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黒い竜の物語  作者: 緋翠
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認識 3

 

「……いや。そもそもこの俺様の知名度が低いってのが納得いかん」


「……おい」


 男の言葉を、黒竜はひたすら無視する。


「そりゃ確かに、見た目の派手さは無いし? 割と人間に馴染んでるから目立たないのも無理は無い。てか、そうしてるんだし」


「…………」


「でもそれはそれ。各地での武勇伝はそれなりにあるハズだ。にも関わらず、知名度が低いってのはおかしい!」


「……貴様は俺を馬鹿にしてるのか?」


 その声も無視して、黒竜は続けた。


「異種族の橋渡しとなり、平和の象徴として崇められてもおかしくは無い偉業を成し遂げてきたこの俺様が――……」


「だあぁぁぁぁっ!」


 しびれを切らした様に、男が叫び声をあげる。


「貴様っ! 人を馬鹿にするのも大概にしろっ!」


 男が力任せに火炎球を放とうとする。

 その瞬間、


「……よせ」


 男の肩を掴み、制止の声を発する者が居た。

 彼の後ろに控えていた――長身の男。

 フードのせいで、その表情は窺えない。

 黒竜に突っ掛かろうとしていた男は驚いて振り返る。


「隊長っ!?」


「……囲まれている」


「…………!」


 その言葉に一瞬身体を震わせ、男は炎を消す。

 よく見れば、いつの間にか周囲には結界が張り巡らされていた。


「あのまま術を放てば、反射で黒焦げになったのはお前だ」


「い……いつの間に……」


 長身の男はこちらを見据え、静かな声音で囁く。


「……お前の剣の魔力を打ち消した直後だ」


「そんな……そんな事が……」


 狼狽える男に、長身の男は口を開く。


「私の見立てが間違っていなければ……彼は人では無い」


「人では無い……? では……ヤツは一体……」


「お前の魔力を打ち消した時――僅かだが、竜気が見えた」


「竜気!? では……まさか……ヤツは……」


 長身の男は頷き、断言した。


「彼は竜族だ」


「!」


 男は言葉を失う。

 一方、長身の男は真っ直ぐ黒竜を見る。

 フードを外し、


「手荒な事をして申し訳ない。私は、この部隊の隊長、ラグウス。もし良ければ君の名前を教えては貰えないだろうか」


「…………」


 黒竜は男を見やる。

 淡い金の短髪に、切れ長の眼。

 まあ、整った顔立ちをしている方だろう。

 落ち着いた声音で名乗る彼に、黒竜も短く名乗った。


「……黒竜。アンタはそっちのオッサンより話が出来そうだな」


「オッサン!? 誰がオッサンだ!?」


「よさないか、ザック」


 ザックというのが彼の名前らしいが、黒竜に覚える気はさらさら無かった。

 ラグウスは黒竜の方へ向き直り、


「我々はある人物を捜してここまで来た。村の住人に危害を加えるつもりでは無かったのだ」


「ほほ~う?」


「私の部下は、皆腕は立つのだが、どうにも頭に血が昇りやすい者が多くてね。私も手を焼いている」


 ラグウスは苦笑しながら、


「もう村の人々には手を出さないと約束しよう。だから、まずは結界を解いて貰えないだろうか?」


「…………」


 黒竜は暫し迷うような仕草を見せたが、斧の先端を結界に触れさせる。

 瞬間、ガラスが割れる様な音が響き――結界が砕け散った。


「……信用して貰えたと……思って良いのかな?」


 黒竜は斧を仕舞う。

 片目でラグウスを見やり、


「何、妙な動きを見せれば全員灰にするだけだ」


「これは手厳しい」


 ラグウスは軽く肩をすくめる。


「ひとつ言っとくが、この村にゃアンタらの捜してるラフィナって魔術士は居ねぇぞ。ついでに村の連中も行き先を知らない」


「……君は彼女を知っているのか?」


 訊かれて、黒竜は即答した。


「知らん。なんならここへ来て初めて名前を聞いたくらいだ」


「そうか……」


 ラグウスは、黒竜に頭を下げる。


「騒がせて申し訳ない。我々はこれで失礼する」


「隊長!?」


「退くぞ」


 ラグウスは踵を返す。

 部下を押しやりながら、


「ここに彼女は居ない。有力な情報も得られそうに無い――ならば、時間と命を無駄にする必要はないだろう」


「……しかし」


 食い下がるザックに、ラグウスはかぶりを振る。


「……つまらないこだわりは持たぬ事だ。彼の機嫌を損なうのは得策ではない」


 ザックは黒竜を見やり、何か言いたげな様子だったが、その言葉を呑み込む。

 部下が全員村の外へ出て、最後にラグウスが振り返る。


「貴方は相当な使い手のようだ。もし良ければ、一度ゆっくり話がしたいのだが……先程の無礼のお詫びと言ってはなんだが、食事でもどうだろう?」


「…………」


 黒竜は口元に手を当て、虚空を見詰める。

 そして――きっぱりと言い放つ。


「断る。かぁいい女の子からのお誘いならともかく……ヤローと差し向かいで飯食ったって旨くもなんともねぇや」


「……そうか。それは残念だ」


「それと……」


 黒竜は眼を細める。


「アンタらのやろうとしてる事に、俺様は荷担しない」


 それを聞いたラグウスは苦笑した。


「ふっ……すべてお見通しという訳だ。さすが竜族の眼は誤魔化せない」


「……ほう?」


 黒竜は、少し興味ありげな声を漏らす。


「いつ気付いた?」


「……貴方が部下の魔力を打ち消した時……僅かに竜気が見えたのでね」


「なかなか良い眼をしてる。惜しいな。女の子だったら食事ぐらい付き合っても良かったのに」


 ラグウスは薄く笑んで、村を後にした。

 それを見送って、黒竜が振り返ると――


「……あら」


 側に居た村人が全員引いている。


「え~と」


 黒竜は軽く頬を掻く。

 と――


「おっ……お前、りゅっ……竜族って……本当なのか……?」


 一番近くに居た若い男が、震えた声で問い掛けてきた。

 特に隠す意味も無いので、黒竜は分かりやすいようにバサッと翼を広げると、あっさり頷く。


「うん」


「ど……どうしてこんな所に来たんだ!? 何が目的だ!?」


「何が目的って……そりゃあ……」


 黒竜はグレイグを指差し、


「そこの兄ちゃんが飯食わせてくれるって言うからついて来たんだ」


「グレイグ!」


「お前、なんてモン連れ帰って来たんだ!?」


 一斉に村人達から責められて、グレイグは堪らず叫んだ。


「だ……だって知らなかったんだよ! アイツがドラゴンだなんて! お前等だって見ただけじゃ分かんなかっただろっ!?」


「……あのー……」


 村人のやり取りを眺めていた黒竜は、背中の翼を引っ込めながら小さく呼び掛ける。

 しかし、その声は無視された。


「ちょっと怪しいとか思わなかったのか!?」


「腹が減って動けないからって、人間に助けを求めるような竜族が居るなんて誰が想像出来る!?」


「……ちょっと……」


 さらに呼び掛けるが、それも無視される。


「…………」


 黒竜は無言で、人差し指を天に向けた――瞬間。

 激しい雷鳴が轟き、村人と黒竜の間に稲妻が走る。


「…………」


 暫しの沈黙。

 強烈な雷に貫かれ、黒く焦げた地面を見詰め――村人全員が固まる。

 その様子を見て、黒竜がにっこりと――ただし、こめかみに青筋を浮かべつつ口を開いた。


「少しは俺様の話を聞け♪」


「……はい。すみませんでした。どうぞ続けて下さい」

 

「ん」


 村人に促された黒竜は腰に手を当て、


「何か勘違いをしているよーだが……別に俺様はこの村を滅ぼしに来たとか、そんなんじゃ無いからな。ただ純粋に腹が減ったから飯を食いに来ただけだからな」


「さ……左様でございましたか。それは大変失礼をしましたでございます」


 完全に怯え切っている村人に嘆息しつつ、


「……とにかく。俺様はこの村に手を出す気はねぇから。弱い者イジメはしない主義だし」


「は、はあ……」


 生返事をする村人達を見て、再び息を吐く。

 と――


「あ……あのぉ」


「ん?」


 村人の一人が、おずおずと手を挙げ、


「ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」


「どーぞ」


 男は近くに居た村人と視線を合わせ、こちらに向き直る。


「貴方は竜族……ドラゴン……なんですよね?」


「そだよ」


「じゃあ……その……魔物の仲間じゃないんですか?」


「魔物?」


 黒竜は、口元に手を当てる。


「う~ん……仲間っちゃ仲間だけど……」


 魔物である――という意味でなら、黒竜も完全に魔物だ。


「なんでそんな事訊くの?」


 黒竜は訊き返す。

 村人は、びくりと肩を震わせた。

 黒竜と極力、視線を合わせないようにしながら、


「い……いえ、あの……ついこの間、ここに魔物が押し寄せて来たばかりでして……」


「――ああ。なんか言ってたね。そんな事」


 村人は引き攣った表情で、


「あの……りっ……竜って、魔物の中でも特に強い力を持っているって話ですけど……魔物なら……その……人を襲うモノなんじゃないですか?」


「世に存在する魔物全てが人間に対して敵愾心を抱いてる訳じゃねぇさ。俺様は別に人間嫌いじゃねぇよ? 特に可愛い女の子は♪」


「…………」



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