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番外編 兄の消失

 兄さんが失踪した。

 その事実は、僕達兄さんの家族に重くのし掛かった。


 兄さんは優秀だ。

 何も言われなくてもテストで良い点を叩き出し、運動も人並み以上。兎に角沢山の事が出来た、多才な人だった。

 いつからだろうか。兄さんの事が大嫌いになったのは。


 僕は兄さんにはないものを持っていた。それはコミュニケーション脳裏だ。

 兄さんには対人性というものが、大きく欠如していたのだ。思えば、その分が僕のモノになったのかもしれない。

 容姿も僕は兄さん似だ。だからこそ、このアドバンテージを活かさなければならなかった。

 その結果、僕は学年の人気者に。兄さんは、スクールカースト最下位になった。

 最高の気分だった。たった一つの力で、沢山の才能を持つ兄さんを追い抜いたのだから。

 しかしその気分は、一つの出来事で脆くも崩れ去った。


 何でも、兄さんは人気のある女子生徒を強姦しようとしたらしい。

 あり得ない。あの兄がそんな事、出来るはずがなかった。


 でも、そんな事を言えるはずもなく。

 結局父の会社は衰退し、僕も最下位とまでは行かないがスクールカーストの序列が下がってしまった。

 全て、あの兄のせいだ。

 その次の日、学校へと向かったはずの兄が失踪した。自殺、の可能性が高いそうだ。


 とある日の朝、父が田舎に引っ越す事を決定した。

 父の会社が衰退した事で、生活が苦しくなったらしい。それに加え他企業から兄に関する干渉もあり、とても都会でやっていける程ではなくなってしまったからだ。


 今でこそなんとかやりくりしていけているが、兄への恨みは積もるばかり。

 それが切っ掛けになったのか、不思議な夢を見た。




 赤い鳥居が立つ、神社のような場所。

 そこに、僕は立っていた。いや、立っていたというより、浮遊していたの方が正しいか。

 不思議な感覚で、別世界に行ったような気分になった。


「待雪、彼処を見てみよう」


「ん、わかった」


 何処からか、そんな声が聞こえた。その二つの声の一つに聞き覚えがあって、思わず体に力が入る。

 それは、兄の声だった。

 迅る気持ちを抑え、そのままゆっくりと浮遊し、その声が聞こえる建物の中を覗き込んだ。


 着物を着た黒い角が生えている眉目秀麗の美男子が、同じく着物を着て白い角を生やした容姿端麗な美少女に寄り添いながら、小さな泉を覗き込んでいた。

 それは思わず息を飲む程に幻想的な光景だったが、男の方の顔を良く見て硬直した。


 間違いなく、兄だったのだ。

 確かに纏う雰囲気は変わった。しかし顔の造形は、多少変わっているとはいえ兄のものだ。


「おお、初めて見た所だ。現世も、捨てたものじゃないね」


「ん。でも、私は棗がいれば何処でも良い」


 棗。橘棗。

 決定的だった。兄だ。

 そう確信した時、憎悪、嫌悪、嫉妬……兎に角そう言ったモノが溢れ出し、一つのカタチを作り上げた。

 何故自分達が苦しんでいるのに、楽しそうなのか。何故自分達が苦しんでいるのに、恋人を作っているのか。

 連れ戻してやる。それで、謝らせる。自分達を破滅させた報いを、絶対に受けさせる。

 そう思い、激情のまま手を伸ばした、が。


 ——ピピピピ、ピピピピ!


「あっ……!」


 届かなかった。

 天井に伸ばした手を、苛立ちに任せて振り下ろす。

 ガン、と鈍い音が鳴り、手に痛みが充満するが、そんな事はどうでも良かった。


「くそ、くそっ!」


 あの二人を見ていると、自分が惨めに思えてきて。

 過去に縋る自分と、新しい場所で恋人を見つけ、幸せそうに過ごす兄との違いに。


「……もう、いいや」


 結局、この夢が現れる事は、もう二度となかった。

実は恋人どころか、結婚と初体験まで済ませている件について。

それは兎も角、異能者としては強力な部類に入る棗の弟だけあって、偶然とはいえ常世に意識を飛ばした時の様子です。

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