表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い竜の物語  作者: 緋翠
1/63

黒い瞳の少年 1

 

 夕暮れ。

 空が赤く染まる頃、街の食堂は夕食を取る人々で賑わっている。

 そこに、一人の少年がやって来た。

 扉を開け、店に入って来たのは黒目黒髪、着ている物も黒一色の少年。


「来たね」


 店の奥から顔を出した女が、少年に声を掛けた。

 この少年、実はこの辺りでは(良くも悪くも)有名で――彼は気楽に手など振り、


「あちこち回ってたら腹減ってさ。すぐ出来る?」


 と、少年はメニューには目を通さず女に訊ねる。

 女は肩をすくめ、


「アンタが満足するだけのモンをすぐに用意するのは難しそうだよ」


 女は背を向け、カウンターの奥へ向かう。


「もっとも……用意出来ない訳じゃ無いけどね」


 女は、肩越しにウインクしてみせた。

 少年は笑顔で答える。


「んじゃ、よろしく♪」


 少年はグラスの水を飲み干す。

 賑やかな店内。

 他愛の無い世間話から、奇妙な噂話まで実に様々な会話が聞こえてくる。

 と――


「おい、聞いたか? あの話」


「ああ。あの村の話だろ? 聞いた」


 なにやら男二人が話し込んでいる場所に、少年は割って入った。


「何の話だ?」


「うわっ!?」


「ビックリした……なんだ、お前か。脅かすなよ」


 言われて、少年は口を開く。


「別に脅かしたつもりはないけど。それより話の続き」


 少年に促され、男が話し出す。


「ああ……ここからずっと西の方に小さな村があるんだが……数日前、魔物に襲われて壊滅的な打撃を受けたそうだ」


「とんでもない数の魔物が村に押し寄せて、女子供関係無く皆殺しにしたとか」


 それを聞いて、少年は眉を顰める。


「……そりゃまた随分と物騒な話だねぇ」


「だろう? そんなむごい話ねぇよな」


 少年の言葉に頷く男。

 少年は少し何かを考える仕草をみせ、


「けど……何も無い村にそんな大群が襲って来るってのもおかしな話だ」


「……何?」


 完全に魔物が無差別に人を襲ったと思い込んでいた男は、少年の言葉に首を傾げる。

 少年は続けた。


「よっぽど餓えてるか……何か理由が無けりゃ、いきなり魔物が人里に下りる事は少ない。そんなホイホイ村でも街でも壊滅させられてたら、あっという間に人間が絶滅してるだろ?」


 少年は、男達の頼んだ骨付き肉の唐揚げをひとつくわえる。


「あっ!」


「何か特別な理由があったんだろうよ。その村に」


 男は、少年に取られた唐揚げを見詰めながら、


「……なら、お前は何でそんな事になったと思う?」


「さぁねぇ」


 少年は曖昧な様子で、虚空を見据える。


「理由は色々考えられるけど……実際に見た訳じゃないしな。噂は噂だ。それにもし本当だとしても、襲って来た魔物が一方的に悪いとも限らない。人間が魔物の住処を荒らす事もよくあるし」


「…………」


 男はふと考え込む。


「そう言えば……お前……竜族だと言ってたな?」


 訊かれて、少年は半眼になる。


「……何? 信じて無かったの?」


「いや……信じるも信じないも……どうも、お前は竜っぽく見えなくてさ」


 それを聞いた少年は、バンッ! とテーブルを叩いて声を張りあげた。


「なんだとぅっ!? 俺様のどこが竜っぽくないんだよ!」


「そういうトコロ全部だ」


 男は笑いながら言う。


「まぁ、お前が仮にホントに竜族だったとしても、だ。お前みたいな変わり者も居るって事だな」


「そぉりゃ、いろんなヤツが居るに決まってんだろ」


 そんな話をしていると、先程の女が料理を持って来た。


「はいよ。なんだか盛り上がってるね」


「来た来た♪」


「……いつ見てもスゲー量だな」


 テーブルに運ばれてきた料理を見て喜ぶ少年を見据え、男は呻く。

 少年は手を合わせ、料理を口に運ぶ。


「いただきま~す♪」


 素早く切り分けられた肉が、少年の口に入る――その瞬間。


「た……大変だっ!」


 店の扉が派手な音を立て開く。

 その扉の向こうから、若い男が慌てて店に駆け込んで来た。

 入り口の近くに座っていた客が、男に声を掛ける。


「どうしたんだ? そんな血相変えて……」


「大変なんだよ! アイツ……黒竜は居るか!?」


「……あ? 黒竜なら――……」


 客は、中央のテーブルに座っている少年を指差した。

 少年――黒竜は切り分けた肉を飲み下すと、ナイフを振りながら口を開く。


「何だ~? 俺様になんか用?」


「ああ! 良かった! ちょっと来てくれ!」


 男は黒竜の姿を見るや否や、その首根っこをひっ掴み――引き摺るようにして店から黒竜を連れ出す。


「ちょっ……俺様まだ飯の途中――……」


 店から連れ出される黒竜を見て、先程唐揚げを取られた男達が気楽に手を振る。


「安心しろー。これは俺達が処理しといてやるから」


「払いは勿論、お前持ちな♪」


「あーっ! 喰うなよ! それは俺様のだかんな!」


 黒竜は叫んだが、その声は扉に遮られて、男達には届かなかった。



 男に引き摺られ、黒竜は不満げな声をあげる。


「なんなんだよ……一体。せぇ~っかくの食事の時間が台無しじゃんか」


 黒竜の声に、男が答える。


「あれだ……空を見てみろ」


「ん~?」


 完全にヤル気の無い調子で、黒竜は空を見る。

 夕日に染まる空。

 そして空には、美しい夕日を背負うようにして巨大な鳥が羽ばたいていた。


「……でっけぇ鳥だなぁ。焼鳥何人前出来るやら」


「言ってる場合かっ! 周りをよく見ろ!」


 言われて、黒竜は街を見渡す。

 辺りには無数の羽が道やら建物やら――あらゆるモノに刺さっている。

 黒竜は顎に手を添え、


「……ふむ。なかなか斬新なデザインだ」


「そうじゃない! あの鳥が空から雨のように羽を降らせて、街を攻撃してるんだよ!」


 そうこう言い合っている間にも、巨大鳥は上空から攻撃を仕掛けてくる。

 黒竜は無言で、右手を空に向け掲げた。

 瞬間――こちらに向かって飛んできた羽は、黒竜の作り出した魔障壁にぶつかり、鋭い金属音と共に弾き返される。

 その様子を見た男が、黒竜の肩を掴んで激しく揺さぶり、


「なぁ! お前なら、あの鳥なんとか出来るだろう!? なんとかしてくれよ!」


「なんとかったってなぁ……」


 黒竜は眉根を寄せて呻く。

 と――その時。


《……見付けた……》


 突然、頭の中に声が響いてきた。


「なんだ? 頭に声が響いて……」


「ほう」


 黒竜は思わず息を漏らした。

 男は黒竜に問い掛けてくる。


「何なんだ、これは? 変な声が聞こえるぞ?」


 男の問いに、黒竜はこめかみに人差し指をトントンと当てながら答えた。


「あの鳥が直接こっちの頭ん中に話し掛けてきてるんだ。心話――テレパシーってヤツだな」


「あの鳥、そんな事が出来るのか!?」


 黒竜は腕組みして、


「なかなか賢い鳥だ。飼い慣らせば色々便利かもな」


「飼い慣らせるかっ! あんなの!」


 思い切り叫んでから、男は鳥の方を見据える。


「大体、なんでいきなり話し掛けて来たんだ? さっきまで鳴き声しか聞こえなかったのに……」


「いきなり話し掛けて来たんじゃなくて、聞こえなかっただけだろ? アンタが魔力ゼロで、感知能力無しの鈍感なただの人間だから」


 黒竜の言葉に男が眉を顰める。


「……どーゆー事だ」


「どーもこーも……そーゆー事だ。ある程度の魔力が無いと聞き取れないみたいだな。アレは」


「じゃあ何で……まさか、お……俺にもそんな力が……?」


 期待を込めた眼差しに、黒竜はかぶりを振った。

 小馬鹿にするように軽く手を振り、


「ちゃうちゃう。俺様の近くに居るから、たまたま感応してるだけ」


 そして、再び声が響く。


《見付けたぞ……邪竜め……》


「何言ってるんだ? あの鳥」


「ん~……」


 黒竜が何か言うより先に、鳥の声が聞こえる。


《貴様が私の住処を荒らした事は分かっている! よくも我が子を……!》


「……お前、一体何をしでかしたんだ?」


「さてなぁ。鳥に恨まれるような覚えは無いが――……」


 黒竜は口元に手を当て、暫し考え込む。

 やがて、ぽんと手を打ち、


「あっ。そぉいえば」


「なんだ? 何か思い当たる事でも……」


 訊かれて、黒竜は真顔で話し始めた。


「実は今朝、卵を食べた」


「……卵?」


「そう。今朝な、腹が減ったから『なんか喰うもん無いかなぁ』と思って、その辺を歩いてたんだよ。そしたら目の前にでっかい巣があって、そこに、これまたでっかい卵があったもんだから『ああ♪ こりゃちょうど良いや♪』と思って朝飯に喰っちまったんだが――……」


 そこまで言って、黒竜は目を閉じる。


「……いや。まさか、それがあの鳥の卵だったとはな」


「お前が全面的に悪いんだろうがぁぁぁぁぁっ!」


 話を聞いた男は、両手を戦慄かせ絶叫した。

 黒竜は大声で叫ぶ男を煩そうに見やる。


「そんな……卵の一つや二つや三つの事で……」


「三つ!? 三つも食べたのか!?」


 男は問い詰める。

 すると、黒竜はあっさりとかぶりを振った。


「んにゃ。三つ“も”じゃない。三つ“しか”なかったんだ」


「全部食ったって事だろが!」


「大丈夫っ!」


 黒竜はぐっと拳を握り、


「彼らは今も俺様の中で生き続けている!」


「何、誤魔化そうとしてんだ!?」


 男が更に詰め寄ろうとした――その時。

 耳をつんざく様な叫び声をあげ、巨大鳥がこちらに向かって急降下して来た。


「あわわわわっ!」


 男は慌てて、黒竜の後ろに隠れる。

 黒竜は、ぽりぽりと軽く頭を掻き、


「……やれやれ。ここまで言ってもダメとは……どうやら和解する事は出来ないようだな」


「今の流れで、どこに和解出来る要素があった!?」


 男の声は無視して、黒竜は夕陽をなぞる様に宙に円を描く。

 そして――


「死んでも恨むなよ」


 指を鳴らした。

 乾いた音が響く――その瞬間。巨大鳥は漆黒の炎に包まれ、激しい咆哮と共に、街の中央へと落下していく。

 その様子を黙って見ていた男が、ぽつりと呟いた。


「……いや。もうとっくに恨んでるだろ」


「あっ。そぉ? そりゃ困ったな」


 どこまでも軽い口調の黒竜。

 街の住人は突然の災厄に、皆、家に閉じ籠っていた。

 取り敢えず、巨大鳥が落下した場所へ向かう。

 炎は消えて、後には真っ黒に焼け焦げた魔鳥の姿があった。魔鳥はピクリとも動かない。

 完全に息絶えている。


「……なんか俺、この鳥にスゲー同情する」


「なんだよぉ。なんとかしてくれって言ったクセにぃ」


 男の言葉に、黒竜は不服そうに口を尖らせる。

 男は顔を上げ、


「お前が卵盗み食いしなけりゃ、こんな事にならなかったんだろ」


 言われて――黒竜は、むぅと唸り、


「でも、コイツ人間も襲うだろ? 被害がデカくならずに済んだじゃんか」


「そりゃそうだが……なんか後味悪いな」


 男は苦々しい思いで、魔鳥の死体を見下ろした。

 男の言葉を聞き、黒竜は頷く。


「うむ……ちゃんと供養してやらんとな」


 そう言って、魔鳥の許へ歩み寄る。

 黒竜は魔鳥の側まで来ると、瓶のようなモノを取り出した。


「……何してる?」


 半眼になって問い掛けてくる彼に、黒竜は至極真面目な顔で答える。


「いや。素材本来の味を活かすには、やはりシンプルな味付けの方が……」


「塩をかけるなっ!」


「……タレ派?」


「そういう事を言ってるんじゃない!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ