

 光が消え、男が目を開くと、どこか澱んでいた村の空気は澄み渡り、穏やかな風が吹き抜ける。

 優しく頬を撫でる風を感じ、ラフィナは微笑んだ。


「この結界の中に居れば、魔物に襲われる事はありません。村の周囲の邪気から考えても、この結界を破る程の魔物は居ないはずです」


「…………」


「もう一度、村を案内して頂けますか? 今度は村の人達の治療をしなければいけませんから」


 ラフィナに話し掛けられ、男ははっと我に返る。


「……あ、ああ」


 ラフィナは、男の後ろを付いて歩く。

 と――


「あっ」


 何か思い付いたように声をあげる。


「……なんだ?」


 男はその声に振り向いた。

 ラフィナは、軽く口元に手を当て、


「そういえば……まだ貴方のお名前を聞いていませんでした」


「…………」


 男は、少し視線を逸らし、頭を掻きながら名乗った。


「……ケインだ」


 男――ケインは、ラフィナに視線を戻し、


「俺も、アンタに訊きたい事がある」


「何でしょうか?」


「アンタ、何者だ? ただの魔術士じゃねぇだろ?」


 訊かれて、ラフィナは少し困ったような顔をした。


「……いえ。私はただの旅の魔術士です」


「俺は魔法とかにゃ詳しくねぇが……アンタは相当な使い手だ。どっかの国の偉い魔術士じゃねぇのか?」


 ケインの問いに、ラフィナはかぶりを振る。


「違います」


「…………」


 暫しの沈黙。

 ケインは小さく息を吐いた。


「……ま、いいか。アンタが何者か知らねぇが、アンタのおかげで俺は助かった」


 その後、ケインの案内で、ラフィナは村を回り、村人の怪我を治療していった。

 村人の治療が終わったのは、ラフィナが村へ来て五日目の事。

 それまで暗く沈んでいた村人の表情にも笑顔が戻り始めていた。


 それから――……



「……本当に……何とお礼を言えば良いものやら……」


「いえ。気にしないで下さい。私はこの村を救いたくてここまで来たのですから」


 出立の日。

 村人の言葉に、ラフィナは微笑む。


「……もう行ってしまうのですか?」


「はい。皆さん、お世話になりました」


 村人に頭を下げ、ラフィナは術杖を手にした。


「そんな……お世話になったのはこちらの方です。本当にありがとうございました」


「道中お気を付けて。旅のご無事をお祈りしております」


「ありがとうございます。皆さんもお元気で」


 ラフィナはもう一度、頭を下げてから村を後にする。

 その背中を見送り、村人が呟いた。


「……行ってしまわれた」


「ああ……」


「あの方のおかげで……たくさんのモノが救われた」


「そうだな……」


 村人は、いつまでもラフィナの去って行った方を見詰めていた。

 村は柔らかい風に包まれている。ラフィナの結界の力だ。

 穏やかで――優しい。

 この風がいつまでも続く事を、村の誰もが祈った。


 ラフィナの残した足跡は、その先にある未来へと続いていく。

 そして――

 彼女の運命を大きく左右する出逢いに向かって。



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