第玖幕 対話
「九尾の狐……ですか」
悪狐の中でも、強大な妖力と長い年月を生きた妖狐が転じる最強クラスの怪異。
しかも妲己とは……恐らく、世界で一番有名な九尾の狐ではないだろうか?
「そうじゃ。この裏伏見稲荷大社の主人となっておる」
「伏見稲荷大社の主人……倉稲魂命じゃありませんでしたっけ?」
「表はな。裏は儂が収めておる。あいつとは飲み合い交わった仲じゃぞ?」
「何言ってるんですか」
両性具有かよ。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。お主が儂の義娘、待雪の婿かの?」
「まあ、そう言われています」
「率直に聞こう。お主は待雪を愛しておるのか? 嘘をついても無駄じゃ、お主程度の思考を読む事など容易い」
「……誰も居ませんね?」
「うむ」
それでもチラチラ周りを見てから、言った。
「はい。寿命が尽きるまで、一緒にいたいと思います」
「百年、か。その百年で、待雪は死ぬだろうな」
「……どういう事ですか」
「どうもこうも、そのままじゃ。待雪は鬼、お主がいなければ生きる意味なしと言って……まあ、あとはお察しと言ったところか」
わかっていた。わかっていた筈なのだ。
待雪は鬼。嫉妬深く、愛情深い一族だ。そして、依存性が高い。一度番と決めたら、徹底的に依存する。それは美点でもあり、汚点でもある。
待雪も、俺に依存している。故に、俺が死ねば待雪も死ぬ。
何も言えない俺に、妲己は鋭い目を向けてきた。
「その覚悟もなかったのか。とんだ意気地なしだの」
「……ええ、俺は意気地なしです。ですが、どうする事も出来ません。待雪と一緒にいたい。けど、怪異への転生はほぼ確実に異形になるでしょう。私にはその覚悟がありません。人のまま、死ぬでしょう」
支離滅裂。ただ願望をほざいただけ。
待雪と一緒にいたい。けれど、怪異転生の覚悟はない。最低な奴だ。心の底から自己嫌悪する。
「……ふん、まあいい。明日、覚悟しておれよ」
「どういう——」
「言ったら面白くないじゃろうが。ほら、帰った帰った」
ぐわん、と空間に穴が開き——
俺は、何かいう暇もなく吸い込まれた。
◇◆◇
「うおっ」
ごろ、と、何処かに放り出された。
周りを見ると、魔木化した木材が見える。ああ、本殿か。
「明日……どういう事だろう」
ろくな事じゃないよな。俺の煮え切らない態度が原因だけど……
仕方ない。覚悟しておくか。
「きゃあっ」
「むぐっ?」
驚いたような声が上から聞こえてきた。そのままその声の主人は下に降ってきて、俺の腕の中にすぽんと収まる。ん、この声と爽やかな匂い、それにふにゅっとぷにぷにの感触は。
「待雪、なんでお前も降ってきたんだ?」
「……楸に「棗を帰らせたからお前も帰れ」って」
「そういう事か」
なんともまあ、凄い人だ。
「あと、棗に明日何か仕掛けるから、覚悟しておけって……何言われたの?」
「……いや、何にも。大丈夫だよ。多分」
大丈夫じゃないだろうが……こう言うしかない。
時間的にも良い頃合いなので、待雪にご飯を作ってもらった。相変わらず、物凄く美味しかったです。
「待雪、俺は風呂に行ってくる」
「ん」
もはや恒例のやり取りをし、脱衣所で着物を脱ぐ。
……そろそろ髪の毛、切ろうかな。
ちゃぷ、と檜風呂に浸かる。
ふー、気持ち良い。
「……明日、覚悟」
キーワードを抜き出し、言葉に出す。ああ、何が起こるんだろう。嫌な予感しかしねえ。
ヒタ、ヒタ、ヒタ……
「……ん?」
なんか、物凄く不穏な音が聞こえたんだが……
「……棗」
「どうわっ!?」
驚くのも仕方ない。
だって、待雪が裸で風呂に入ってきたんだから。全身ほんのり赤く染まっており、艶かしい。
そして風呂の構造上、向き合う形になる。
「あの……待雪さん?」
「……嫌な予感がする。だから、今日……私を、抱いて欲しい」
「……は?」
いや、本当に。
抱いて欲しい……なんで?
明日嫌な予感がするから? それで抱いて欲しい?
「……怖い、の。もしも、もしも棗が死んじゃったら、私は……」
「待雪」
「んっ……」
待雪に近寄り、抱き締める。柔らかいものが当たるが、気にしない。
「俺はね、そんな中途半端な気持ちで待雪と寝たくないんだよ。だから、もう少しだけ待ってくれないか?」
「……ん」
「よし、良い子だ……そろそろ上がるよ」
待雪と一緒に風呂から上がり、体を拭く。
新しい浴衣に着替え、寝台で一緒に寝た。不思議と、情欲は湧き上がらなかった——
あと二、三話で本編完結。……だと、良いな。
で、適当に後日談かなぁ。