認識 5
「おい! お前達!」
少年らが途方に暮れていると、村の大人達がやって来た。
「あっ、父ちゃん!」
「ああ、良かった! みんな無事だったか」
少年は、父親に縋るように駆け寄る。
「俺たちは大丈夫だけど、あの黒い兄ちゃんが閉じ込められちゃったんだ!」
「……なんだって?」
言われて、洞窟を見やる。
入口は完全に埋もれていた。
「……ここは脆い。下手に手を出せば、俺達まで埋まっちまう」
「じゃあ、どうすれば良いんだよ!?」
少年の問いに、父親は苦い表情を浮かべる。
他の大人達も複雑な顔をしていた。
「……彼は村の人間じゃない。余所者だ」
「そんな! このまま見捨てるのか!?」
洞窟の入口へ駆け出そうとする少年を、父親はその腕を掴んで止めた。
「よせっ! あそこはもう崩れる! 近寄ったらお前まで生き埋めだ!」
「でも……っ!」
掴まれた腕を振り払おうともがく少年は、やがて力無く項垂れる。
「……兄ちゃんが……」
少年はただ洞窟を見詰めていた。
◆◇◆◇◆
「……う~ん。どうしたモンかなぁ」
完全に土砂に埋もれて、黒竜は座り込んだまま小さく呟いた。
結界の中に居る為、その場所だけは無事なのだが身動きが取れない。
結界の外では巨大ミミズが無意味な攻撃を繰り返している――が。まあ、それはどうでもいい。
腕組み等しつつ、考える。
「はぁ……空間転移でさっさと出れば良かった」
ぼんやりと目の前の光景を眺め、黒竜は呻く。
今となってはそれも難しい。
土砂を弾き飛ばすにしても、空間転移で脱出するにしても、一度は結界を解かねばならない。
結界を解けば、当然――即座に埋まる。
魔導器で結界を維持したとしても、結界の内側に居たのでは攻撃的な術は意味を成さない。
「う~……」
と――
あれこれ考えを巡らせる黒竜の脳裏に、閃くモノがある。
「…………」
今までその事を忘れていた。
こちらに来てから戻った事が少なかったせいで。
黒竜は、自分の掌に視線を落とし――そして、ニヤリと笑う。
「お前ら……幸運に思えよ?」
そう言って、立ち上がる。
黒竜の周囲に黒い霧のようなモノが渦を巻く。
「こんなトコロで、俺様の本当の姿が拝めるんだからな♪」
黒竜がそう言うと、結界が弱まり、洞窟は崩壊を始めた。
◆◇◆◇◆
洞窟が本格的に崩れ始め、村人は子供達を下がらせる。
「危ないっ!」
「早くここを離れるぞ!」
「兄ちゃんっ!」
子供達が叫ぶ。
その時。
ピシッ、と乾いた音を立てて、岩肌に亀裂が入る。
轟音と振動――そして、大量の土砂を吹き上げ、洞窟が崩壊した。
「…………」
子供達はその様子をただ無言で見詰めている。
洞窟は跡形も無く崩れ去った。
「ああ……」
「……あの中に居たなら……助からない」
崩れた洞窟を見ながら、低い声音で――それでも大人達はどこか安堵したように子供達の頭を撫でる。
「お前達だけでも無事で良かった」
「……彼には気の毒な事になったが――……」
村人の一人が呟いた――その時だった。
ふっ……と、突然辺りが暗くなる。
「……なんだ? 急に暗く……」
その場に居た者全員が視線を上に向けると、
「なっ……あれは!?」
「ド……ドラゴン!?」
その先に居たのは、巨大な竜だった。
夜の闇をそのまま落とした様な漆黒の鱗と、巨大な翼。
そして、燃える様な真紅の瞳――
「どうしてこんな所にドラゴンが!?」
「お前達! 森の中へ! 急げ!」
大人達は慌てて、子供達を逃がそうとする。
漆黒の巨竜は真っ直ぐこちらに向かって来た。
そして、声が響く。
《だぁからぁ~……人間襲うつもりは無いって言ってんだろ~?》
「……えっ?」
どこかで聞いた――軽い口調。
全員が動きを止め、竜を見やる。
「……も、もしかして……」
「兄ちゃんっ!?」
《当たり♪》
竜はゆっくりと舞い降りてきた。
竜の足が地面に触れた瞬間――辺りは黒い霧に覆われる。
「な、なんだ!? これは!?」
数秒後――霧が晴れ、そこには竜の代わりに黒髪の少年が立っていた。
少年はびしと指を突き付け、言い放つ。
「そこのお前! 勝手に人の事を殺すんじゃない!」
「あ……ああ、スマン」
呆然と立ち尽くす大人達をすり抜け、子供達が黒竜の許に駆け寄る。
「兄ちゃん! 無事だったんだ!」
「良かった! ぺちゃんこになっちゃったかと思ったのよ」
「はっはっはっ♪ あの程度の事でくたばるよーな俺様ではない!」
少年らの頭をぐしぐし撫でて、
「まあでも、危ないからあんまりあーゆートコで遊んじゃダメだぞ」
「うん」
「わかった」
「よしよし♪ 良いコだ♪」
素直に頷く子供達に、黒竜も満足げに頷いた。
少年は黒竜の腕を掴み、
「なぁ、兄ちゃんっ!」
「ん?」
「さっきのもっかい見せて!」
「……さっきの?」
「だからドラゴンになってよ!」
「――ああ!」
キラキラと瞳を輝かせる少年らに、黒竜はにっこり笑い、
「ヤダ。疲れるから」
「ええーっ! 良いじゃん! ちょっとだけーっ!」
駄々をこねる少年に、黒竜は舌を出す。
「ダメ~。“こっち”は空気合わないから、あのナリだと息苦しいの」
「ちょっとだけ! ちょっとで良いから!」
「はいはい。お家帰ろーな♪」
まったく聞く耳を持たない黒竜は、少年らの背中を押しやる。
「ヤーダーッ! 兄ちゃん、もっかいドラゴンになってよーっ!」
「良いじゃん、減るモンじゃないだろぉっ?」
「減るぞ。腹が」
「じゃあ、お菓子あげるからー」
「…………」
村人達はぼんやりとそのやり取りを見詰めた。
目の前にいる者が竜族だとは到底思えない。
「……あれが竜族……か」
先程の姿は圧倒的な存在感だったが、人の形になってしまえば、その面影は綺麗さっぱり無くなる。
自分達の知識にある竜とは、近寄り難い雰囲気があった。
――が、しかし。
あの竜にはそれがない。
彼の持つ雰囲気は、今まで自分達が抱いていた竜に対するイメージを根底から覆すモノだった。
「じゃあ、なんか出してよ」
「なんかって……」
「羽とか……あっ! 尻尾は? 尻尾!」
「私、角見たい!」
「やっぱり牙とか、爪も凄いんでしょ?」
「……あのな。この格好で、ンな中途半端に竜化したらカッコ悪いだろ?」
子供達はいつの間にか黒竜を取り囲んでいる。
「取り敢えず、村戻ってからな。ここだとモンスターに出くわすかもしんないし。別に俺様にとっちゃ脅威でもなんでも無いけど」
「戻ったら? 戻ったら見せてくれる?」
「ちょっとだけだぞ」
「やったぁ~!」
「じゃあ、誰が一番先に村へ着くか競争だ!」
「……お前ら競争好きだな」
一斉に走り出す子供達を見て、黒竜は半眼になって呻く。
頭の後ろで手を組み、
「アンタらも、ぼさっとしてないで戻った方が良いんじゃねぇ?」
と、背後にいる大人達に声を掛ける。
「あ……ああ」
黒竜の言葉を聞いて、彼らも歩き出した。
村へ着くと、子供達が黒竜の手を引く。
「やっと来た」
「遅いよ、兄ちゃん!」
「こー見えて、兄ちゃん疲れてんのよ」
子供達に手を引かれ歩く黒竜の姿を見て、村人は不安げにしている。
「……大丈夫なのかしら……?」
「……竜族なんだろう? 子供達にもしもの事があったら……」
「大丈夫だろう」
「グレイグ!」
突然聞こえて来た声に驚き、村人が振り返る。
「本当に村を滅ぼすつもりなら、あの雷で消されていただろうよ」
「……それは」
「それに……メアリも助けてくれたし、子供達も楽しそうだしな」
「…………」
このところ、度重なる魔物の襲撃で、子供達は遊びに行く事も出来なかった。
塞ぎ込んでいた子供達が見せる、久し振りの笑顔。
「……確かに……楽しそうだ」
「……ええ」
子供達は、村の中央で竜を囲んでいた。
「俺が一番だったから、俺から!」
「はいはい」
「尻尾! 尻尾出して!」
「……尻尾……」
黒竜は意識を集中させる。
普段実用性の無い部分の変化は、それなりに神経を使う。
暫くして、シュッと長い尾が生えた。
「おお~っ! 長ーっ!」
「真っ黒だ! 固いし」




