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第弌幕 そうだ、自殺しよう!

 小さな頃から、妙なモノが見えた。

 クラスメイト、ましてや血縁たる家族にも見えないそれは、世間一般的に怪異と呼ぶようだ。

 俺はそれらを調べていく内に、自分の見える力の事を「見鬼」と言う事を知った。


 世間ではライトノベルなんていうものの中に、ある日平凡な主人公が悪魔を使役・祓う能力を得るなんてものがあるが、俺はこの目が日常で普通なので他者の「日常」と「平凡」が理解出来なかった。だってそうだろう? 俺の普通がこれなのだから、他人の普通は俺にとって異常なのだ。それで理解し合えるハズもなく。

 そんな奴に近寄る物好きなどおらず、俺はいつも一人だ。いつも、自分の目に関する書物を読み漁っている。今更封印なんてものは諦めたが、弱めるくらいならば出来るだろうと。


 だが結局、そんなものは見つからず。

 家族からも気味悪がられる人生を、歩んでいくしかなかったのだ。ただ、眼鏡に準ずるものを着けると目から怪異に干渉される危険が減るというので、適当に度が入っていないコンタクトを見繕ってつけている。伊達コンタクト、的な。


 まあそれも今じゃ、意味はないものに成り下がったのだけど。


「……はぁ……はぁ……っあー、やっぱり森林はキツいな……」


 伊達コンタクトはもう捨てた。

 今俺は、家から遠く離れた富士の樹海の奥へと足を進めている。

 方位磁針も、正しい道から遠ざかる為に使われている。それも既に磁場が狂っているが。

 周囲には怪異が満ち、妖しい空気が取り巻いている。

 残念というかなんというか、怪異の声はわからない。聞こえているのに、ノイズが走っているような感じだ。ただまあ、なんとなく予想できる。俺を食ってやろうとか、そんな感じなのだろう。どうでもいいが。


 なんとなくスマホを取り出す。時刻は午後三時、メールは一通もなし。それも仕方ない。家族には学校に行ってくると嘘を吐いたし、それがなくても家族は気にも留めないだろう。俺と違い、普通の目で優秀な双子の弟がいるからだ。

 俺みたいな劣等生よりも、双子の弟——綾人(あやと)の方が良いに決まっている。

 友達と呼べるものもいない。そもそも作りたくもなかったので、仕方ないのかもしれないが。


「……本当、惨めだよな」


 思わず自嘲の声が漏れる。

 他人に頼れず、他者を信じる事が出来ず、挙げ句の果てにはこんな所で自殺だ。惨めと言う他に、何があると言うのか。

 まあ、それも今日で終わり。

 俺、橘棗(たちばななつめ)の人生も、今日で終わり。

 それで、良いのだ。


 ただ、怪異にむしゃむしゃされるのは少しだけ勘弁してほしいかな、とも思う。神社で買ったお札とかがどこまで有効かは知らないが、理性なき低級は弾いてくれる事を祈ろう。理性的な上級なら、俺が保有する見鬼の能力が持つ妖力を見抜いてくれるので、少しの願いは聞いてくれるハズだ。苦しませずに殺してくれ、なら、あっちとしても願ったりかなったりだろう。

 上級なんて、生まれてから今まで数回しか見てないから遭わないだろうけど。


 しばらく歩いていると、陽が沈んできた。

 今の時期、秋は夏と冬の境目だ。五、六時になれば、こんなものだろう。


「……休憩するか」


 手頃な石に腰掛け、リュックの中から食べ物を取り出す。

 適当なカップラーメンに魔法のポットだ。抹茶オレの粉にマグカップも持ってきたので、飲み物も飲める。案外楽しんでるよねとか言ってはいけないよ?


 うん。

 カップラーメンに抹茶オレは合わない。分かりきってた事だけど、凄まじく冒涜的で名状しがたい味がした。


「うへぇ、俺、なんでこんな事したんだ……?」


 今更ながら、自分の正気を疑う。あれだ、ようやく死ねるとあって気分がハイになっていたんだな。きっとそうだ。そう信じないと、精神にキツいダメージが入る。

 精神ダメージから脱却した俺は、奥地に向かって歩き続ける。

 奥地からは濃密な妖力が漂ってきており、常人ならこれだけで体調を崩しかねない。俺は見鬼によって妖力を消費し、吸収、ここの妖力に俺を馴染ませてるだけだ。あと、妖力保有量が常人より遥かに高いのも関係しているだろう。


 妖力が高い所へ。そう思い、進み続ける。

 人間が死んでも、未練がある場合のみ悪霊(ゴースト)として蘇る。妖力が高い所に生まれれば強くなるが、一般だと弱くてすぐ祓われてしまう。

 俺には蘇る予定もないので、意味のない事なのだが。


 と、ここら辺で妖力濃度が一番高い場所に着いた。

 常人なら気絶して後遺症が残る濃度だ。我ながら、とんでもない所に行き着いたようだ。


『ほう。こんな所に人の子が迷い込むとはな』


 脳に直接響くような、圧倒的上位存在の声。

 間違いない、いや、間違えるはずがない。上級怪異だ。

 何故……違うな。ここだからこそ、上級怪異がいるのだろう。機嫌を損ねれば、嬲り殺されるかもしれない。声質は男っぽいが、上級怪異には性別など関係ない。注意するべきだろう。


「失礼致します。あなた様は、上級の怪異とお見受けしますが」


『ふむ、我は確かに上級の怪異である。して、人の子が何用か? む、お主のその目……それにお主自身も、中々の妖力を持っているようだな』


「はい、あなた様のご慧眼に感服致しました。確かに私は弱上級程度の妖力を保有しています。ですので、私の妖力を全て譲渡する代わりに我が願いを聞いてもらいたいのですが」


 俺の妖力保有量は弱上級程度。この怪異は上級の中でもそこそこな方だと思われる。なので、力への執着もそこそこ強いはずだ。

 俺の妖力を全て取り込めば、ある程度は強くなれるだろう。強い上級でも、弱い上級に手間取る事はあるのだから。

 その点、無抵抗かつ脆弱な人間を殺しただけでそれと同じ妖力を得られるのだから、お得だろう。


『ふむ……よろしい』


 瞬間、莫大な妖力がこの世に顕現した。

 怪異、それも上級は狭間、または常世(とこよ)と呼ばれる世界と世界の合間にある、時間と空間を無視した異空間で生きている。

 しかし物質界、または現世(うつしよ)と呼ばれる俺たちが生きる世界にも、稀に姿を表すのだ。これらは全て物知りな上級怪異に教えて貰った。対価としてある程度の妖力を渡したので、嘘はないだろう。


 世界を繋ぐ穴が開き、怪異が出現した。

 牛のような骨に、人のような手足の骨、そしてぼろぼろの黒衣を着ている。長い年月を生きた証だ。


『願いは何だ? 巨万の富か? 不老の肉か? それとも怪異への転生か?』


「私の願いはどれも違います。私の願いは、私を苦しませずに殺してくれ、というものです」


 沈黙が降りる。

 今までこの怪異は、自分を殺してくれという願いを叶えた事があるのだろうか。

 あるのだとしたら、俺を殺してはくれないか。

 もう疲れたんだ。人の機嫌を伺う事も、見鬼を隠して生きる事も、怪異に追われて生きる事も。だからもう、楽になりたい。死にたい。

 死ぬ事は逃げる事? 逃げて何が悪い。生きる事から目を背けるな? 背けて何が悪い。

 俺はそれを、駄目だとは思わない。


『……よかろう。安心して逝くが……良い!』


 激痛。

 声を出す余裕もなく、俺は吹っ飛ばされた。

 何が起きた。いや、わかっている。わかっているのに、心が理解しようとしない。

 想定していたはずだ。理性的でも、凶暴な奴はいるとわかっていたのに。

 ようやく楽になれると、気を緩めてしまったのだ。


「……か、はっ」


 肺から空気が搾り出され、吐血する。肋骨が何本か折れたな、これは。

 こんな時でも冷静な自分が恨めしい。感情が動かなくなったのはいつからだっただろうか。まあもう死ぬし、どうでもいいや。


『冷静だな、つまらん。願いを聞き入れられると喜び、それを裏切られた表情と痛みに泣き叫ぶのを見るのが、何よりも愉しいというのに』


 上級怪異の盛り下がった声が耳に入るが、反応する気力もない。

 激痛に苛まれながら、頭の中で今までの人生の映像が流れ始めた。走馬灯、なのだろうか。


『本当に気味が悪い』『妖怪? いるわけないじゃん』『兄さん、馬鹿じゃないの? 僕まで根暗変人扱いされるから、話しかけないでね。わかった? 根暗』


 頭の中に、家族だと思っていたモノの姿と声が聞こえる。もちろん幻聴だろうが、嗚呼、吐き気がしてきた。

 死ぬのならば、あいつらを殺しておけば良かったかな。ああ、思考が鈍い。暑さも寒さも消えていき、全て等しく終わりに行き着く。

 もう、どうでもいいや。世界も人も、俺の生命(いのち)も——


 そう考えた時――

 何かが俺を包むかのような、消えたはずの感覚が身体中に広がり――

 俺は、安らかに意識を闇に落とした。



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