第捌幕 神格怪異
俺達は迦楼羅が帰った後、すぐに寝た。
俺の方はストレスでお腹が痛くなり、待雪の方は俺が寝かせた。
その、筈なのだが……
「……なんで俺の布団の中に入ってんの?」
「んぅ……」
幸せそうで何よりです、待雪さん。
って違うわ。
「おーい起きろー、待雪ー、キスするぞー?」
「ッ!」
ピカッ、と待雪の目が見開き、そしてしまった! とでも言うようにがっくりと項垂れる。
ふっふっふっ、待雪は俺がキスするぞと言うと目を見開くからな、こうすればイチコロなのだ。
「起きたからキスはなしな」
「くぅぅ……!」
ぶっちゃけ、待雪なら俺を取り押さえてキスする事くらい容易である。
それをしないのは、俺の意思が込められたキスが欲しいと言う事だろうか。
「……むー、棗の意地悪」
「さーな」
「……もう。ご飯作るね」
苦笑した待雪は、厨房に向かった。俺も居間に向かう。
待雪が作った食事を食べ、服を着替える。相変わらずの着物だが、慣れてきたな。
「準備、出来た?」
「おう」
外に出て、待雪と一緒に鳥居の前で待つ。ここに来るらしい。
それにしても、今現世はどうなっているんだろうか。
俺は今、間違いなく幸せだ。それこそ、現世などどうでも良いと思える位には。
だが、気になることもある。俺がいなくなってから、何が起こったのか。多少なりともこちらの世界に影響を及ぼす為、それへの対応といった形になるが。
……結局、こっちのためじゃん。
「まあでも、良いか」
「ふあっ……!?」
待雪を手招きし、抱き締める。頭撫で撫で。気持ち良い。
良い匂いもするなぁ。百七十五センチくらいの俺でもすっぽり入るし、待雪以外嗅ぐ気しないけど、待雪なら良いなぁ。んー、癒される。
「にゃっ、何をっ、棗ぇ」
「うん? 待雪可愛いなーと」
「う、うみゅぅん……」
嬉しそうにしてー。
しばらくこうしていたが、迦楼羅が来るとシャレにならないのでやめにする。待雪、残念そうにしてもダメ。俺から始めたんだけどね。
待っていると、しゃりん、という鈴の音が聞こえてきた。なんだ、これ。
「これ、来る合図、だよ」
小声で教えてくれる待雪。微妙に背伸びしてるのが可愛らしい。でも我慢、我慢。
そして耐えきったその時。
「来たぞ」
牛車と共に、その御者をしている迦楼羅がこっちにニッと笑顔を向けて来る。そんなに待雪と会えて嬉しいんですか、迦楼羅さん。
牛車に乗り込み、座席に座る。な、なんか緊張するな。
ガタガタと牛車に揺られ、俺達は裏伏見稲荷大社へと向かった。
◇◆◇
大変、本当に大変……居心地が悪いです。
何故に一体一で体面しなきゃいけないの。迦楼羅さんから、
「楸がお前に一体一で会いたいそうだ」
なんて聞かされて、この畳の部屋に押し込まれたんだ。
外からの怪異の気配がやばい。迦楼羅さん程じゃないけど、それでも人間じゃ叶わないレベルの上級怪異が沢山こっちに意識を向けてる。
そいつらがなんか行動起こしたら、俺即死んじゃうよ。
うう……
そのまま涙目で待つこと数分。
反対側の襖が開き、一体の怪異が入ってきた。
……妖力が、待雪を越えてる。
そいつは黒髪の美女で、頭と腰から特徴的なあれ……狐耳と尻尾が生えている。
着物を着ており、手には扇子を持っている。
そして、尻尾は九本。悪狐、九尾の狐だ。
「そんなに心配せずとも良い。取って食おうなどとは思っておらんからな。
儂の名は楸。この裏伏見稲荷大社で、長をしておる」
カラカラと笑う妖狐――楸。
「始めまして、楸さん。俺の名は棗。待雪とは、共に住まわせてもらっています」
「良い良い。堅苦しいのは嫌いじゃ。それに長といっても所詮名ばかり。名だたる神格怪異共を纏めるなど、それこそ創造神級でもなければ不可能じゃ」
それでもそれ以下の上級怪異は纏めているんだから、恐ろしいものだ。
というか……
「楸さん、あなたも神格怪異では?」
「……何故、そう思った?」
「妖力の高さと、それ以外にも感じる何か……恐らく神力でしょう。それを少しではなく、大量に持っているからです。違いますか?」
言い終えると、楸さんの顔をじっと伺う。
楸さんの、反応やいかに。
楸さんは少し黙ったあと、くくくっと笑い声をあげた。
「いいのう、いいのう! それこそ待雪が婿にと選んだ男じゃ。儂にもビビらず、そうして言葉を述べられるのじゃからなぁ。
主の言う通り、儂は神格怪異じゃ。
そして主の世界、現世では、こう呼ばれておるのじゃよ。
――九尾の狐、悪女妲己とな」
楸さん――いや、妲己は、妖しげな笑みを浮かべて、そう言った。